目次
■はじめに
・消滅時効
・期間制限
■まとめ
■はじめに
社会保険労務士が活躍している分野として、大きく企業を対象としたものと個人を対象としたものに分けることができます。
企業を対象としたものとしては、顧問契約を前提に就業規則の立案、アウトソーシング、賃金(退職金)や企業年金制度の創設・運用、社員研修、人事・労務のコンサルティング業務など多岐にわたります。労働保険事務組合を併設するところもあり、法人化する事務所も増え大型化の傾向が見られます。
社会保険や労働関係法令は毎年ように多くの改正があり、特に中小企業としては社内で独自に対応できる部署を設けることは負担が大きく、定型的業務を中心に外注する企業が増えており、その受け皿となっているのが社会保険労務士事務所です。
中には、従業員の募集から退社まで幅広く対応する人事部や総務部の代わりを担うような事務所まで存在します。
基本は顧問契約であり、その根底にあるのは信頼関係といえます。
何らかの不信感を抱かれるような事態が生じると顧問料の滞納といった問題に発展していきます。月々の顧問料自体は大きなものではなくとも、継続的に発生することや、関連業務を別途引き受けることも多く、しだいに大きな金額へなっていきます。
個人による依頼としては労働関係の相談、各種年金に関する相談や手続きの代行業務があります。
特に障害年金の受給者数が増加傾向にあるとされ、裁定請求や審査請求業務を専門に取り扱う事務所も増えています。
障害年金については遡及請求が行われることも多く、それに比例して業務内容と報酬金額も増加するため、支払いを拒絶されると大きな影響を受けます。
この記事では経営上、気をつけることが望ましいポイントや、トラブルへの対策につき解説してまいります。
■ポイント1~企業の依頼主
・顧問
顧問契約の内容として、社会保険や労働保険の各種届出書の作成や手続きの代行、従業員の入退社における様々な手続き、会社の商号変更や住所変更に伴う各種手続き、相談業務や法令等の情報提供などがあげられます。
一方で、就業規則の作成や給与計算等は基本顧問契約に含めないなど、オプションとして用意することが多いかと思います。
事務所ごとに内容が異なるため、十分に説明しないとトラブルのもとになります。
具体的には、契約書類に明確に内容を記述することです。
あいまいな表現となっているとトラブルとなり、報酬の支払いを拒否される可能性が高まります。
社労士顧問の法的性質は、委任ないし準委任のほか、アウトソーシング業務等の一部については請負の性質があると考えられます。
委任ないし準委任については、社労士、依頼主双方からいつでも解消することができます。
ところが、請負については社労士の側から一方的に解除することは基本的にできません。
債務不履行を理由に解除する場合にも、所定の解除の手続きを踏まなければなりません。
そこで、契約書に特約として解除条項を設けるなどしてクライアントとの関係を精算できる手段を用意しておくことが好ましいといえます。
顧問契約は通常1年間とされることが多く、長期にわたって問題のある企業と関わることはリスクが高いからです。
できあいの顧問契約書には解除条項がなかったり、不十分なものがあったりするので注意が必要です。
・債権の回収手続き
企業の業績が悪化したり、契約内容で争いが生じたり、信頼関係がなくなるなどして報酬の支払いを拒まれることがあります。
このようなときには話合いでの解決を模索しますが、ものわかれに終わったような場合には、より強い手段での債権の回収方法を検討することになります。
簡易裁判所での調停手続きを利用する方法であれば第三者を交えての話し合いとなり、比較的円満な解決ができることがあります。
内容証明郵便を使って強い意志を示す方法も考えられます。
金額が小さい場合には、少額訴訟という手段も検討できます。
普通、一回の手続きで解決してもらえるため、手軽な訴訟手続です。
もっとも一回で終わるということはその場で主張や証拠を過不足なく、示すことができないといけません。
金額が大きい場合には、一般の訴訟手続を利用していきます。
もちろん、途中で和解の可能性を探ることもできます。
業績が悪化しているようなケースでは、訴訟に勝ったとしても債権の回収ができないこともあります。
早い段階であれば、仮差押えという手続きで債務者の財産を保全することも検討します。
