目次

はじめに

ポイント1~未収金の問題

ポイント2~回収方法

ポイント3~名誉毀損の問題

ポイント4~トラブルの予防

まとめ

 

■はじめに

 

どのような業種でもその業種特有の経営上の問題が発生します。動物病院に関しては、未収金、クレーム対応、ネットなどでの名誉毀損の問題に独特の傾向が存在します。

お金の問題では、緊急での受診のため持ち合わせがなかったり、はじめから支払う意思がなかったりする状態で診療を受けようとする人が多いことが指摘されています。

クレームや名誉を傷つけられる問題では、その背景にペットを亡くしたことなどによる特殊な感情があることが指摘されています。生き物が相手であり、しかも人間とも異なるところに問題の難しさがあるといえます。

ここでは、動物病院における未収金に対する債権回収の方法や、名誉毀損に対する対処、その他の経営上のトラブルを予防する方法について解説していきます。

 

■ポイント1~未収金の問題

 

・債権回収の必要性

経営者としては、お金が入らないことよりも、請求をすることによって病院の評判が落ちることを懸念される方も多いと思います。

しかし、未収金を回収しないでいると経営が圧迫され、必要な医療機器を揃えたり、スタッフを雇う余裕がなくなったりして、満足のいく獣医療を提供することが困難になりかねません。ひいては閉院の要因ともなります。

その結果、動物たちやその飼い主さんたちが困ることになります。

適切に債権回収を行うのであれば評判は落ちるものではありません。もしも、名誉を傷つけるようなことをされたとしても、後記のように対処可能です。

むしろ、動物たちやその飼い主さんたちのためにも、債権回収をしっかり行い獣医療の充実に務めることが重要なことだといえます。

 

・はじめから支払う意思がない場合(支払い義務があることを認識しているケース)

飲食店ではじめから支払う意思がない場合には、無銭飲食として詐欺罪に当たります。タクシー運送などの事実行為をさせる場合も詐欺罪にあたります。これらの行為が犯罪に当たることは多くの人が知っていることです。

動物病院でも同じように、支払う意思がないのに診療を依頼するケースが増えていると言われています。

ひどい場合には受付票に虚偽の住所氏名等の連絡先を記載したり、会計時に姿を消してしまったりするケースもあります。

特に悪質なケースですので、毅然とした対応が必要であり、弁護士に依頼することをおすすめします。

 

・はじめから支払う意思がない場合(支払う義務があることを認識していないケース)

動物病院における医療契約は、依頼した人と動物病院との間で結ばれる準委任契約とされています(請負契約など他の考え方もあります。)。病院側の義務としては診療を行う義務が生じ、一方で依頼した人は診療に対する対価を支払う義務が生じます。

 

しかし、診療を依頼したのに、対価の支払義務がないと思っているケースもあります。

 

典型的な事例としては、野生動物や野良犬、猫等の飼い主のいない動物を保護した人からの依頼です。

動物病院も利益を上げることで経営をしている以上、持ち出しになることが許容できないことくらいわかりそうなものですが、無料で診てもらえると思っている人が少なくないようです。

保護した人は善意で行っているわけですが、動物病院が経済的な負担を強いられなければならない理由もありません。

 

本来、傷病などに見舞われている動物を発見した人は、動物愛護法の規定などにより、自治体の自然保護課等の機関に連絡することになっています(野生動物を捕まえることは保護目的であっても鳥獣保護法により禁止されていることもあります。)。

特に野生動物の場合には人間が関与することで生態系に影響を与える恐れもあることから、保護すべきか否かは慎重に判断されるべきことだとされています。あえて保護した以上は保護した人が最後まで責任を負うことはある意味当然といえます。

 

もちろん、野生動物等の保護活動を積極的に行っている病院であり、あえて請求しない、または獣医師会や自治体による交付金により活動を行うなどの考え方もあるかと思います。

 

