〇 一般条項とは
一般条項とは、法律概念広くにわたって適用される、基本的理念のことをいいます。法律は、基本的には法律に基づく効果を発生させるための要件が各条文に定まっており、その要件を満たしているかどうかが大きな問題となります。もっとも、その要件を満たしていないものの、常識的観点から考えれば要件を満たしているように処理すべき事案、あるいは、要件自体は満たしているものの、法律効果を発生させるに相応しくないような場合、一般条項を通じた修正が図られることとなります。実際に立法が行われるときは、この要件・効果を明示した条文に加えて、一般条項が用意されることが少なくありません。民法においても、信義則や権利濫用(民法1条2項・3項)や公序良俗規定(90条)などが、一般条項として定められています。
〇 一般条項の役割とその問題点
具体的に民法の一般条項について説明をしていく前に、一般条項がもつ役割とその問題点について、説明をしていきたいと思います。
・一般条項の役割
一般条項は、様々な目的のために制定をされます。まず、最初に挙げられる目的としては、法律の“一般性”を補完するためということがいえます。法律は同じ性格を有する多くの場合を統一的に規律しなければなりません。そのためには、多かれ少なかれ、一般的な性格を持たなければなりません。このような一般的に抽象化された条文をそのまま適用した場合に不都合な結果が生じてしまった場合に、その不都合性を是正し、状況に応じた判断を可能にするために一般条項が用意されているのです。
また、次に挙げられる目的としては、法律の“限定性”を補完するためということがいえます。実際に立法が行われるとき、要件・効果を明示した条文だけでもって、すべての事象について網羅的にカバーすることは不可能であるといえます。網羅的にカバーするために無理やり条文の数を増やしてしまうと、逆に条文相互に矛盾が発生したり、相互が規定する内容に衝突が生じてしまったりといった不都合が生じてしまうのです。そのため、明示的に要件・効果を示した条文は、ある程度限定的な範囲しか定めることができないといえます。一般条項は、このような法律の限定性を補完するための手段としても用いられているのです。
他にも、一般条項は多様な原理・原則を取り入れるためにも用いられています。立法がなされた当時には想定されていなかった事情が現れたとき、従来の規定されていた条文による解決が時として不当に感じる場合が発生します。こうした場合に、その法律が立法された当時には未だ十分に考慮されていなかった他の事情や原理について、可能な範囲で法解釈の中に取り込むことが要請されますが、一般条項はそのための一つの拠点としても用いられるのです。
・一般条項の問題点
上記の様に、一般条項は様々な場面において、制定法を補完し、またその意義を拡充する役割をもつものとして規定されているといえます。一方で、一般条項には問題点もいくつか存在しています。
まず挙げられるのが、一般条項が濫用されてしまうと、立法者が定めた制定法の拘束力が無視されてしまうおそれが出てくるという点です。例えば、一般条項によって、制定法が定める明確なルールを修正することが容易に認められてしまうと、あらかじめ制定法を定めておくことの意義が失われてしまいかねません。
また、次に挙げられるのが、制定に依拠した裁判という原則が破られてしまう危険があるという点です。安易に一般条項を持ち出す傾向が定着してしまうことは、制定法の解釈と適用によって行われるはずの裁判が行われずに、裁判官の恣意的な判断により判決がなされてしまうおそれが高まることにつながりかねません。その結果として、条文に基づく判断ではなく、単に判断者が衡平であると感じた内容で判決が下されてしまうおそれが高まってしまうのです。
以上のような問題点も挙げられることから、一般条項の適用は、あくまで制定法の補完・拡充という目的に限定する形で適用されることになるのです。
〇 民法の一般条項
・信義則(民法1条2項)
1条2項 権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に行われなければならない。
この条項は、私的取引関係に入った者は、相互に相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動をすべきことを要請するものです。この原則は、当初は債権者・債務者間の関係において問題にされていましたが、現在では物権関係や身分関係についても含めて、広く社会一般の倫理観念の要請に背かないようにという意味から広く適用がなされています。
この信義則の条文から派生した原理として、クリーンハンズの原則、禁反言の原則、クリーンハンズの原則、事情変更の原則、不安の抗弁、受領遅滞、安全配慮義務、信頼関係破壊の法理といった、様々な民法上とても重要な考え方が生まれています。
・権利濫用(民法1条3項)
1条3項 権利の乱用は、これを許さない。
権利濫用については、とても有名な判決がありますので、それを指摘したいと思います。宇奈月温泉事件と呼ばれるものであり、大学をはじめとして民法の講義が行われる際にはおそらく一番最初に取り上げられるような判例です。
≪宇奈月温泉事件≫
【事案の概要】
富山県の宇奈月温泉の湯は、約7.5キロメートル離れた黒薙温泉から引湯管によって引かれている温泉であり、当時は、宇奈月を終点とする鉄道を経営するY社によって経営されていました。
