〇 因果関係とは

因果関係とは、原因と結果との間の因果的結びつきのことを言います。因果的結びつきというのは、“当該行為から結果が発生したといえるのかどうか”ということであり、刑事事件においてはあらゆる事案において問題となりうるテーマなのですが、民事事件(とくに民法に関連する分野)では、主に不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)訴訟の場面等で問題となるものといえます。
では、具体的に不法行為に基づく損害賠償請求のなかで、因果関係がどの様に問題になるのか、まずはその請求の構造について確認をしたいと思います。

不法行為に基づく損害賠償請求とは、①不法に権利や法律上保護される利益の侵害をうけ、②それにより財産的・精神的に損害が発生したといえる場合に、③故意あるいは過失でもってして不法に権利利益を侵害した者に対して請求するものです。

そして、この不法行為に基づく損害賠償請求をするためには、①~③と共に、“不法に受けた権利利益侵害によって、財産的・精神的な損害が発生した”という、①と②との間に因果関係(④)があるのだ、ということまで要件として求められています。また、因果関係については、①と②とのあいだのみならず、②と③とのあいだ、すなわち“当該加害者の故意または過失によって、不法な権利利益侵害が発生した”という点についても、因果関係があることを要件としなければならないと主張されている著名な法学者の先生もいらっしゃいます。
いずれにせよ、因果関係が認められない限りは不法行為に基づく損害賠償請求が認容されることはありませんので、不法行為に基づく損害賠償請求により債権回収を図ろうとする場合には、因果関係が有ることについての主張および立証が必要となるのです。ここで、以下では、その主張・立証の際に問題となるであろう点について、判例等を挙げながら説明をしたいと思います。

〇 因果関係の認定について

因果関係においては、「あれなければこれなし」つまり、“当該行為がなかったならば、当該結果も生じていなかった”と言えるかという条件関係に加えて、当該行為から結果が発生することが相当と言えるか、そのつながりあいの有無について常識性も踏まえて検討することとなります(この部分を法的因果関係の有無と表現することがあります)。
因果関係の認定に関する重要な裁判所の判断として、少し古いものではありますが、東京大学病院ルンバール事件が挙げられます。
判例 東京大学病院ルンバール事件

【事案の概要】

昭和30年9月6日、Xさん(当時3歳)はY(国)の経営する病院に化膿性髄膜炎の症状で入院していた。Xは当初は眼球上転、項部強直、緊張性・間代性けいれんが頻発する様な重篤な症状であったものの、治療により症状が改善し、1週間後には髄膜炎症状が残るものの、投薬量の原料が可能な状態であった。この間、ルンバールによる髄液採取や薬品の髄液内注射が行われた。同年同月17日、Xはルンバール実施後に突如として嘔吐をはじめ、2時間後には激しいけいれんをともなう意識混濁を生じ、最終的に、右半身不全麻痺、知能障害等の重度の後遺症が残った。Xらは、食後間もなくルンバール施術を行った医師およびその担当主任である医師らの過失を主張し、病院を設置・運営するYに対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うため提訴した。
(第一審)東京地裁昭和40年2月28日判決
Xのけいれん等の諸症状は改善傾向にあったこと、本件発作が突然のけいれんを伴う意識混濁からはじまったこと等の事情から「ルンバールにより本件発作およぶ脳出血が生じたものと推定するのが妥当」であるとして、因果関係を肯定した(もっとも医師側の過失を認めず、Xらの請求を棄却した)。
(第二審)東京高裁昭和48年2月22日判決
当該症状や脳波の診断からは、当該けいれん等の症状が医師によるルンバール施術によるものか、脳実質左部の可能性髄膜炎が再燃したものによるものかどうか、いずれによるものかはっきりしないとして、因果関係を否定した。Xらが不服として、最高裁に上告。

【判旨】

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」
「これを本件についてみるに」(…中略…)「殊に、本件発作は、上告人の病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後一五分ないし二〇分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別の事情も認められなかつたこと、以上の事実関係を、因果関係に関する前記一に説示した見地にたつて総合検討すると、他に特段の事情が認められないかぎり、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに困つて発生したものというべく、結局、上告人の本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当である。」

【解説】

この事件は医師によるルンバール施術が過失による不法行為であるとして、後遺症が残ったXさんらが不法行為に基づく損害賠償請求をおこなった事件です。ルンバールとは、日本語では「腰椎穿刺」と呼ばれるもので、腰椎部分に針を刺して、髄液を採取する検査のことで、髄膜炎の症状がある患者には、一般的に行われるものです。本件では、Xさんが後遺症を負ってしまった原因であるけいれんが、ルンバールによるものであるといえるか、その因果関係の有無が主要な争点となりました。
そして、最高裁は本件事情について判断をするまえに、一般論として、因果関係の有無を裁判所が判断するために必要な証明について、

「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」があれば足りうるという判断を示しました。そして、裁判所はその上で、その“高度の蓋然性”を判断する際の判定については、「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

との判断を行いました。そして裁判所は、このような一般論を示したのちに、個別具体的事情を検討して、本件ルンバールの実施とXさんのけいれん症状の発症との間には因果関係を肯定するべきであるという判断をしたのです(上記判旨参照)。
本判決は、法的な因果関係とは何なのか、そしてその立証のためにはいかなる事実が証明されれば足りるのかという、不法行為一般の因果関係の判断を示した大きな先例的意義を有する判例であるといわれています。

〇 損害額の範囲と因果関係

これまで、不法行為における損害賠償請求の成立要件としての因果関係、すなわちこの請求が認められるか否かのレベルで問題となる因果関係の話をしてきました。
もっとも、因果関係の問題は損害額の範囲との関係でも問題となります。すなわち、“不法に受けた権利利益侵害によって、財産的・精神的な損害が発生した”という、侵害行為と結果とのつながりあいについて認められたとしても、それが認められたことだけで、加害者はいくらでも賠償を請求できるのかといったらそうではなのではないかと、皆さんも考えられると思います。
やはり、当事者間で“行為により生じた損害について不公平が生じないように賠償をする”というものが不法行為法の趣旨ですので、損害額の認定の場面でも因果関係による適切な賠償範囲の限定が行われるべきと考えるのが適切なのではないでしょうか。
そこで、損害額を限定する役割としての、因果関係についてみていくのですが、通説・判例は、賠償されるべき損害の範囲は、加害行為(もしくは権利の侵害)と相当因果関係のある損害に限定しています。こうした立場を、相当因果関係説といいます。相当因果関係説の立場から考えると、具体的には、当該損害項目が、加害行為(もしくは権利の侵害)と相当因果関係のある損害項目かという判断と、当該損害項目が金銭評価するときに、どこまでの金額が加害行為(もしくは権利侵害)と相当因果関係のある金額かという判断をすることになります。

〇 最後に

以上が因果関係についての説明となります。因果関係が認められるかどうかは不法行為に基づく損害賠償請求の認否に非常に大きくかかわることになります。因果関係を認める判断を勝ち取るためには、個別具体的な事情を事細かに指摘、検討をしたうえで主張をしていくことが求められます。そのためには、経験に基づく判断が大きいといえますので、弁護士に相談し、因果関係が認められるかどうかの是非を問うことが必要となるといえます。

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