目次
はじめに 
取締役の義務
会社に対する責任
任務を怠った場合
責任の免責
責任の免除
責任の軽減
株主総会の決議による取締役の責任の軽減
情報開示
監査役の同意
退職慰労金
定款の規定に基づいた取締役の責任の軽減
定款の規定
監査役の同意
株主への通知
定款の規定に基づいた取締役の責任を軽減する
まとめ
 
 
 

■はじめに

会社経営者である「取締役」は、会社法という法律で、様々な法律上の権利が与えられ、同時に義務が課されています。
 
このような会社に対する取締役の法律上の責任を忠実義務といいます。
 
取締役は、株主から自分に代わって職務を行うように依頼され、その責任において会社の経営に携わり、利益をあげ、株主に利益を還元していきます。
 
このような会社の本質に反して、利益どころか損害を会社に与えることは許されません。
 
そして、会社に損害を与えるようなことをすれば、会社から損害の賠償をするよう求められることもあります。
 
例えば、多額の貸金債権があるのにもかかわらず、これを行使せず放置して、消滅時効にかかったり、債務者が破産手続をし、破産宣告開始決定を受け、不良債権となったりしたような場合、任務を怠った取締役が責任を負う可能性があるのです。
 
ここでは、取締役の会社に対する法律上の責任について見ていきたいと思います。
 

■取締役の義務

会社と取締役は、委任という契約関係に立ちます。

委任という関係は、互いに一定の事項について委任するという意思表示と、受任するという意思表示をすることによって成立しますが、
取締役と会社との委任関係は、株主総会による選任決議と、これに対する取締役候補者の就任の承諾によって行います。
委任契約に基づいて、いずれも受任者は、善良な管理者の注意義務(善管注意義務)を負うことになります(民法644条)。
善管注意義務とは、社会的立場に基づく一般的に期待される注意義務のことです。
例えば取締役の場合、その人がその会社の経営者として一般的に期待される程度の注意をしながら経営をしなければなりません。

その人自身のスキルが問題となるわけではありません。一般的な期待に反していれば責任を負うことになります。
取締役の場合は、加えて、会社のために職務を真摯に行わなければならないとされています。忠実に会社のために一所懸命に働かなくてはならないのです。
この2つの義務が同じものなのか、それとも別の新たな義務なのかが問題となりますが、一般的には、善管注意義務を明確にしたものが忠実義務だと考えられています。したがって、同じものと考えてかまいません。
 

■会社に対する責任

・任務を怠った場合

受任者が義務に違反して損失を委任者にもたらした場合、義務を果たさなかった約束違反として、損失を穴埋めする必要があります。
取締役の場合には、忠実義務に違反したと言えれば、これによって損失が生じたのであれば、損失を穴埋めしなければなりません。
 

■責任の免責

・責任の免除

取締役の任務違反に伴う損害賠償債権は、すべての株主が賛成しなければ放棄できません(会社法424条)。
 
普通の損害賠償債権であれば、当事者の合意や、株主総会に出席した株主の議決権の過半数の賛成で放棄が認められても良さそうですが、取締役の責任の重さから、放棄の要件が厳しくなっています。
また、株主が取締役の責任を追求する株主代表訴訟権というものがあり、株主であれば一人でも訴えを提起できてしまうため、これと整合性をとったということでもあります。
 

・責任の軽減

責任の免除の要件が厳格であるため、責任が免除されることは現実的には難しいことです。
しかし、多額の損害が生じうる経済活動において、ちょっとした不注意でも損害賠償責任を取締役個人に負わせることが好ましいとは限りません。
 
優秀な経営者であっても人間である以上完全にミスを無くすことはできないからです。
 
優秀な人材が多額の損害賠償責任を負うことを恐れて責任ある地位になりたがらなければ、かえって企業にとって不利益となります。
たとえ引き受けてもらえたとしても、損害が生じやすい挑戦的な経営活動を敬遠し、利益拡大をみすみす逃すことも考えられます。
 
そこで、経営活動を側面からサポートするために、責任を軽くする制度が生まれました。
 

■株主総会の決議による取締役の責任の軽減

取締役が職務を行うについて、「善意」かつ、「重い過失」がないときは、一定の金額を差し引いた額の範囲内で、株主による総会で行われる決議により、その責任を軽くすることができます。
 
ここで「善意」というのは、ある事実を知らないことを言います。
つまり、損害が発生するような事実を知っていたのであれば、善意とは言えないわけです(このように事実を知っている場合を「悪意」といいます。)。
このような取締役を保護する必要はありません。
 
「過失」というのは、ある事実を予見して、これを回避する義務を怠ることを言います。
「重い」過失というのは、ちょっとした注意で過失を避けられたのに、そのちょっとした注意さえも怠った悪質な過失のことです。
 
このような重い過失のある取締役も保護する必要はないわけです。
 
つまり、ちょっとした失敗のときだけ、損害賠償をある程度まで免責するわけです。
気をつけなければならないのは、責任を全く負わなくていいというわけではなく、一部は負わないといけません。
取締役の責任はとても重いのです。
 
一定の金額を差し引いた金額の範囲内ですが、その一定の金額は、会社のために働いている期間に、働いたことに対する謝礼として受ける利益をもとに決められています。
 
対価を受け取っている以上、ある程度は責任を負担すべきだからです。
 

・情報開示

通常、株主は経営にタッチしないため、責任を免責する場合の判断材料が不足する恐れがあります。
そこで、金銭的負担をある程度まで減らす決定をする場合、一定の事項の情報を株主に公開することが規定されています。
 

