目次
■はじめに
■ポイント1~滞納金の回収方法
■ポイント2~契約や債権がなくなる場合
■ポイント3~トラブルの予防
■まとめ
■はじめに
多くの児童、生徒、学生が学習塾を利用しています。
「文部科学省ー子供の学習費調査(平成28年度)」によれば、小学校では公立で約4割、私立約7割、中学校では公立で約7割、私立約6割、高校では公立私立ともに約4割と、概ね半数近くの児童生徒が学習塾に通っていることが明らかになっています。
しかし、少子化により学習塾を取り巻く経営環境は変化し、廃業を余儀なくされる学習塾も少なくありません。
その主な原因は生徒数を確保できないことにあるとされています。
そのため、学習塾では、ポスティングやインターネットでの広告などを行ったり、無料授業体験を実施したりするなど、集客努力をして生徒数を伸ばそうとしています。
しかし、子供の数が確保できていたとしても、授業料の滞納があれば経営にとって脅威となります。
むしろ、生徒の数が多くなる分、生徒が単純に少ない場合よりも、より大きい教室の確保が必要になり賃貸料がかさんだり、特に個人指導を行う塾では講師や運営スタッフの人件費などがかさんだりして、かえって深刻な影響を及ぼすことがあります。
学習塾の経営においては、単純に生徒数を伸ばすことだけではなく、授業料の滞納にうまく対処し債権回収することが必要になります。
支払わない理由も様々であり、児童生徒の親の経済状況の悪化などの個人的理由や、塾側が契約に際して法律上の定めに従って契約しなかったという法律違反を理由とするものもあります。
ここでは、主に塾の経営者側の視点から授業料に関する債権回収の方法や、その他の契約上のトラブル防止法を見ていきます。
■ポイント1~滞納金の回収方法
学習塾の場合、世間の評判を気にして授業料の支払いを強く求められていないケースがあります。
しかし、請求することで評判が悪くなるというのはおかしな話です。支払うべき義務があるのは相手側なのですから、本来遠慮すべきところではありません。
むしろ、他の生徒やその親からすると、「授業料を支払わなくてもいい生徒がいる。」と見えてしまい、授業料の滞納を放置することのほうがかえって評判を落とすことになりかねないのです。
もちろん、家庭の経済状態の悪化など酌むべき事情はあるでしょうが、他の生徒やその親も同様に経済的に苦しいことも少なくありません。そのような立場の人から見れば、不公平だと感じることになり、新たなトラブルの原因となりかねません。
授業料の回収は、生徒を平等に扱うという意味でも重要なことだといえます。
以下、債券回収の方法を見ていきます。
・通知書
一時的な滞納であればうっかり支払いを忘れていたということもありますから、なるべく穏便で費用のかからない方法から試していきます。
生徒が来ているのであれば、本人に督促状を親に渡すようにもたせたり、そうでないときは郵送したりといったことが考えられます。
・電話
書面と並行して電話で請求することも一般的に行われます。
ただし、深刻な滞納トラブルでは一般の郵便や電話では支払ってもらえないことが大半です。
・訪問
訪問して督促するということも考えられますが、在宅しているとは限りませんし、書面や電話で請求しても支払いに応じてくれない債務者が任意に応じてくれる見込みは大きくありません。ただし、時効の心配があるような場合、支払いを先延ばしにする約束をしたり、わずかでも支払いを受けたりすることで時効が中断する効果がありますので、そういう場合には有効な方法といえます。
・内容証明
送り主の強い意思が感じられるため心理的な圧力になります。
しかし、一般の人よりも、弁護士が送り主の場合のほうがはるかにプレッシャーは大きくなります。内容証明郵便の送り主が弁護士というだけで支払いに応じる債務者もいます。
・調停
裁判所で調停員を交えて話し合いによる解決を行う方法です。
ただし、話合いに応じてくれることが前提ですので強制することはできません。
話合いがまとまり調停調書が作られると、確定した判決と同じ効果が得られますので、これをもって債務名義となり、約束が守られなかった場合には、強制執行で債権回収していくことができます。
・支払督促
簡易裁判所の書記官に手続きをとる方法です。
書面審査だけでよかったり、手数料が訴訟よりも安く済んだり、簡易でありながら強力な方法です。心理に与える影響も強いといえます。
ですが、相手方から異議の申立てがありますと訴訟に移行してしまいます。
そのため、相手が争ってくる可能性が高いときには難しい方法です。
その判断は一般の方では難しいため、弁護士に相談することをおすすめします。
・少額訴訟
60万円以下の金額が問題となっている事案で、原則1回の審理で終わる簡易な訴訟です。
