目次
■はじめに
■ポイント1~消滅時効とはなにか
・時効の基本
・権利(義務)が無くなっていると主張すること
■ポイント2~消滅時効改正の具体例
・複雑な期間の取りやめ(期間の一本化)
・人の生命や身体に対する不当な侵害についての例外
・更新と完成の猶予
・天災による猶予
・話合いによる猶予
・その他
■ポイント3~特別法
・労働基準法
・不正競争防止法、製造物責任法
■まとめ
■はじめに
2020年4月1日から消滅時効に関する新しいルールが適用されます(ただし、2020年4月1日より前に、問題となる債権が発生したときには、消滅時効の期間などについては、取得した当時のルールに従います。)。
改正の内容としましては、時効の期間の変更(単純に短くしたり長くしたりといったものにとどまりません。)、いつから数えるかという起算点の変更、除斥期間というよく似た制度の見直し、中断や停止といった一般的な用語法と乖離した表現の見直し、最高裁判所によって確立された判例を法律に格上げ、当事者の合意による時効の猶予等があります。
これらはいずれもすでに債権をもっている人にとっては権利を失う可能性がでてくる重大な改正といえます。債権回収を確実に行う上で、知っておく必要のあるものです。
一方で債務者のほうも、改正の内容を知らないと自分にとって不利な変更となっている可能性があります。本来支払わなくても構わないのに支払わざるを得ないことになりかねません。
また、現在、債権をもっておらず、また、債務を負っていないとしても、医療ミス、労働災害、交通事故などに巻き込まれた場合などについての改正も入りましたので、知っておくことは重要です。
そして、今回の改正は、将来における労働者のもつ権利の時効期間についても影響を与えることが予想されていますので、注意が必要です。
ここでは、消滅時効の基本と、改正に関するポイントを整理して解説していきます。
■ポイント1~消滅時効とはなにか
・時効の基本
時効というのは、法律で定められた期間を経過するまで何らかの状態が存在した場合に、その状態が本来法的な根拠がなく存在していたときであっても、現に存在する状態を維持するために、権利の取得や消滅といった法律上の効果を与える制度のことをいいます。
つまり、(表面上の)現状維持のための制度です。
例えば、他人の物を自分の物だと思いながら、平和的な形で、なおかつ、他の人から認識できる状態で10年以上使い続けていた場合に、だれであれ十分な注意をしたとしても他人の物だとは気づけなかったとしたら、その物を自分のものにすることができます。
また、100万円の借金を負っていた場合に、支払期日から5年以上経っても支払いを求められなかったようなときは、借金を返さなくてもよくなります。
なぜこういったことが認められるかといいますと、たとえ本来の状態と異なる場合であっても、長い間、別の状態であったときは、その別の状態を維持したほうが社会秩序の維持に役立ちますし、あまりに長い間、本来の権利者が権利を使わずに放置していたのであれば、そのような権利者は法律で守ってあげる必要性は低いだろうということ、また、証拠が少なくなっていく傾向があるので、権利関係を証明することが難しくなるからです。
そして、今回問題にする消滅時効というのは、ある人のもっている権利が、一定の期間、適切に使わないでいると、期限切れで使用ができなくなるという制度のことです。
つまり、権利にも消費期限があるわけです。
ただし、消費期限を伸ばすテクニックや期限をリセットしてしまう方法もあるので、食品と同じようなものではありません。
時効という制度は、法律実務上、極めて重要なものです。
なにしろ、原則と例外が逆転する伝家の宝刀のようなものだからです。
「お金を返せ」、「家を明け渡せ」と要求できる権利があるものとして裁判所に訴えたのに、貸金返還請求権や、抵当権の被担保債権が時効のため無くなっていたとしたら、それを指摘されただけで負けてしまいます。
時効は気をつけていないと弁護士や司法書士といった法律の専門家でも見逃すことがある難しい問題がいくつもあります。
もちろん、専門家が見逃した場合には、その人達は損害賠償責任を負わなくてはなりません。だからこそ細心の注意を払うため、専門家の場合、見逃すようなことは滅多には起こりません。
問題は、日々、時効に気を配って仕事をしている専門家以外の人達です。
・権利(義務)が無くなっていると主張すること
権利が形式的に消費期限切れになっていたとしても、裁判所はそれだけでは権利がなくなっているとは認めてくれません。
「時効により権利がなくなっています」と、法廷で言わなければならないのです(実際の訴訟では、答弁書とか、準備書面というものに言いたいことを書いて、裁判所と相手方にあらかじめ送っておき、法廷で「答弁書の記載を陳述します」と述べることでいいことになっています。)。
裁判官から直接話を伺ったときのエピソードですが、時効にかかっているのに当事者がそのことを述べてくれないため困ることがあるとおっしゃっていました。
どういうふうに困るかといいますと、裁判所は法律上の効果を生じさせるために必要なことについて当事者が述べないのに勝手にその事実を認めてしまうことは基本的にできないので、時効だと一言でも言ってくれればそれで訴訟が終わるのに、それができないことがあるということでした。
直接裁判官が、「時効とか検討しましたか?」というようなことを言ってしまいますと、一方の当事者である債務者に肩入れしたことになりかねませんし、かといって法律の知識がないだけで不利な判決を出すのもためらわれるわけです。
