目次

はじめに

ポイント1~監査業務(法定監査)

虚偽記載(クライアントに対する責任)

虚偽記載(投資家に対する責任)

ポイント2~社員としての責任

ポイント3~報酬請求権の実現

まとめ

 

 

■はじめに

 

近年、不適切な会計処理を行い、投資家からの信頼を裏切る企業が相次いでいます。

世界的に見れば、エネルギー大手のエンロン、大手電気通信事業者ワールド・コムによる粉飾決算が問題となり、内部統制システムの整備や監査委員会の権限の強化が世界的に実施されるきっかけとなりました。

 

投資家や金融機関は企業の公表する財務諸表、有価証券報告書の内容を信頼して投資や融資を行います。

その内容が誤っていれば、投資家は安心して投資することができず、金融機関は融資をすることができなくなります。

不適切な会計処理が行われないようにするために、外部の専門家として、公認会計士、監査法人がその使命を担っています。

 

しかし、エンロン事件においては、当時の世界5大会計事務所の一つが不正に関与したとして解散に追い込まれました。

日本においても企業による不適切な会計処理に関与したとして、行政処分を受けたり、投資家から損害賠償請求を受けたりして解散する監査法人も出てきています。

 

監査法人の責任は重大であり、その反面、報酬も少なくない額を受け取ります。

 

監査法人が受け取る報酬額は、上場企業での監査業務において平均で数千万円規模に上るとされており、全国に支社や工場が多数存在し、または海外に子会社があるなど監査の規模が大きくなる場合には、数億円から数十億円に上ることもあります。

この他に、監査に当たるスタッフの交通費や宿泊費など各種費用も別途請求することが多いため、クライアントに請求する金額は莫大なものとなります。

 

もし、これらを債権回収できなければ、経営に深刻な影響を与えます。

 

監査業務の特徴として、依頼者にとって好ましくない結果になりうることがあげられます。特に、粉飾決算を行っているような経営が苦しい企業の場合です。

 

その結果、企業の不正に手を貸して損害賠償請求を受けたり、逆に拒否することで契約を打ち切られ、報酬や費用の支払いに応じてくれないことがあります。

 

ここでは、監査法人が遭遇する可能性のある各種のトラブルや、債権回収の方法について基本的な事項から解説していきます。

 

■ポイント1~監査業務(法定監査)

公認会計士の独占業務であり、公認会計士の存在意義ともいえる業務が監査業務といえます。

監査業務には、法律上、会社等に監査が義務づけられているものについて行う法定監査と、それ以外の監査に分けることができます。

 

法律上監査が必要なものとしては、金融商品取引法によるものと、会社法やその他の法人・組合に対する特別法によるものがあります。

 

社会的影響の大きい金融商品取引法と会社法が特に重要です。

 

・金融商品取引法(金商法)

当該監査は、投資家を保護する目的で実施されます。

財務諸表に誤りがないかを監査することで企業にとっても利益となりますが、ときに企業の不正を暴くことにもつながるため、クライアントとの関係で緊張関係が生じる業務でもあります。

 

ここで行われる監査は、財務諸表に関するものと、内部統制システムに関するものです。

 

・会社法

金商法と重なる部分も多いですが、内部統制監査が強制でないこと、対象となる企業の範囲などに違いがあります。

しかし、報酬請求権の存否という観点からは、委任契約の締結や解除に関する違いが重要と考えられます。

 

会社法を根拠とするときは、会計監査人という会社の機関として行うことになります。

この際、選任は株主総会で行われる点に注意が必要です。

金商法の場合には、代表取締役との間で委任契約手続きをする形となりますが、会社法の場合には、代表取締役から依頼を受けていたとしても、総会での決議があるまでは、あくまで候補者にすぎないことになります。手続きが厳格といえます。

 

契約の解除についても原則として総会での解任決議が必要となるため、一方的に契約を打ち切られるリスクは比較的小さいといえます。

定時株主総会で別段の決議がなければ自動で再任されることからも、その地位が強化されているといえます。

取締役会から解任を告げられたとしても、総会での決議等がない限り、監査人としての地位は存続しますから、報酬請求権も発生することになります。

 