いずれにしても弁護士でなければ難しい手続きです。
また、弁護士が請求することで訴訟手続などをとらなくても回収できることがあります。
一般の人からすれば、弁護士から請求されると強いプレッシャーを感じ、自分から支払ってくれることも多いのです。
事態が悪化しないためにも弁護士に早めに相談されることをおすすめします。
■ポイント2~障害年金業務
障害年金については専門性が高いことなどから、それのみを専門に取り扱う事務所が少なくありません。
その特徴として、単発での仕事となりやすく信頼関係が醸成されていないことや、1件あたりの報酬金額が大きいこと、受給が否定された場合に依頼人が感情的になる可能性があること、身体や精神の障害に起因して回収が難しくなるおそれがある(例として、依頼人の死亡。)など、特有の問題を抱えています。
そのため、ここでは特に詳しく解説していきます。
・障害年金の特徴
年金は自分で手続をとることではじめてもらえるものです。
何もしなくても役所が手続きをとってくれるわけではありません。
老齢年金については多くの人がある程度の知識をもっています。
それに対し、障害年金に関しては知識を有しない人が多いのが実情です。
テレビや新聞などのメディアでも老齢年金について取り上げることはよくありますが障害年金に触れることは多くありません。
支払った額よりもらえる額が少ないのは問題だと、単純に考える人もいるようです。
これは年金が老人のためでしかないという誤解から来るものといえます。
実際には病気やケガによりハンディキャップを負った人のための制度でもあり、保険としての意味合いがあるわけです。
障害年金の対象となるのは、身体や精神等にハンディキャップがあることで生活や仕事に差し支える場合です。
そのため、うつ病のような精神の障害で認められることもありますし、糖尿病やがんなどの身体的な病気に起因した障害も含まれます。
例えば、うつ病がもとで仕事ができず日常生活が困難となっている場合に、年金の対象となりうることを認識していない人が相当数に上ります。
このような誤解があるため受給資格があるのに受給していない人がかなりいるといわれています。資格があるのに長年受給せずにいてたまたま知人から年金の存在を聞いて依頼してくるというケースが多くあります。
その結果、過去の分も求めるケースが多く、そのため請求金額が1,000万円以上になることもあります。これが報酬金額が多くなる原因の一つです。金額が大きくなると依頼人にとって報酬金額を振り込む際に心理的な抵抗が大きくなりやすく、また支払いを拒否された場合における事務所経営に与える影響も大きくなります。
・強制執行の特徴
障害年金に関する報酬債権についての強制的な実現方法としては、債権に対する強制執行が検討できます。
ここで気をつけなければならないことは、年金は強制執行の対象から除外されている点です。
ですが、あくまで年金債権は執行の対象にはできませんが、年金が銀行口座に入金されると、預金債権となるため執行の対象となります。
例外として、年金債権と同視できるとして差押えが取り消しになることはありえます。
過去の分も交付されるケースでは、多額の金額になりますが、執行ができない理由は、受給者の生計を守ることにあり、数百万円から1,000万円以上にもなる過去の支給分については、取り消されない可能性があると考えられます。
銀行のローンを組むような場合とは異なりますから、年金を受給するに当たり新規に口座を開設する必然性もないため、これまで使っていた口座を利用することも多いといえます。その場合には、すでにある預金を対象にできる可能性もあります。
債権執行は一般的には簡単とはいえません。
例えば預金口座の特定です。
どの金融機関の何支店かを特定しなければならないのです。
ここで社会保険労務士が他の債権者よりも有利な点があります。
それは依頼人の預金口座を把握しているということです。
年金請求書には、「年金受取機関」を記載する欄があります。
これにより取引先金融機関とその支店が特定できるのです(口座番号や種別までは不要です。)。
仮に他の口座も対象とするには、口座を洗い出すため弁護士会照会などの手続きが必要となるので弁護士に相談してください。
・過度な期待