こういうとき、その裁判官はヒントだけは出すそうです。「結構昔に契約しているんですねえ。5年以上も請求されなかったのですか?」、「本当に弁済したという主張だけでいいですか? ほかに主張し忘れていることはありませんか? 『じ』のつくものとか」という感じです。
ほとんど答えを言っているようなものなのですが、それでも気が付かない人がいるそうで、そういうときには仕方がないのでそのまま時効が成立しないものとして判決を出すということでした。法律上はやむを得ないところだと思います。
ただし、裁判官によって対応が異なると考えられます。直接指摘する人もいるかもしれませんし、一切ヒントを出さない人もいるかもしれません。とても悩ましい、だからこそ裁判官も困ってしまうケースなわけです。素直に弁護士などの専門家に相談したほうが安全と言えます(なお、法廷で時効だと述べれば直ちにそれが有効になるかというとそうではなく、当事者尋問手続のときに時効だと述べてもだめです。難しいので詳細は省きますが、主張と、それが根拠のあることかを調べる証拠調べ手続とは別だからです。尋問手続は証拠調べ手続にあたり、主張の手続ではないからです。)。
もっとも、こういった問題が起こったのは時効の期間がケースによって千差万別だったからということもあったのだろうと思います。
そうすると、これからは裁判官を悩ますケースというのは少なくなっていくことになるのかもしれません。次は、改正の内容について見ていきます。
■ポイント2~消滅時効改正の具体例
・複雑な期間の取りやめ(期間の一本化)
これまでは、契約をした人たちの属性によって期間がバラバラでした。レンタルショップのレンタル料であれば1年、弁護士の依頼料であれば2年、お医者さんであれば3年、会社が貸し付けたお金であれば5年といった感じです。
こんなふうに分けることに合理性があるのか以前から疑問視されていました。
あまりに細かく分けているので、そこに規定されていないときにはどうするのかという余計な問題まで生んでいました。
例えば、司法書士は規定されていないが2年になるのか、指圧師は医師に近いから3年になるのかということです。
そもそもなぜお医者さんは3年なのに弁護士が2年なのかよくわかりません。
もともと民法という法律はフランスの民法やドイツの民法草案などに影響されてできているのですが、大もとのフランスの民法ではだいぶ前にこのような不合理な区別をなくしています。
改正は時間の問題だったといえます。
2020年4月1日以降に発生した債権については、基本的に、権利をもっている人がその権利を使うことが可能だと認識した時点より、5年とされました。
ただし、認識していないとしても、一般的に見て権利を使うことが可能となった時点から10年間経ったときも時効です(こちらは従前の基本的な場合と同じです。)。
つまり、これまでと異なるのは、職業による期間の区別をやめたことと、権利を使うことができるという認識をした場合に、従来の基本的な期間である10年よりも短くなったということです。
・人の生命や身体に対する不当な侵害についての例外
医療過誤によって死亡した場合の相続人の損害賠償請求権であったり、傷害を負わされたことによる治療費や休業補償などの損害賠償請求権などであったりした場合、権利を使えることを認識していないとしても10年で権利がなくなってしまうのでは、被害者の保護が不十分となる恐れがあります。
例えば、医療従事者による治療上のミスにより、入院患者が難治性の感染症にかかったような場合、客観的に医療ミスであることが明らかでありながら、患者自身は損害賠償請求できることに気がついていないというようなケースでは、テレビや新聞などのメディアによって10年以上経ってから損害賠償請求できることに気がつくということが考えられます
そこで、このような場合には、20年とされています。
なお、このようなケースでは不法行為にも当たるとして20年の期間内であることを理由に請求できる可能性はこれまでの制度でもあるといえます(契約違反の問題ではない不法行為の場合には従前から20年とされていました。)。
ですが、一般的に治療契約等の契約上の違反と、契約がなくても成立する不法行為での慰謝料等の損害賠償請求では、不法行為による請求のほうが難易度は高いと考えられています。
契約違反の場合でも20年とされたことで、より被害者保護が厚くなったといっていいと思います。
また、契約違反ではない不法行為による生命、身体の侵害ついていえば、これまでの法律との関係でいいますと、被害と危害を加えた者を認識した時点から3年とされていましたが、5年に増えています。これも被害者保護のためです。
不法行為の時点から20年でも請求できなくなるのですが、この期間は従前と同じです。
なお、生命や身体に対する不法な行為による損害賠償請求権以外の不法行為による損害賠償請求権は、これまでと同じ3年間です。物を壊されたような場合です。20年の期間についても同じです。
ただし、20年の期間についてはこれまでは最高裁判所の判例上、除斥期間とされていました。
除斥期間というのは消滅時効と似ているのですが、利益を受ける人が権利が消滅していると述べなくても、裁判所が当該権利は消滅していると判断しても構わなかったり、時効の期間が更新されたりすることがないなど、権利をもっている人にとっては少し酷な制度です。
これが法改正によって、除斥期間ではなく消滅時効であるとされることになりました。
