目次

■はじめに
■ポイント1~錯誤とは
■ポイント2~実際の効果
■ポイント3~さまざまな錯誤
■ポイント4~ネット上の取引における問題
■ポイント5~従来の民法下との違い
■まとめ

 

 

■はじめに

ビジネスだけではなく日常生活においても、契約をはじめ、なんらかの法的な効果をもたらす行為をする必要があります。

 

人間である以上、完璧にさまざまな事務をこなすことは不可能であり、誤った行動をとることがあります。

 

これが法的な効果をもたらす契約などであれば、取り返しのつかないことも起こりえます。

 

特に高額な商品やサービスに関するものであれば事態はより深刻なものとなります。

 

このような場合に備えて、意図せずに結んでしまった契約等をなかったことにできる制度があります。

 

それがこれから解説していく錯誤と呼ばれる制度です。

 

事業者が消費者に対して代金の支払いを求めていくには、契約が有効であることが前提となります。弁済を催告した際、この制度によって拒否されるおそれがあり、債権の回収に支障をきたすことがあります。

 

また、価格の表記ミスなどにより自らが責任を追求されることもあります。
ネット上での契約の場合には特別な規定もあるので特に注意が必要です。

 

ここでは、錯誤に関して基本的な事項について見ていくこととします。

 

 

 

■ポイント1~錯誤とは

難しい言い方をすれば、主観的なことと客観的なことが一致しないことをいいます。

 

もうすこしかみ砕いて言うと、ある人が認識した内容と、その対象である実際の内容とが食い違う場合のことです。人だと思ったらマネキンだった、思っていた商品と違ったというような状態です。

 

犯罪などでも問題となる概念のため、もうすこし定義をしぼり、取引などの日常生活に関係する言い方にしたほうがいいかもしれません。

 

そうすると、「示した内容に対応する意思が実際には存在せず、かつ、そのことについて、示した本人が気づいていない状態のこと」といえます。

 

そのうえで、内部でさらに3つに分けて説明されることが多いといえます。

 

1つ目は、表示自体に関するものです。

 

2つ目は内容面に関わるもので、客体としての目的(物など)、人(取引相手の状態など)に関するものなどがあります。

 

3つ目は、基礎事情(動機)に関するものです。

 

この制度についての核心的な問題として、食い違いが重要なものといえるかという問題もあります。

 

そして、この制度の対象となった場合、その行為をなかったことにできます。

 

ここでは、上記で触れた諸々の事項を中心に見ていくことにします。
また、必要に応じて関連する事柄についても触れていくことにします。

 

 

 

■ポイント2~実際の効果

まず、実際にどのような効用をもたらすのか、そしてそのための必要な条件を見ていくこととします。

 

基本の効果

その効果は、すでに行った意思表示をなかったことにできるというものです。

 

たとえば、なんらかの契約をしたのであれば、それをはじめからしていなかったのと同じ状態にすることができます(もちろん、契約によって受け取ったものがあるようなときは、もとに戻す作業は必要となります。)。

 

この制度は、当人が本来は意図していなかった事柄について、債権や債務といった法律上の拘束を及ぼすことが妥当ではないことから、原則としてその拘束から免れることを認めることに趣旨があります。

 

ただし、不注意な人にまわりが振り回されることを許容しているわけではありません。
相手方やそのほかの人達との利害調整も考えなければなりません。

 

錯誤の例外

過失というのは、自分が一定の行為をするにあたって、必要な注意や調査をすべきであったのに、これを怠ることをいいます。

 

食い違いがあるときは、なんらかの不注意があることが少なくないはずですから、その程度がわずかなものであれば、制度は適用されることになっています。
もし、わずかな不注意であっても適用ができないことになってしまえば、この制度が利用されることは少なくなってしまい、その趣旨が没却されてしまうからです。

 

これに対して、その程度が軽いものではなく重大なもののときは、原則として保護されません。

 

具体的には、一般的な人であれば予見して避けられたものについて、不注意が著しいため当該状況を招いた場合です。

 

このようなケースでは、さすがに相手方を害してまで認める必要はないからです。

 

