目次
■はじめに
■ポイント1~先取特権とは
■ポイント2~総財産を対象とする
■ポイント3~動産(不動産にあたらない物)
■ポイント4~権利者が複数いる場合
■ポイント5~実行方法
■まとめ
■はじめに
まとまったローンを組むような場合には、あらかじめ抵当権を設定したり、保証人を立てたりすることで、不良債権とならない対策をすることが可能です。
ですが、比較的少額の商品やサービスを提供する場合、あらかじめ担保権を設定しておくことは現実的ではありません。
しかし、一方で担保を立てないと不安となります。
このような場合に備えて、一定の状況になることで担保権が発生する制度が用意されています。
その例として、先取特権があげられます。
これは、当事者間の公平性や類型的に保護されるべき属性の人、社会政策的配慮などから、あらかじめ一定の状況を類型にまとめ、その要件にあてはまる場合に権利を生じさせるものです。
明確な設定契約を結ぶことが困難なケースでも保護されるようにしたのです。
ここでは、不動産以外のものを中心に基本的な事項を解説していきます。
■ポイント1~先取特権とは
制度の根拠
たくさんの債権者がいる場合、それだけ多くのお金を返さなければいけないわけですが、どうしてもすべてをまかないきれないことがあります。
このようなときは、それぞれの金額によって割合的に返してもらえることになります。
たとえば、Xに対し、Aが50万円、Bが20万円、Cが10万円の債権をもっているケースでは、Xが50万円しかもっていなかったとき、割合は5:2:1ですから、Aが31万2,500円、Bが12万5,000円、Cが6万2,500円を返してもらえることになります。
これが原則的な取り扱いです。
平等な分け方であり、なにも問題がないように思えます。
ですが実際上、このような結論では都合が悪いことがあります。
たとえば、AとBの権利は消費貸借によって生じたものであるのに対し、Cの場合は、Xに雇われていた従業員で、未払いの給料だったようなときです。
Cのようなケースについては、生活が立ち行かなくなるおそれが生じることが予想できます。
もちろん、AやBも困るわけですが、消費貸借は金額が大きくなりやすいのに対して、Cのような権利については比較的小さなものが多いという特徴もあります。
もし、AやBの金額がもっと大きかった場合、Cはほとんど受け取れなくなってしまうことになります。
また、BがXの財産を守るために個人的にお金を出していたとしたらどうでしょうか。
AやCがその恩恵をタダで受けられるとしたらとても不公平なこととなります。
このように、実際上、不都合となりやすい場合に備えて、優先的に弁済を受けられるようにしたのが本制度といえます。
ほかにもさまざまなケースで一定の人たちが保護されることになっています。
その根拠は、上記で見たような社会政策的なものや、公平の理念によるもののほか、政策上の理由から特定の産業を保護することや合理的意思の推測を理由とするものなどがあります。
このように、その趣旨は単一のものではなく多岐にわたるため、制度全体に対するものと、個別の規定に対するものを、それぞれ理解していくことが大切といえます。
制度の性質
この権利の大切な特徴として、あらかじめ定められている一定の状態になれば、当然発生する点が挙げられます。
つまり、抵当権や質権などのようにあらかじめ設定契約をしておく必要がないのです。
これは、前記したようなさまざまな状態におかれた債権者が、それぞれ特殊な立場にあることから、類型的に保護の対象となるためです。
ほかにも、担保権としての性質として、付従性や随伴性などもあります。
■ポイント2~総財産を対象とするもの
総財産を対象とする「一般」と、特定物を対象とする「特別」に分けられます。
ここでは、前者を扱います。
その対象は広く、あとで見る自動車、貴金属などの動産や、土地・建物だけではなく、債権や知的財産権などあらゆるものが対象となります。
そのため、この権利は非常に強力であり、被担保債権は無制限というわけにはいきません。
つまり、他者への影響を最小限にするために金額が小さいものであることが求められ、それとともに、保護の必要性が高いものでなければならないのです。
