目次
■はじめに
■ポイント3~マンション管理士として滞納費の回収に関与すること
■まとめ
■はじめに
国民のおよそ1割はマンションに居住しています。
マンションの数は増え続けていますが、同時に老朽化の問題が起きています。
築50年を上回るものの推計数は、平成29年末現在でおよそ5万3,000戸に上ります(「築後30、40、50年超の分譲マンション戸数」(国土交通省))。
築40年を上回るものに至っては、72万9,000戸もあり、ストック総数に占める割合がおよそ1割にもなります。
マンションの立替えや大規模修繕工事、その前提としての長期修繕計画、修繕計画を支えるための積立金、それを支払うオーナーの高年齢化、少子化に伴う相続人の不在等、マンションをめぐる問題は極めて深刻なものとなっています。
このような現状や、さらに問題が深刻化していくことが予想されたため、平成13年に「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」が制定され、専門職として「マンション管理士」制度が創設されました。
マンション管理士を利用することで、適切なマンション管理が実施され、マンションのスラム化などの問題を防ぐことが期待されています。
しかし、マンション管理士を取り巻く経営環境も決して楽観できるものとはいえません。
マンション管理士は専門の国家資格者として重責を負っており、善管注意義務により常に損害賠償責任にさらされています。
マンション管理士に責任がない場合であっても、管理組合との間で何らかのトラブルが生じたような場合に、報酬の支払いを拒否されることもあります。
ここでは、マンション管理士が遭遇する可能性のある、日々の業務における様々なトラブルへの対処法や債権の回収方法について解説していきます。
■ポイント1~各種の業務
マンション管理士の業務は、大きく単発での仕事と、顧問契約を前提とした長期契約に分けられます。
経営を安定させるためには顧問契約を結ぶことが重要ですが、一度トラブルが生じた場合、長期にわたって顧問契約料の支払いが滞ったり、オプション契約に基づく個別報酬の支払いを拒否されたりするなど影響が深刻なものとなりやすいといえます。
一方、単発での業務も信頼関係が形成されていないことからトラブルが発生しやすいといえ、個々の業務では大した金額ではなくとも、同様の問題が重なれば経営を圧迫しかねません。
・相談業務
管理組合から、各種の相談を受け助言をすることはマンション管理士の基本業務といえます。
例えば、高齢化の影響によりエレベーターの設置やバリアフリー化についての相談を受けることが考えられます。
この相談業務を発端に、長期契約など個別の業務に結びつけていくという役割もあります。
この相談業務については、誤ったアドバイスをした場合、信用をなくし契約を失うだけではなく、損害賠償請求を受けるおそれがあることから注意が必要です。
1回あたりの相談料は数万円程度と高額とはいえませんが、支払いに応じてもらえない件数が増えれば無視できないものとなります。
・理事会運営等のサポート
理事会運営は持ち回り役員にとっては何をしていいのかわからないことも多く、頼られることが多い分野といえます。
役員にとっては、マンション管理士がいるおかげで自分たちの法的な責任を問われるおそれを減らすことができることも利点と考えられます。
その分、マンション管理士に過大な期待をかけることも多く、後述するような管理費の滞納問題の解決を依頼されることにもつながり、トラブルに発展することがあります。
・総会出席、規約変更サポート
総会へ出席し、具体的な助言などを行うことも顧問契約に含めていることが多いといえます。
規約の変更が必要な場合には、これを適切に指摘していくことも重要です。
特に経済や住環境に関する法令の変化は速く、社会情勢の変化に合わせて適宜規約の変更が必要となるため、規約の適切かつ迅速な変更が組合から期待されているといえます。
例えば、民泊新法が成立した際、施行までに規約の変更を実施するには専門知識をもった者が必要でしたが、マンション管理士がその役割を担っていました。
見方を変えれば、期待通りに新法に合わせて迅速に規約変更ができなかった場合には、報酬の請求を拒否されることが考えられます。損害が発生していれば賠償責任も生じます。
・各種契約サポート
管理業者などとの各種契約に立ち会うことも重要な業務とされています。
設備管理に関する知識をもっているマンション管理士が立ち会うことで、マンションの実態に合わせた契約ができるからです。
一方で、過剰な契約など不適切な契約を見過ごした場合には責任を問われるおそれがあります。
・管理業者チェック
管理業者の業務遂行の適否についてのチェックも重要な業務とされています。
適切でない業者であることが判明した場合には、他の業者に変更するよう進言することも義務となります。