ですが、相手方が自らの誤っていることを認識していたような場合には、相手方を保護する必要はないといえます。

 

そのため、相手方に誤りの認識があった場合や、そうでなかったとしても、相手方に著しい不注意があったようなときは原則どおり錯誤が適用されます。
相互の利益を調整するための規定だからです。

 

また、相手が本人と同じ思い違いをしていたときにも、認められます。
このようなケースも、相手にとって酷とはいえないからです。

 

 

 

■ポイント3~さまざまな錯誤

前記しましたように、一口に錯誤といっても、さまざまな種類があります。
ここではそれぞれ具体的な内容について見ていきたいと思います。

 

内容に関する錯誤

表示した内容に関する錯誤、つまり表示の意味に関する錯誤です。 表意者が、表示行為の意味につき、相手方や一般人が受け取るのとは違う意味で誤解していた場合が、これにあたります。
例えば、ドルとポンドを同価値と表意者が誤解していた場合に、10ポンドの価値を意図しつつ、10ドルと表示してしまった場合がこれにあたります。

 

基礎事情に関する錯誤

人がなにか行動を起こすとき、その前提としてなんらかの原因や目的があることが普通です。
その目的や原因のことを動機といいます。

 

この部分に問題があった場合の取り扱いが昔から争われていました。

 

結論からいえば、その内容が当該行為の前提となっていることを相手方に示し、相互の了解事項になることで、本制度の対象とすることができます。
内面のことですから、表に出さない限り他人にはわからず、取引の安全を脅かすからです。

 

表示に関する錯誤

相手方に内容を示すにあたり、それ自体にミスがあったような場合です。

 

たとえば、30万円とすべきところ、3万円と書いてしまったようなケースです。
このような場合では、不注意の程度や相手方が誤りを知っていたかが問題となることが多いといえます。

 

ネット上で通販サイトの運営を行っているようなケースでは、価格を間違ってサイト上にアップしてしまうという問題があります。

 

ときおり、テレビや新聞のニュースで、大手の通販サイトで通常は考えられない安値でパソコンなどの高額商品を販売したケースが話題となります。

 

サイトによってはそのままの値段で販売に応じるケースもあるようですが、必ずしも応じる必要はないと考えられます。

 

たしかに、販売する側はプロの商売人なわけですから、値段をミスするようなことはあってはならないことです。

 

また、このような場合、契約がとりあえず成立していることが前提となります。
成立するためにはお店の側がメール等により承諾の通知をしていなければなりません。
したがって、当該通知の前であればそもそも応じる義務は生じません。

普通、当該通知を送信する場合、内容を検査してから行うはずです。

 

いわば、店側はホームページに掲載する申し込みの誘引段階と承諾の通知の2つの段階でミスをしたことになり、過失の程度が重いと判断されることが少なくないと考えられます。

 

そうすると、前記したように契約をなかったことにはできないようにも思えます。

 

しかし、買主である相手方は、安いと思ったからこそ注文をしたと考えられます。
特に、高額な商品を購入する際は、その商品がいくらくらいするのかを調べておくことが多いはずです。
そうであれば、一般的な価格から大きく離れたものであった場合、間違いを意識していたか、そうでなかったとしても(「在庫処分品だと思った」などの主張がなされるケースがあります。)、そのことについて著しい不注意があったとされる可能性があります。

 

実際には、具体的なケースによって判断していくほかないと考えられます。
たとえば、30万円の新品のパソコンを30円として掲載していた場合には、買主の悪意等により契約をなかったことにできる可能性が高いと考えられます。

 

一方で、他の商品と勘違いして、当該パソコンを10万円としていたような際には、価格差が小さい分、前記のケースよりも難しくなると考えられます。

 

いずれにせよ、商品や価格など、それぞれのケースに応じて具体的に検討する必要があるといえます。

 

補足:「要素」の錯誤

以上の全ての類型について、各類型に当てはまったうえで、さらに「要素」の錯誤といえる必要があります。
「要素」の錯誤とは、つまるところ「重大な」錯誤という意味です。

ここでいう「重大な」錯誤であるか否かは、

(1)その錯誤がなければ、表意者は表示をしなかったであろうこと
(2)客観的一般的にみても、それが妥当であること

の二つの条件を満たす必要があります。

 