ですから比較的債権回収の期間が長いといえます。

もし、報酬の支払いに応じてもらえない場合には弁護士に相談してください。

 

・虚偽記載(クライアントに対する責任)

誤った財務諸表について、不正を見抜けずに適正である旨の意見を付けてしまうと、投資家からは不法行為責任、クライアント企業からは債務不履行責任に基づいて、損害賠償請求を受けることがあります。

 

監査法人や公認会計士が訴えられる事案は日本では多くはなく、賠償責任を認めた裁判例も今のところ少数にとどまっています。

しかし、近年監査人に対する社会の目が厳しくなってきているため、責任を追求される恐れが高まると指摘されています。

 

損害賠償責任を認めた裁判例としては、実査の不備によるものがあります。

経理担当者による横領行為について、通常期待される実査が行われていればそれ以降の横領による被害はなかったとして、損害賠償請求を認めるものです。

 

通常の監査は、適切に財務諸表が作成されているかを確認するために行うものであり、不正行為の発見を目的に行われるものではないことから、不正行為発見のための特約が結ばれていない場合には、不正行為を指摘できなかったとしても、それだけでは責任を負うことにはなりません。

 

しかし、不正行為が行われている可能性も予見可能であるため、通常期待される監査の範囲であれば、善管注意義務違反が認められることがあるのです。

 

監査人は通常の監査として、現金や預金、有価証券、棚卸資産の確認など現場に赴き実査を行います。時期をずらして調査すると実質的には同じ資産を別の資産であるかのように装うことができることから、同時に調査することが重要とされています。

このように、監査証明を行うためには、よりどころとなる客観的な証拠を確実に集めることが必要です。

 

裁判例ではこのような実査がずさんに行われているケースが目立ちます。

 

例えば、担当者から預金通帳の写しを受け取っただけで、通帳の原本の存在自体を確認せず、金融機関に預金残高証明書の発行請求も行っていないようなケースです。

適正な財務諸表であると証明するためには、一般的な水準の監査手続きが必要であり、これを怠ると、監査人としての義務を果たしていないと判断されてしまうのです。

 

預金残高証明書は、その発行に1週間程度はかかりますので、依頼された時期によっては確認の必然性があるとはいえませんが、確認の容易な預金通帳の原本等を確認しないのは、善管注意義務違反を問われてもやむを得ないと考えられます。

 

賠償請求まで受けなくとも、報酬や費用の請求を拒まれる恐れもあり、一般的に要求される程度の監査は確実に行わなければなりません。その際、監査をどのように行ったかという記録をつけるなど、客観的な証拠を残しておくことも大切です。

 

もっとも賠償義務があるとしても、内部統制に問題がなければ不正は生じないはずですから、すべての責任があるとはいえません。したがって、過失相殺されて賠償義務が軽くなることが少なくありません。

 

また、報酬の支払いを拒否することが正当とは限りませんから、もし支払いに応じてもらえないときは弁護士に相談してください。

 

最終的に監査人の責任が否定されるにしても、訴訟を起こされること自体がリスクとなります。

リスクを下げるためには、監査の範囲をできるだけ明確にし、それを契約書に記載しておくことです。

クライアント企業との間で締結される契約内容が曖昧であると、トラブルになりやすく債権回収できなくなる可能性が高まるといえます。

 

・虚偽記載(投資家に対する責任)

財務諸表に虚偽の記載がなされ、この虚偽の記載に適正意見を示してしまった場合、これを信じて株式を取得してしまった株主は損害を被る恐れがあります。

 

株価が下がり損害が発生した場合、因果関係が認められれば、賠償責任を負うことがあります。

 

この責任は過失責任ですが、金融商品取引法に基づく請求の場合、立証責任は監査人にあるため、容易には責任を免れることができません。

過失がないことを証明するために、経営者確認書や日々の監査の記録をつけておくなど証拠を残しておくことが重要です。

 

■ポイント2~社員としての責任

監査法人に所属する公認会計士のうち、社員としての公認会計士は、監査法人が債務を完済できない場合には、個人として支払う義務が生じます。

 

