診療報酬債権の具体的回収手続と注意点

目次

はじめに

消滅時効(タイムリミット)

回収の流れ(穏便な方法から強制的な方法へ)

患者さんへの配慮

未収金額の大きさによる違い

穏便な方法

電話

内容証明郵便

調停

ADR(裁判外紛争解決手続)

患者さんが亡くなった場合

強制的な方法

保険者徴収制度

支払督促

少額訴訟

通常訴訟

強制執行

診療拒否の可否

まとめ

■はじめに

医療技術の進展に伴い、高度な医療を提供できるようになった一方、治療にかかる薬代や高価な医療機器の使用による医療費が増加しています。

 

これは、病院や診療所等の医療機関の経営者から見れば、医療費の滞納件数・滞納額の増加につながる大きな不良債権問題といえます。

 

医療費が増加すれば、支払うことができない人や、支払いたくないと思う人が増加すると考えられるからです。

 

2008年に実施された日本医師会の調査報告によれば、1医療機関の未収金額は15万円から16万円とされています。

 

これは全国の医療機関全体の平均ですから、大病院のほか個人経営の小さな診療所まで含んだ金額です。

そのため、高度な医療を多くの人に提供する大病院ほど、未収金額の問題は経営を大きく圧迫しかねません。

 

もちろん医療機関は未収金を放置するわけではなく、電話等による一般的な催促を行います。これは基本的かつ極めて重要な事です。

しかし、これに応じて任意に支払ってくれる人ばかりではありません。

 

ここでは、このような一般的な対応では難しい、診療報酬債権に関する具体的な債権回収手続と注意点について、病院経営の観点から掘り下げて見ていきたいと思います。

 

■消滅時効(タイムリミット)

まず、気をつけなければならないのが時効の問題です。

時効とは、法律上の権利を行使できる時間的制限、タイムリミットです。

 

よく、刑事事件が起きたときに「時効が成立した」といいますが、これは刑事罰を与える国家の権利が、タイムリミットになったため行使できなくなったということです。

 

診療報酬債権において問題となる消滅時効は、「お金を支払ってくれ」と要求する権利が、タイムリミットによって行使できなくなるというものです。

 

診療報酬債権の時効は、公立、私立の医療機関を問わず、弁済期から「3年」です。

任意に支払ってくれる場合には3年を超えていても受け取ることはできるのですが、支払を請求できる時から3年を経過してしまうと患者さん側から時効を主張して支払を拒むことができます。

 

ですので、請求できる時から3年を経過していないか確認してください。

 

3年の期間内であっても、期限が迫っているときは、直ちに弁護士に相談してください。

 

電話で催告したり内容証明郵便を送ったりしても、時効の成立を完全には防ぐことができません。

基本的に裁判上の手続きによって時効を中断させなければならないからです。

 

法的な手続きには時間がかかります。

 

なお、平成32年4月1日から、改正民法が施行されるため、この日以後に発生した診療報酬債権の時効は、基本的に5年となります。

 

■回収の流れ(穏便な方法から強制的な方法へ)

・患者さんへの配慮

病院経営の観点からは、患者さんからの信頼を損ねるおそれがあるという理由で、強制的な手続がためらわれることが多くあります。

 

そのため、できるだけ穏便な方法で支払をお願いし、悪質な場合や金額が大きい場合に強制的な手続きをとっていくことになるかと思います。

 

特に、患者さんは具合が悪くて医療機関を受診しているわけですから、なかなか強く求めることはできないと思います。

 

そこで、穏便な方法から強制的な方法へと順にとりうる手続を見ていきたいと思います。

 

・未収金額の大きさによる違い

未収金額の大きさによっても、手続を変えざるをえないところがあります。

未収金額が小さいのに多くの費用がかかる方法をとることはできないわけです。

この点にも注意しながら見ていきましょう。

 

■穏便な方法

・電話

金額の大きさにかかわらず電話での催促がはじめに用いられる支払いを催促する方法としてはもっとも一般的なものでしょう。そして不可欠な方法ともいえます。

 

しかし、その場では支払うと約束したとしても、催促したという証拠も残りませんから、もっとも効果の低い催促の方法ともいえます。

 

また、患者さんの立場から見れば、支払を忘れてしまいやすいという問題もあります。

 

電話による請求が有効なのは、うっかり支払いを忘れていたなどの、不良債権とはいい難い、深刻でない場合に限られるといえます。

もっとも、後述する保険者徴収制度を利用する際の、十分な回収の努力を果たしたことを評価するポイントになるため、回収の見込みが低い場合でも避けることはできません。

 

・内容証明郵便

電話による請求がうまくいかない場合、普通郵便による請求を試みることが多いかと思います。

 

