目次

はじめに

「ノンクレーム、ノンリターン」の有効性

プロバイダ(運営業者)は何もしてくれない

ポイント:まずは任意での代金返還を求める

ポイント:詐欺取り消しによる代金返還請求

ポイント:債務不履行責任による損害賠償請求

ポイント:被害届を出す

まとめ 

 

はじめに

 

 インターネットの普及により、ネット上で買い物をすることは当たり前の世の中になりました。さらに最近では、フリーマーケットやオークション機能を備えたアプリの登場により、個人間で買い物をする方が急激に増えてきています。個人向けに買取を行う中古ショップももちろんありますが、それらの店舗を圧迫する勢いでフリマアプリの規模は拡大しており、もはや一つの市場を形成しているほどです。そのようなネット上での個人間売買が、新たな買い物の選択肢として認められるのは、消費者としては非常に喜ばしいことでもあります。

 ただその一方で、そのような売買におけるトラブルも急速に増えています。店舗上での買い物も客とのトラブルは常に発生しますが、その場合は法令に基づいたマニュアルで対応することにより、ほとんどは大ごとにならず短期間で解決できます。

 

 しかし個人間での売買の場合、両者とも商売経験の浅い素人であることが多く、トラブル対応に慣れていない方がほとんどです。従って話し合っても平行線でなかなか解決せず、些細なきっかけから手が付けられない問題に発展するケースもあります。

 ではそのような場合、何を手掛かりに対応すればよいのか。それは言うまでもなく法律です。法律に則って対応し解決するしかありません。よって今回は、フリマアプリやネットオークションで、被害にあってしまったときの債権回収手続きについて解説してみました。不幸にもトラブルに遭遇された方はもちろん、そうでない方も是非ご一読ください。

 

「ノンクレーム、ノンリターン」の有効性

 

 フリマアプリやネットオークションを実際利用された方はわかると思いますが、よく出品上での注意書きで「ノンクレーム、ノンリターンでお願いします」という表記を見かけます。これはトラブル回避のため、「出品したものが気に入らなくても返品請求したり、クレームを入れたりしないでください」という意味です。実際購入した方でも、「思っていたのと違うし、ひょっとして騙されたかも?」と感じても、「ノンクレーム、ノンリターンだししょうがない」としてあきらめた方もいるのではないでしょうか。

 では、このような文言に法的な拘束力はあるのでしょうか。言い換えるとこれは希望条件なのでしょうか、それとも法的な意味を持った特約なのでしょうか。

 結論からいうとこれは一方的な要望であり、特約ではありません。従って法的な拘束力を持たず、購入者は「ノンクレーム、ノンリターン」という記載があっても返品請求ができることになります。なぜならこのような要望に法的拘束力を認めてしまうと、契約の解除や取り消しといった民法のルールを、売り主側でなかったことにできてしまうからです。

 

 例えばフリマサイトで、「新品同様で未開封品です」との表示があったので買ってみたら、実は粗悪な中古品だったので購入者が返品請求したとします。このような場合にもし「ノンクレーム、ノンリターンだから返品できません」といった主張を認めてしまうと、本来なら契約の解除などで売り主に返品できるのに、それができなくなります。その結果、売り主側の匙加減で、いくらでも民法のルールが無視できてしまうのです。このようなことを認めてしまうと、法の抜け穴を認めることになってしまい、安全に取引を行うことが難しくなってしまいます。

 

 従ってこのような事態を防ぐために、契約の解除(民法540条)、契約の取り消し(民法96条)などの意思表示に関する規定は、当事者の合意により排除できない強行規定とされています。当事者が特約により否定しようとしても、できないようになっているのです。

 よって購入者は粗悪品を掴まされた場合は、「ノンクレーム、ノンリターン」の記載があっても、それは法的に無意味です。従って購入者は「ノンクレーム、ノンリターン」の言葉に臆することなく返品、交換などの交渉をすることができます

 

プロバイダ(運営業者)は何もしてくれない

 

 フリマアプリ等で被害にあった場合、法的な主張が大事になってくるのですが、その前にまずプロバイダに相談して、何とかしてもらう方法を検討するかもしれません。確かに何かあったときに、プロバイダに相談するという姿勢は非常に大事です。しかしこのような法的トラブルに関しては、「一切責任を持たない」としている企業がほとんどです。利用規約にもそのような規定が実際設けられています。