このような考え方から下記の類型に限定されています。
共益的な費用
他の人にも利益となるような出費をしたときは、その金額について認められます。
つまり、その金額分については優先して受け取れることになります。
他の人達にとってもメリットがあるのであり、認めるほうが公平だからです。
たとえば、前記のケースで、Xの財産がYに対する50万円の請求権であった場合に、これが消滅時効にかかりそうになっていたとき、Bがこれを防ぐためにお金を出したときは、AやCも助かるわけですから、その金額分について権利が発生することになります。
もちろん、公平性の観点から認められるものですから、メリットのなかった人との関係では認められません。
労務に関するもの
前記したように、給料などは従業員自身やその家族の生活の基盤ですから、対象とされています。比較的に金額が小さいことも理由とされています。
気をつけるべきは、継続的に支払われるものだけではなく、ボーナスや退職金も対象とされる点です。これらも労務の対価としての性質があり、単に後払いしているだけだからです。
葬式に関するもの
葬祭業を営む場合に重要となります。
債務者自身の式だけではなく、その人が養うべき親族について支出したものについても認められています。
貧困であっても葬式をあげることができるようにするための社会政策的な規定です。
注意すべき点は、どのような内容のものであっても認められるわけではないことにあります。あくまでも、その人にとって分相応なものといえる範囲に限られるのです。
日常生活に関するもの
飲食と光熱に関するものが対象とされています。
その人が養うべき同居の家族や使用人についても含まれます。
気をつけるべき点は、最後の半年間のものに限られていることと、会社が含まれないことです。
判例は、会社が破産し、これに水道水を供給していた自治体が、水道代について優先権があると主張したケースにおいて、法人は対象外としています(最高裁判所昭和46年10月12日判決)。
その理由として、仮に法人を含むとすれば、当該制度の対象範囲が不明確となり、ほかの債権者を害するからとしています。
会社の大きさや経営のあり方によっては認めてもよいのではないかという疑問もありますが、個人会社でも関係ないとしています。
※本件の会社は零細な運動用品店でした。
■ポイント3~動産(不動産にあたらない物)
対象物との間に、特殊なつながりがあるときに、その物について認められています。
つまり、対象物が競売されたときに優先して支払が受けられます。
土地や建物の賃貸
地代や家賃などについて滞納があった場合に、借主が持ち込んだ物があったときは、その物が対象となります。
その趣旨は、関係者の合理的な意思の推測にあります。
問題なのはその範囲です。
さすがにごく短期間部屋の中に入れただけで対象に含まれることにしてしまいますと、広くなりすぎます。
通説は、立法趣旨から鑑みて、常置されたものであることが必要であり、かつ、不動産の使用に関係してなされたものに限定しています。
これに対して、判例の立場はかなり広いといえます。
ある期間継続して存置する目的で持ち込まれた一切の物が対象になるとしています。
赤の他人の所有物は基本的に対象となりませんが、家族の所有する貴金属類なども含まれるとしています。
他人の物については、例外として、それが他人の物であることを知らず、注意しても知ることができなかったようなときは対象になりえます。
したがって、レンタル業を営むような場合には、レンタル品であることが客観的にわかる工夫をすることが大切です。
また、賃借物が又貸しされたり、権利が譲渡されたりした場合、譲り受けた人が持ち込んだものにも及ぶことになっています。
さらに、転貸料など転貸人が受け取ることになる金銭も対象です。
ホテル等滞在費
手荷物が対象となります。
他人の物についても前記と同じ取り扱いとなります。
運送賃
占有している荷物が対象です。
他人の物についても前記と同じ取り扱いとなります。
保存に関する費用
修理費用などその物を守るために必要な費用について認められています。
たとえば、ブランド物の時計やバッグなどを直した場合、他の人に優先できることになります。
売却した商品
