目次
■はじめに
■まとめ
■はじめに
建築士は、一級建築士、二級建築士、木造建築士に資格が別れています。
一級建築士の数は、約37万人、二級建築士の数は、約76万人、木造建築士の数は、約1万8千人となっています(平成29年4月1日現在。公益財団法人建築技術教育普及センター)。
全体では100万人を超える数であり、設計事務所の数も多く、コンビニの数を大きく超えているといわれています。
震災からの復興や、オリンピック等の国際イベントを契機とした建設ラッシュもあり、建設業界に活気が出ています。
建築士は、建物の設計や監理を担う不可欠な存在ですから、こうした業界の傾向に影響を受けます。
仕事の量が増えたり、大規模な設計や監理業務が増えたりすれば、トラブルも起きやすくなります。
特に業界における取引慣行として、契約書を用いない口頭での契約が多く存在することから、訴訟に発展するケースが多く、また長期化する傾向が指摘されています。
その結果、報酬や費用を請求しても支払ってもらえないという事態が起こります。
ほかに建築士の業務に関する特徴としては、契約内容が随時変更されていくことが挙げられます。建築主の意向によるものほか、予算オーバーの設計をやり直したり、条例等の法令違反の是正のために行ったりすることもあります。
建築士が巻き込まれるトラブルの多くは、説明不足に起因しています。
報酬や費用がいつから発生するのか、またいくら発生するのか、無断で契約を変更されたなど、十分な説明がされていないケースが目立ちます。
ここでは、建築士が遭遇することの多いトラブルを中心に、対処法や債権回収の方法について、建築士以外の方の参考にもなるよう、基本的な事項から解説していきます。
■ポイント1~設計業務
「設計」は、建築士が行う基本業務の代表例です。
具体的には、建物を作るために必要な書面(設計図書)の作成です。
この書面が間違っていると、危険な建物など、違法な建築物が出来上がってしまいます。
その結果、報酬をもらえないばかりか、多額の損害賠償責任を負うことになります。場合によっては行政処分を受けたり刑事責任を追求されたりすることもあります。
・法的性質
ここで一つ問題があります。
それは、この業務が「請負」にあたるのか、それとも「委任(準委任)」に当たるのかという問題です。
学説上争いがあり、裁判例も別れています。
両者の差異はいくつもありますが、特に重要なものとして報酬請求権、解除権、印紙税を指摘できます。消滅時効など他の面についても両契約の間には大きな違いがありましたが、改正民法(2020年4月1日施行)により、差異が小さくなっています。
報酬請求権については、請負と解する場合には、仕事の完成により報酬請求権が発生しますが、委任の場合には、仕事の完成は必ずしも必要ありません。
解除権に関しては、委任の場合には、当事者双方から特に理由がなくとも契約を一方的に解除できますが、請負の場合には、原則として請負人である建築士の側からすることはできません。
印紙税については、委任の場合には、その契約書に収入印紙を貼付する義務はありませんが、請負契約の場合には貼付する義務があります。
建築士のセミナーなどでは設計業務については、「請負」にあたるものとして指導されていることが多いようですし、印紙税の問題もありますから、基本的に請負にあたるとする立場をとっておくことが無難かもしれません。
この場合、報酬請求権と解除権については、契約書において委任に近い条項を入れておくことで不利益を被らないように対処することが可能と考えられます。
例えば、報酬に関しては、仕事の完成前であっても分割して支払ってもらう旨の条項が考えられます。もっとも、条項がないときでも、契約の解除等により仕事の完成ができなくなった場合で、依頼者に利益が存在するときは、仕事の内容が可分であればそれぞれの完成部分に応じて請求することは可能です。
契約解除権に関しては、「やむを得ない事情がある場合には解除できる」旨の条項が考えられます。
その際、争いが起こらないように、どのような事態が生じたら解除できるかを具体的に記述しておきます。