一見簡単なように見えますが、あらかじめ証拠をすべて揃えておかないと不利な判決を出されてしまいかねず、個人で行うにはリスクのある方法です。
・通常訴訟
金額にかかわらず行われる一般の訴訟です。
訴状の作成だけでも専門的な知識が必要になるため個人で行うことは難しいといえます。
また、時間などもかかるため、なるべく他の方法で債権回収できることが好ましいといえます。
弁護士が請求すれば支払ってくれる債務者も少なくないので、まずは債権回収に秀でた弁護士に相談されることをおすすめします。
■ポイント2~契約や債権がなくなる場合
授業料の支払いを求めるためには、そもそも契約が有効でなければなりません。
ですが、契約が無効になるなど、債権が無くなってしまうことがあります。
・特定商取引法
同法の適用を受ける講座と、そうでないものに分けられます。
適用を受けると、契約に際して必要な書面の交付義務や、貸借対照表や損益計算書の備置きや閲覧をさせる義務、中途解約等の各種の制限を受けることになります。
適用を受けるには、政令で定められている「特定継続的役務」に当たる必要があります。
塾の場合には、入試対策や学校の勉強の予習復習のためで、学校の現役の児童、生徒、学生を対象に授業を行うものが対象です。ただし、幼稚園児(いわゆるお受験)や大学生は除きます。また、塾が用意した教室などで指導するものに限られます。
現役の学生等が対象ですから、浪人生や学校に在籍していない高校卒業程度認定試験の合格者のみを対象にしている講座は含みません。現役の学生が含まれるコースであれば、全体として適用されます。
もう一つ条件があり、2か月を上回る長さでサービスを提供し、かつ、5万円を超える金額となることが必要です。金額は入塾料や必要な教材費、消費税などをすべて含んだ金額です。
月謝制の場合で、特に期間を定めていないときは、基本的には1か月ごとに契約を繰り返していると考えられるため、適用の対象外となります。
ですが、教材の販売が目的の場合など、形式的には月謝制であっても、契約の実体が2か月を超えると判断できる場合には、適用の対象となることがあります。
・解除
前記の役務にあたると、クーリングオフができます。
これが実行されますと、支払いを求めて債権回収することができないばかりか、入塾料などすでに受け取ったものを返還しなければならなくなります。
この制度は、どのような契約でも認められているわけではありません。
例えば、普通にお店に行って買い物をしたような場合はできません。
一部の契約のみ特別に認められているのです。
この制度は、塾が作成し交付しなければならないとされている書類を受領した日より8日以内であれば、書面で契約を解除するという意思表示をすることで契約をなかったことにできるというものです(書面を発したときに効果が生じます。)。
口頭では解除できないので注意が必要です。「言った」、「言わない」で揉めることがないようにするためです。電子メールを使っての解除もできません。
もっとも、口頭や電子メールを使ったものであっても、塾側がこれに応じるのであれば、同等の合意による解除と考えられます。
解除された場合、受講するのに必要なものとして塾から購入した教材等があるときは、これについても解除できます(一部の消耗品を除きます。)。
クーリングオフされた場合には、債権回収にくわえて損害賠償も請求できません。
教材等を塾から買った場合には、返品にかかる費用は塾が負担することになります。
また、すでに利用していた場合、利用分について請求することも禁止です。
そのため、8日の期間内は、塾としては損害の発生することが予想されるような役務の提供は避けるほうが無難といえます。
・中途解約
8日が経ってしまったとしても、長期にわたる契約を望まないことがあります。
そこで、いつでもどんな理由でも生徒の側から解約できることになっています。
この場合には書面で行う必要はないのですが、普通は書面で行われます。口頭では証拠が残らないからです。
損害賠償を要求することはできます。ただし、金額が制限されています。
授業が行われていない場合には、1万1,000円(+法定利率による遅延損害金)が限度です。
すでに行っている場合には、これまでの授業料でまだ受け取っていない金額と、2万円または1か月分の授業料のいずれか低い金額(+法定利率による遅延損害金)を合わせた金額です。
教材等の販売契約を解除した場合における損害賠償金等については、教材等が返還されたときは、
通常の使用料分(+法定利率による遅延損害金)が限度です。
返還されていないときは、販売価格分が限度です。
教材等の引渡し前であれば、契約をしたりその義務を果たしたりするために一般的に必要な費用が限度です。
・事実の誤認
