目次
はじめに
ポイント1~債権放棄(債務免除)とはなにか
ポイント2~債権放棄・債権回収を放置した場合の問題
ポイント3~放棄した場合の問題
ポイント4~放棄をするか否かにかかわらず債権回収手続きが必要
まとめ

 

■はじめに

個人であるか法人であるかにかかわらず、債権を取得した場合、不良債権となるリスクがあります。
 
債務者の資力が悪化し、債権回収の見込みが低くなるのです。
 
債権回収の望みがなくなれば、債権回収という手間や時間、費用のかかることはせずに放置してしまうかもしれません。
 
しかし、何もせずに放置してしまうと、多額の税金を支払うことになるかもしれません。
 
また、債権を放棄することで税金を安くしようと考えるかもしれません。
 
しかし、債権の回収を十分に行わずに安易に放棄すると、これもまた多額の税金を支払うことになるおそれがあります。
 
債権放棄と債権回収手続きは真逆の手続きであり、一見関係がなさそうに見えるかもしれませんが、密接な関係にあり切り離すことはできないのです。
 
ここでは、債権を放棄する際の注意点として、主に税金面から債権回収手続きの重要性について解説していきます。
 

■ポイント1~債権放棄(債務免除)とはなにか

債権をもっている者が、義務を負う者に対する一方的な行為により、対価関係なしで債権を消滅させることをいいます。債務免除ともいいます(これは債権を主体としてみるか債務を主体としてみるかの違いにすぎません。)。
 
具体的な方法として気をつけるべき点は、債権というものは同一当事者間においていくつも成立しうるので、いつ、どのような契約をした債権で、いくら免除するのか等、具体的に特定することが重要です。
 
また、後日の証拠とするために配達証明付き内容証明郵便を使うことが好ましいとされています。
 

■ポイント2~債権放棄・債権回収を放置した場合の問題

・相続税
法人債権者の場合には、損金処理による法人税の圧縮ができないなどの問題がありますが、個人債権者の場合にはより深刻な問題があります。特に経営者個人が問題に直面することが多いといえます。
 
債権も財産ですから、相続税の課税対象となるのです。
原則として債務者の資力にかかわらず、債権額が基準となりますので、質の悪い債権であったとしても、相続開始時における債権額(元本+利息)に対して課税されます(相続税法財産評価基本通達204)。
 
例外的に、債務者が破産手続中など回収が不可能であったり困難であったりした場合には、課税対象とはなりません(同205)。しかし、破産など客観的に明らかな場合を除き、回収が困難であると認めてもらうことは難しいとされています。
 
もちろん、税金を納めすぎた場合には、税額の更生手続を行うことで返還してもらうことは可能です。
 
ですが、手続きが面倒なうえ、期限が定められており(原則として法定申告期限より5年、後発的理由があれば事実が生じた翌日より2か月又は4か月)、安全な方法とはいえません。
なにより、一時的とはいえ、債権額に応じた相続税を納める必要があるわけですから、相続人の負担は大きいといえます。
 
債権額が大した金額でなければなんとかなるかもしれませんが、例えば1億円もあったりしたら、相続を放棄せざるをえないかもしれません。
 
個人でそんなに貸し付けたりすることはないだろうと思う人もいるかも知れませんが、経営者が自分の経営する会社にお金を貸して、回収が困難になっているというケースはいくらでもあります。
 
税額の更生手続を行うにしても、後述のように、結局は債権回収手続きや債権放棄手続きが必要となります。
相続人に負担をかけないためにも、なるべく早めに手続を取ることが好ましいと思います。
 

■ポイント3~放棄した場合の問題

・免除を受けた側の課税
債務が減るわけですから、お金をもらうのと実質的には変わりありません。
つまり、贈与と同じです(相続税法8条)。法人の場合には益金として取り扱われます(法人税法22条2項)。
 

個人間の免除かそうでないかなど、細かく分類すると、贈与税、所得税(住民税)、法人税と根拠は異なるのですが、いずれにしても利益を受けた者は、原則として税金を支払うことになります。