この義務に違反した場合、善管注意義務違反として報酬の支払いを拒絶されたり、損害が生じた場合には賠償請求を受けたりすることもあります。
・大規模修繕工事サポート
マンションは長期的な視点に基づき、修繕計画を立て、その計画に沿って修繕積立金の徴収などを行い、将来に渡る資産価値を維持していくことになります。大規模修繕工事は10数年サイクルで実施されるものが多いとされていますが、マンションが建てられた年代や築年数、建材の種類などによって多少の差はあるようです。このような違いは素人には判断することが難しいといえます。修繕計画を立てるには、設備に関する専門的な知識が必要であることから、マンション管理士等の専門家に頼ることが多いといえます。
その場合、個別のマンションの現状に合わせて、修繕計画を立てる必要があることになります。
建物自体だけではなく、住んでいる人の資力や、これまでの修繕積立金の額などを総合的に判断していくことになります。
もしも、この修繕計画が的はずれないい加減なものであった場合、法的な責任を追求されることになります。
特に問題となっているのが、修繕積立金の不足です。
このことに気がついていたにもかかわらず放置すれば、大きなトラブルになります。
必要な修繕工事ができないことになれば、マンション住人からの強い反発を受けることが予想できます。
修繕積立金の改訂を提案することは極めて重要な義務です。
これを怠れば、報酬の支払いを拒否されるだけではなく、多額の損害賠償責任を負わされるおそれがあります。
■ポイント2~第三者管理サービス
近年、少子高齢化などの問題により、外部専門家を管理者として選任し、理事長や管理組合が行うべき職務について委任するケースが増えています。その管理者にマンション管理士が選任されることも増えています。
管理者は訴訟を行う権限も認められることがありますが、マンション管理士は訴訟に関する専門家ではありません。訴訟や強制執行、それ以前に行う仮差押え等の保全執行を行うことは容易なことではありません。無理に自分で行おうとすれば、遅延損害金を含めた債権全額の回収ができなかったり、余計な費用や時間がかかってしまったりして、報酬の支払いを拒否され、場合によっては損害賠償を請求されることもあります。
通常の管理業務のほかに、権限の範囲内だからという理由で、専門外の行為を行うことは大変危険なことといえます。
しかしながら、滞納を放置するわけにもいきません。
そこで、あらかじめ規約や契約書に一定の要件を満たした場合には弁護士に委任できるとの条項を設けることが考えられます。
例えば、電話や訪問、郵便等の一定の手段を講じたことや、一定期間を経過しても支払われない場合、管理者は弁護士に依頼できる旨の規定です。
このような直接的な規定がない場合であっても管理者の権限の解釈や総会決議によって委任は可能ですが、要件を明確にし、できるだけ疑義が生じないようにしておくことは大切です。
■ポイント3~マンション管理士として滞納費の回収に関与すること
債権回収は原則として弁護士のみが行うことが許されており、マンション管理士が行うことはできません。
組合より管理費などの未払金の相談を受け、回収の依頼がされることが少なくないようですが、回収の権限がないこと、弁護士に依頼する必要があることをアドバイスする必要があります。専門外の業務については適切な専門家に依頼するよう説明することもマンション管理士に課せられた善管注意義務の一種です。これを怠れば報酬の支払いを拒絶されたり、損害賠償を請求されたりするおそれがあります。
マンション管理士の中には管理費等については回収しても構わないという誤解をもっている人がいるようです。
確かに、マンション管理士の業務として、滞納金の状況を把握するため、支払い可能性の調査のため滞納者とコンタクトをとることも必要なことかもしれません。今後の修繕計画などを立てる上で避けて通ることができないからです。
しかしそれは、支払いを拒否している滞納者から取り立てる権限があることにはなりません。
ここで問題となるのは弁護士法72条における、「その他一般の法律事件」について、「法律事務」を遂行することにあたるかということです。
2つの要件は異なるため混同してはいけません。
「その他一般の法律事件」の定義は、法的な権利や義務について争いがあったり、疑義があったり、新しく権利や義務を生じさせたりすることとされています。
この点について、事件性が必要であるとする見解と不要とする見解があります。
最終的には訴訟で解決される問題であるため裁判所の判断が重要です。しかし明確な判例はありません。
「事件性がある」ということの意味は、紛争が顕在化しているということです。
支払いが拒否された場合、紛争が顕在化することになります(「公金の債権回収業務」17ページ(内閣府公共サービス改革推進室))。
