平成28年5月20日札幌高裁
プロ野球観戦中のファウルボール直撃による失明についての損害賠償事件

「事実の概要」

プロ野球観戦ドームの一塁側内野自由席にて観戦していた原告の顔面に、打者の打ったファウルボールが直撃し、原告が右目を失明してしまったことに対し観戦ドーム設置会社に対し損害賠償請求訴訟を提起した事案

「判決の要旨」

本件ドームの『瑕疵』の有無については、プロ野球の球場としての一般的性質に照らして検討すべきである。
プロ野球の試合観戦は、本質的に危険性を内在しているものであるから、プロ野球の球場の所有者ないし管理者は、ファウルボール等の飛来により観客に生じ得る危険の程度等に応じて、安全対策を講じる必要がある。他方で、プロ野球は、国民的な娯楽の一つとなっているから、プロ野球の試合を球場で観戦する場合の本質的・内在的な危険性も、少なくとも自ら積極的にプロ野球の試合を観戦するために球場に行くことを考える観客にとっては、通常認識しているか又は容易に認識し得る性質の事項であると解され、観客は、相応の範囲で、プロ野球の観戦に伴う危険を引き受けた上で、プロ野球の球場に来場しているものというべきである。

「解説」

本件は、民法717条1項に定められた、工作物責任に基づく損害賠償請求の事件です。ここで主張された工作物責任とは、建物などの工作物に何かしらの不備(法律用語で瑕疵と言います。)があった場合、その不備の結果生じた損害について、工作物の占有者または所有者は賠償しなければならないというものです。
本件では、ファウルボールが観客に当たってしまうような観戦ドームの形状をとられていたことが、観戦ドームという工作物に不備があったと言えるのではないかということが問題となりました。
この点、プロ野球の試合では硬式球が速いスピードで飛び交うため、それが何かしらの形で観客に直撃した場合、大きな事故につながりかねないため、観戦ドームの管理者は何かしらの安全策を講じるべきとされています。
一方で、野球の観戦は臨場感を感じることが重要な要素であって、度の過ぎた安全策の設置は、本来観戦ドームに足を運んで観客が満喫したいと考えている臨場感を大きく損ねることとなります。
観客席に一切柵やネットがなく選手と近い場所で観戦できる状態であれば、観客の得る臨場感は強烈なものとなりますが、その分観客はファウルボール直撃などの危険が高まります。他方、観客席に二重三重の柵を設置し、安全を徹底的に突き詰めると、試合が見づらくなってしまい、臨場感は損なわれてしまいます。そのため観戦ドームの管理者は、両者を適切に両立させる必要があります。
この安全と臨場感のバランス良い両立を実現するには、ある程度観客自身でファウルボールなどの危険を回避してもらうことが必要となってきます。そのため、観戦ドームの管理者として行うべき基本的な安全策を行っている限りは、観客にファウルボールが直撃したとしても、それは観客自身もある程度予見し得たものとして観客自身が受け入れるべきものと判決は示しています。もっとも、観客をして危険を回避することが困難な場合はまた別の結論となる可能性があります。例えば、小さな子供達を観戦優待しているような場合においては、通常の観客よりも危険の自己回避ができない観客であるという特性を捉えて、観戦ドームの管理者は安全策をより強固なものにしなければならないとも思われます。