はじめに

債務者の経済状態が芳しくなく支払いが滞った場合、とりあえずいまの契約を維持したまま履行を促したり担保権の実行を検討したり、訴訟などの裁判所を利用した手続などを検討することが多いと思います。

取り引きの内容によっては契約を解除することでこれ以上の損失を回避したり、商品の引き上げにより回収を図ることも考えられます。
契約を解消するには民法で規定された方法をとるのが基本となりますが、債権者にとっては使い勝手がいささか悪いといえます。限られた要件を満たしその上で一定の手順を踏まないと解除できないからです。
しかし強行法規とは解されていないため合意によってある程度要件を簡略化することが認められています。

ここでは失権約款のほかこれに関係する特約も含めて解説していきます。

ポイント1~事前対策の重要性

債務不履行への対処は問題が起きる前に行うものと、具体的な問題が生じた後に行うものの2つに分けて考えることが大切です。

すでに問題が生じているのであれば裁判所を利用した法的な手続きとして訴訟などを視野に迅速に対応することになります。

事前の対策としては契約を結ぶ際に有利な条項を盛り込むことが基本となります。売買契約や賃貸借契約などその種類によって工夫をしていくことが必要です。

期限の利益の喪失は多くの契約で用いられる規定です。債務者は約束した日までは代金や借りたお金を支払う義務はありません。このように期日が来るまで債務を履行しなくてもいい状態を期限の利益といいます。債権者から見れば一切請求できないということです。
しかし分割払いの一部の支払いが遅延しているなど信用状態が悪化しているにも関わらず期限まで請求できないというのでは債権者にとって不利益となります。特に住宅や自動車など高価な商品について長期の分割払いとなっている場合に、債務不履行となったとき残りの債務について請求できないのでは債権の回収に支障が生じるおそれがあります。もし全額について期限が来たことにできれば担保権の実行などにより速やかに対処可能となります。
このような事態に備えて一定の事情があったときには期限が到来したことにするという特約が期限の利益喪失条項です。後述の失権約款などと併用することが効果的です。

継続的な売買契約により生じた売掛金が滞納したときには取引を停止し損害を抑えるとともに、商品の引き上げによる回収も検討することになります。また、割賦販売など分割払い金の一部が遅延したときにも商品の引き上げが重要な選択肢となります。
これらを実現するには契約を解消することが必要です。そのためには原則として一定の期間内に債務を履行するように催告することが要求されています。しかしこれではタイムラグが生じるため迅速さが命ともいえる債権の回収にとって大きな問題となります。
そこであらかじめ催告をしなくても解除できるとの条項を定める方法があります。

催告さえも不要とし不履行等の一定の事実があれば当然に契約を解消させる条項を定めることもあります。
例えば、不動産のローンつき売買において返済が遅れたときに当然に契約を解消する扱いにしたときです。これは解除条件の付された売買契約にあたります。
こういった特約は債権者にとっては有利ですが、反面債務者にとっては厳しい内容となっているためその有効性については問題が生じることになります。

ほかにも担保をとったり違約金を定めたりするなどさまざまな対策があります。

ポイント2~契約の解消

債権の回収方法はなにも契約を維持しその内容どおりの債務の履行を求めるだけではありません。契約を白紙に戻し引き渡した商品を引き上げる方法もあります。

民法上の解除は一定の要件を満たした場合にいずれかの当事者の意思により契約を解消させるものをいいます。はじめから契約がなかったのと同じ扱いにするためのものです。そのためお互いに受け取った商品や代金があれば相手に返さなくてはいけなくなります。つまり相手に商品を引き渡し済みであればこれを返還してもらうことで回収することが可能となります。

具体的には債務者に相当な期間内に約束した代金を支払うように求めます。期間がどのくらいかについては契約の種類や当事者の属性などによって変わるため一概にはいえません。一般的に履行するのに十分と考えられる期間が経過したにも関わらず相手が履行しないときには解除が可能となります。
この場合の通知は証拠に残すため内容証明郵便を使うことが望ましいといえます。これによりどのような内容の書面であったかが証明可能となります。また相手方に到達したことを証明するため配達証明付きにすることが望ましいです。

催告が無意味といえる状況ならば直ちに解除できます。
履行をしたくても客観的にみて不可能といえる場合が典型例です。

例えば、建物の売買契約をした場合において後日火事によって全焼したようなときです。契約の目的物が物理的に消失してしまっているため引き渡したくてもできず履行を促すための催告は無意味といえるからです。
ほかにも履行をしないことを明確に示したときや特定の時期に履行しなければ意味がない場合にその時期を過ぎてしまったようなときがあります。
これらについては特に特約を結ばなくても解除可能です。

無催告解除

履行の見込みがあるときには原則として催告なく解除をすることはできません。これを可能とするためには当事者間であらかじ約束しておかなければなりません。
具体的には一定の事実が起きたら催告せずに解除できると契約書に書いておきます。
問題なのはこのような特約が有効かという点にあります。法律上の規定よりも債務者にとって不利益となるからです。支払ったつもりであったが忘れていたような場合であってもある日突然解除されてしまうことも考えられます。一方で信用に不安の生じている状況で時間をかけていては損害を被る可能性があるという債権者側の事情もあります。
結論から言えばこのような規定は基本的には有効と言えますが契約の内容によっては制限されることもあります。
例えば賃貸借契約の事例ですが、最高裁は催告をしないことが不合理とはいえないような事情があるときには有効であるとしています。

