目次
■はじめに
■時効で売掛金は消滅し回収できなくなることも
・「取得時効」と「消滅時効」の違いとは
・消滅時効で債権回収が困難に
・債権の時効は種別に定められている
・改正後の時効について
■時効は振り出しに戻ることがある―中断方法とは
・催告というもう一つの方法
・時効完成後の債務の承認
・時効の中断も法改正で変わる
■まとめ
■ はじめに
「売掛金は絶対に返して欲しい」。これはまちがいなく債権者の総意でしょう。しかし、債務者側の事情で返済に応じてもらえないことがあります。
代表的なケースとしては、債務者の経済状況が悪いというものがあります。
債務者が売掛金を返済しようとしてもお金がなければ難しいです。いずれお金ができるけれど、返済日に動かせる資金がないという可能性もあります。返済日までの債務者側が財産を換金できなかったというケースもあり得ることです。
債務者が不誠実で返済に応じないという可能性もあります。連絡をしても無視されることや、いきなり引っ越しをされて住所や電話番号を変えられてしまうことだってあります。債権は貸す時よりも返してもらう時の方が大変なのです。
どんな債務者側の事情があろうと回収せずに放置しておくと、売掛金の回収はさらに困難になります。なぜなら「時効」という制度があるからです。
売掛金の回収を望むなら知っておきたい時効制度についてお話しします。
■ 時効で売掛金は消滅し回収できなくなることも
時効とは「経過することにより権利が消滅ないしは取得できる一定の期間」のことです。
法律に定められた期間が経過することにより、あったはずの権利が消える、あるいは法律に定められた期間の経過により自分のものではなかった権利を取得します。
時効には「消滅時効」と「取得時効」があります。
一定の期間の経過により権利が消滅する場合を消滅時効といいます。反対に、一定の期間の経過で権利を得る場合を取得時効といいます。権利を得るか失うかによって呼びわけをしているのです。
・「取得時効」と「消滅時効」の違いとは
取得時効の例としてよく取り上げられるのは、土地問題です。
Bは隣家Aとの境界線を越え、Aの土地を20年間畑として使い続けました。裁判でBが畑として使っていたAの土地に対し権利を主張すれば、本来は土地の所有者ではなかったBが権利を取得することが可能です。期間の経過で権利を取得している例です。
AがBに100万円を貸し付けたとします。しかしBは弁済期になっても返済しませんでした。Aは「返して欲しい」と催促し難かったので、債権を回収せずに放置しました。それから10年以上経過しました。
Aは裁判での債権回収を試みましたが、Bは裁判上で時効の援用を行いました。これにより、Aにあったはずの債権という権利が消えてしまいました。あったはずの権利が消えてしまったわけですから、こちらは消滅時効です。
売掛金の回収で気をつけなければならないのは消滅時効です。売掛金などの債権を回収する場合に消滅時効に気をつけなければ、あったはずの債権そのものが消えてしまうことになるのです。
ジュースを買うために110円貸したことだって立派な債権です。
しかし、110円が消滅時効になってしまったとしても、さほどお財布は痛くありません。同窓会で学生時に貸した10円をまだ返さないといった笑い話が出ることもがあります。債権額が小さいからこそ笑い話として話せるのです。
ですが、これがもし高額な債権だったらどうしょうか。消滅時効の期間が満了したとして、笑い話で済むでしょうか。売掛金は高額が動く場合が多いです。未回収によって会社が大打撃を受けることもあります。債権という権利を失ってしまう消滅時効は深刻な問題なのです。
・消滅時効で債権回収が困難に
ここで一つはっきりさせておきましょう。
時効期間が経過しても売掛金が絶対に回収できなくなるというわけではありません。
期間経過後に債権者が債務者に返済を受けてはいけないという決まりはありません。債務者が「遅くなって申し訳ない」と売掛金を返済するなら、時効期間満了後であっても受け取ることに問題はありません。
問題なのは「消滅時効という有利な手段を債務者に与えてしまうということ」「援用をされると債権の回収が原則的にできなくなってしまうこと」なのです。
