最高裁平成28年3月1日判決 認知症患者が起こした事故について監督者としての責任が認められるかについての事件

  • 事実の概要

被告Ⅰは、Aと婚姻をしている者で、被告Ⅱは被告ⅠとAとの間の長男である。
Aは平成12年頃から昼夜の区別がつかない状態となり、認知症と思われる症状が散見されるようになった。その後、被告らはAの介護を行うようになったものの、Aの認知症の症状は重度化していき、深夜に徘徊するなど日常生活に著しい支障をきたすに至ったため、平成19年に医師の診断のもと、要介護4の認定を受けた。(要介護は1〜5まであり、5が最も重度な状態とされている。)そのため、被告らは特別養護老人ホームへのA入居を考えたが、入居希望者が多く、2、3年待つ必要があるとの情報を聞き、断念した。
Aは平成19年12月某日、週6日の頻度で通う福祉施設からの帰宅し被告Ⅰとともに過ごしていたが、被告Ⅰがまどろんだ間に外出し、電車に乗って移動したが、尿意を催したためにJR某駅で下車し、同駅のホーム下に降りた。そのため、同駅構内でAに列車が衝突する事故が発生し、原告は被告らに対し本件事故によって発生した損害について賠償請求を求めた。
本件では、Aと婚姻関係にあった被告Ⅰには、夫婦の扶助義務(民法752条)に基づく配偶者への監督責任を有するため、監督義務者(民法714条1項)として損害賠償責任を負うのではないかが問題となった。

  • 判決の要旨

保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は…成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。
民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているが,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく…扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。

  • 解説

今回の事件は、重度の認知症になってしまった配偶者が起こした事故による損害賠償について配偶者らに認めることができるかが問題となった事件です。昨今、介護する側もされる側も高齢者である老老介護の問題が指摘されており、今回の被告ⅠもA同様高齢者であったことから、どこまで配偶者の監督を行うべきかが問題になりました。
この点、民法では752条で夫婦の間の扶助義務が定められています。しかし、この扶助義務は判決の指摘するように夫婦が互いに円満な共同生活を実現するための相互義務であって、夫婦外の第三者のために負う義務ではないため、この扶助義務を根拠に監督義務者としての責任を認めることはできないとしました。
もっとも、夫婦という密接な関係を有している以上、自分の配偶者の行いについて何ら関与しなくていいということにはなりません。判決では夫婦であるということだけでは監督義務者とはならないものの、その者が配偶者のへの監督を日常的に行い、その監督の程度が配偶者の身の上を配慮する程度の監督では収まらず、第三者への加害防止に向けた具体的な監督義務を引き受けたような場合は、監督義務者に準じる者として民法714条の責任を負うことになるとしています。
今回の事件では被告Ⅰも高齢者であって、自らも要介護1の認定を受けている状態でAを介護していたことから、具体的な監督義務を引き受けたとは判断されませんでした。また、被告ⅡについてもAの近所に住んでいたものの、被告Ⅰの介護手伝いに訪れる頻度は多くなく、第三者への加害防止のためにAを監督できる状況にはなかったことから、具体的な監督義務は生じていないと判断されました。