目次
はじめに
債権譲渡とは何か
債権譲渡の対抗要件
特例法に基づく対抗要件
債権回収手段としての債権譲渡
担保のための債権譲渡
資金調達手段としての債権譲渡
民法改正の影響
まとめ 

 

■ はじめに

企業が債権を回収する手段として、最も一般的なのは、抵当権をはじめとする担保物権の活用です。
金銭を貸し付けた会社にめぼしい不動産があるときは、その土地や建物に抵当権を設定して、債権回収を確保するのが最も一般的と言えるでしょう。
しかし、抵当権は非常に有名かつ効果的な担保物権なため、いざ設定しようとしても、すでに他の債権者が行っていることも少なくありません。また中小企業では、そもそも価値のある不動産を所有していないというケースも考えられます。
担保物権が使えないとなると、企業は金銭の貸し付けを受けられないかというと、そうではありません。近年有効な担保手段として債権譲渡が注目されています。債権譲渡とは文字通り債権を譲渡することで、一見すると担保手段とは無関係と思われるかもしれません。
しかし金銭債権とはそれだけで非常に価値のある財産であり、それを他者に譲渡するということは重要な法律行為であるため、債権回収手段の方法として十分なり得るものなのです。
本記事では、債権譲渡の性質を解説しながら、債権回収手段としての債権譲渡について詳しく検討したいと思います。

■ 債権譲渡とは何か

・債権を譲り渡すということ

債権回収手段としての債権譲渡について言及する前に、そもそも債権譲渡とは何かについて解説したいと思います。
債権譲渡とは、一言でいうと債権を他者に譲り渡すことです。しかし、債権は物権とは違い特定の人に対する権利なので、ただ単に物を譲り渡すこととは異なる点もいくつかあります。

・債務者への通知または承諾

例えば、Aが車をBに譲渡する場合は、車をBに引き渡した時点で、譲渡行為は終了しますが、債権の場合は特定の人間に対する請求権なので、権利を譲渡しただけで終了とはなりません。
具体的に言うと、例えばAがBに対して100万の金銭債権を有しており、それをCに譲渡するとします。この場合、Aがその100万の債権をCに譲渡しただけで終了してしまうと、債務者であるBはAがCに譲渡した後も、債権者はAのままだと認識してしまい、債権譲渡後も誤ってAに支払うことになってしまいます。
従ってAはCへ債権を譲渡した後、その通知をBにしなければなりません(民法467条1項)。またこれは、債務者が誰が債権者であるかを知ることができればいいことから、通知がなくても債務者が債権譲渡があったことを承諾すれば、通知は必要ありません(民法467条1項)。

・譲受人は通知ができない

 このような通知または承諾を債務者への対抗要件と呼ばれており、これがなければ債権譲渡を債務者へ対抗することはできません(民法467条1項)。
また債務者への通知は譲受人ではなく譲渡人がしなければならないとされています。理由は譲受人でもできるとなれば、虚偽の債権譲渡の通知が、いくらでも作り出されてしまうからです(債権譲渡に全く関係ない人間が、譲受人のふりをして通知ができてしまうため)。
従って上記の例においても、Aが100万の債権をCに譲り渡すことの通知を、AがBに通知しなければなりません。ただしCが予め債権の譲渡を承諾していた場合は、通知の必要はありません。

■ 債権譲渡の対抗要件

・確定日付の要求

債権譲渡の債務者への対抗要件は、前述の通り説明しましたが、債務者への対抗要件だけではなく、第三者への対抗要件というものも民法で規定されています。また第三者への対抗要件は債務者への対抗要件同じ、譲渡人による通知または債務者の承諾なのですが、その通知または承諾に確定日付が要求されています(民法467条2項)。

・確定日付による優劣

債務者への対抗要件は、対抗要件を備えたのかどうかしか問題にならず、いつ対抗要件を備えたのかは問われないためその日付は要求されません。

しかし、第三者への対抗要件については、複数の人間に債権が譲渡された場合に、その中で誰が最初に譲渡されたのかを知る必要があるので、その通知または承諾があった確定日付というものが必要となります。

従って、確定日付のない通知または承諾は、確定日付がある通知または承諾に劣後することになります。また通知または承諾があっても、それより先の確定日付がある通知または承諾がある場合は、それに劣後することになります。

・二重譲渡された場合の具体例

 例えば、Aが100万の債権をBに対して有しており、その債権をCに譲渡し、その後更にDに譲渡したとします。この場合Cの債権譲渡の通知には、確定日付の通知がなく、Dの債権譲渡の通知には確定日付があった場合には、CはDに対して債権譲渡を対抗することができず、DのみがBに100万の支払いを請求することができます。

