【少額訴訟手続の概要】
〇少額訴訟手続とは
少額訴訟とは、民事訴訟法368条から381条に規定されている、訴訟の方式のことをいいます。その名前の通り、少額の支払いを内容とする訴えを対象とするもので、具体的には「六十万円以下の金銭の支払いの請求を目的とする訴え」(民事訴訟法368条1項)を対象としています。60万円以下の請求を行う原告が、その訴えの提起時に少額訴訟による審理および判決を求めた場合に、少額訴訟手続がはじまることになります。(もっとも、被告側が原告からの少額訴訟の求めに対して、通常の審理手続へ戻すよう求めることも可能です(民事訴訟法373条1項))。
少額訴訟制度は平成8年の民事訴訟法改正を機に新たに設けられた裁判制度ですが、当初は30万円を上限にしていました。その後、少額訴訟の提起が相次いだため、制度のさらなる運用の促進のために平成15年に上限を60万円とする民事訴訟法改正がなされました。
〇少額訴訟のメリット
この少額訴訟制度の一番のメリットは、簡易・迅速な手続きでもって債権回収を行うことができる点にあります。
通常の民事訴訟では、何度も何度も口頭弁論を行ったうえで、口頭弁論の終結後に裁判官により判決文が作成・言い渡されるという流れになり、債権回収に至る過程における手続きはかなり複雑なものになります。また、たとえ満足のいく債権回収を行うことができそうな判決が下されたとしても、相手方である債権回収の対象者(債務者等)が判決内容に不服である場合には控訴され、裁判が長期化するおそれもあります。
一方で、少額訴訟手続は「一期日審理・即日判決」を原則とする制度になっています。つまり、裁判所における審理の場(口頭弁論)は1回のみとなります。また、判決もその口頭弁論が行われたのち直ちに、つまり即日で下されるということになります。少額訴訟における判決のことを少額訴訟判決といいますが、その少額訴訟判決は当事者双方とも控訴をすることができません(民事訴訟法337条)。また、請求を認める判決が少額訴訟判決として出された場合には、必ずその判決には仮執行宣言が付されることになっています(376条1項)。
つまり、少額訴訟手続によれば、1回の審理で即日結審し、判決を得ることができる上に、控訴による裁判長期間の懸念もなく、請求が認められた場合には仮執行によりスピーディーな債権回収を図ることが可能になるのです。
〇少額訴訟判決に不服がある場合は…
簡易・迅速な手続きでもって、債権回収を図ることが可能な少額訴訟手続ですが、一方で少額訴訟判決に不服がある場合にはどうなってしまうのでしょうか…。
前述の通り、少額訴訟判決は控訴をすることができません(民事訴訟法377条)。しかし、少額訴訟判決で納得のいく判決を得られなかったら、すぐに泣き寝入りとなってしまう、ということでもありません。
少額訴訟判決に不服がある当事者は、判決書等の送付後の2週間以内に異議申立てを行うことで、裁判所に判断の再考を求める余地があります(民事訴訟法378条1項)。異議が認められた場合には、少額訴訟判決がなされた簡易裁判所において、今度は“通常の”訴訟手続で審理が進められます。その簡易裁判所においては異議がなされた少額訴訟判決が適切か不適切か再び判断することになります。そして、やはり適切であると判断された場合には「認可」判決が、一方で不適切であったと判断された場合には、「取消し」判決がなされることになります。
この「認可」・「取消し」の各判決についても、当事者は控訴をすることができません(民事訴訟法380条)。少額訴訟手続と異なり、“通常の”訴訟手続に基づく判決ですが、最高裁判所も控訴できないことを認める判断を下しています(下記判例参照)。
最高裁判所平成12年3月17日判決
(第2小法廷平成11年(テ)第25号)
「少額訴訟の判決に対する異議後の訴訟の判決に対して控訴をすることができないとする民訴法三八〇条一項は憲法三二条に違反するというものである。しかし、憲法三二条は何人も裁判所において裁判を受ける権利があることを規定するにすぎないのであって、審級制度をどのように定めるかは憲法八一条の規定するところを除いて専ら立法政策の問題であると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである。その趣旨に徴すると、民訴法三八〇条一項が憲法三二条に違反するものでないことは明らかである。論旨は採用することができない。」
