〇逸失利益とは

逸失利益とは、ひとことで説明するならば、「自身が得られたであろう利益」のことをいいます。より細かく見ていくと、損害の性質については、財産上の損害かあるいは精神上の損害かという観点(㋐)と、積極的損害かあるいは消極的損害かという観点(㋑)から、カテゴライズされるといえます。逸失利益は、慰謝料等を代表とする精神的損害とは異なり、物理的に生じた財産上の損害について、そして、既に存在していた利益の滅失・減少といった損害とは異なり、将来的に生じるであろうプラスの利益を滅失・減少させたことについての損害であるといえます。つまり、逸失利益とは、㋐財産損害の中でも、㋑特に消極的に生じた財産上の損害のことをいうのです
 

〇逸失利益が問題となる場面

民法上の損害賠償請求権が発生する場面としては、①相手方の債務の不履行により損害が生じてしまった場合(民法415条など)と、②相手方の不法行為により損害が生じてしまった場合(民法709条など)が考えられますが、逸失利益も①②それぞれの場面で問題となります。より詳細にみていくために、「逸失利益とは、㋐財産損害の中でも、㋑特に消極的に生じた財産上の損害のことをいう」という上述した逸失利益の意義を①と②のそれぞれの場面にあてはめてみましょう。
そうすると①の場面でいう「逸失利益」とは、相手方の債務が履行されていれば自身が得られたであろう財産上の利益のこと、となり、一方で、②の場面でいう「逸失利益」とは、②相手方が不法な行為を行わなければ自身が得られたであろう財産上の利益のことをいうことになります。
①の具体例としては、相手から商品を購入し、それを転売して利益を出そうと考えていたところ、商品の引渡しを受ける日に商品を受け取れなかったために、転売のタイミングを逃し、小さな利益しか挙げられなかったような場合、当初通りに引渡しを受けていれば発生したであろう、転売利益などがこれにあたります。
一方で、②の具体例としては、交通事故により40歳の男性が身体に麻痺が残る後遺障害が生じ、労働能力が著しく減退した場合、その者が健常な身体でもってお仕事をすれば“もっと得ることができたであろう分の仕事の収入”(60歳を退職年齢とすれば20年分の“もっと得ることができたであろう仕事の収入”)などが、これにあたります。つまり、不法行為時に収入を得ていた被害者の場合には、その収入額を基礎として、それに期待稼働年数(働くことができた年数)を掛け合わせた額が逸失利益となります。

〇逸失利益が問題となった裁判例

逸失利益については、特に不法行為に基づく損害賠償請求の最の逸失利益の算定方法に関する事項について注目したいと思います。
年少女子の逸失利益と家事労働分の加算
【事案の概要】
中学2年生のAさん(当時14歳)が、Y社が運航・管理する大型トラックとの追突事故により死亡。Aさんのご両親であるXさんらは、運送会社Y社に対して不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴。
(第一審)
第一審(長野地裁木曽支部昭和57年3月26日判決)では、2331万1866円を損害賠償額として認定しました。その内訳としては、旧中学校あるいは新高校卒業者の女子労働者の平均給与額に加えて、Aさんの家事労働分として年間60万円を加えた額を基礎収入として、その額から生活費4割を控除(Aさんは亡くなってしまっているため生活費まで損害賠償額に含めるのは当事者間の損害の公平な分担に反するため控除)するというものでした。
(第二審)
Y社が控訴して行われた第二審(東京高裁昭和57年12月20日判決)についても、損害賠償請求は認められましたが、しかしながらその算定では、Aさんの家事労働分は加算することなく、損害額は1948万5187円と認定しました。この判断にXさんらが上告。
上告棄却(高裁判決を支持)。

「(Aさん)が専業として職業に就いて受けるべき給与額を基準として将来の得べかりし利益を算定するときには、(Aさん)が将来労働によつて取得しうる利益は」(女子労働者の平均賃金額にもとづく算定額)「によつて評価し尽くされることになると解するのが相当であり、したがつて、これに家事労働分を加算することは、将来労働によつて取得しうる利益を二重に評価計算することに帰するから相当ではない。そして、賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は現実の労働市場における実態を反映していると解されるところ、女子の将来の得べかりし利益を算定するに当たつて、予測困難な右格差の解消ないし縮少という事態が確実に生じるものとして現時点において損害賠償額に反映させ、これを不法行為者に負担させることは、損害賠償額の算定方法として必ずしも合理的なものであるとはいえない。したがつて、(Aさん)の得べかりし利益を算定するにつき、(Aさん)の受けるべき給与額に更に家事労働分を加算すべきではないとした原審の認定判断は、正当として是認することができる。」