仮に、「重大な」錯誤といえないのならば、取引をキャンセルされる、という相手方の利益を犠牲にしてまで、表意者を保護する必要がないからです。

 

 

 

■ポイント4~ネット上の取引における問題

 

ネット上における取引

商品やサービス提供の事業を行っているのであれば、前記のように価格表記ミスを理由に店側から契約をなかったことにする場合にとどまらず、相手側から同様の主張がされる可能性を考えておく必要があります。

 

その際、特に注意すべきといえるのは、ネット通販などの電子取引の場合です。

 

利用者が一般の消費者であるときは、商品の購入の意思がなかったような場合に、利用者に著しい不注意があったとしても、その人は契約をなかったことにできるとされているのです。

 

このような特別な規定が設けられている趣旨は、販売する側の意思表示は、万全な検討を行った定形文言によってなされるのに対して、サイトの利用者は、対面による通常の契約方法と異なり、パソコンを介しての一方的な情報入力という形で行われ、利用者側に一方的にミスが起こりやすい仕組みとなっていることが挙げられています(「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律逐条解説」経済産業省商務情報政策局情報経済課P.17~)。
また、確認画面を表示することなどによりミスを防ぐ手段をとることが比較的簡単なことも理由とされています。

 

このように、当該取引の特徴的な性質やミスを防ぐための対策をとることが比較的簡単であることを考慮すると、当該対策をとらないような場合に、利用者の不注意が著しいものであったとの反論を認めないとしても、不当なものとはいえないのです。

 

そうであれば、ミスを防ぐための必要な対策をとっていたり、そのような対策が必要ないと利用者側から示されているときには、このような例外規定は必要ありませんから、当該規定は適用されないこととされています。

 

したがって、店側としては、注文の確認画面をわかりやすく表示する等の工夫が重要となります。

 

 

 

■ポイント5~従来の民法下との違い

平成29年に民法の改正が成立しました。(実際に施行されるのは、令和2年4月1日からです)概ね従来の取り扱いを明示したものとなっており、それほど大きく違いがあるわけではありませんが、いくつか注意すべき部分があります。

 

だれが問題にできるか

改正前は「無効」とされていたものが、「取消し」にかわっています。

 

取消しの場合には、基本的に本人しかそのことを問題にできません。

 

無効ですと、本来はだれからでも主張できるはずですが、本人を保護するための制度であることから、相手方など本人以外が主張することはできないと考えられていました。実質的に取消しと同じような扱いになっていたといえます。

 

このように、改正前後で実質的な違いはないと考えられています。

 

申告期間

取消しの場合、一定の期間制限がありますが、無効の場合には明示された期間制限はありません。
従来は解釈によって制限する見解はありましたが、今回期間に制限がないという点が明確になった点は重要といえます。

 

当事者以外の人

無効の場合には、だれにでも対抗できるのが原則といえます。
ですが、直接の関係がない他人に影響を及ぼしてしまうことは問題と考えられていました。
そこで、そのような他人が、なにも知らず落ち度がない場合には、対抗できないという見解がありました。
改正によってこの考え方が採用され、明文化されています。

 

基礎事情についての錯誤について

改正前については、基礎事情についての錯誤については、それが「錯誤」として無効主張出来るか否かにつき、明文上明らかではありませんでした。
しかし、法改正によって、基礎事情についての錯誤も、一定の条件を満たせば「錯誤」として無効主張しうることが、条文上明らかにされました。

 

 

 

■まとめ

  • 思い違いをして契約をしてしまったような場合に、これをなかったことにできる制度です。
  • すべてが対象というわけではなく、重要なものに限定されています。
  • 価格などの表示、目的物やサービス等の内容、動機に分けて考えることが重要です。
  • 動機は相手に知らせていることが必要です。
  • 表意者の保護と取引の安全の調和を図ることが制度の趣旨です。
  • 単純な不注意は問題ありませんが、重過失の場合には本制度による保護の対象とは原則としてなりません。
  • 電子取引では特別な規定があるので注意が必要です。