〇使用例
では、少額訴訟は実際にどのように活用されているのでしょうか。少額訴訟判決で請求が認められた例についてみていきたいと思います。
・少額訴訟判決で請求が認められた例
東京簡易裁判所平成21年9月28日民事第9室判決
(損害賠償請求事件、平成21年(少コ)第2379号)
【事案の概要】
訴外Aは、運送会社Y社との間で蒔絵高杯をXに届ける旨の、運送契約を締結した。Y社は、運賃1160円で本件荷物をXへと配達した。しかし、Xのもとに本件荷物が届いた際、蒔絵高杯は壊れた状態であった。そこで、XはY社に対して、本件運送契約の債務不履行責任に基づく損害賠償または、不法行為に基づく損害賠償として、金60万円及び遅延損害金の支払いを求めて提訴をした。(なお、送付する際にAは伝票に「ワレモノ」と記載されていた。)
【判決】(()の中は便宜上作成者が挿入)
被告(Y社)は、原告(X)に対し、金24万円及びこれに対する平成21年8月18日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。(…中略…)この判決は,(…中略…),仮に執行することができる。
【解説】
本事案は、宅配便に頼んだ品が破損してしまったことを理由に、荷受人であるXさんが原告となり、宅配会社Y社を訴えた、という事案です。請求額はちょうど60万円、少額訴訟の上限額に合わせた請求になっています。審理の内容としては、配達時に高価な配達物が壊れてしまった時における宅配会社の免責特約に関して、当事者双方から主張・反論がなされていますが、これらはすべて1回の審理の中でなされたものです。
裁判所は、宅配会社が配達物を壊してしまったことについて、不法行為に基づく損害賠償責任があると認め、宅配会社Y社はXさんに対して、24万円と遅延損害金(上記判決文の「これに対する平成21年8月18日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員」の部分のことです)の支払いをするよう、命じた上で仮執行の宣言を行いました。
本事案では、平成21年5月に起きた宅配事故の損害賠償について、原告Xさんと宅配会社Y社がともに争う姿勢を見せながらも、9月21日には判決がなされています。
その後、Y社側からこの判決について不服があるとして、異議申し立て(説明は前述の通り)があったものの、それも11月30日には「同裁判所が平成21年9月28日に言い渡した少額訴訟判決を認可する。」とする終局判決(認可判決)が下され、確定しています。
このように請求額が60万円以下の場合であり、単発の債権回収を行う場合には、少額訴訟手続により迅速かつ効率的な債権回収を図ることが可能となるのです。
ちなみに、少額訴訟提起の上限である「60万円」ですが、請求する債権額の元本が60万円であれば要件をみたします。仮に、本件においてXさんの請求が全額(60万円)認容された場合ついても、遅延損害金も含めた債権回収ができることになります。
〇少額訴訟を提起したい
少額訴訟の利用には1年間に10回までという回数制限があります(民事訴訟法368条1項、民事訴訟規則223条)。また、本人訴訟を想定して、本人訴訟の場合でも円滑に手続を進行するために裁判官または裁判所書記官は当事者に少額訴訟について教示することが規定されています(民事訴訟規則222条)が、少額訴訟手続においても、個別具体的なケースに拠りますが、複雑な審理が予想されることもありますので弁護士に依頼することが債権回収への第一歩であると考えます。
「まとめ」
少額(60万円以下)の債権の回収に利用され、簡便な手続きによって迅速な判決を得ることができるものですが、相手方の異議等によって通常の訴訟手続に移行されることがあります。
この少額訴訟の手続は、原則として1回の期日で審理されるので迅速な解決を図ることができますが、相手方からの反論が予想され勝訴判決を得る見込みの判断が微妙な場合には通常訴訟手続による解決を採ることが有益です。