ここまでは法律家に頼らなくても行いやすい一般的な請求方法といえます。

知らない電話番号の場合、電話に出ない人も少なくないため、普通郵便による催促もそれなりに有効な方法といえます。

 

問題なのは電話や普通郵便で催促したのにも関わらず一向に支払ってもらえない場合です。

 

次に行うことを検討することが多いのが、内容証明郵便です。

支払いを請求した(請求された)という証拠が残り、患者さんへの心理的なプレッシャーも強いことから、裁判外の手続のなかでも手軽に行える、より強力な催告方法として一般的に使われます。

 

その際も、生活が困窮しているなどの理由で支払えない患者さんもいることから、内容は、なるべく高圧的な感じにならないよう細心の注意を払う必要があります。

 

また、文書として証拠に残るということは、訴訟を提起したときなどに、「いきなり訴訟を起こされた」などの主張を封じる効果があるだけではなく、相手方である患者さんに自分たちがした催促の内容を証拠として残すことになります。

 

・調停

患者さんの住所地を管轄する簡易裁判所に民事調停の申し立てを行い、患者さんの事情も病院側の事情にも配慮してくれる調停委員を間に入れて話し合うという方法です。

 

裁判所で話し合うため、患者さんによっては訴訟を起こされたと誤解することもあることから、事前に、患者さんに対し、調停という手続が話し合うためのものだという説明をしておくことが重要です。

 

メリットとしては、裁判よりは費用が安いことと、裁判のように公開されないということが挙げられます。

患者さんのプライバシーを守るという観点からは公開の法廷で行う裁判は極力避けることが望ましいといえます。

 

・ADR(裁判外紛争解決手続)

ADRとは、裁判所以外の民間の事業者等による紛争解決のあっせん、調停、仲裁をいいます。

仲裁判断には強制力があり、財産に強制執行するために必要な債務名義となります。

 

メリットとしては、裁判よりも費用が安いことや非公開であることのほかに、医療問題の専門知識がある人が手続に関与することがあげられます。

 

ただし、仲裁判断に対しては不服申立ての制度がありませんから、病院にとって裁判所の手続きよりも不利になることがあります。

 

なお、話合いの途中で診療報酬債権の回収ができなくなっては困りますから、調停やADRが失敗に終わったとしても、一定の条件を満たした手続きをとることで、時効が中断することになっています。

 

民間の事業者を利用する場合、医療問題についての法務大臣による「かいけつサポート認証」を受けている事業者か確認してください。

 

・患者さんが亡くなった場合

患者さんが亡くなった場合、相続放棄をしていない限り、相続人が治療費を支払う義務を負いますので、相続人に請求していくことができます。

 

■強制的な方法

・保険者徴収制度

保険者である地方自治体や健康保険組合が滞納処分として、医療機関に代わって請求するものです。債権譲渡や債権者代位とは違います。

 

国民健康保険を例に見てみます。

滞納処分の一種として行われる強制の処分であるため、財産の調査などが実施されるなど効果的な手続といえます。

 

しかし、原則として一部負担金額が60万円を超える場合であることや、善良なる管理者と同一の注意義務(善管注意義務)を果たしていない限り、徴収してくれません。

ここでの義務とは、回収のための努力を十分に行なうことをいいます。

 

特に善管注意義務を果たしていないことを理由に拒否されることが少なくなく、基準が明確でないこともあり、制度としてはあまり利用されていないのが現状です。

 

実際、未収金問題に関する代表的な調査報告である「(2008年厚生労働省)医療機関の未収金問題に関する検討会報告書」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0710-10b.pdf)では、2006年の実績として、保険者徴収による回収ができたのは、2件(34万円)とされています。

 

現状ではそれほど簡単ではないのです。

ただし、この制度を積極的に活用しようという動きもあります。

 

善管注意義務を果たすための目安として、内容証明郵便や電話、訪問、再診時などに催促を行い、これを記録しておくことが重要とされています(記録がなければ善管注意義務を果たしたことを証明できません。)。また、金額など具体的状況によってどこまでするべきか異なる可能性があります。

 

患者さんの家族への催促も重視しているようですが、家族だからといって法的な支払い義務が生じるわけではないので、強制的と受け取られかねない対応を取ると、逆に不法行為責任を問われるなどの問題が生じかねませんので注意が必要です。

 

なお、具体的な保険者徴収の対応は市町村や健康保険組合によって異なりますので保険者に問い合わせてください。

 

・支払督促

患者さんの住所地を管轄する簡易裁判所に対して申し立てることで、書面を審査して問題がなければ支払を督促する文書を送付してくれます。

 

書留郵便とは異なる、「特別送達」と呼ばれる特殊な方法で送られてくるので、患者さんに対する心理的なプレッシャーも強くなります。

 

しかし、注意が必要な点があります。

 