このように、請負契約であるという立場をとった上で、契約条項を工夫することで、両者の法的効果の違いによる不利益は最小限にとどめることが可能となります。
仮に準委任の立場をとるのであれば、契約書に収入印紙を貼付しないことになりますが、過怠税の負担のおそれが出てきます。どうしても準委任の立場を取るという場合には、少なくとも所轄税務署に問い合わせることが必要だと思います。
・設計図書の作成
建築士の業務である設計図書の作成については、一般的に誤解を生みやすい業務といえます。
建築士としては設計図書の作成そのものが重要な業務にあたるわけですが、一般の人は、他の業種における商品やサービスの見積もりと同様に考えていることがあります。
建物を建てるために締結する契約の前段階の行為であり、それ単独では報酬が発生すると思っていない人が少なくないのです。特に工事も一括して行う設計施工事務所では誤解が生じやすいようです。
法的に見れば、たとえはっきりと報酬の発生や、その額を提示していないときでも、契約の内容によっては、対価の請求は可能と考えられます(商法512条)。
しかし、トラブルを避けるためには設計図書の作成には費用がかかることを示しておくことが重要です。建築士にとっては、多大な労力と時間をかけて設計図書を作成するため報酬が発生するのは当たり前であっても、一般の人にとってはそうではないからです。
裁判例の中にも、設計図書の作成を契約の前提行為にすぎないとして報酬請求を否定するものがあります。
もともと建築士は一定の契約の前に重要事項に関して説明をし、書面を交付する必要があり、報酬についてもそれに含まれますから、法律上の義務があります。
ですが、これを怠る方がいらっしゃるようです(ただし、説明義務違反があったとしてもそれだけでは請求権がないことにはなりません。)。
契約書を作成することも重要です。
建築士には、比較的大きな規模の建物に関する契約の際には書面ですることが義務づけられています。
これは負担を課すものではありますが、建築士を守るために法制化されたものです。
契約書があれば報酬未払いによる不利益を回避可能だからです。
したがって、義務のないものについても作成することが紛争を予防する上で大切なことです。書面という形になっていれば重要な証拠となりますし、また、依頼主自身が誤りに気づくことも可能だからです。
特に契約書の作成が義務付けられている契約について契約書が存在しない場合、契約は存在しないと判断されるおそれが高くなるので注意が必要です。
もしも、対価や費用を支払ってもらえずに困っている場合には、弁護士に相談してください。
・設計変更
設計変更は建築士の業務にとって避けて通ることのできないものといえます。
依頼主から要請を受けて変更する場合だけではありません。
施工業者に見積もりを出してもらってはじめて予算オーバーになることが判明し、材料の変更やその他の設計の変更が必要となることもあります。
契約内容にもよりますが、変更が必要な場合には依頼者の承諾を得る必要があります。
これを怠ると債務不履行責任が生じることになります。
それがたとえ、不可欠な変更であっても了承を得ていない限りトラブルの原因となります。
■ポイント2~工事監理業務
「工事監理」業務についても建築士の基本業務の代表例です。
具体的には、施工業者による工事が設計図書と比べて問題がないかチェックし、問題があれば業者に適切な指示をあたえたり、依頼者に報告したりする業務です。
もし、問題のある工事が行われているのに見過ごした場合には、報酬の支払いを拒絶されたり、損害賠償請求を受けたりするおそれもあります。場合によっては行政処分を受けたり刑事責任を追求されたりすることもあります。
・法的性質
監理業務に関しても、「請負」なのか、「準委任」なのかについて争いがあります。
ですが、一般的には準委任と取り扱われることが多いようです。ただし、契約の具体的な内容によっては請負と解される可能性があるため、印紙税法の関係から、疑義がある場合には所轄税務署に問い合わせることが必要です。
準委任と解する場合には、(契約の内容によりますが)仕事の完成に至らなくとも報酬請求権が生じますし、建築士として必要な注意をして任務を遂行していれば、損害賠償義務を免れることになります。