したがって、口座に入金し忘れたなどの理由で一時的に引き落としができなかったような場合は、紛争が顕在化していないため事件性がありませんが、支払わない意思が明確な場合には(長期にわたって滞納していたり、電話をかけた場合に一方的に切られたりするなど黙示的なものを含みます。)、紛争が顕在化したことになり、事件性が肯定されることになります。
マンション管理士に具体的な滞納費の相談が寄せられる場合、すでに管理業者や管理組合が支払いを請求しているはずであり、紛争が顕在化している可能性が高いことになります。
外部の専門家に報酬を支払ってまで回収しようとしているのであれば、事件性を否定することは困難です。
したがって、事件性必要説から判断しても法律事件にあたると考えられます。
一方、「法律事務」とは、法的な効果を生じさせたり変更させたりするための事務処理などをいいます。
債権の回収行為が代表的です。
したがって、滞納の事実や入金先を案内する程度のことは法律事務とはいえません。
ですが、すでに支払いを拒否しているケースであれば、滞納の事実も入金先も知っているはずであり、繰り返し行うことは単なる案内ではなく、「請求」として「法律事務」に当たると考えられます(前記「公金の債権回収業務」17ページ、「強制徴収公債権の回収における弁護士の役割」9ページ(東京弁護士会自治体等法務研究部)参照)。
すでに指摘しましたように、マンション管理士に依頼があった時点で管理業者や管理組合から再三連絡がいっているはずです。
そのため、マンション管理士が滞納金について支払いを促す行為は、実際上、法律事務に該当する可能性が高いと考えられます。
よって、弁護士法に違反するため依頼は受けられないこと、専門の弁護士に依頼することをアドバイスすることが必要です。
ほかにも、マンション管理士が訴状の作成等に関与するケースがあるようですが、裁判所に提出する書類の作成については司法書士法で、内容証明等の通常文書については行政書士法で規制されています。裁判所に提出する書類の作成については相談に応じるだけで処罰の対象となります(司法書士法78条1項、73条1項、3条1項5号、4号)。
そのため、このような支援行為を行うこともトラブルのもとです。
調査の限界の問題もあります。
例えば、債務者が行方不明で連絡が取れなかったり、亡くなっていて相続人が判明しなかったりする場合、住民票や戸籍の調査が必要となります。
弁護士であれば、法律上の規定により必要書類の交付を請求できます。
これに対しマンション管理士はそのような権限がないため、組合の理事長に請求してもらわなくてはならず、手続きが煩雑となり時間もかかることになります。
債権回収は時間との勝負となります。
消滅時効や、財産の散逸、他の債権者への支払いなどの問題があるからです。
もし、迅速に手続きがされないことで全額の回収ができなかった場合、損害賠償請求を受けることになります。弁護士に依頼するよう説明することを怠っただけでも問題となりえます。まして違法な回収行為をすることは論外です。
したがって、滞納の問題に関して相談を受けた場合には、自分で解決しようとせず、弁護士に依頼することをアドバイスすることが重要といえます。
■ポイント4~弁護士に依頼することのメリット
債権回収の具体的な方法としては、上記に述べた訴訟等のほかに、少額訴訟、支払督促、民事調停などがあります。
弁護士が関与することで、強制的な手続きをとらなくとも自発的に支払ってくれることも多いため、結果的に穏便に済ませられることも少なくありません。
問題が長期間に及べば債権額も高額となり、かえって問題がこじれることにもなります。
■まとめ
・マンション管理士の業務は単発の業務と顧問契約を前提とした長期契約に大別できます。特に顧問契約においては長期にわたって報酬の支払いを滞納されると経営に深刻な影響が現れます。単発での業務についても放置すると大きな金額となるため早めの対処が必要です。
・各種の業務には善管注意義務が課せられているため、過失がないように注意が必要です。特に、長期修繕計画に伴う修繕積立金の算定には注意が必要です。ただし、過失による損害賠償請求権により相殺されたとしても報酬請求権がなくなるとは限りません。
・外部専門家として管理者に選任された場合であっても、マンション管理士は紛争解決の専門家ではないため、善管注意義務の一環として、滞納金の問題については弁護士に依頼することが重要です。
・マンション管理士として管理費の回収を行うことはできません。滞納金の相談を受けた場合には、弁護士に依頼するようアドバイスすることが必要です。これを怠れば善管注意義務違反を問われるおそれがあります。
・弁護士に債権回収を依頼すれば訴訟等に至らずかえって穏便に問題を解決できることがあります。