目次
家賃回収を取り巻く3つの現状
日本の家賃滞納は12戸に1戸
家賃債務保証会社や保証人を利用しても滞納
賃料債権回収のための4つの方法
その① 賃料債権の督促
その② 保証人への請求
その③ 法的手続き
その④ 建物明渡請求
さいごに

大手の金融機関に1,000万円を定期預金で預入しても、0.01%の金利しかつかない時代です。団塊の世代と呼ばれる人たちも、退職や相続で得たお金を銀行預金ではなく、他の方法で運用したいと考える方が増えています。不動産運用もその1つです。
 
近年は、1棟のアパートやマンションを全て購入せずとも、手軽かつ低い金額からできる運用方法もあります。アパートやマンションの1室ないしは数室を購入し、オーナーとして貸すという方法です。また、インターネットが発達し、日本全国の物件情報を簡単に集めることができるようになりました。これにより、少ない元手で遠方の割安物件を購入して、退職後に不動産オーナーをはじめる方も増えています。
 
不動産オーナーが増えたことにより、比例して不動産トラブルも多くなっています。中でも特に多いのが「家賃滞納」によるトラブルです。
 
賃料収入は、オーナーになれば自動的に保証される類の収入ではありません。だからこそ普段から考えておきたいのは、「賃料債権の回収に対してどう動くか」そして「家賃滞納が発生した場合はどのように回収するか」です。不動産オーナーが知っておきたい賃料債権を取り巻く現状と、債権回収するための4つの方法についてお話します。
 

■家賃回収を取り巻く3つの現状

 
不動産運用においては、その物件に入居者がいるからといって収入面ですぐに安心することはできません。なぜなら、不動産オーナーになって賃料収入には、必ずと言っていいほど、賃料の滞納問題がついて回るからです。
 

国税庁が発表している「民間給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した給与所得者の1人当たりの平均給与は467万円という結果が出ています。

 

これだけの年収があるのだから、賃料の滞納が発生する可能性は低いのではないかと思えますが、現実はそうではありません。むしろ日本では、賃料債権を巡るトラブルが増加傾向にあるのです。賃料債権回収のための方法や滞納への対策について考える前に、日本の家賃滞納の現実を知っておく必要があるのではないでしょうか。
 

・日本の家賃滞納は12戸に1戸

 

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会の2017年の調査「賃貸住宅市場景況感調査」によると、2017年上期の月初全体の滞納率が8.2%となっています。

 
12戸の賃貸住宅があれば、そのうちの1戸は家賃を滞納している計算になります。

統計上、12戸の不動産オーナーであれば、そのうちの1戸に対しては賃料の滞納に対する方策を検討したり、賃料債権の回収について頭を悩ませたりしなければならないという現実があります。12戸に1戸は、確率的に見ても決して低いわけではありません。

 

退職金で不動産オーナーをはじめ、1室を購入する。その1室が家賃を滞納する可能性もあります。滞納率自体が上昇傾向にあるところも、不動産オーナーとしては気にしておきたい点です。

 
ところで賃料の滞納には、さまざまな理由があります。8.2%の中には、支払日を忘れていただけという理由や、うっかり銀行口座にお金を入れ忘れていたという理由、入金額を間違えて残高不足を起こしたという理由も含まれます。滞納の理由がうっかりミスの場合、一報入れるだけで家賃の回収をすることもできるはずです。しかし、このように単純かつ平和的に解決できるケースばかりではありません。賃借人が強固に家賃の支払いを拒むと、訴訟や調停などに発展する可能性も考えられます。
 
不動産オーナーは家賃の滞納率が増加傾向にあることを冷静に受け止め、賃料債権の回収についてどんな方法を選択するか、法的トラブルに発展したら誰に相談するかを考えておく必要があるのではないでしょうか。
 

・家賃債務保証会社や保証人を利用しても滞納が起きる

 
家賃債務保証会社を利用することにより、保証人を立てなくても賃貸借契約を結ぶことができます。家賃保証会社は、賃借人が家賃滞納を起こした場合にその立て替えをしてくれる、従来の保証人のような存在です。国土交通省の調査によると、現在は保証人を立てて賃貸借契約を結ぶケースより、家賃債務保証会社を利用して賃貸借契約を結ぶケースの方が多くなっているという結果が出ています。

賃貸借契約のうち97%が家賃債務保証会社または保証人をつけており、そのうちの約6割は家賃債務保証会社の保証となっています。

 
しかし、家賃債務保証会社や保証人と契約しても、12戸に1戸の割合で賃料の滞納が起きているという現実があります。

さらに、消費生活センターには、賃貸借契約や家賃債務保証契約のトラブルが多く寄せられています。不動産オーナーには賃料の滞納への対策だけでなく、契約トラブルへの対策も必要になります。