失権約款

解除の通知さえ不要として一定の事実があればそれだけで解除されたことにしてしまうこともできます。これが失権約款ですが解除の意思表示もないため債務者にとってはより厳しいものといえます。
そのため無催告特約よりも有効性の要件はより厳しくなると考えられます。
賃貸借契約の事例において最高裁は、信頼関係が当然解除を相当とする程度に破壊されていないときには解除を認めないとの判断を示しています。
これは不動産賃貸の事例でありそのまま他の契約に当てはまるわけではありませんが、無催告解除のケースよりも有効性が厳しく判断される可能性があります。
そのため失権約款に基づきなんらの通知をすることもなく解除されたものとして扱うことはできるだけ避けるほうが望ましいといえます。
ただし失権約款が無意味であるということではありません。このような規定を置くことにより債務者にプレッシャーを与えることで履行を促す効果が期待できます。また相手が解除通知の受け取りを拒否するようなケースもありますが、そのような状況に対処するためにも有効であるといえます。

その他

前記の特約は法律による制限を受けることがあります。
例えば、割賦販売法では一定の割賦販売契約について書面での催告を必須としてこれに反する特約を許していません。
また消費者契約法により前記のような特約は消費者の利益を一方的に害するものとして無効となる可能性があります。
一般条項である公序良俗違反による無効となるおそれもあるため債務者の利益にも配慮することが必要です。

ポイント3~契約書を作る際に気をつけるべきこと

解除の形態

解除の効果を発生させる方法には特定の事実が起きただけで当然に効力を生じさせるものと、一定の事実プラス解除の意思表示により効力を生じさせるという2つの定め方があります。
使い分けですが、契約の存続が可能なケースでは解除の意思表示を必要とし、それが困難なケースについては当然に失権する旨を規定することが考えられます。
例えば、破産手続きなど債務整理が開始されたようなケースでは当然に解除されることにして、それ以外のケース(支払いの遅滞など)では催告のみを不要とすることが考えられます。
ただし当事者の属性(消費者か法人かなど)や契約の内容(一部の割賦販売など)により条項が無効となるおそれがあるため個々のケースに合わせて検討することが必要です。

解除の理由

どのような状況になったら解除可能とするかできるだけ具体的に指定します。

一般的には、

  • 1回でも支払いが遅れたとき
  • 破産手続や民事再生手続が申し立てられたとき
  • 仮差押え、仮処分、強制執行若しくは競売の申立てや滞納処分を受けたとき、またはその他類似の手続きが行われたとき
  • 債務者の住所が不明となったとき
  • 犯罪組織の一員であるなど反社会勢力の関係者であると判明したとき

などを列挙し、当然に失権するか無催告で解除できる旨を記載します。

期限の利益

期限の利益に関する条項についても意思表示にかからせるか当然に喪失させるかという問題があります。
無催告解除条項や失権約款は債務者に与える影響も大きいため契約の内容によっては無効とされるおそれがあります。それに対し期限の利益の喪失に関しては債務者を不当に害するようなものでない限り無効とされることは通常なく多くの契約書に入れられています。

たとえ失権約款などの解除条項を入れていなかったり無効とされたりしたとしても、期限の利益を失わせることができれば通常の解除手続きにより契約を解消することが可能となります。

再建型倒産手続きについて

前記のように破産などの倒産手続きの申立てを解除の条件とすることは一般的に行われています。
信用状態が悪化している典型的な状況であり速やかに回収に動く必要があるからです。
この点で一つ注意しておく必要があるのが民事再生などの再建型の倒産手続きです。解除条項を定めても効力が否定されるケースがあることはすでに説明しましたが、民事再生のケースでも解除が制約されるおそれがあります。

判例の事案ではファイナンス・リース契約に付された特約が問題となりました。借り手であるユーザーの経営状況が悪化し民事再生手続きを利用する事態となったため貸し手が無催告解除条項の条件として定めた民事再生手続の申立てがなされたとしてリース物件の引き渡しを求めた事案です。

債権者としてはできるだけ簡易迅速に債権を回収したいためリース物件の引き上げという方法を選ぶことは自然なことといえます。
しかし民事再生は債務者の経済的な再起を図るための制度であり、そのために有益と考えられるリース契約を一方的に解消することには問題がないとはいえません。リース物件を利用しなければ業務の遂行が困難となり再生がうまくいかないことも予想されます。また、債務不履行などの事実がないのにも関わらず再生手続の申し立てをしたというだけで解除を認めることは行き過ぎではないかとも考えられます。
結論として最高裁はこのような解除特約の有効性を否定しました。再生手続の制度趣旨目的に反するからです。
注意すべきなのはあくまで再生手続そのものを要件とした解除の否定にすぎない点です。債務不履行による解除まで否定したわけではありません。また特約がすべてのケースで否定されたわけでもありません。しかし条項の効力が制限されるおそれがあることは確かなため注意が必要です。
このように失権約款については有効性の問題があり、また類似する特約もあるため具体的な契約内容に合わせて調整しなければなりません。
このような条項は問題が生じたときにはじめて機能するものであり、いざとなったときに使えないというのでは意味がなくなってしまいます。
特約の効果を最大限に引き出すためには契約の内容と特約が噛み合っているかよく検討することが必要です。

まとめ

  • 債権回収に困らないようにするために契約段階で有利な特約を結ぶことが大切です。
  • 期限の利益喪失特約は履行期限を直ちに到来させることにより一括請求を可能とし債権回収を容易にします。
  • 無催告解除特約は解除が本来事前に履行を促す通知が必要なところこれを不要にすることで特約で定めた事実が生じたら直ちに解除できるようになります。
  • 失権約款は解除の意思表示も不要にし一定の事実が生じれば当然に契約を解除するものです。
  • これらの特約は割賦販売法などの法律で無効とされることがあります。