昭和3年、黒薙温泉と宇奈月温泉とを結ぶ引湯管が敷設されている部分の土地をかすめる程度だけ有している(広さにしてわずか2坪程度)Xさんが、Y社に対して土地の不法占拠を理由として当該引湯管の撤去を求めました。そして、Xさんは、もし引湯管が通っている部分の土地を使用したいならば、この2坪以外にも周辺の荒れた土地3000坪を法外な高値で買い取るように主張をしました。Xさんの主張に対して、Yさんが拒否をしたためXさんが提訴を行いました。
裁判において、Y鉄道会社は、①この引湯管は大正6年に巨費を投じて完成されたものであり、②迂回工事をするためには270日の工事と高額な工事費を要すること、③湯の温度低下のおそれを考えると事実上工事が不可能であること、④引湯管が中断されると温泉事業が破たんし温泉経営に依存する宇奈月の集落700~800人の生活が成り立たなくなるおそれが高く、⑤Y鉄道会社の経営も傾くおそれが濃厚である、といった主張を行いました。
【判決文(原文まま)】
大審院昭和10年10月5日第三民事部判決
上告棄却(Xさんの主張を棄却。)
「所有権ニ対スル侵害又ハ其ノ危険ノ存スル以上、所有者ハ斯ル状態ヲ除去又ハ禁止セシムル為メ裁判上ノ保護ヲ請求シ得ヘキヤ勿論ナレトモ、該侵害ニ因ル損失云フニ足ラス、而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得トスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合ニ於テ、第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ、不当ナル利益ヲ図リ殊更侵害ニ関係アル物件ヲ買収セル、上一面ニ於テ侵害者ニ対シ侵害状態ノ除去ヲ迫リ、他面ニ於テハ該物件其ノ他ノ自己所有物件ヲ不相当ニ巨額ナル代金ヲ以テ買取ラレタキ旨ノ要求ヲ提示シ、他ノ一切ノ協調ニ応セスト主張スルカ如キニ於テハ、該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ、真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス。即チ、如上ノ行為ハ全体ニ於テ専ラ不当ナル利益ノ掴得ヲ目的トシ、所有権ヲ以テ其ノ具ニ供スルニ帰スルモノナレハ、社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ機能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス。従テ、斯ル不当ナル目的ヲ追行スルノ手段トシテ、裁判上侵害者ニ対シ当該侵害状態ノ除去並将来ニ於ケル侵害ノ禁止ヲ訴求スルニ於テハ、該訴訟上ノ請求ハ外観ノ如何ニ拘ラス其ノ実体ニ於テハ保護ヲ与フヘキ正当ナル利益ヲ欠如スルヲ以テ、此ノ理由ニ依リ直ニ之ヲ棄却スヘキモノト解スルヲ至当トス」
【解説】
この判決は、妨害排除請求権という所有権の本質にかかわる請求について、権利の濫用を理由としてその権利の行使を否定したものとして重要な意義を有する判決です。通常であるならば、Xさんの土地の上に引湯管という他人(Y社)の物が同意なくあるわけですから、Xさんは物権を行使してその引湯管を排除する様に求めることができますし、その主張は認められるのが通常です。しかし、大審院(戦前の最高裁判所にあたる裁判所です)は、Xさんの主張は権利の濫用であるとしてその請求を認めなかったのです。
この判断に至るまでには、㋐客観的事情と㋑主観的事情という2つの視点からの考慮があったといえます。
まず、㋐客観的事情とは、当事者双方の利益状況がどうであるかという観点からの判断です。今回の事例についてこれをみてみると、Y社はたしかに所有者に無断で引湯管が敷設したことについて責任はありますが、事案の概要で指摘した①~⑤の事情を見てみると、引湯管の撤去は著しく困難であり、Y社の主張が認められないと、Y社(のみならず、宇奈月温泉郷に住む住民)にかなりの不利益が予想されます。一方で、Xさんの主張が認められなくとも、X側の損失は2坪程度に過ぎません。
つぎに、㋑主観的事情とは、請求する側がどの様に考えているかという観点からの判断です。今回の事例についてこれをみてみると、XさんはY社に対して法外な値段で隣接地を含めた土地の買取りを求めています(しかもこの2坪の土地を含む部分は、もともと別の人の所有でしたが、Xさんがこの訴訟を起こす前に購入したものでした)。このことから、Xさんの今回の請求は、権利行使の外形をとって、Y社から不当な利益を手に入れようとしているのが本心であるといえます。
以上の㋐㋑の観点から見てみると、本件Xさんは保護に値するような正当な利益を有していないと裁判所は判断し、Xの請求の要件は満たされるものの、権利の濫用として訴えを棄却したのです。この宇奈月温泉事件判決は、とても古い判決ですが、一般条項である権利濫用規定を用いて具体的に判断をおこなう立場を確立させたという意味で非常に重要な判例であるといえます。
・公序良俗(民法90条)
民法90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
この規定により、契約そのものが有効に成立していたとしても、その契約内容が公序良俗に反するような不適切なものの場合(たとえば、違法な賭博行為に基づく契約等)には契約そのものが無効となります。
〇 まとめ
以上のように、一般条項は法律の形式的な適用による不都合を回避するものですが、あらゆる場合に認められるものではないため、一般条項を通じて事案が処理できるかどうかは判断が難しいと言えます。そのため、一般条項を通じた処理を念頭に置かれている方は、まず弁護士に相談し、事案の展望についてアドバイスを受けるのが望ましいと言えます。
※ 法律用語集へ戻る