 
・賃料債権の回収で損害賠償や慰謝料を請求されるリスクも
 
賃料債権の回収や賃貸借契約のトラブルでは、損害賠償や慰謝料の請求をされるリスクがあります。不動産オーナーとして賃料債権を回収する権利があっても、肝心の債権回収の方法を間違えると大変なことになります。
 
一般財団法人 不動産適正取引推進機構の公開している事例には、家賃滞納の督促方法が違法だと判断されて、慰謝料及び遅延損害金の一部が容認された判例が取り上げられています。家賃滞納に対して不動産オーナーが部屋の鍵穴に細工して賃借人を追い出した事例もありました。2018年3月22日、東京地裁が不動産オーナーに対して賃借人への慰謝料などの支払いを言い渡しました。賃料債権という権利を持っていても、方法が違法であれば賃借人から損害賠償や慰謝料を請求されるリスクがあるのです。
 
賃料債権の督促や明渡しの請求は、法律に則って行う正当な方法である必要があります。しかし、法律を守っているのか、その上で適切な方法であるのかを判断するのはなかなかできることではありません。
 
1室から不動産オーナーになることのできる時代です。不動産運用が身近になった時代です。それに応じて、家賃滞納や契約トラブルは増加傾向にあると言えます。不動産オーナーになった以上、オーナーとして賃料の債権回収や契約トラブルに対処しなければいけません。督促や建物明渡請求も、一歩間違えると、慰謝料や賠償金を支払う立場に追い込まれます。不動産オーナーは賃料債権の回収を取り巻く現実と、債権回収するための方法をおさえておく必要があるのではないでしょうか
 

■賃料債権回収ためのの4つの方法

 
賃料債権の回収には4つの方法があります。「賃料債権の督促」「保証人への請求」「法的手続き」「建物明渡請求」の4つです。
 
家賃の未払いが、引き落とし口座への入金ミスや支払日の勘違いによって起きた場合は、話し合いに解決できる可能性があります。勘違い状態を是正すれば、未払いは1度だけで、次からはきちんと支払ってくれる可能性もあります。また、滞納状況に対して賃借人が相談してくるなどの誠意があれば、話し合いで解決できることもあります。
 
問題は、悪質な賃料の滞納や、明渡し請求に対して強固な態度を見せる賃借人です。こういった賃借人に対しては、4つの方法を使って債権回収と事態の解決に向けて動くことになります。賃借人の態度や以前からの家賃の支払い状況を総合的に考えて方法を選択する必要があります。
 

・その① 賃料債権の督促

 

家賃の未払いがあった場合、まずは督促からスタートすることが一般的です。家賃滞納の期間は関係ありません。1カ月の滞納でも督促をすることができます。
電話やメールなどで請求し、支払いに応じない場合は内容証明郵便を使うことになります。

日本郵政で送付と内容を証明してくれる内容証明郵便を使えば、現実に賃料の滞納が起きていることがしっかりと記録に残ります。
 
内容証明郵便の文面としては「家賃の支払いをしてください。支払いをしてくれない場合は法的な手段を取ります」などになります。
家賃滞納が続いている場合、放置しておくと甘く見られて、さらに滞納が続く可能性があります。不動産オーナーが滞納に対して断固とした態度を見せる必要があります。
 
不動産オーナーの名前で内容証明郵便を送付しても賃借人が支払いに応じない可能性が高い場合、弁護士の名前で送付することも1つの方法です。弁護士名義で内容証明郵便を送付することにより、内容証明郵便の文面がより真実味を持ちます。

不動産オーナー名で送付するより、賃料債権の回収率アップを期待することができます。

 

・その② 保証人への請求

 
賃借人が家賃を支払わない場合は、賃貸借契約の保証人へと家賃を請求することになります。請求の流れは、賃借人に賃料を請求する流れと同じです。まずは電話やメールで支払いを促し、それでも支払いに応じない場合は内容証明郵便で督促することになります。不動産オーナー名義より弁護士名義で送付した方が、賃料債権の回収率が高くなる傾向にあるところも同じです。
 
「保証人や家賃債務保証会社がいるから安心」「家賃滞納があっても、保証人に請求すればいいから問題ない」ではなく、家賃債務保証会社が信頼できるか、保証人の資力は十分かを契約締結時によく見ておく必要があります。
 
保証人については、名前の自書と実印の押印だけを求めるだけでは不十分です。資力の確認のために収入証明書や、身元確認のために住民票、実印であることの証明のために印鑑証明書などの提出を求めることも1つの方法です。
 
あまりに条件を厳しくすると、入居希望者が減るのではないかという懸念があるかもしれません。しかし、賃料に関する債権をスムーズに回収するためには、契約締結時に慎重かつ冷静に対応することも有効な対策になります。家賃を滞納し難い入居希望者に物件を借りてもらうことにも繋がります。
 