  • 損失を生じさせた具体的事実と最終的に負担する金額
  • 免責する金額の限度額と計算の根拠
  • なぜ会社が責任を免責するのか、その理由と免責する金額

 

・監査役の同意

監査役や監査委員がいるような株式会社は、現在設立される会社としては、比較的規模の大きい会社といえます。

よく誤解されますが、株式会社は取締役が3人以上、監査役が1人以上でなければ設立できないというようなことはなく(昔はそうでしたが)、取締役と株主が1人でもいれば設立可能です。税金対策で個人が法人化することもめずらしくありません。

このように、監査役や監査委員がいるような株式会社は、それなりの規模があり、1人の株主がそのまま取締役になっているような規模の小さい会社ではないことが多いと考えられます。
そのため、株主や債権者などに対する影響(社会的影響力)を考え、監査役や監査委員の同意がなければ、免責することができないことになっています。
 

・退職慰労金

免責が決まった後に退職慰労金などの報酬を受け取ることには問題があります。
 
なぜなら、免責することを決定した株主総会決議の時点で、退職慰労金などの報酬は計算に含まれていないからです。
 
このように、決議の後に退職慰労金などの報酬を受け取るには、株主総会の決議が別途必要となります。その際、役員ごとに報酬額を明示した決議が必要となります。
 

■定款の規定に基づいた取締役の責任の軽減

・定款の規定

取締役の責任の軽減が認められるのは、取締役が「善意」で、「重い過失」がないときです。
つまり、深刻でない過失のときに免責が認められ、しかも全部の免除ではなく、責任の軽減だけ認められています。
 
また、株主は経営には通常関心がなく、また専門的な知識能力がないことも少なくありません。
 
そうであれば、いちいち株主総会を開いて免責の可否を決議する必然性はないはずです。
特に、株主数の大きな会社ですと、株主総会の会場を確保するだけでも大変ですし、株主総会の通知を発送するだけで手間と費用がかかります。
 
そこで、あらかじめ定款(会社の根本規則)に、取締役の半数を超える同意(取締役会がある場合はその決議)によって、一部の損害賠償をしなくていいということを規定し、これに基づいて実際に賠償しなくていいことにできます。
 
要件としては、善意で重い過失がないことのほかに、損害が生じたことについての事実の具体的な内容、業務を行った状況やそのほかの諸々の事情を考慮して、特に責任を免責する必要があるときです。
 
このような定めをしておき、実際に決議することで賠償すべき金額が少なくなります。
 

・監査役の同意

株主総会での決議による免責の際に、監査役や監査委員がいた場合に、その同意が必要でしたが、同じように、取締役の半数を超える同意(または取締役会の決議)により一部の損害の賠償をしなくて済ませるという内容の定款の変更議案を株主総会に提出するときや、取締役会に賠償義務を軽くするという内容の議案を提出するときは、監査役の同意が必要です。

なお、このような規定を設ける定款の変更をするには、原則として、議決権の過半数を有する株主が出席する株主総会において、議決権の3分の2以上の賛成が必要です。

 

・株主への通知

取締役会の決議が行われたとしても、通常、株主はその決議が行われたことを知りません。
これでは、仲間内で恣意的に行われる可能性が否定できません。
 
そこで、定款の規定により責任の追求を軽減する決定がされたときは、取締役は、遅れないうちに、一定の事項を株主に通知、または、公告しなければなりません。
 

  • 損失を生じさせた具体的事実と最終的に負担する金額
  • 免責する金額の限度額と計算の根拠
  • なぜ会社が取締役を免責するのか、その理由と免責する金額
  • 決定に不満がある人は一定の期限内に不服を申し立てること

 
期限内に、総株主(責任を問われている取締役等を除く。)の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主が不服を申し出た場合には、定款の定めによる取締役の半数を超える同意(または取締役会の決議)による免責ができません。
 
このようなときは通常どおり、株主総会を開催して、株主総会で決議を行う必要があります。
 

■定款の規定に基づいた取締役の責任を軽減する契約

これまでに見た株主総会による決議や、定款の規定に基づいた免責は、必ず行われるとは限らないものです。
 
これでは、取締役になりたくてもなれない人が出てくる恐れがあります。
株式会社から見れば、取締役のなり手が少なくなって困ります。

そこで、定款で定めることにより、代表取締役など業務を執行する(または業務の執行をした)取締役以外の取締役(非業務執行取締役)については、定款で定めた金額の範囲で賠償する義務を負うという、責任追求を限定してもらうための契約ができるとされています。

取締役会のメンバーとして決議に参加したり、他の取締役の職務の監督をしたりするくらいであれば、責任はあまり大きくないと考えられるからです。
 
そして、ほかの債権の放棄の場合と同じように、責任追求を限定する契約ができるとする定款の変更議案を株主の総会に提出するには、監査役の同意が必要です。
 
このような定款の定めを設け、責任が限定されることで、優秀な取締役が集まりやすくなるわけです。
 

■まとめ

・取締役と会社との関係は委任関係で、取締役は善管注意義務と、善管注意義務を明確にした忠実義務を負います。
・取締役に課せられた任務を怠ると、忠実義務違反となり損害をてん補する必要があります。
債権回収などの任務を怠ると、債権額が損害となるので、その金額を取締役が支払わなくてはならないことがあります。
・職務上の失敗により生じた損害賠償責任の免除は、原則として株主全員の同意が必要です。
・例外的に、責任の軽減をすることができ、株主総会による免責、取締役会での免責、責任を限定する契約をする方法があります。
 
なお、親会社が存在するような特殊な会社の場合等、会社の形態によっては上記説明とは異なる取り扱いがありますので、詳しくは企業法務に詳しい弁護士にご相談ください。