 

 プロバイダが責任を持たないことについては、「責任を持ってはいけない、トラブルに関与してはいけない」という法律があるわけではありません。それにも関わらず、プロバイダがそのような姿勢なのかについては、関与する余裕がないというのが正直なところでしょう。前述したようにフリマ市場は急速に拡大しており、一日に何十万、何百万といった取引が行われています。

それに対して、もし「被害にあった方については、一定額の補償をします」などといった対応をしていたら、一日でその会社は破綻してしまいます。

 

 また補償はしなくてもトラブルに関与し、仲裁に入ることができるかという点についても難しいところです。確かに運営サイドは出品者、購入者の両方の氏名や住所などの個人情報を把握しており、中立な立場で問題を見ることができます。さらに代金についてもプロバイダが購入者からいったん預かって、それを出品者に支払っているシステムを採用していれば、トラブルの状況を見て代金を購入者に返すこともできます。従って仲裁に入ることも、しようと思えば可能な状況にあります。

 

 しかしこれをやってしまうと、今度は膨大な時間をプロバイダは割かれることになってしまいます。またプロバイダが仲裁に入ることによって、問題が解決すればよいのですが、逆に問題がこじれてトラブルにプロバイダが巻き込まれる恐れもあります。そのような場合、もし訴訟となったらプロバイダも訴訟の当事者とならざるを得なくなってしまいます。その結果、その会社は莫大な訴訟案件を抱えることになり、アプリの運営どころではなくなってしまいます。

 従って財政的及び時間的な点で、プロバイダがトラブルに対応することは不可能であるため、プロバイダに相談することは無意味なのです。よってトラブルに対しては、自分で対応するしかありません。

 

 ポイント:まずは任意での代金返還を求める

 

 では実際相手に支払った代金の返還を請求する場合、どのような主張が可能なのか検討したいと思います。まずは当然のことですが、相手方である売り主に代金を返してもらうように直接伝えましょう。この場合ただ「代金を返してほしい」というのではなく、例えば正規のブランド品を買ったのに、偽ブランド品だった場合は、偽物であることをきちんと伝えましょう。

 このような請求をする場合、感情的になってしまいどのような理由で返還請求をするのかが伝わらない場合があります。従って冷静になってこの商品のどこがダメなのかをわかりやすく説明する必要があります。文章だけでなく、商品を撮った写真を添付したりすることも非常に有効です。感情的にならず冷静に、状況を正確に伝えることが大事になってきます。

 

ポイント:詐欺取り消しによる代金返還請求

 

 任意での返還を要求してもダメだった場合は、こちらの主張を正当化するために法的な主張を展開してくことになります。

 先ほどのブランド品購入において、正規品ではなく偽ブランド品を買わされた場合を念頭に置くと、まず詐欺による取り消しが主張できます。詐欺というと、刑法上の詐欺罪(刑法246条)が頭に浮かぶ方も多いでしょうが、詐欺は犯罪としてだけではなく、意思表示の取り消しの規定としても認められています(民法96条)。

 詐欺取り消しを主張するためには、相手方の行為が「詐欺」に該当することが必要になります。

その詐欺に該当するための要件とは、欺罔行為(ぎもうこうい)があること、錯誤による意思表示があること、の間に因果関係があること、詐欺の故意があること、の4つになります。

 の欺罔行為とは、端的に言うと相手をだます行為のことです。虚偽の事実や間違った事実を提示して、相手を陥れるような行為です。の錯誤による意思表示とは、その欺罔行為によって勘違いに陥った状態で意思表示をすることです。契約をすることも意思表示の一つです。 

 の要件である、の間に因果関係があることについて。これは、の欺罔行為との意思表示の間で、欺罔行為がなかったらその意思表示はしなかっただろうといえる関係が必要ということです。その錯誤に陥ってした意思表示は、の欺罔行為があったからしてしまったといえる必要があります。の欺罔行為がなくても、の意思表示をしたといえる場合は因果関係はなく、の要件は満たされないことになります。

 の詐欺の故意については、相手をだますという認識のことです。そしてその認識に加えて、相手に意思表示をさせるという認識も必要になります。このように二つの認識が必要なことから、二段の故意が必要といわれています。