また時効が完成したとしても、自動的に効果が発生するわけではありません。時効を援用することが必要になります。時効の援用とは「時効が完成したので権利を消します(発生させます)」という意思表示のことです。時効が完成したとしても、上記の事例のように援用せず債務を返済することも可能です。
しかし援用さえしてしまえば債権が消滅するわけですから、多くの債務者はこれ幸いと時効という有利な手段を選ぶことでしょう。
消滅時効が完成した場合、回収しようとしても相手に逃げを与えることになります。債務者の財産状況や言い訳以外にも法的な逃げ道ができてしまうのです。そのため、時効の知識は債権回収のために大変重要なことです。
・債権の時効は種別に定められている
時効の知識の中では、特に「債権の性質によって期間に違いがある」ということが重要です。原則10年ですが、他にも1年、2年、3年、5年という時効があります。
1年の時効は飲み屋のツケや飲食代などが代表的な債権となります。2年で時効にかかる債権はクリーニング代や理髪店の代金。3年が時効の債権は工事の請負代金や不法行為の損害賠償請求権などです。5年で時効になるものの代表例は商事債権です。誰とどんな内容の契約で結んだ債権なのかで期間が変わってきます。
そのため「自分の持つ債権は時効が何年なのか」「時効完成までどれくらい時間が残されているのか」を判断することは非常に難しいです。「おそらく〇年だろう」という曖昧な判断をしてしまうと、高額の債権を失ってしまうことに繋がりかねません。時効が気になる場合は弁護士に相談し、自分の債権の時効と期間の起算点を正確に割り出してもらった方がいいでしょう。
・改正後の時効について
2017年4月、時効に関する法律の改正が国会を通過しました。同年5月に改正案が可決、6月に公布されました。実に120年ぶりの民法改正ということでニュースを見て驚いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
改正の主な内容の一つは、当事者間で利率を定めていない場合の利率の引き下げです。
現状は5パーセントのところ、改正後は3パーセントになり変動利率も取り入れられる予定です。また、現在トラブルの多いインターネット通販に関して約款などに関する規定を取り入れ、インターネット通販における消費者保護も盛り込まれます。加えて重要な改正内容が「時効期間」の改正です。
前項で解説した時効は改正後の法律が施行されるまで使われる現行の時効期間となります。前項までの解説をもとに、重要ポイントを改正後と比較してみましょう。
現在の債権の権利行使は「権利を行使することができる時から10年間行使しない時は消滅する」と定められています(民法166、167条)。また、現在は飲食店のツケの時効は1年、医療の診療報酬は3年といった形で契約内容や業種によって時効期間もばらばらでした。
改正民法においては定期給付債権(利息、家賃、給料など)や不法行為による賠償といった例外はありますが、多くは「権利者が権利行使できると知った時から5年間行使しないときにも債権が消滅する(改正民法 166条)」という原則にまとめられます。債権回収を考えている企業や個人にとっては見逃せない改正となっています。
改正後民法の公布はなされましたが、いきなり適用してしまっては世の中が混乱してしまいます。
現在は準備期間中です。施行日は「一部の規定を除き、公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」となりますので、改正後の民法が使われるようになるのはもう少し先の話になります。施行日前まで結んだ契約に関しては原則的に現在の時効が適用されることになります。
法解釈や具体的な施行日も含め、これからのニュースに注目し、早め早めに債権回収専門の弁護士と対策を練っておくべきではないでしょうか。
■ 時効は振り出しに戻ることがある―中断方法とは
時効を起算した結果、完成間近だった場合はもう打つ手なしなのでしょうか。時効が完成して債務者が援用してしまうと、原則的に債権回収ができなくなってしまいます。完成を阻止するために、期間だけでなく完成を阻む手段を覚えておきたいもの。
