目次

はじめに

■ポイント1~海外債務者への対応

国内に管轄があるか

国内で訴訟を行うか否かの見極め方

ポイント2~海外債権者による国内債務者への対応

適用される法律

訴訟手続をとるべき国

ポイント3~その他の問題

まとめ

 

■はじめに

企業が国際的な経済活動を行うことが当たり前となってきています。

それと並行して、国際的に、貿易活動によって生じる売掛債権の不良債権化が問題となっています。

 

それぞれの国、地域における内部的な債権の回収とは異なり、海外債権の回収には特有の問題が多く存在します。

 

例えば、単純に当事者の所在が距離的に遠いといったことも大きなトラブルのもととなります。

商品が届かないといったクレームはもちろん、催告のための郵便事情も日本とは異なり事故が少なくありません。距離が遠く離れていればいるほど、物理的なトラブルの種が増えることとなります。

 

ここでは、国際的な経済活動によって生じる売掛債権について、債権者が日本国内にいるときと、国外にいるときにわけて、回収手続きを見ていきたいと思います。

 

■ポイント1~海外債務者への対応

・問題の概要

経済のグローバル化により海外に存在する現地法人と取引を行うことが一般的になっています。

 

弁済期限までに約束の代金を支払ってくれないことがあるのは、国内・海外を問わず共通した問題です。

 

ところが、海外の企業の場合、言語、文化・慣習、法律の違い、地理的・政治的な問題など、国内企業とは異なる多くの問題が存在しています。

 

例えば、海外企業の場合、支払いを遅らせることが担当者の才能として評価されることがあります。

理由としては、わずかな遅れであれば遅延利息の請求を受けないこと、資金効率を良くすることが日本以上に重視されていること、特に政策金利の高い新興国では、支払いを遅らせた分だけ高い利息を得られることが大きいとされています。

 

そのため、常習的に引き延ばそうとする人たちが多くいるのです。

 

ただし、この場合であっても悪評が立てば企業の格付けに影響しますから、結果として取引先を失うことになります。

そのため、このような行為は、訴訟などの大きな問題にならない範囲で行われ、弁護士から請求されれば直ちに支払われることも少なくありません。

 

重要なのは、債権回収に熱心な、債務者から見てやっかいな債権者であると認識させることにあります。

たとえ資金繰りに苦しんでいる企業であっても、このようなやっかいな債権者から優先して支払いに応じるからです。

 

・請求方法

履行を求めていくやり方は、日本国内のものと基本的に変わりません。

 

通常は、電話、Eメール、FAX、郵便により求めていくことになります。

 

違いとして、内容証明郵便が使えないことがあげられます(台湾など一部の国では制度がありますが、現地の郵便局を使わなければなりません。)。

 

海外で同様の制度がない理由としては、支払う意思がないことが明確なのであれば、支払督促や訴訟等の裁判所の手続きを利用する方が確実だからと考えられます。裁判所が、内容を確認した上で書類を届けてくれますし、心理的な圧力も強いからです。

 

ただし、後述する中国のように催告によって消滅時効をストップさせることを認めている国で、時効を阻止しつつ訴訟をなるべく避けるには催告したことを証明することが重要となります。

 

このための方法として公正証書を使う方法も考えられますが、簡便な方法として、書留郵便(受取通知付き)で催告するとともに、それを撮影した画像を電子メールで送る方法が考えられます(電子メールの送信について第三者が証明するサービスがあります。)。

どのような内容の電子メールが送信されたか記録されますから、文書の画像とそれが封筒の中に入っている画像、封をした画像などにより、その日時に相手方向けの催告書が存在したこと、その書面が封筒に入っていること、電子メールが送られたことの証拠となります。

 

メールが届いていないといった言い訳がなされても、郵便の方で、相手方に何らかの文書が到達したという記録が残ります。

 

文書の内容に発送日を明記しておき、電子メールと同時に送る旨を記載しておけば、同一内容の文書が到達したことを推認させることができます。

これらにより、「何も届いていない」、「違う文書が入っていた」、「何も文書が入っていなかった」などの言いわけが難しくなります。

 

内容証明と同程度とはいきませんし、各国のインフラ状況にもよりますが、このように証明力を高めていく工夫が重要といえます。

 

・国内に管轄があるか

海外の法人だからといって必ずしも相手国で手続きを行う必要はありません。

契約の内容にもよりますが国内で訴訟を行うこともできます。

 