これにより、このあと述べる時効の更新などがあることになったわけです。
・更新と完成の猶予
時効は、債務者が弁済の義務があることを権利者に認めたり、権利者が裁判所で手続きをとったりなど一定の出来事があると期間が振り出しに戻ったり、延長されたりすることになっています。
これまでは、中断や停止という用語が使われていましたが、多義的であり、概念の区別がつけにくいという問題がありました。
そこで、時効期間が新たにスタートする概念を更新と呼ぶことにし、そうではない一時的に時効を完成させないだけのものを完成猶予と呼ぶことにして、概念がわかりやすく整理されました。
・天災による猶予
地震や台風などの災害があると、裁判所に手続を取るなど、時効の更新や猶予の手続きをとることが難しくなります。
これまでは、そのような災害による支障がなくなってから2週間が経つまで猶予されていましたが、これでは短すぎると考えられていました(生活再建が忙しく、何年も前に貸したお金のことまで気が回らなかったりします。)。
そこで、改正により3ヶ月に延長されました。
ただし、ちょっとした地震や台風ではだめです。更新などの手続きをとりたくてもとれないないような大きな災害が想定されています(震度3くらいの地震で時効が毎回猶予されることになっては問題です。)。
・話合いによる猶予
債務者が支払いをしてくれない場合に、話合いで弁済期間の延長や分割払いにしたり、利息を軽くしたりといったことをすることがありますが、話合いに時間がかかることがあります。こういうときに時効期間が来てしまいますと、債権者は権利をなくしてしまう恐れがありますから、裁判所に手続きをとることなどが必要になってしまいます。
しかし、自分たちだけで穏便に話合いで解決をしようとしているのに、裁判所に手続をとらなくてはならなくなるというのは、債権者にしても債務者にしても、また税金で運用されている裁判所にとっても、ひいては国民全員にとっていいことではありません。
そこで、話合いをするという合意を書面やメール等コンピューター上でしたときは、合意した時から1年が経つまで、またはその合意で1年以内の期間を記載したときはその期間が経つまで、時効は成立しません。
直接、面と向かって話をしているときに、今後も話し合いをしていきましょうと合意をしたとしてもそれだけでは猶予されません。一方で、メールであっても適切な合意をすれば、猶予されうることになります。
ただし、一方の当事者から他方に話合いをこれ以上はしないという文書等が送られたときは、その通知の時から6か月を経過するまでです。
この合意は、猶予されている間は再び合意することができます。
ただし、本来時効が成立する時から5年以内でなければならない点に注意してください。
この制度によりこれまでよりも柔軟な紛争の解決が期待できるようになったといえます。
なお、合意の効力を生じさせるには、2020年4月1日以降に合意する必要があります。
・その他
定期金債権(終身年金債権など)については、いつから期間を数えるかという点が改正されています。
また、利息などの定期給付債権についての期間も改正後の原則どおりの期間(認識してから5年、認識していなくても10年)によることになりました。
■ポイント3~特別法
・労働基準法
賃金等の請求権は2年間とされています。また、退職金については5年間とされています。
ですが、現在この期間の見直しが検討されていますので今後の動向に注意が必要です。
・不正競争防止法、製造物責任法
いずれも侵害される事実や危害を加える者を知った時から3年や、権利を使える時から20年が原則として規定されています。ただし、細かい要件や例外があります。
このように、民法以外の特別な法律に個別に時効が定められていることがありますので、注意が必要です。
■まとめ
・時効はあるがままの状態を維持するための制度で、消滅時効は権利をしばらくの間適切に使っていないと期限切れになって使えなくなるという制度です。
・時効は、利益を受ける人が時効にかかっていると対外的に明らかにすることで初めてその恩恵をうけることができます。訴訟においては改めて時効になっていると述べなくてはなりません。
・職業ごとなどに分けた細かい時効期間の制度は基本的に廃止され、期間をわかりやすくするため原則として統一的に規定されました。ただし、特別法などにより例外的な規定が置かれていることがあります。
・人の生命や身体に対しての危害を与えたことについての損害賠償に関する期間については、契約に基づくものについても、そうでないものについても、被害者保護のために期間が伸長されるなど改正がされました。
・中断や停止という名称は廃止され、概念を整理した上で更新と完成の猶予という表現に改められました。
・天災による猶予期間が3ヶ月に伸びました。
・話し合いによる猶予の制度ができたため、文書やコンピューター上での合意により、一定の期間内であれば、裁判手続などをとらずに、時効の完成をくい止めることができるようになりました。
ここで解説したことは基本的に2020年4月1日に施行される改正法の内容です。それまではこれまでの法律が適用されます。
また、ほかにも、例外的な規定があったり、従前の規定が適用されたり、法律上の要件があいまいに規定されているため、実際に権利が消滅しているかどうかは個別に判断する必要がありますので、詳しくは弁護士に相談してください。
なお、2020年4月1日から消滅時効についての改正法が施行される予定ですが、あくまで予定ですので、実際に施行されるか否か今後の動向に注意してください。