目次
■はじめに
・搬出禁止
・保全処分
■まとめ
■はじめに
不動産から債権の回収をする場合、あらかじめ設定してある抵当権の実行をすることが少なくありません。
経済的なリスクの高い取引をする場合、なんらかの担保をとることが一般的ですが、保証人のような人的な担保のほか、物的担保として不動産に抵当権を設定することが行われます。
抵当権を設定してしまえば、債務名義をとって強制執行するという手間のかかる手続きをすることなく回収可能ですので、広く普及しています。
ただし、一度設定して登記も済ませてあれば、それで安心かというとそうとは限りません。
担保が減少することがあるからです。
その理由も、債務者や第三者による行為に起因していることもあれば、天災など不可抗力によることもあります。
この記事では、抵当権の侵害を中心に、担保の減少について説明していきます。
■ポイント1~物権に問題が起きたとき
抵当権は物権の一種です。
そのため、抵当権の侵害を考える場合、物権全般に対する侵害の理解が大切です。
・概要
「物権」というのは、直接的に対象物を支配する権能のことです。
「所有権」が代表的です。
例えば、土地や建物といった不動産を持っているのであれば、その対象物を誰の手も借りずにそこに住んだり、お金を借りるときの担保としたり、原則として自由に使うことができます。
これに対して、人に何かを要求できる権利として「債権」というものがあります。
こちらは支配的な権能を含みません。
このように、直接的な支配の有無がそれぞれの権利を分ける特徴といえます。
・物権に基づく請求権
権利を誰かに侵害されてしまった場合、どのように対処したらよいでしょうか。
例えば、知人に1週間の約束で自動車を貸したのに1か月経っても返してもらえないような場合です。
このような場合、知人の家に行き黙って持ち出してしまうことは原則として許されません。
もし持ち出してしまいますと、窃盗罪などの犯罪に問われたり、損害賠償請求を受けたりすることもあります。
自分のものなのに理不尽だと思われる方がいるかも知れませんが、各個人がそれぞれ自分の理屈で実力を行使しても構わないことになりますと、社会秩序が維持できなくなります。
こういうときは、国家権力に任せる必要があるのです。
直接的に対象物を支配できる権能ですから、支配を妨げる人物が現れた場合、それをなんとかするように要求できる権利もあるはずです。
このような権利を「物権的請求権(物上請求権)」といいます。
裁判所は、このような権利を私人に代わって実現する役割を担っています。
※裁判所に任せていてはとても間に合わないような、緊急やむを得ない場合、例外的に実力を使って権利を回復できることが認められることはあります。
・請求権の種類
一口に権利が害されるといってもその態様はさまざまですが、大きく3つに分けることができます。そして、その態様に応じて求めることができる権利も変わります。
また、物権の種類によって認められるものと認められないものがあります。
・他人がもっている場合
もしだれかに大切なものをとられてしまったり、そうでなくても正当な理由がないのに他人がもっていたりするのであれば、それを返すように要求することができます。
これを「返還請求権」といいます。
占有を伴う権利であることが前提であるため、抵当権には認められません。
・占有侵奪以外の場合
だれかが占有を侵奪する以外の方法で物に対する支配を妨げる行為をするときも、それをやめるように要求できます。
例えば、自分の土地にゴミを捨てられた場合に、捨てた人に対して、それをどけるように求めることができます。
これは「妨害排除請求権」と呼ばれます。
・害されるおそれがある場合
本来、現実に害されない限り、物に対する支配が害されたとはいえないはずであり、そのため請求権も生じないはずですが、侵害の蓋然性が高い場合には事前になんとかするよう要求することもできます。
害されるおそれが高いのに危害が現実になるのを待つことは形式的にすぎますし、相手方にとっても侵害が生じたあとに対応するより負担が軽いため認められています。
この権利は「妨害予防請求権」と呼ばれます。
抵当権に認められるのは、このうち「排除」と「予防」の2つです。
■ポイント2~抵当権の場合
・支配の対象
「物権」にはいろいろな種類があり、それぞれ直接支配する側面が異なります。
抵当権は、金銭等を返してもらえない場合に、債務者本人または物上保証人が設定した対象物から強制的に回収できる権利であり(優先弁済権)、物の交換的価値に対する支配権といえます。
※交換価値と対象物は不離一体の関係にあるため、物への直接支配性が肯定されます。
・特徴的な性質
