【事実の概要】
A君(当時11歳)が小学校の校庭に設置されていたサッカーゴールに向けてサッカーのフリーキックの練習をしていたところ、A君が蹴ったサッカーボールがゴールを逸れてそのまま校門を超えてしまい、そのボールを避けようとしたBさん(当時85歳)がバイクから転倒し死亡した。Bさんの相続人であるXさんらがAさんの親権者である両親Yさんらに対して約5000万円の損害賠償を求めて提訴。
【判旨(人物名、太字は便宜上付したもの)】
「責任能力のない未成年者の親権者は、その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが、本件ゴールに向けたフリーキックの練習は、上記各事実に照らすと、通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また、親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は、ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。Aの父母であるYらは、危険な行為に及ばないよう日頃からAに通常のしつけをしていたというのであり、Aの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。そうすると、本件の事実関係に照らせば、Yらは、民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。」

【解説】
この判決は、責任能力を有していない11歳の未成年者Aさんの行為によって生じた事故について、「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」(民法(以下省略)714条1項ただし書)に該当するとして、両親(Yさんら)には監督者としての責任が成立しないとし、損害賠償責任を負わないとしたものです。
この判例については、少年の加害行為が校庭でのサッカー練習という小学生にとっては一般的日常的といえる身近な行為であったという事実状況もあって、報道などでも大きく取り上げられました。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/09/child-parental-responsibility_n_7030912.html
https://matome.naver.jp/odai/2142857768929527201
本判決が持つとても重要な意味として、714条1項ただし書の「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」という文言の意味について最高裁が初めて明らかにした点にあります。この判決内容が持つ意味の重要性を理解するためには、まずは714条の内容を確認する必要があります。
これが民法714条1項です。

714条1項 前二条(712、713条)の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

では、まず「責任無能力者」とはどのような人のことをいうのでしょうか。
民法では、責任能力とは「自己の行為の責任を弁識する能力」であると規定されています。すこしばかり難しい言い回しですが、平たくいうと、“自らが行った行為が、どれほどの責任を持つものなのか、その重大性について理解することができる能力”のことを責任能力というのです。そして、そういった事の重大性を理解する能力をいまだに有していない者のことを責任無能力者というのです。
そして、民法では「自己の行為の責任を弁識する能力」(責任能力)を有していない者については不法行為上の責任を負わない、ということになっています(詳しくは、民法712条および713条をご覧ください)。だいたいの目安になりますが、この民法上の責任能力は年齢にして12歳~13歳程度で身につくものであるとされています。
しかしながら、それでは責任無能力者によりなされた不法な行為によって損害を被ってしまった被害者は、責任無能力者に対して、何ら損害賠償を追及することができないことになってしまいます。このような被害者は泣き寝入りせざるを得ないのでしょうか…。
そこで、登場するのが714条の規定なのです。
いまいちど、714条の条文を確認しましょう。714条は第1項で、責任無能力者が不法な行為を行った場合、「その責任無能力者を監督する法定の義務を負うもの」が不法行為上の損害賠償責任を負うということを規定しています。
法は、“不法行為により損害を被った被害者を救済するべきである”という被害者救済の観点から、責任無能力者に代わって、その者について行動を監督すべき義務がある者に対して一定の要件の下に、損害賠償責任を負わせましょうとしたのです。
では、「監督義務者」とは具体的にどのような人のことをさすのでしょうか。714条のいう監督義務者(正確には「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」のこと)は、具体的には、未成年の親権者(民法820条)や親権を代行する者(民法833、867条)であったり、あるいは成年後見人(民法858条)といった者が該当するとされています。
では、これらの「監督義務者」は具体的にどのような義務を負うのでしょうか。「監督義務者」が責任を負う義務違反の内容については、その不法行為がなされることそのものを予防するということについての過失に限らず、責任無能力者のなす行為について一般的そして包括的にその者を監督する行為を怠ることについての過失を意味するとされ、その義務の範囲はかなり広範囲にわたるといえます(ここが重要です)。
これでは、さすがに監督義務者の負う責任の範囲がやや広すぎるのではないか、と思われる方もいらっしゃるのではないのでしょうか。そして、法も監督義務者が責任を負う範囲を限定するための規定を設けています。それが、714条1項のただし書なのです。

 714条1項ただし書 :ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

714条1項ただし書は、①「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」や②「その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったとき」といった場面については、たとえ監督義務者であったとしても監督義務者としての責任を負いません、とした監督義務者の責任を免除する条件が挙げられている規定となっています(この714条1項ただし書きのことを以下「免責規定」とします)。
しかしながら、この免責規定はこれまであまりその効果を発揮していませんでした。より正確にいうならば、従来からこの免責規定は“空文化”している、すなわち“実際のところほとんど機能していないのではないか”という指摘がなされていたのです。
その理由としては、裁判においてこの免責規定が認められるためには監督義務を負う側が裁判所に対して、“私は、監督義務者として何ら義務を怠っていませんでした”という事実を主張し、そして自ら立証することが要求されている点が挙げられます。前述の通り、監督義務者が負う義務の範囲は一般的そして包括的なものであってかなり広範囲に及ぶものですので、それらの義務をすべて怠らなかったと裁判官に認めてもらうことは極めて困難であるといえたのです。
実際に、これまでの最高裁においては、民法714条1項ただし書の適用による責任免除について、明示的に認めた判例は存在していませんでした。
しかし、本判決は初めて最高裁がこの免責規定を適用するとして「監督義務者」の責任を否定することを認めたのです。(ここに本判決の重要な意味があるのです。)

本判決は、まず、責任無能力者の監督義務を有する者が負う責任の内容について、「直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務」であると示しました。そして周りの人に危険が及ばないように注意して行動しなさいと日常から「指導・監督」することは、「ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。」と714条1項ただし書の「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」という条文の文言の意味についてはじめて明らかにしました。
その上で、最高裁は個別具体的な検討としてAくんは、「放課後、児童らのために開放されていた本件校庭において、使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をして」おり、「本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても、本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない」という本件での事実関係の下では、当該Aくんの行為が通常は周りの人に危険が及ぶものとはみられないものである、と認定しました。また、親権者であるYらは、Aに「危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており」、学校前の道路の通行人がサッカーボールを避けようとして転倒するという損害を発生させるに至った「Aの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない」ことから、このような事情の下においては、Yさんらは、監督義務者としての注意義務を怠っているとはいえないというべきであると判断し、714条1項ただし書の免責規定を適用することを認めました。

Yさんらに損害賠償責任を認めないという結論について、多くの議論をよんだ本件判決ですが、最高裁において実際に免責規定に基づく責任の免除が認められたことの意義はとても大きいものといえます。本判決に続いて、平成28年3月1日にも民法714条に関する重要な判断が下されており(最高裁平成28年3月1日判決 認知症患者の事故責任)、これらは今後の損害賠償請求訴訟における弁護士実務において多大な影響を与えるものであるといえます。