工事監理についても一定規模以上の建物については契約書の作成が義務づけられていますが、義務のないものについても契約書を作成すべきです。
■ポイント3~その他の業務とトラブル
・内覧会同行
完成した不動産についてチェックするため、内覧会に同行する業務があります。
内覧会当日、購入者とともに対象不動産に赴き、不備がないかを一つ一つチェックしていきます。
監理業務に類似しますから、基本的に準委任にあたると考えられます。
そのため、チェックミスをすると善管注意義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。報酬の支払いが後払いのときは請求に応じてくれないこともあります。
不動産に欠陥があったとしても、あくまでも建築士として必要な注意をする義務を果たしていたか否かが問われるので、義務を果たしている限り報酬請求権は否定されませんし、賠償義務も負いません。
完成した不動産ですのでチェックできる部分に限界があるのは当然ですが、依頼主としては欠陥がないことの保証を得たくて費用を払って依頼しています。
そのため、結果的に不備が見つかったような場合には、責任を追求されるおそれがあります。
これを防ぐには、チェックする項目を詳細に記載した契約書を作成することが重要です。
そうすれば、チェック項目から外れている事項に欠陥があったとしても、責任を求められることがなくなります。
契約書がなかったり、作成していたとしても具体性がなかったりした場合には、責任を追求されるおそれが高くなってしまいます。
また、欠陥があることに気がついた場合、依頼者に代わって施工業者に補修を指示することになりますが、これに応じないような場合には、依頼者に対し、弁護士に相談するようアドバイスすることも重要です。
■ポイント4~弁護士に依頼することの重要性
建築士の業務から生じる報酬や費用の請求権は、日常的な小さなものから大きなものまで多種多様です。
特に大規模建築物に関する設計や監理業務については、数千万円規模になることもあり、経営に重大な影響を与えます。
一方で、内覧会の同行など小口の報酬であっても、少なくとも数万円はしますので、未払いが重なると経営を圧迫します。
何度請求してもはぐらかされてしまうような場合には、経済状態が悪く支払えなくなっているのかもしれません。その場合、他の債権者に優先して支払っている可能性もあり、放置しておくとめぼしい財産がなくなり、回収不能になるかもしれません。
時効にかかり回収ができなくなることもあります。
財産を隠匿されることも考えられます。
これらを防ぐには、早めに弁護士に相談することです。
弁護士であれば、訴訟などに至らずに、請求するだけで回収できることもあります。
財産を保全するために仮差押えの手続きを取ることも可能です。
これにより財産の隠匿などを防ぐことができます。
他の債権者への支払いを取り消すことができる場合もあります。
内容証明を送ったり、話合いで解決するために調停手続きをとったり、支払督促の手続をしたり、少額訴訟という手段もあります。
訴訟を起こしても途中で和解することも可能です。
相手が協力的であれば、判決と同様に債務名義となる、強制執行可能な公正証書を作成する方法も考えられます。
解決する手段は多様であり、弁護士であれば適切な手段を講じることができます。
時間が経過するほど回収の難易度は上がっていきます。早めに相談してください。
■まとめ
・設計業務は「請負」か「(準)委任」と解されており、法律上の効果が違います。印紙税法上は、「請負」と解したほうが無難です。「請負」にあたると考えた上で、契約内容を工夫することで委任に近づけることができます。
・設計図書の作成は営業活動の一環にすぎず、無料だと考える人もいます。そのため報酬や費用が発生することを明確に伝える必要があります。
・設計内容に変更が生じた場合、依頼主の承諾を得る必要があります。これを怠った場合、債務不履行責任が生じます。
・工事監理契約は一般的に「準委任」と解されています。ただし、契約内容によっては請負にあたる可能性があるため、印紙税法の関係から、疑問があれば税務署に問い合わせる必要があります。