ただし、契約内容や組織形態により、出資の限度に責任が軽減されることがあります。

監査法人において責任が軽減されるのは、指定社員制度や有限責任監査法人における責任を限定された社員です。

責任を限定される社員の範囲や、業務の範囲はそれぞれの制度によって異なるため注意が必要です。

 

特に気をつけなければならないのは、無限責任を負う場合、直接自分が関わった業務ではなくとも、社員として弁済する責任が生じうるということです。

その際、賠償責任保険に加入しているから大丈夫だと思われるかもしれませんが、保険金の支払いには満たさなければならない要件があり、支払ってもらえないことがあることに注意が必要です。例えば、故意による損害発生の場合には支払ってもらえません。

 

自分は不正に関与することはないから大丈夫だと思うかもしれません。

 

しかし、ほかの社員が監査法人の指定社員として業務を遂行し損害を与えた場合、それが不正に関与するなど故意によるときは、保険会社から保険金の支払いを拒否され、結果として連帯して債務を負うことがあります。

 

このような問題を防ぐには、監査法人自体の内部統制システムを強固に構築することが重要といえます。保険に頼る考え方は、特に無限責任を負担している場合、とても危険なものといえます。

 

■ポイント3~報酬請求権の実現

報酬請求権や各種費用の請求権が発生していたとしても、従業員による横領を止められなかったり、粉飾決算を指摘したりするなど、クライアントの意に沿わない結果となったため、弁済期になっても支払ってもらえないことがあります。

あるいは、経営状態が悪いために支払えなくなることも考えられます。

 

監査法人としては多くの時間と人数をかけて業務を遂行してきており、債権回収ができなければ法人の存亡にも関わります。

 

・支払う意思がある場合

支払う意思はあるが、弁済を待ってほしいということであれば、自分たちにとって有利な状況にするために準消費貸借契約を結ぶことが考えられます。

 

準消費貸借契約というのは、金銭などの代替可能な物を支払う義務のある人がいる場合に、その物を目的として消費貸借契約を結ぶことをいいます。

例えば、売掛金債権がある場合に一旦お金を返してもらってから貸し付けるのではなく、既存の債務をお金を貸し付けた扱いにすることです。

 

具体的には、分割払いを認めつつ期限の利益喪失条項をつけたり、約定利息や遅延利息について定めたりします。

 

その際、公正証書(強制執行認諾文言付き)によって作成しておけば、債務名義となるため、訴訟によらずに強制執行を行うことができるようになります。

 

ほかにも、クライアントの所有する不動産や自動車などに抵当権や質権などの担保権を設定したり、役員に保証人(できれば連帯保証人)や物上保証人となってもらうことも考えられます。

 

・支払う意思がない場合

調停等の話合いでは解決しない場合、最終的には訴訟手続を検討することになります。

 

債権回収については弁護士が関与することで初めてうまくいくことも多いため、弁護士に相談することが重要です。

消滅時効にかかる恐れもありますから早めに相談することが大切です。

 

■まとめ

 

・世界的に企業の不正が問題となっており、監査人に対する見方も厳しくなっています。これまで問題とされなかったケースでも責任を追求される恐れが高まると考えられます。

・監査業務は、企業から依頼を受けて遂行しますが、クライアントの意に沿わない結果となることもあり、トラブルとなることがあります。不正に目をつぶるように言われたり、それを拒否することで契約を打ち切られたり報酬の支払いを拒絶されたりすることがあります。

・横領などの不正を見抜けなかった場合、企業から損害賠償を求められることがあります。預金通帳の原本の確認など容易にできる監査は確実に行う必要があります。

・不正に加担した場合、投資家から責任を追求されることがあります。故意に損害を与えたような場合には保険もききません。

・無限責任社員の場合、直接不正を働いていない場合でも連帯して責任を負うことがあります。

・報酬請求権は高額ですので、支払いが難しい場合、分割支払に応じたり、担保を立ててもらったりするなど対策が必要になります。

・トラブルが発生したときは、速やかに弁護士に相談する必要があります。手続きが遅れると回収不能となるおそれがあります。