またCの通知が2018年1月3日の日付で、Dの通知が2018年1月5日の日付でBに送達された場合など、どちらも確定日付がある場合は、通知が先に届いたほうが有効に債権を取得することができます。

・先に到達した方が勝ち

このような場合は一見すると、通知の到達順ではなく、日付が早いほうが有効に債権を取得するのが妥当だと思う方もいらっしゃると思います。しかしそのように判断すると、Dより先の日付の通知を得たCが日付があった時点で勝ったことになり、そのことにあぐらをかいて、迅速な通知を行わない恐れが出てきます。
更に日付順にしてしまうと、1月5日のDの通知が届いたことでBがDに弁済した後、日付がDより早いCの通知が来たとき、Bは有効に債権を取得していないDに、誤って弁済したことになってしまいます。従って日付順で判断すると、Bは誤った弁済のリスクが常にあることになり、非常に不安定な状況に置かれてしまいます。
従ってそのようなリスクを回避するため、判例は日付の順ではなく、その通知が早く到達した者の譲渡が優先されると判断しました。従ってこの場合は、1月3日の日付であるCのほうが早い日付なのですが、1月5日のDの通知がCより先に到達した場合は、Dの債権譲渡が優先されることになります。この場合Cは、Bに対して債権譲渡を主張することはできません。

■ 特例法に基づく対抗要件

・通知に変わる制度

以上で検討してきた対抗要件は、民法での規定がある対抗要件の方法であり、これがまず基本となります。しかし企業における債権譲渡というのは、業績の悪化に伴い起こることが多く、譲渡があったことを債務者へ知らせることを嫌う会社も少なくありません。
また債務者への通知は債務者へ情報を集めるために行っていたものであり、別のところで債権譲渡の有無が確認できれば、あえて債務者への通知をする必要はなくなります。

・法人限定の登記制度

 このような要求からできたのが、動産・債権譲渡特例法であり、この法律では民法の対抗要件制度に変わるものとして、債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記があった時は、確定日付の通知があったものとすると規定しました(動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律4条1項)。

この譲渡の登記は誰でもが使えるものではなく、法人限定とされています。従ってこの登記は企業を主体とした制度であり、今後の企業間取引における債権譲渡は、民法における通知よりも、登記を使ったものになる可能性が高いです。
ただ従来の通知制度を、企業が使用することも当然可能であり、その選択は各会社に委ねられているといえるでしょう。

■ 債権回収手段としての債権譲渡

・二つの債権回収手段

以上の解説で、債権譲渡の基本制度についてある程度言及できたかと思いますので、これからは、債権回収としての債権譲渡について解説したいと思います。まず方法としては大きく分けて2つあるといわれています。

・抜け駆け的債権回収

例えばB会社がA会社に1000万借りており、返済期限は過ぎてしまっているとします。
しかしB会社は1000万の現金は持っておらず、高価な不動産はありません。
ただ一方でC会社に対して1000万の金銭債権を有しているとします。このような場合、A会社はB会社のC会社に対して有する1000万の債権を譲渡して、それによって弁済があったことにするのです。これが債権譲渡による債権回収の基本となる方法です。
この場合本来は、A会社はB会社に対して、強制執行手続きを行い、そこから債権を回収するのが基本となります。しかしそのような強制執行手続きによると、B会社に他の債権者がいた場合、B会社の財産次第では、債権を全額回収できないこともあります。
一方で債権譲渡による債権回収は、確実に1000万全額回収でき、ある意味他の債権者を出し抜く回収手段ともいえます。よってこのことから、このような債権譲渡は、抜け駆け的な債権回収手段ともいわれています。

・買取金額により弁済する方法

またもう一つの方法は、B会社はC会社に対する1000万の債権を別の会社に買い取ってもらって、そこで得た金銭によってA会社に弁済を行う方法です。
このやり方は債権の買取を経由して、それで得たお金での返済であるので、先ほどの方法よりやり方は複雑になります。
また1000万の債権を売ったとしても、そのまま1000万の金額で売れることは、まずありません。C会社の資産状況などを考慮した上で、債権の評価額が決定されることになりますが、元の金額の8割位の値が付けば良いほうと言われています。
従って1000万の場合は、800万で買い取ってもらえれば、十分ということになります。ただそれだと、B会社は1000万の債務に対して800万の弁済しかできないことになり、200万の債務が残ってしまいます。
従ってこのようなことから、一つ目の方法である債権をそのまま譲渡する方法での弁済手段が基本となります。買取での方法は、あくまで一つ目の方法が何らかの事情で使えないときに、その使用が検討される予備的手段と言っていいでしょう。

