平成11年12月24日/札幌地方裁判所判決

  • 事実の概要

原告は被告との間でマンションの賃貸借契約を締結し、同マンションに居住していた。
原告と被告との間の賃貸借契約では、賃借人が賃料支払いを7日以上怠った場合に、賃貸人が自由に施錠できるなどの特約がなされていた。
その後、原告は被告に対して居室内の雨漏りとカビの発生について苦情を申し立て、被害の賠償を請求したところ、カビの発生に関する被害については弁償を受けることができなかった。そのため、原告はその後被告に対して支払うべき賃料を7日間以上留保させるに至った。
これを受けて被告は、上記特約に基づいて原告が居住していたマンション一室の施錠を取り替え、原告が居室を利用できないようにした。そのため、原告は再度居室へ入るために施錠を取り替える必要が生じたため、被告に対して施錠取り替え費用の請求を求めた。

  • 判決の要旨

賃借人の平穏に生活する権利を侵害することを内容とするものであることは明らかである。…本件特約に基づく措置は、催告のように金銭債権の行使方法として社会通念上通常のものであると認められる範囲を大きく超えているものといわざるを得ない。
本件特約は、賃貸人側が自己の権利(賃料債権)を実現するため、法的手続によらずに、通常の権利行使の範囲を超えて、賃借人の平穏に生活する権利を侵害することを内容とするものということができるところ、このような手段による権利の実現は、近代国家にあっては、法的手続によったのでは権利の実現が不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合を除くほか、原則として許されないものというほかなく、本件特約は、そのような特別の事情がない場合に適用される限りにおいて、公序良俗に反し、無効である。
 

  • 解説

本件の判例は、アパートやマンションなどの賃貸借の場面において、賃借人が賃料を支払わなくなった場合に賃貸人がどのような措置を取ることがどうかを争点としたものです。
賃貸人としては、賃借人から賃料を支払われなくなった場合、支払われなくなった賃料を回収するための措置を講ずる必要があります。本件判例における特約は、一定期間賃料を支払わなかったような場合において施錠が交換されて、居室に立ち入れなくなるというペナルティを賃借人に与えることにより、賃借人に毎月の賃料支払いを促す効果があると言えます。また、賃借人が夜逃げをした場合や自殺してしまった場合に迅速な措置がとれるよう、施錠を交換できる特約を設けておくことは賃貸人が効率的に収益活動を行う上で一定の機能を持つとは言えます。
もっとも、近代国家理念のもとでは、紛争の当事者が自らの力で被害を回復するような自力救済は認められておらず、あくまで裁判を通じた公権力的な解決が原則となります。これは本件のような場合であっても同様であって、民事訴訟を通じて賃貸人が賃借人の占有する居室に立ち入る他、施錠を交換するということは実現可能であるため、このような法的手続きに則った権利の実現が、紛争当事者が目指すべき第一の解決ルートであって、特約を通じて強制的に施錠を交換するといった措置をとることは許されないことになります。なぜなら、今回のように施錠が交換されると、賃借人は居室に入ることができなくなり、自らが占有している居室を利用できないという大きな不利益を伴う一方、賃貸人は自らの主張を実現するための手立てを法的に設定されているため、それに則って主張の実現することを求めても賃借人が被る不利益に比べて大きな不利益とは言えないためです。
とはいえ、民事訴訟手続きを実践していたのでは賃貸人の権利の実現が到底かなわないような場合であって、施錠交換を行う緊急の必要性があれば、例外的に認められる余地があるとはいえます。