ですが、そうではない一般の動物病院として経営に支障が生じるのであれば、病院を守っていくためにも正当な報酬を支払ってもらえるよう、債権回収の努力は必要なことといえます。もしも、無料で診てもらえるという評判が立ってしまえば、同様の依頼が増えることも考えられます。

無料と考えている人は、経営者サイドからの視点が欠けているため、支払わないことによる深刻な影響を理解していない可能性があり、再三の病院スタッフからの請求にも応じないことがあります。

 

このようなケースでは弁護士からの請求により、ようやく事態の深刻さに気がつき支払いに素直に応じてもらえることがあります。

 

・来院された人が飼い主でない場合

飼い主の代理人として依頼された場合には、飼い主との間での契約となりますから、飼い主に請求することになります。代理権が証明できなかった場合には、依頼された方に請求していくことができます。

ただし、依頼された方に資力がない場合、依頼された方は法律上の義務がないのに行為をした事務管理者といえるときは、事務管理者から飼い主に対する費用の償還請求権が発生しますので、これを代位行使することで回収することも考えられます。同様の場合に、飼い主が不当な利益を受けたといえるときは不当利得返還請求も検討できます。

具体的な事情により法律構成は変わりますので、弁護士にご相談ください。

 

■ポイント2~回収方法

 

・電話での請求

受付票に記載された番号あてに督促の電話を入れるのが一般的です。うっかり支払いを忘れていたような悪意のないケースであれば効果的な方法です。

 

・通常郵便での請求

プライバシーの問題もありますから、封書を用いて督促状であることがわからないような書面で請求します。

番号が変わっているなど電話連絡ができなかったり、電話による督促でははぐらかされてしまったりする場合などに使われたりします。しかし、電話による督促で効果がない場合には、あまり効果は期待できないかもしれません。中身を見ずに捨てられてしまうこともあります。

 

・弁護士への依頼

スタッフに督促を頻繁に行わせることは、勤労意欲の低下に繋がり好ましくないという指摘があります。本来の業務とは異なるからです。また、頻繁に同一人物に対して督促を行わなければいけない状況にあるのであれば、支払い意思が希薄である可能性が高く、効果が薄いといえます。

 

こういう場合には弁護士に依頼し迅速にその案件を解決してしまうことが経営にとってプラスとなります。

 

弁護士であれば滞納金額や滞納者の状況等に応じ、適切な手続きを選択し、すばやい解決が可能です。電話での督促で支払ってもらえることもありますし、内容証明郵便や、少額訴訟、その他の法的な手続きによって回収することも可能です。

時効によって債権が消滅してしまう恐れもあります。なるべく早く弁護士に相談されることをおすすめします。

 

■ポイント3~名誉毀損の問題

 

動物もいつかは亡くなります。そのことは飼い主も頭では理解しています。しかし、家族として生活してきた動物が亡くなると、飼い主に深刻な精神的なダメージを与えることになります。中には、まわりに深刻な悪影響を与える形で、その負の感情を発散される方が少なくありません。

 

患者が死亡した原因が誰にあるわけでもないのに、医療ミスがあったとして、医師に謝罪させようとしたり損害賠償請求したりするケースがありますが、動物病院についても同じような問題が起きています。

 

また、まわりの人間に対して医療ミスがあったなどと吹聴するケースも存在します。特に最近はネットの情報サイトで、医療ミスを受けたなどと事実無根の書き込みをして問題となるケースが増えています。これらの行為は業務妨害に当たり、逆に損害賠償請求の対象となります。

 

動物病院は評判がとても大切です。新規に受診しようとするときは、クチコミサイトを見てから決めるという人も増えています。だからこそ、そのような情報サイトでのネガティブな記事は深刻な影響を与えます。場合によっては閉院の原因になることも考えられます。

いくら家族が亡くなったからといっても、まわりに重大な損害を与えることは許されません。逆恨みで閉院させ、スタッフやその他の飼い主さんたちの行き場を失わせることは正当化されないのです。

経営者としてはまず、記事を削除することが最優先と考えるかと思います。

 