商品を売却する場合、一般的には代金と引換にするため、もし支払ってくれないのであれば同時履行の抗弁権を主張して物の引渡しを拒むことができます。
ですが、高額な商品の場合など、後払いとなっているケースも少なくありません。
このような場合に活用できる規定といえます。
農工業
肥料や苗などを提供した人や農家に雇われた人は、収穫物から優先的に弁済を受けられるとされています。工業労役者も作成した製品上に権利が生じます。
公平の理念や農業支援、生活の保護といったことが理由とされています。
ただし、いずれも期間制限がある点に注意が必要です。
■ポイント4~権利者が複数いる場合
これまで見てきたようにさまざまな類型が存在しています。
そのため、優先的な権利を持っている人が一人とは限りません。
その場合、通常の物権の考え方からすれば、権利が発生した順序に従うことになります。
しかし、異なる類型の権利者が複数いる場合、それぞれ認められている根拠が異なるため、その優劣を考えなければなりません。
一般同士のケース
共益、給料、葬式、日常生活に関するものの順序となっています。
一般と特別(動産等)のケース
特別な先取特権のほうが優先されるのが原則です。
ですが、共益に関する費用については、利益を受けているすべての人に優先できます。
動産同士のケース
ホテル等への滞在費、不動産の賃貸料等、運送費が同列で第一順位とされています。
次に、修繕費等の保存が第二順位となっています。
ただし、複数の保存者がいるときは後の人が優先します。前の人は後の人の恩恵を受けるからです。
第三順位は、売買と農工業関係となっています。
ただし、これには例外があります。
まず、第一順位の人が後順位の人の存在を知っていたときは、順位が入れ替わります。
そして、第二順位の人が第一順位の人のために修繕等をしたときも同様です。
他の権利のケース
動産質権者がいる場合には、第一順位と同等とされています。
■ポイント5~実行方法
当該権利の本質的な役割は、他の者よりも先んじて対象物から弁済をしてもらえることにあります。その具体的な方法としては、2つに大別できます。
その一つは、自分で権利を実行に移すものであり、もう一つは他の人によって行われている強制執行などの過程において、自己の利益を確保するものです。
自ら実行する方法
対象物が動産であるときは、その物を執行官に差し出せば競売手続きに入れます。
ですが、そもそも自分が対象物を所持していることは珍しく、相手に任意に提出してもらうようなことは普通は期待できません。
また、直接差し出さなくても占有している人が承諾することでも開始できますが、これも期待することは難しいのが現実といえます。
したがって、上記方法で難しい場合には次の方法を検討することとなります。
他の人が開始した手続きを利用する方法
強制執行や担保競売が行われている場合、自らの権利を示す書面を提出することで配当要求をしていくことが可能です。
この手続の中で前記した順序に従い、自分の取り分を確保していくことが可能です。
また、相手が破産してしまうこともあります。
破産というのは、経済的に破綻してしまった債務者の総財産を整理し、公平に分配するための手続です。
このような場合にも、優先的な権利を認められたり、通常通りに権利を行使することが認められたりしています。
このように、破産のような特殊な状況下においても特別な取り扱いが認められていることや、債務名義がなくても執行手続きを行うことが可能であることは特筆すべきことといえます。
うまく使うことにより債権の回収を容易にすることが期待できるのです。
■まとめ
- 資力が足りない場合、原則として債権額に応じて按分して弁済を受けることになります。
- 本制度は、公平性や当事者の意思、政策的配慮などによりほかの人に優先して受け取れるようにするものです。
- 一定の状況になることで当然得られる権利であり、前もって設定契約をする必要はありません。
- 総財産を対象としたもの(一般)と特定の物のみが対象となるもの(特別)があります。
- 複数の権利者がいた場合には、類型ごとに定められた順番に従うことになります。
- 権利を実現するためには、自ら執行するか他人が行っている手続に参加する方法があります。