 
・株主への課税
株式会社が債務者の場合に、免除により株価が上がったときは、上昇分について株主が利益を受けることになりますので、課税対象となります。
もちろん、債務の超過が継続するのであれば、株価は0円のままですから、課税されません。
 
・放棄した側の課税(個人)
個人が個人に対する債権を放棄した場合、贈与税の対象となります。
 
贈与税については、受け取った側が税金を納めない場合に備えて、贈った側にも納付義務があることになっています。
 
それゆえ、免除を検討する場合、贈与税を支払う可能性を考慮に入れておく必要があります。
 
ただし、債務者に資産がないために弁済が難しいときには、贈与税は課税されません(相続税法8条ただし書)。

ここで問題なのは、弁済が難しいかどうかの認定であり、後述するように適切な債権回収手続きをとったことが重要な判断材料になると考えられます。

 
・放棄した側の課税(法人)
法人債権者の場合には、寄付金課税の対象となるかが問題となります。
 
債権者としては、債権放棄した金額を損金として処理することで、所得を減らし、法人税を軽減させたいところです。
 
損金に含めるには、債権放棄が寄付金に当たらないようにすることが重要といえます。
 
寄付金という一般的な言葉のイメージとは違うかもしれませんが、法人税法上、寄付金とは無償の利益供与のことです。
 
債権放棄は見返りのない一方的な利益の移転といえますから、原則として寄付金に当たることになります。
 
その種類は、5つに分類できます。
1.国、地方公共団体への寄付金(公立学校、公立図書館等)、2.指定寄付金(赤い羽根基金、国宝の修理等)、3.特定公益増進法人(独立行政法人、学校法人、社会福祉法人等)に対するもののうち法人の主たる業務に関係するもの、4.認定特定非営利活動法人等(国境なき医師団等)に対するもののうち特定非営利活動における事業に関係するもの、5.一般寄附金
 
公益目的(1~4)と、そうでないもの(5)と区別すればわかりやすいと思います。
1と2については、基本的に全額を損金にできます。3と4については全額ではありませんが、5よりは入れられる割合が多いです。
 
通常の債権放棄は公益目的ではありませんから、「5.一般寄附金」に該当します。
 
これに当たると、損金扱いにできる金額が制限されてしまうため、特に多額の放棄を望むときは、該当しないように注意しなければなりません。
 
では、寄付金に当たらないようにするにはどうしたら良いのでしょうか。
 
税務においては、国税庁による法解釈の指針としての基本通達が重視されます。
 
貸倒損失に関する法人税法基本通達9-6-1(4)において、債務超過が相当期間続き、弁済が無理な状態であることを前提として、文書※によって債権放棄することを要件に、損金処理が認められています。
※配達証明付き内容証明郵便が望ましい。
 
「相当期間」とはどの程度か問題となりますが、実務上は、3年から5年程度とされています。これはあくまで一般的な期間ですから、絶対的なものではなく、3年よりも短い場合でも損金処理を認められる場合や、反対に5年経過していても要件を満たさないと判断されることもありえます。
 
そして、より重要なのは、弁済不能の要件といえます。
この要件を確かに満たしていると、税務当局に認めてもらうことがポイントといえます。
 
そのために重要なことが、適切な債権回収手続きを行うことです。
債権回収の努力を十分に行ったと認めてもらえなければ、弁済不能であると認めてもらうことも難しいのです。この点については後述します。
 
・子会社
子会社に対する債権放棄については、子会社を倒産から守る必要があるなど、相当な理由があるときも損金処理ができます(同通達9-4-2)。
 
・債権譲渡と損金処理
債権放棄ではなく債権を譲渡してしまうことを考える方もいるかも知れません。
 
たしかに、損金処理をするための一つの手段とはなるでしょう。
 
ですが、ファクタリング会社や債権回収会社が買い取ることができるのは一部の債権のみです。
そもそも、債権回収の見込みのない債権は買い取ってもらえません。
 
回収の見込みがあるのであれば、売却する必要は基本的にありません。
自分で取り立てるのが難しいということであれば、弁護士に依頼すればいいのです。
内容証明を送ったり、直接交渉したり、訴訟を起こしたりといった面倒な手続きは弁護士が行ってくれます。
 