賃貸借契約書の作成時にリーガルチェックを受けることも、賃料債権を回収するためには重要なことです。契約書の不備などを指摘され、賃料債権の回収がさらに難しくなることを防ぐためです。
 

・その③ 法的手続き

 
不動産オーナーが賃料債権のために講じることのできる法的手段には、支払督促や少額訴訟、通常訴訟、調停、強制執行などがあります。
 
債務者の資力や支払いへの態度、事情に合わせて不動産オーナーが方法を選択することになります。方法を選ぶ場合は、3つの注意点があります。
 

  • 賃借人の経済状況によっては法的な手段を講じても不発に

 
賃借人の家賃滞納があって、何らかの法的手段を講じようと考えたとします。ただし、法的手段を講じても、賃借人の経済状況によっては徒労に終わることが考えられます。体を壊して収入が途絶えており、貯金も底をついている。そして、他に財産はない。いわゆる、払いたくても払えない状況です。無い袖は振れません。強制執行をしても、差押える財産自体が存在しなければ意味がありません。
 
法的手段は、資力があるのに払わない賃借人には効果が期待できます。しかし、資力のない賃借人の賃料債権の回収は難しいと考えられます。法的な手段を実行に移す前に、資力についてしっかりと見定める必要があります。賃借人に資力がなければ、保証人から賃料債権を回収することも検討する必要があります。
 

  • 状況によって選択できない法的な手段がある

 
賃料債権の回収のための法的手段の中には、利用する上で条件がつけられている方法があります。
 
たとえば、強制執行は基本的に債務名義がなければできません。債務名義とは、法律に列挙してある公文書になります。確定判決や調停調書などがこれにあたります。少額訴訟には60万円以下の金銭の支払いを求める場合のみ利用できるという条件があります。このように、回収したい債権によっては使えない法的手段が出てくる可能性があるため、注意が必要です。
 

  • 状況によって適切ではない法的な手段がある

 
法的な手段として利用することができても、その法的な手段が適切ではない場合があります。

たとえば、支払督促は通常訴訟や調停よりも簡易な賃料債権の回収方法として使われています。
しかし、支払督促は債務者(賃借人)に異議を申し立てられると、通常の訴訟手続きに移行してしまうというデメリットがあります。管轄は債務者の住所地を管轄している裁判所になります。

 
管轄も含めて賃料債権の回収にどんな法的な手段を講じるかを、よく考える必要があります。インターネットが発達して、遠方の不動産オーナーになることも容易い時代です。賃料債権を回収する方法の選択をミスすると、交通費などの多額の費用が必要になることがあります。いわゆる「勝負に勝って結果で負けてしまう」可能性があるのです。家賃の回収ができても交通費でマイナスになっては意味がありません。
 

・その④ 建物明渡請求

 
家賃滞納が続く場合は、賃貸借契約を解除して建物明渡請求をします。もちろん、未払いの賃料債権についてもしっかりと回収を行うことになります。ただし、1度契約を結んだ以上、簡単に解除することはできません。賃貸借契約を解除するためには、条件が必要です。以下のような条件に当てはまっている場合は、賃貸借契約の解除ができる可能性があります。
 
1、賃借人と賃貸人が解除に合意している(合意解除)
2、家賃を払わない(債務不履行)で賃借人と賃貸人の信頼関係が破壊された
3、不動産オーナーに無断で賃借権を譲渡されたことにより信頼関係が破壊された
4、不動産オーナーに無断で転借があったため信頼関係が破壊された
 
家賃滞納が原因で建物明渡請求をする場合の目安は、3カ月ほどであると考えられています。大よそ3カ月の家賃滞納をもって、裁判所は不動産オーナーと賃借人の信頼関係が破壊されたと判断することが多いからです。賃借権の無断譲渡や転借においては、転借や賃貸借の無断譲渡があっただけでは足りず、信頼関係が破壊されたかどうかが鍵になります。
 
建物明渡請求は慎重に進める必要があります。行動を間違えると、賃借人から損害賠償や慰謝料を請求されるリスクがあるからです。ニュースでも話題になった2018年3月22日の東京地裁の判決は、明け渡し請求について考えさせられる判例です。明渡し請求の実行のためには法的な知識と慎重な行動が求められます。
 

■さいごに

 
家賃滞納が起きたらどのような方法で回収をはかるか、賃貸借契約のトラブルを防止するためにどのような方法を講じるかは、あらかじめマニュアル化しておくことも必要です。さらに、賃貸借契約のトラブルや賃料債権の回収対策として、弁護士と顧問契約を結び、法的な面でのリスクヘッジをしておくことが重要になります。
不動産オーナーは賃料債権を取り巻く現実に目を光らせておく必要があるのではないでしょうか。滞納率も増加傾向にあり、賃貸借契約トラブルの相談も増えています。賃料債権の回収や対策は、経験豊かな弁護士にご相談ください。