時効は「中断」することが可能です。中断という言葉の意味から、途中で止めることだろうと勘違いされることがあります。しかし、時効の場合の中断の意味は言葉通りの意味ではありません。時効中断とは「時効期間を振り出しに戻すこと」を意味します。
例えば時効10年の債権があったとします。時効まで残り半年しか時間がありませんでした。こんな時は次のような方法で時効を振り出しに戻す(中断)することができます。つまり、進んだ分の時効期間をリセットする方法がちゃんとあるということです。
・請求
・承認
・差押
・仮処分、仮差押
意味として少しややこしいのは請求と承認ではないでしょうか。
請求とは、「お金を返してください」と債権者が債務者に催促することではありません。裁判で相手に請求をすることがこれにあたります。
承認とは、債務の一部返済などを意味します。一部でも返済したということは、債務者が「借金がある」と認めたことに他ならないからです。
弁護士に時効の起算をお願いした場合、すぐに中断をした方がいい場合はこの中で可能な方法を選択してすぐに対策してくれます。時効に関しては弁護士に依頼する方が安全であるといえます。
・催告というもう一つの方法
前述の方法の他に覚えておきたいのが「催告」です。
これも、債権者が口で簡単に「お金を返してください」と言うことを意味するのではありません。内容証明郵便を債務者に送付し、その後6カ月以内に訴訟などの手続きを取ることにより時効が中断します。内容証明と裁判所の手続きをセットで行うことにより時効を中断する方法が催告です。内容証明郵便を送付しただけでは中断効果はありません。注意が必要です。
・時効完成後の債務の承認
時効完成後の取り扱いについても少しお話しします。
時効完成後に債務者が承認をした場合はどうなるのでしょうか。時効期間が満了していても、中断の効果はあるのでしょうか。こちらの疑問に関しては昭和41年4月20日の最高裁判例が答えとなります。
時効期間満了後に債務の承認をしても時効が振り出しに戻ることはありません。中断の効果はないということです。ただし、債権者は「時効完成後に債務の承認をしたなら、もう時効の援用はしないだろう」と信頼してしまうだろうという理由から、債務者は時効を援用する権利を失うことになります。
・時効の中断も法改正で変わる
民法改正後は時効の中断についても扱いが変わってきます。
改正民法施行後の「時効の中断」は「時効の更新」という名称に変更になります。更新の事由は、確定判決・和解調書などの確定判決と同様の効力を持つもの・強制執行などの手続きや債務の承認などです。
時効の中断が更新と名称を変えて適用になるのも新しい民法が施行されてからです。それまでは現在の時効の中断という名称とともに取り扱いも変わらないことになります。続報に注意するとともに、企業の場合は債権回収についての態勢を見直す必要があるのではないでしょうか。
改正点をきちんと把握して態勢を整えるためにも、債権分野の深い知識を持つ弁護士に一度相談することをお勧めします。
■ まとめ
債権は時間が経過すると回収が難しくなる傾向があります。時間の経過とともに債務者の事情が変わることが、債権回収を難しくなる理由の一つです。もう一つの債権回収を難しくする理由が時効です。
返済を引き延ばしにしている間に時効の完成を狙う不誠実な債務者もいます。返済態度に誠意が感じられたとしても、返済を容赦していると、債権者が気づかないうちにその期間が経過していることもあります。債権回収のためには回収手段を検討すると同時にタイムリミットに気をつけておく必要があるのです。
時効は債権の種類によって異なるため、自分の有する債権が該当する期間を判別することは難しいといえます。中断も個人が簡単迅速にできるというわけではありません。
だからこそ、売掛金を含めた債権の時効は弁護士に相談するメリットがあるのです。弁護士なら売掛金の額や返済状況に合わせて適切な手続きを取ることができます。時効が迫っているなら即座に必要な手続きをすることもできます。
売掛金をなかなか回収できないと悩むよりもまず弁護士に相談し、対策を練りましょう。債権に合わせた迅速な対策こそが、債権回収成功に繋がることなのです。