 また故意が要件とされていることから、客観的に相手をだます行為をしていても、本人がそれを認識していない、何も悪いことをしていないと思っている場合は、詐欺の故意はないことになります。

 以上が民法上の詐欺の要件になり、詐欺取り消しによる代金返還請求をする場合は、以上の要件を満たす必要があります。

 

 では先ほど例に挙げた偽ブランド品を購入してしまった場合について、詐欺取り消しが可能かどうかについて検討してみましょう。

 まずの欺罔行為の要件について。出品者は偽ブランド品を正規品と表示していますが、これは間違った事実の提示であり、偽物を本物であると思わせることで、購入者に購入意欲を抱かせています。従って偽ブランド品を正規品とすることは、欺罔行為になります。

 ここで注意したいのが、出品者が購入者をだまそうとしたという意図は、欺罔行為の判断には関係ない点です。だまそうとしたかどうかは、の詐欺の故意で検討する点になります。よって欺罔行為に当たるかどうかは、出品者がどういう意図で行ったかは問題にならず、あくまでその行為の客観的側面が問題になります。

 

 次にの錯誤による意思表示の要件について。

 購入者は、偽ブランド品を本物のブランド品であると勘違いしてしまい、事実と異なる認識をしてしまった点で錯誤が生じています。また偽ブランド品を正規品と錯誤したことにより、購入の意思を示してしまったので、の要件も問題なく認められます。

 まれなケースになりますが、購入者が出品事項をよく読まず、正規品であるという情報を知らず、ただ何となく購入してしまった場合は、そもそもだまされていないことになります。従ってそのような場合は、錯誤に陥ってないとしての要件は満たされず、詐欺取り消しは成立しません。

 

 さらにの要件の、欺罔行為と錯誤による意思表示の間に因果関係が必要である点について。

 出品者は偽ブランド品を正規品と表示することで、購入者は偽ブランド品を正規品と誤解し購入した場合は、その購入の意思は正規品であるとの虚偽の情報によって、導かれたことになります。従ってこの場合は、欺罔行為と意思表示の間に因果関係があることになり、の要件は満たされます。

 

 最後にの詐欺の故意の要件について。

 「故意」とはざっくりいうと、事実の認識のことです。よって詐欺の故意とは、相手をだましていることを自分で認識していることを意味します。この要件がなぜ必要なのかというと、だましていることをわからずに、だましてしまった場合に詐欺取り消しをさせないためです。だましていることを知らずにやってしまった人は、そのことで非難できないため、取り消しという責任も負わせられないことになります。また、だます認識だけではなく、相手に意思表示させるという認識も必要になります。

 

 これを偽ブランド品の購入に当てはめると、出品者はブランド品を偽物であると認識するだけではなく、それにより購入者をだまして、代金を払わせるという認識が必要になります。偽ブランド品を本物のブランド品だと思い込んで出品していた場合は、だまして支払わせるという認識がないため、詐欺の故意は認められないということになります。

 

 以上により要件を満たした場合、購入者は詐欺取り消しにより、購入の意思表示を取り消すことができます。取り消した場合は無効になり、購入自体最初からなかったことになります。従って出品者は代金を、購入者は商品をお互いに返す義務(原状回復義務)が生じます。これにより購入者は、出品者に対し代金の返還を請求することができるのです。

 

ポイント:債務不履行責任による損害賠償請求

 

 以上が詐欺取り消しによる代金返還請求でしたが、これとは別に債務不履行責任を追及する方法もあります。売買契約が成立したら、売り主は目的物の移転義務という債務が生じ、買主は代金支払い義務という債務が生じます。もしこの義務を怠った場合は、その債務の履行をしなかったとして、責任を負うことになります。それが債務不履行責任(民法415条)です。

 債務不履行責任が認められたら、債務者は損害賠償責任が発生します。従って先ほどから挙げている、ブランド品の購入者も、目的のブランド品が手に入らなかったことにより発生した損害を、出品者に請求できることになります。

 また損害賠償請求とは別に、債務不履行責任には「履行の強制」という効果も発生します(民法414条)。これは金銭の支払いとは別に、物の引き渡しを債務とする場合、その引き渡しを強制的に行わせるものです。具体的には、裁判をした後、強制執行の申立をすると、執行官という公務員が債務者のところへ行き、目的物を取り上げて、それを債権者に引き渡すというものです(ただしこれは目的物が動産の場合で、目的物が不動産の場合は当てはまりません)。今回は金銭債権の回収がテーマなので、損害賠償請求に絞って検討したいと思います。