そこで、まずは情報サイトの投稿フォームから該当の記事を特定し、削除するよう求めます。管理者や投稿者がこれに応じてくれれば一安心です。

ところが実際には削除に応じてくれないことも少なくありません。こういう場合には、削除の仮処分などの裁判所を利用した手続きが必要となります。

 

また、損害が発生している場合には、損害賠償も検討対象となります。

書き込んだ内容から本人が特定できることもあるかと思いますが、万が一にも関係ない人を犯人扱いした場合、それこそ取り返しのつかないことになりかねませんので、管理者に対して書き込んだ人の身元を明らかにするよう法的な手続きをとることが無難といえます。

個人でこれらの手続きを行うことは難しいですので、弁護士を頼られることを推奨します。

 

■ポイント4~トラブルの予防

 

・健康保険

近年、ペットに対する健康保険が浸透してきています。健康保険を利用すれば少額の掛け金で大きな保障を受けられることから、滞納のリスクを小さくするためにペット保険の存在を日頃から知らせておくことも重要と考えられます。

受付で精算が可能なタイプであれば、動物病院から直接保険会社に対して一定割合を請求できます。これと異なり、精算を受付でできない場合、保険契約者の側から保険会社に対して請求することになります。

そこで、保険に加入していることが判明しているが、窓口での精算ができず、資力が十分でない依頼者であるときは、債権者代位権を使って依頼者の代わりに保険会社に対して請求することや、仮差押えの上、差し押さえるという方法で債権を回収する方法が検討できます。

 

・クレジットカード

手数料を取られるというデメリットはありますが、クレジットカードによる支払いを受けることができれば、滞納の心配はしなくていいことになります。

動物病院の場合、窓口での保険精算ができない場合など高額費用となることが多く、また急病などにより持ち合わせがないことも少なくないため、滞納の大きな原因となっています。

もちろん、カードでの支払いを希望する人に対してだけ有効であり、完全に滞納を防ぐものではないことに留意してください。他の滞納対策と併用することで効果を期待できる方法です。

 

・虚偽の住所氏名の予防

依頼人がどこの誰かもわからない場合、債権の回収は難しいといえます。これを防ぐため、身元の確認が必要となります。

初診受付時に、依頼人の身元を証明するものの提示を求めることが考えられます。承諾を得てコピーを取らせてもらうことも重要です。

人間の医療機関では保険証のコピーを取ることが当たり前に行われていますが、動物病院の場合には保険証が当たり前ではないため、代わりに飼い主の免許証等の身分証を確認するわけです。

 

・報酬についての事前説明

野生動物など、飼い主のいない動物の診療を依頼された場合、事前に治療費の負担を依頼人がすることになるという説明をする対策も重要と考えられます。

本来当たり前のことであり、説明するまでもないことのように思えますが、無料で診てもらえると思っている人が少なくない現状から、滞納トラブルを防ぐために有効と考えられます。特に保険が効かないため高額な費用となりトラブルになりがちだからです。

 

・診療券の交付

診療券の交付は、初診受付時に直ちにするのではなく、会計時など診療が終わったあとにするほうが無難です。

なぜなら、契約は申込みに対して承諾がなされることで成立し、善管注意義務など各種の契約上の義務が生じるからです。通常、診療券の交付は承諾の意思表示にあたるとされています。

受付の段階では医療契約の申し込みがなされただけで、病院側が承諾していないため契約が成立しておらず、それだけトラブルに巻き込まれるリスクが小さくなります。患畜の状況を確認せずに医療契約を結ぶことはリスクを高めます。

特に人間と異なり動物の種類だけで専門外となりうるため、受付スタッフではなく、獣医が判断する方が無難ということです。

 

■まとめ

・債権回収は経営を安定させ獣医療を充実させるために重要です。

・診療代金を踏み倒されることを防ぐために、身分証の確認が有効です。

・信用を傷つけられた場合、速やかに対応しなければ経営の脅威となります。弁護士であれば対応可能です。

・野生動物等の診療依頼を受けた場合、依頼人が費用の負担をすることを事前に説明することが重要です。