契約内容について事実と違うことを認識しながら説明し、相手がそれを信じて契約したようなときは、契約を取り消されることがあります。
事実を告げないことで誤解させたときも同じです。
・消滅時効
2020年4月1日以降に発生した債権については、5年間で消滅します。
それよりも前に発生した受講料については、2年で消滅します。
時効までの日数が近い場合にはすぐに弁護士に相談してください。
■ポイント3~トラブルの予防
・書面の交付
特商法に規定された書面の交付を行わないと、前記した解除可能期間が始まりません。
いつでも無効にされる状態となってしまいかねず、経営を不安定にさせます。
裁判例では、契約から10か月経過した時点での書面の一部記載の不備を理由に解除を認めた事案があります。口頭で補うこともできません。
特商法の規定に沿った書面の交付を忘れずに行う必要があります。一部でも記載の不備があったときは改めて交付します。
・明確な契約書を作る
個人経営の塾などではそもそも契約書をつくらないケースもあるようですが、トラブルのもとですので作成することが好ましいです。
また、作られているケースでも、債務者が誰なのかがはっきりしないものもあります。
例えば、生徒名と保護者名欄があってそれぞれ署名押印するものが見受けられますが、解釈次第で債務者が生徒なのか保護者なのか分かれる可能性があります。
「申込者」や「契約者」等の表示をして誤解がないようにすることが望ましいといえます。
・申込者が未成年者のとき
高校生くらいになりますと、自分で契約書を持参してくる生徒も珍しくありません。
ここで注意すべきことは、契約の相手が未成年者の場合には、原則としてそのことを理由に取り消されることがあるということです。
取り消されてしまいますと、請求できなくなるだけでなく、受領済みの金銭について返さなければならなくなります。
親権者自身を申込人とした契約書をもってきてもらえばいいとも思えますが、未成年者が署名を偽造してしまうことも考えられ、直接親に来てもらえない場合には問題があります(契約の成否でもめたり、不法行為など契約以外を根拠に請求せざるを得なくなったりするなど問題が複雑になる恐れがあります。)。
契約を有効にするために、未成年者自身を申込人とすることが一つの方法です。
親権者の同意欄を設け、そこに署名押印をしてもらうようにすることが大切です。
親権者が認めていれば取り消すことができなくなるからです。
もし、親権者の署名が偽造されたものであったとしても、取り消すことはできなくなりますので、親権者の欄を設けること、そこが空欄のままのときは申し込みを受け付けないことが重要です。
仮に受け付けてしまったようなときは、契約を取り消すか否かを親権者に確認する必要があります。その場合、1か月以上の期間を定めてその期間内に回答するように求めることが大切です。回答がなく期間を経過すると取り消すことができなくなるからです(任意に同意書を提出してくれないようなときには、内容証明などを使い証拠に残したほうが安全です。)。
ただし、債務者はあくまで未成年者となってしまいますから、保護者等に連帯保証人となってもらうようにします(仮に保証人の署名が偽造されたとしても、入塾契約が無効になるという事態は避けられます。)。
このように、生徒自身を申込人とし、親権者、保証人欄を設け、明確に分ける方法は、誰が債務者なのかを明瞭にする上でも有効な方法です。
親が離婚した場合に塾の費用をどちらの親が負担するかという点について親同士でもめていることが滞納の原因となることがあります。
申込人が親名義になっていますと、片方の親が形式的に申し込み、実質的な支払いを行うのがもう一方の親ということがあります。こういうケースでは署名した親が債務を負担する意識が希薄なため滞納につながることがあります。
これに対し、連帯保証人として署名した場合、債務を負担する意思が明確になっていますから、トラブルを防ぐ有効な方法の一つとなります。
これはあくまで一つの考え方ですので、それぞれの学習塾の経営スタイルなどに応じて、慎重に検討されるべき問題です。
大切なのは誰が最終的に義務者となるのか、客観的にも当事者においても明確に分かるようにすることです。
■まとめ
・受講料の回収方法としては、電話や手紙での穏便な方法をとり、それでも効果がないときには強制的な方法を検討します。ただし、弁護士が請求することで支払いに応じてくれることが少なくありません。
・塾のコースによっては特定商取引法の適用を受ける場合があります。適用を受けると、法定の書面の交付義務やクーリングオフ等の制度が適用されることになります。
・時効によって権利が消滅することがあるので早めに手続きをとることが重要です。
・明確な契約書を作ることが問題の防止に有効です。