裁判所には管轄というものがあり、患者さんの住所地や医療機関の所在地に関係なく、好きな裁判所を選んで手続をとれるわけではありません。

 

通常の裁判ですと、基本的に債権者の住所地(診療報酬債権ですと受診した医療機関の所在地)を管轄する裁判所にも訴えを提起できますが、支払督促の場合、債務者である患者さんの住所地を管轄する裁判所のみが取り扱います。

 

一回手続きをとるくらいであればかまわないと思う人もいるかもしれませんが、支払督促は異議を申し出られると通常の裁判に移行することになっていますので、患者さんの住所地の近くの裁判所で裁判を行うことになってしまいます。

 

患者さんが支払いに異議を唱える可能性が高いときは、はじめから少額訴訟や通常の訴訟手続きをとることが現実的といえます。

 

・少額訴訟

少額訴訟手続というのは60万円以下の金銭の支払いを請求するときに利用できる簡易裁判所の手続きの中でも特に簡易な訴訟手続きです。

 

保険者徴収制度が、基本的に60万円を超える場合のみ利用できるとされていることの理由でもあります。少額訴訟手続が利用できるなら保険者徴収制度を使う必要はないだろうということです。

 

原則1回で裁判が終わり、分割払いが認められるなど柔軟な手続であることに特徴があり、患者さんの実情に合わせた裁判ができる可能性が高いといえます。

 

・通常訴訟

診療報酬債権が60万円を超える訴訟の場合には、通常の訴訟手続きとなります。

ただし、60万円以下の場合も通常の手続きをとることは可能です。

 

診療報酬債権が140万円を超えなければ、患者さんの住所地または受診した医療機関の所在地を管轄する簡易裁判所に手続きをとります。140万円を超えれば地方裁判所です。

 

訴訟になったとしても、患者さんとの間で折り合いが付けば、途中で和解することもできます。

 

診療報酬に関する訴訟手続きは簡単ではありませんので弁護士に相談することをおすすめします。

 

■強制執行

裁判などにより債務名義を取得したら、患者さんの財産に対して強制執行手続きをとります(事前に仮差押え手続きをしておくとより有効です。)。

 

強制執行は特に難しいので弁護士に依頼してください。

 

■診療拒否の可否

診療契約は、患者さんからの診療をしてほしいという意思表示に医師が応じることによって結ばれる、準委任契約です。

 

準委任契約とは、法律行為(何かを買ったり売ったりするなど法的な権利義務を生じさせるような行為)以外の何らかの業務を遂行すること自体を目的として結ぶ契約のことです。

 

診療契約が結ばれることで、医師には診療を行う義務が発生し、患者さんは治療費を支払う義務が発生するのです。

 

そこで、診療契約を結ぶ前であれば、契約を拒否できるか、契約後であれば、途中で診療を拒否できるかが問題となるのです。

 

一般的な経営の感覚からいえば、対価の支払いを拒否することが明らかな者からの契約の申込みは拒否するのが当然といえます。

 

医療費の支払いが困難な人の場合、生活保護法による医療券や、国民健康保険の一部負担金の減免制度などもありますが、一定の要件や事前の手続きが必要など、診療報酬債権の回収を確実にするものではありません(もちろんこれらの制度を利用することは重要なことです。)。

 

そこで、治療を拒否できないかという問題が出てくるわけです。

 

医師には診療に応じる一般的な義務があります(医師法19条)。

そのため、治療を拒否することは基本的にできません。

 

ただし、正当な事由があれば別とされています(同条)。

 

何をもって正当な事由といえるかは解釈に委ねられるためはっきりということは難しいのですが、少なくとも、緊急性のない診療について治療費の支払いをしないことを明言しているような場合には正当な事由に当たると考えられます。

 

一方で、診療報酬の不払があったからといってそれだけでは診療の拒否はできないとされています。

 

特に、すでに治療行為を行っている患者さんで他の医療機関による治療が見込めないような場合、途中で治療を拒否することは、医師法や民法に違反するだけではなく、刑法の保護責任者遺棄罪に問われることも考えられます。

 

ただし、緊急性がないのであれば、診療契約を解除することができる場合もあると考えられます。

 

したがって、緊急性のないような場合を除き、通常は診療を拒否することは難しいといえます。

 

■まとめ

・診療報酬債権の時効は「3年」です。ただし、平成32年4月1日以降は「5年」です。

・電話や普通郵便では治療費を支払ってもらえないときは、内容証明郵便、調停、ADR等の穏便な手続を検討し、解決が見込めないときは少額訴訟などの強制的な手続きを検討します。

債権回収の努力を十分行っている場合は、市町村などの保険者に、代わりに徴収してもらう保険者徴収手続きが利用できることがあります。

・診療の拒否は、緊急性がなく、かつ治療費を支払わないことを明言している場合など例外的に正当な事由があるときにのみ認められます。

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