■ 担保のための債権譲渡

・債権自体の担保価値

また債権譲渡は、債権回収手段だけではなく、担保目的で使用されることも多くあります。例えばA会社は銀行から融資を受けたいと考えているとして、A会社は高価な不動産はなく、あるのはB会社に対する1000万の債権だけだとします。
このような場合に融資を受ける方法として、債権を担保とする手段があります。具体的には、融資を受ける代わりに債権の譲渡の合意をするが、対抗要件は備えずに、返済が滞った時に初めて対抗要件を備えて完全に債権を譲渡する方法です。
例で説明すると、A会社は銀行から融資を受ける代わりに、B会社に対する債権を銀行に譲渡する合意をします。
しかしその時点では債権譲渡の合意をするのみで、対抗要件である通知または承諾は行いません。
その後期限を過ぎてもA会社が銀行に弁済を完了できなかった時に、銀行は債務者であるB会社に確定日付のある通知をして、完全に1000万の債権を譲り受けることになります。
その時点で銀行は担保としての債権譲渡を完了して、債権を回収することができるのです。

・サイレント式債権譲渡

このようなやり方では、B銀行はA会社が弁済を怠るまで債権譲渡の合意があったことがわかりませんが、これがA社の狙いでもあります。
前述したように債権譲渡は会社の財務状況が悪化した際に行われることが多く、多くの企業は通知するのを嫌がります。従って直前まで、債務者である会社に知られないことは、債権者である会社にとっては好ましいことなのです。
このような債務者に知らせない上で、担保目的で行う債権譲渡「サイレント式」での債権譲渡と言われています。

■ 資金調達手段としての債権譲渡

・債権の証券化

債権譲渡によりあらたに資金を調達するケースが近年増えてきています。例えば、多数の顧客を抱えるクレジット会社が、その金銭債権をB会社に譲渡し、B会社はその多数の債権を引き当てに社債を発行して、市場から資金を調達する方法です。
ちなみに社債とは、会社に対する金銭債権のことで会社からすれば、返済しなければならない借金に相当します。またB会社はクレジットの顧客から得たローンにより、社債を引き受けた投資家たちにその引受額を支払うことになります。

・仕組み金融(ストラクチャード・ファイナンス)

 資金調達のために債権譲渡は、その仕組みが非常に複雑であり、正確に理解するためには会社法の知識も必要になるため、今回の記事でそのすべてを説明することは困難です。
従って大まかになりますが、債権を引き当てに有価証券(社債)を発行する仕組みというように理解していただければ結構かと思います。

このように債権の証券化のような新たな金融手法を、仕組み金融(ストラクチャード・ファイナンス)と呼び、その利用価値が近年注目を集めています。

■ 民法改正の影響

・改正の趣旨

今回解説した部分(債権譲渡の対抗要件制度など)では、あまり影響はないですが、昨年の民法改正で、債権譲渡はかなり変更されています。主な変更内容は、①現代社会において役に立っていない条項の削除と、②判例の解釈の明文化の二つです。
①については、旧民法では「証券的債権」という特殊な債権の規定があったのですが、現代社会の実情に合わず、存在意義がまるでなかったため、すべて削除されました。
②については、将来債権の譲渡や債権譲渡後における相殺の可否などの条文が、新たに規定されました。これらについては、旧民法で条文の規定はなく、判例の解釈により認められたに過ぎなかったのですが、今回の改正で条文上認められることになりました。
ちなみに今回前半で詳しく解説した対抗要件制度は、若干の文言の変更のみで、ほぼ変更はありませんでした。

・改正民法の適用時期

ただ留意しなければならないのが、昨年改正された民法は、まだ適用されていないという点です。
ややこしい話なのですが、改正民法を施行するためには、そのための政令が必要であり、その政令がまだ制定されていないことが理由です。
従ってそれまでは、旧民法が適用されることになります。改正民法施行のための政令は、2020年頃に制定されるといわれています。(ちなみにこの記事は、2018年1月に執筆しています。)

■ まとめ

以上、債権譲渡の現代社会における意義について概説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
前述したように債権譲渡は、その譲渡を引き当てとした新たな回収手段として注目を集めており、企業間取引においてその利用価値は、看過できないといえます。
昨年の法改正も、資金調達手段としての債権譲渡を意識したものといえ、経済界からの需要に応える形になっています。単なる債権回収手段としての意味を超えつつある、債権譲渡という法律行為は、今後企業の成長戦略において重要な意味を持つと思われます。
債権譲渡が御社の企業利益に大きく寄与するためにも、債権譲渡のご検討の際には、是非当事務所にご相談ください。