回収の見込みがあるかどうかは弁護士でなければ判断できないことがあります。
債権者の把握していない財産が見つかることもあります。
債務者の「財産がありません」という言葉のみを信じることは危険です。
「客観的に」財産の有無を確認する必要があるのです。
 

■ポイント4~放棄をするか否かにかかわらず債権回収手続きが必要

前記したように、贈与税が課税されないようにしたり、寄付金として課税されたりしないようにするには、弁済が期待できないことが重要です。
 
弁済できるか否かという判断は、税務当局が行います(不服があれば訴訟で争うことも可能ではありますが。)。
 
したがって、客観的に弁済が見込めないことを証明していかなければなりません。
 
この点に関する重要判例として、最判平16年12月24日があります。
この判例の重要ポイントは、1.損金として扱うには全額が回収不可能であること、2.不可能であることが客観的に明確であること、3.債務者側の状況だけではなく債権者側の状況等も考慮されるとしたことにあります。
特に、「3.」の債権者側の状況として、回収に必要な労力や、取立て費用と債権額とのバランスを考慮した点が注目されます。
 
つまり、最高裁は、債権額に見合った回収の努力をしたかという点を重視しているのです。
 
例えば、債権額が10,000円程度のものについて弁護士を雇って訴訟を起こさなければならないということにはならないでしょうが、1,000万円の債権についてはそれくらいのことを要求される可能性があるわけです(債権額のみで判断されるわけではないので個々のケースによって結論は異なります。)。
 
具体的な方法としては、直接債務者に会って要求すること、電話やFAXを使う方法、支払いを要求する手紙を送ること、調停手続を利用する方法、交渉がまとまった場合に公正証書としてまとめること、支払督促をすることなどが考えられます。
 
問題なのは、税務当局に努力したことを証明することです。
努力を十分に行ったことを証明するためには、交渉記録(業務日誌、通話明細等)、役員会議事録、株主総会議事録、内容証明、調停調書、和解調書、公正証書、判決書等を示すことが考えられます。
 
しかし、一番確実なのは、弁護士が手続きを行うことだといえます。
 
弁護士が可能な限りの手を尽くしたのであれば、たとえ全額が無理だったとしても、残りの金額について回収不能であることを認めてもらうための重要な証拠となります。
 

最終的に放棄をする場合であっても、弁護士に依頼をすることが重要なのです。
放棄するしかないと思っていたのに、隠されていた財産が見つかり、全額回収できることもありえます。プロに任せることが一番安全なのです。

 

■まとめ

・放棄された場合、原則として、利益がでるので税金がかかります。
・不良債権であっても、原則として債権額に対し相続税がかかります。
・株式会社が債務者の場合に、放棄を受けることで株価が上昇したときも税金がかかります。
・個人から個人に対する放棄の場合、原則として贈与税が生じます。贈与税は贈った人にも連帯して納税義務が生じるため、債権を失った上に税金を支払うリスクがあります。ただし、資力がないようなときは課税されません。
・法人債権者は放棄により損金処理ができるときとできないときがあります。一定の要件を満たさないときは、寄付金扱いとなり、損金処理できる金額が制限されます。
・寄付金に当たらないためには、債務超過の状態が3~5年続いており、弁済が不可能であり、文書で債権放棄することが重要です。
・子会社相手のケースでは、子会社の倒産を防ぐ必要があれば損金処理が認められます。
贈与税を課税対象外とし、寄付金に該当しないための要件でもある、弁済不能要件を満たすには、債権額に応じた適切な債権回収手続きが必要です。
 
最終的に放棄をするか否かにかわらず、弁護士に依頼することがポイントです。