【本判決の解説】

この事案では、①女子労働者について、男子とは異なる判断方法で逸失利益を算定していいのかどうか、②女子の逸失利益の算定の中に、家事労働分を加算することは許されるか、という点が主に問題となりました。
これらが問題となる背景としては、逸失利益を算定する場面で男女別の平均賃金に基づいて算定を行うと、男女間でその額にかなりの開きが生じてしまう場面があるということが挙げられます。前述の通り原則として、逸失利益は不法行為時に収入を得ていた被害者の場合には、その収入額を基礎として、それに期待稼働年数(働くことができた年数)を掛け合わせた額となります。しかしながら、未だに社会人になっていない少年・少女や専業主婦などについては、不法行為時に現に収入を得ていないので、平均賃金を軸に算定を行うことになります。この算定の時の判断材料として使用するのが、いわゆる「平均賃金センサス」という労働者の平均賃金に関する統計なのですが、やはり平均賃金ですと女性の方が男性よりも少ない額となってしまうのです。
そこで、この事案でも①男女別の平均賃金センサスの使用は妥当なのかという点や、②仮に女性用の平均賃金センサスを使用したとして、その男性より少なくなってしまう額を補てんするために、家事労働分について算定額に加算してもよいか、という点が主張され、争われたのです。
これらの点について本判決は、まず、①未就労の年少女子が交通事故で死亡したケースで、平均賃金センサスの女子労働者の平均給与額を基準に逸失利益を算定することは不合理とはいえないと判断しました。そして、加えて②女性の逸失利益の算定において、家事労働分を加算することは、労働によって取得しうる利益を二重に評価計算することになるので相当ではない、としたのです。男女間の平均賃金の格差が今後解消または縮小されるという事態が将来起きうるかもしれないが、判決が出された昭和62年現在ではその可能性があるという段階にしかすぎないのであるから、確実に生じるとして賠償額に反映させることは、必ずしも合理的ではないと判断したのです。
本判決の判例法上の意義は、上記②の判断にあります。以前から、下級審が女性の逸失利益の算定時に家事労働分の加算を行うことがみられていたところを、最高裁はそれを正面から否定したのです。本判決は、その理由として、かかる算定は「利益の二重評価」であると説明しますが、それは、本件被害者が、定額の賃金しか得られないパートタイムではなく、専業として就業に就き、その状態が婚姻後も67歳まで継続するという想定の下で逸失利益を算定しているためであり、そう考える以上、さらに主婦としての家事労働分を加算することは許されないという考え方に基づくものでありました。
補足になりますが、本判決の後、下級審ではありますが、女子の逸失利益の算定について、平成13年に重要な裁判例が下されています。東京高裁平成13年8月20日判決で、裁判所は、「年少者の多様な就労可能性や女子の就労環境をめぐる近時の動向を勘案し、将来の就労可能性の幅に男女差は存在しないに等しい」と判示し、女子年少者の逸失利益について、女性の平均賃金センサスによらずに、“全労働者”の平均賃金センサスに基づいて算定したのです。この判決は、逸失利益を算定する際に、被害者を、「性別」という属性のみに着目して、今後の平均賃金を予測するといったものではなく、あくまでも個々の女子年少者自身の、将来に向けて広く開かれた可能性に着目するものであり、女性の社会進出が進む現代の日本社会においての女子年少者の逸失利益の算定方法として、より適していると考えられ、広く支持を集めています。

【まとめ】

いずれにせよ、逸失利益について相手方へ請求する場面においては、消極的損害―つまり既に存在していた利益の滅失・減少といった損害とは異なり、将来的に生じるであろうプラスの利益を滅失・減少させたことについての損害―について賠償を求めることになりますので、その範囲については請求側と相手方との間でその具体的な算定額について、大きく争われることが多いといえます(請求側はできる限り広く認めてもらいたいですし、相手方は逆にできる限り狭く認定をしてもらいたいと考えるはずですよね)。
それだけに、債権者の立場から見ると、この逸失利益が認められるか否かが、債権者が満足する債権回収を実現できるか否かの大きなポイントとなりえますので、逸失利益の請求を行う場合は充分に準備をしたうえで望むことが必要であると考えます。

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