依頼人によっては思い込みにより必ず受給決定が得られると信じてしまう方がいらっしゃいます。
判断力や記憶力は人それぞれですので、受給できるとは限らないことを明確に説明することが必要です。
その際、契約書や別途説明書を用意し、期待通りの結果になるとは限らないことを明記し、署名をもらうことが有効です。
これにより、「100%受給できると言った」などの主張を封じられますし、書面を見た依頼人自身が自分の思い込みであると気づくきっかけになるからです。
・依頼人が亡くなった場合
依頼人が亡くなった場合であっても相続人に要求できます。
相続人が存在しない状態でも、財産が残っていれば回収は可能ですので弁護士に頼ることをおすすめします。
・審査請求
請求したとしても不支給となることは少なくありません。
この場合、審査請求や再審査請求を行い判断を覆せることがあります。
しかし、行政機関による判断であることに変わりはないことから、棄却されるケースも多くあります。
その場合であっても、訴訟によって判断を覆せる可能性が残ります。
依頼人に対しては、再審査請求がだめな場合であっても訴訟によって判断を覆せる可能性があることを伝えることも大切です。
可能性が十分にあったのにもかかわらず訴訟を提起する機会をなくすようなことになれば、善管注意義務違反を問われるかもしれません。
■ポイント3~その他のトラブル予防
・秘密保持義務
社会保険労務士は、会社の経営状態や企業秘密、経営者個人や従業員の秘密を知りうる立場にいます。
この秘密を漏らしてしまうケースが少なくありません。
日頃からよく注意していないとうっかり他人に仕事の内容を話してしまうことがあるようです。
このようなことがありますと、報酬を拒絶されるだけでなく、損害賠償の問題にもなり、事務所経営に重大な支障がでることになります。
損害賠償請求に関しては、保険でカバーされる可能性がありますが、失うものが大きいといえます。
・年月日等数字の間違い
職務上作成する書類は数字に関するものが多くあります。
この数字を間違えトラブルとなる事案があります。
例えば、退職日を1日間違えただけで保険料等が変わってきたりします。
最終的には訂正ができたとしても、多くの手間や費用がかかり、補償を求められるおそれがあります。そうなると報酬を請求しても支払いに応じてくれないこともあります。
これを防ぐには、重要な書類については必ず複数人でチェックすることを徹底することです。
損害賠償請求権と報酬請求権を相殺されたとしても残額は請求していけます。
請求を拒否された場合には、弁護士に相談してください。
・消滅時効
報酬請求権についても時効が存在します。
依頼人が明確に支払いを拒絶している場合には早めに弁護士に相談してください。
回収手続きはそれなりに時間がかかるためです。
支払うという約束をしているような場合には、その内容を書面にするなど、明確な証拠を残すことが重要です。
時効期間が経過した後に、「そんな約束はしていない」と言い逃れる人もいるからです。
協力的な場合には、保証人などの担保を立ててもらったり、公証役場で公正証書を作成してもらったりすることも検討できます。
この証書は債務名義として、債権を強制的に回収していくことが可能となります。
・期間制限
各種手続きには期限が存在していることが多いです。
それゆえ、期間や起算日を誤るなどして期限をすぎてしまい、申請を行えなくなることがあります。
例えば、年金不支給決定に対する審査請求について期限を徒過してしまったような場合です。
このような場合、債務不履行となるため、損害賠償請求をされたり懲戒請求を受けたりするおそれがあります。
法令の規定の確認や解釈は慎重に行う必要があります。
■まとめ
・社労士業務は大きく団体と個人を対象としたものに分けられます。
・団体に関するものは顧問関係を前提としたものが多く長期の信頼関係という特徴があります。
・個人に関するものとしては、最近増えている障害年金業務は、単発での仕事になりやすく報酬額が高額となりやすいという特徴があります。
・顧問報酬は継続して発生し、付随した業務からも発生するため、結果的に多額となり、滞納を放置すると事務所経営を圧迫します。
・障害年金は過去の分も含めた請求が多いため報酬も多額となり、報酬滞納の危険性が高くなります。
早期に弁護士が関わることにより事態が悪化せずにすみます。