どの国で手続きをとることができるかという問題が、「国際裁判管轄」の問題です。

 

普通、契約書の中で、もめごとが起きた場合には「○○国の☓☓裁判所」で解決する旨の意思表示をしておきます。

 

日本の裁判所が指定されている場合には、国内で手続きを行うことが可能となります。

 

仮に、このような規定がなかったとしても財産が国内にあるなどの条件を満たせば国内で手続きをとることができます。

例えば、相手方が国内の会社に売掛金債権や知的財産権を有していれば、管轄が生じうることになります。

 

ですが、国内で手続きをとることができるかという問題と、国内で行うべきかという問題は分けて考えなくてはなりません。

 

・国内で訴訟を行うか否かの見極め方

国内で訴訟を行う目的としては、次の3つが考えられます。

 

1つ目は、強制執行により国内にある財産を差し押さえること。

2つ目は、消滅時効をストップしてもらうこと。

3つ目は、国外にある財産を差し押さえること。

 

国内に十分な財産があれば、目的を達することができますから、国内で手続きを行うことに問題はありません。また、今現在は財産がなくても将来的には財産が得られる可能性があるのであれば、時効をストップさせることにも意味があるといえます。

 

ですが、国内にめぼしい財産がなく、時効も差し迫っていない状況であれば、国内で手続きをとることは控えたほうがいいかもしれません。

 

つまり、国外にある財産の差押えだけを目的として訴訟を起こすことは慎重に考える必要があります。

 

理由としては、第一に、日本の判決を使って強制執行できるとは限らないことが挙げられます。

この場合、そもそも一般的に認めていない国(中国など)もありますし、そうでない場合でも個別に否定されるおそれがあります。

 

また、外国の判決が自国で債務名義となりうるかは、その国の司法手続きの中で判断されることとなり、相応の時間と費用がかかります。

 

したがって、他国での執行のみを目的としている場合には、直接、相手国で手続をとることを検討することになります。

 

■ポイント2~海外債権者による国内債務者への対応

・問題の概要

経済活動の国際化は、国内債務者を対象とする海外法人による回収手続きの増加も招いています。

 

一口に海外法人といっても、純粋な外国籍企業だけではなく、日本企業が設立した現地法人であったり、現地企業との合弁会社であったりとその形態はさまざまです。

 

取引の形態もいろいろあります。

国内の企業と取引を行うケースだけではなく、海外にある法人同士で取引を行った後、一方の法人が日本国内に財産を引き上げてしまうようなケースです。

 

日本企業が海外に別法人を設立した場合、法人格が別ですから、売掛金債権を現地法人がもっているときは、債権譲渡等を行わない限り、回収手続きは現地法人によって行われるのが原則である点にも注意が必要です。

 

完全親子関係にあるような場合には、国内の親会社が回収手続きをとることを適法とする見解もありますが、通常の親子会社の場合には弁護士法に違反する疑いがありますので、現地法人から日本の弁護士に依頼されるのが無難です。

 

・請求方法

電話やFAX、Eメール、通常郵便といった一般的な方法であっても、弁護士が行うことで支払いに応じてもらえることも多いです。

 

また、国内であれば内容証明郵便が使えますから、これにより解決することも期待できます。

 

相手方が支払いに応じる意思を示してきた場合に、強制執行認諾文言付きの公正証書を作成することも検討できます。

 

訴訟となった場合でも和解によって手続きが終了することもあり、必ずしも時間がかかるとは限りません。

 

迅速に処理するためには弁護士に相談されることをおすすめします。

 

・適用される法律

管轄の問題とは別の問題として、契約がいずれの国の法律に基づいて行われたかを問題とするものに「準拠法」というものがあります。

 

これも契約条項に定めることが通常です。

仮に定めがなかったときには、当該契約に、より関係の深い国の法律が適用されることとなります。

 

各国の取引に関係する法律は各種の国際条約があることもありますが、類似した法律がめずらしくありません。

 

しかし、細かく見ていくと、各種の要件や効果に違いがあることは否めず、準拠法の違いによって権利の実現が難しくなることがあるので注意が必要です。

 

例えば、中国の消滅時効は日本の原則的な規定よりも短く規定されています。

そのかわり、日本では一時的な効果しかない催告が、時効期間をリセットする効果を与えられています。

また、人的担保である保証人制度にも違いがあります。

 

債務者に対する請求は付従性により保証人にも効果が及びます。

 