 ではその債務不履行責任に基づく損害賠償請求は、どういった場合に発生するのか。その要件は何なのかについて説明したいと思います。

 その要件は、まず債務者が、債務の本旨に従った履行をしてくれないことが必要になります。

「債務の本旨に従った履行をしない」と言われてもピンとこないかもしれませんが、簡単に言うと、債務者が本来やるべきことをやってくれないという意味です。

 今回のケースも、出品者は購入者に対して、正規のブランド品を引き渡すことが売り主としての責任であり債務の本旨になります。

従ってブランド品を引き引き渡さないことは、債務の本旨に従った履行をしないことになります。

 債務不履行のもう一つの要件として、故意または過失が必要とされます。債務を怠ったとに対して、故意か過失がなければならないというわけです。故意とは詐欺取り消しでも説明した通り、事実の認識のことです。債務不履行をあえてやっているという認識がある場合は、故意があることになります。

 また過失とは、落ち度、注意義務違反のことです。過失がないということはその不履行に落ち度はなく、責任もないことになるため、損害賠償も請求できないということになります。

 

 今回のケースでも、出品者がブランド品を偽物であることを知っていて、それをあえて正規品として出品した場合は、故意が認められます。それに対して、出品したブランド品を本物であると思い込み、思い込んだことに対してしょうがないといえる事情があるときは、過失がないことになります。例えば、ロレックスの腕時計を出品しており、それは正規のルートでロレックス本社から購入したという事実があれば、それが実は偽物であったとしても、出品者は過失がないということになるでしょう。ただし正規品から手に入れたにもかかわらず、明らかにロゴが入ってない等の事情があれば、通常であれば偽物だと気づくので、過失があるということになります。

 以上より、偽物を出品したという事実及びそれに対する過失があれば、購入者は出品者に対し、債務不履行による損害賠償請求をすることができます。具体的に請求できるのは、販売代金に加えて、目的物が手に入らなかったことで発生した損害も、請求することができます。

 

ポイント:被害届を出す

 

 以上の手続きが民事手続きによる債権回収方法でしたが、これはとはまた別の刑事的な手段についても、最後に言及したいと思います。それは、警察に被害届を出すというものです。具体的には、出品者にだまされたということで、詐欺罪(刑法246条)での届け出になるでしょう。ちなみに、出品者が詐欺罪で逮捕されて、有罪判決が確定したとしても、それにより購入者に代金が返ってくることはありません。刑事裁判と民事手続きは独立しており、別個の手続きとなります。刑事裁判での詐欺罪の審理の過程で、出品者がだましたことが明らかになっても、民事ではその事実を前提とすることはできません。民事は民事で、また事実の認定をしなければなりません。

 

 そのように考えると、ではなぜ被害届を出すのか疑問に思う方もいるでしょう。その狙いは、出品者に「もし代金を返してくれるのなら、被害届を取り下げる」といった駆け引きにあります。出品者の逮捕、処罰が目的ではなく、被害届の取り下げの代わりに代金を返してくれるように、働きかけることが目的です。出品者も大人であり社会的地位があれば、それを失うことは絶対に怖いはずなので、その心理をうまく利用します。届け出の前に返してくれれば、それで債権は回収できたことになります。 

 

まとめ

 

 以上がフリマアプリやネットオークションでのトラブル対策でしたが、いかがでしたか。

フリマサイトなどでは、貴重なものが格安で販売されていることもあり、たくさんの方がすでに利用していると思います。しかしながら市場規模の拡大に、トラブル対策が十分に追いついていないのが現状です。利用する際は、売る方も買う方も素人であり、トラブル発生の危険は常にあると認識しておく必要があります。

 売る方が、虚偽の情報を提示してはいけないということは言うまでもないですが、買う方もそれを鵜呑みにせず、情報の正確性を自分で判断しなければなりません。トラブルに発展した際は、売り主側の過失が問題になりますが、買主側の過失も当然問題になります。購入時、買主がどの程度注意を払ったかで、過失の判断が変わることもあります。

 それでもトラブルに遭遇してしまったときは、個人間でなんとかせず専門家の力を借りることをおすすめします。その際は、当事務所の弁護士に是非お任せください。