これに対し、保証人に対する請求は、日本では連帯保証の場合を除いて主たる債務の時効に影響を与えませんが、中国では影響を与えます。

 

日本に管轄権がある場合であっても、適用される法律が中国のものということもあり、この点にも注意が必要です。

 

・訴訟手続をとるべき国

法人の住所等が日本国内にあるときは、原則として国内に管轄権が生じます。

しかし、同時に外国に管轄権が生じることもあり、どちらで手続きをとるべきか選択しなければなりません。

 

もしも、財産が日本国外にしかないというのであれば、その国で手続きをとるのが現実的かもしれません。

 

これに対し日本国内にしか財産がないのであれば、日本国内で手続きをとったほうが現実的です。

 

その理由は、外国での判決が日本でそのまま債務名義となるわけではないからです。

 

必要な効力が認められるためには、その海外の裁判所に裁判権がなければなりません。

 

また、内容や手続きが公序良俗に適合していることも必要であり、相手方に手続きを行う実質的な機会が与えられていたことも必要です。

 

そして、国内の判決が海外で同様に執行できるという保証も必要とされています。

 

これらの要件を満たして、はじめて外国判決をもとにした手続きが可能となります。

 

これらの要件を満たすことは容易ではありません。

 

例えば、米国には懲罰的賠償という仕組みがあります。

これは悪いことをした企業に、生じさせた損害を超える賠償金の支払いを命じることで、同じことをさせないようにするためのものです。

賠償金額の算定についても陪審が判断できることから希薄な根拠により非常に高額な賠償金が命じられることもあり、特に外国企業に対して厳しい判断が出されやすいとの指摘があります。

 

最高裁で争われた事案として、ある州の裁判所が認めた日本法人に対する懲罰的な損害賠償請求について、日本の不法行為制度が被害者の被った損害を回復するための制度であるのに対し、当該懲罰的賠償制度は刑事罰に近いものであって、わが国の法制度の根幹的な部分と矛盾し、公序の要件を満たさないとして強制執行を認めませんでした。

 

おたがいに手続きがとれるような保証関係がないとして、中国の裁判所の判決について強制執行ができないとした判決もあります。

 

また、手間や費用の面も考える必要があります。

外国裁判所での手続のほか日本の裁判所での手続きが必要となり二重の手続きが必要となり手間と費用がかかります。

例えば、要件を満たしているか否かを判断するためには判決文を日本語に翻訳するところからはじめなければなりませんが、翻訳するだけでも時間と費用がかかります。

 

したがって、日本に対象となる財産と管轄権がある場合、訴訟手続を含めて日本で回収手続きをとることが確実であり、また、時間と費用の節約にもつながります。

 

■ポイント3~その他の問題

・契約書の存在

国際的な取引を行う際、正式な契約書を用意していない事例が多くあります。

 

たとえ見積書や依頼書が存在したとしても、契約書が存在していなければ、代金やその他の約束を平気で破られることがあります。

 

最終的には、裁判所や仲裁機関の判断に委ねられますが、そこでは客観的な証拠に基づいて審理されることとなります。

 

その最たる証拠が契約書であり、これがなければ主張が一切認められないおそれがあるのです。

 

一通の紙での作成が困難な場合であっても、電子メールやFAXでのやり取りで契約内容を明確にすることも可能です。見積書等では一方の意思しか表示されていない点が一番の問題といえます。互いの意思が一致したことを示す証拠を残すことが重要です。

 

・契約条項

どの国の法律に基づいた契約なのか、争いが生じた場合にどの国のどのような制度を使って解決するかといったことも明確にしておくことが大切です。

 

その際、一定の契約に関しての合意でなければ効力が否定されることがあるので注意が必要です(当事者間のあらゆる問題に適用するような抽象的すぎる規定は無効とされます。)。

 

■まとめ

・海外企業は支払いを意図的に遅らせることが少なくありません。この場合、断固とした態度で支払いを求めていく必要があります。特に弁護士からの請求があれば即時に支払われることもあります。

・回収方法は、電話、FAX、Eメール、郵便といった一般的な方法を用いますが、内容証明郵便は使えません。

海外の法人であっても国内で回収手続きができないわけではありません。訴訟を提起できることもあります。国内に債務者の財産があれば国内での手続きが検討できます。

・外国での判決を使って強制執行できるとは限りません。はじめから国内で回収手続きをするほうが確実です。

・契約書を作らないとトラブルのもととなります。その際、紛争解決条項を定めることも大切です。