対象に対する破壊行為があれば、やめるように求めることができます。また、不法行為の要件を満たせば損害の賠償を求めることもできます。
これらは所有権など他の権利についても同様に認められるものです。
ですが、抵当権の場合には、対象となる物は持ち主のもとに存在し、その人が自由に使用できるという特徴があります。
そのため、一般的な使用の範囲内であれば、対象不動産内にあるものを持ち出したり、不動産をだれか別の人に使用させたりしても、権利の侵害にはあたらないことになります。
不法行為についても、たとえ対象が破壊されたとしても充分な資産価値が残されていれば、損害があるとはいえないことになります。
このように他の権利にはない特徴的な性質があります。
・搬出禁止
前記のように、持ち主は不動産を使用することが可能ですが、抵当権者が期待している交換価値を損なうような行為は許されません。
例えば、対象が山林の場合に、立木を伐採したり、伐採した木材を持ち出そうとしたりした場合、それらをやめるよう要求することができます。
これは、立木自体が抵当権の対象となっているのであり、これを持ち出されてしまえば交換価値が毀滅してしまうからです。
工場抵当の事案ですが、目的物が外部に持ち出された場合であっても、もとに戻すよう請求できるとしたものもあります。
気をつけなければならない点としては、毀滅しても充分に全額の返済を受けられる場合であっても、妨害行為をやめるよう要求できると考えられていることです。
損害賠償を請求するには損害の発生が必要ですが、これと異なり、担保物権としての不可分性があるためです(留置権規定の準用)。
・明渡しの請求
実務上、争いとなりやすい代表的な問題の一つとして、対象に対する違法な占拠が挙げられます。
例えば、賃貸借契約の解除後も無断で居住しているような場合です。このような場合に、出ていってくれと要求できる権利があるのかが問題となるのです。
もちろん所有者がそのような権利を持っていることに争いはありません。
争点となっているのは、このような違法な居座りが抵当権に対する侵害にあたるかという点です。
前記のように、所有権などと違って対象物を自ら使用するような権限があるわけではありませんから、その使用関係に口出しする権限は本来ありません。
また、担保権の実行がされれば対象物は差押えられ、競売手続きが進行し、最終的に出て行かせることができることから、交換価値も維持されているようにも思え、侵害はないとも考えられます。
実際、裁判所は上記のような考えをもとに、訴えを認めてきませんでした。
しかし、実際問題として居座っている人がいるような場合、だれも購入したいとは思わないはずです。面倒ごとに巻き込まれたくはないからです。
そのため、価格が下落するどころか、そもそも買い手が現れないため、手続自体が行えないことが少なくありませんでした。
学説からはこのような実態を無視した取扱いであるとして、強い批判が行われてきました。
そこで、平成11年にようやく取扱いを変更し、訴えを認めました。
事案としては、所有者である根抵当権設定者の妨害排除請求権を債権者代位によって行使したものです。
債権者代位権を行使するには、保全すべき債権の存在が必要となりますが、判例は抵当権の効果として設定者に対し、対象物を適切に管理することを求める権利があるとし、この権利を被保全債権とするという理論をとりました。
その後、平成17年に抵当権自体による妨害排除請求も認められています。
・だれに明け渡すか
本来であれば、抵当権者に対象物を占有する権限はないわけですから、所有者に明け渡さなければならないはずです。
しかし、多くのケースで問題となっているのは所有者自身が違法な占拠に加担している場合です。
そうであれば所有者に明け渡したとしても交換価値に対する支配権を充分に回復することができません。再び妨害される可能性があるからです。
そこでこのような場合、判例は、抵当権者自身に明け渡すことを認めました。
ただし、この場合、抵当権者自身が管理行為を行わなければならないため、労力や経済的な負担が生じるという問題があります。
・保全処分
民事執行法上の制度として、違法な占拠をする人を排除するための規定が設けられています。
この制度を利用すると執行官に管理を任せることができるため前記のような負担がなく、かかった費用も共益費用として執行可能です。
このように考えると、抵当権による妨害排除請求が無意味に思えるかもしれませんが、そうともいえません。
保全処分の場合には、一定の期間内に競売を申し立てないといけないため、直ちに換価したい場合を除き利用することが難しいのです。
競売を行う必要はないと考えていたり、換価を行うにしても私的実行として自ら買い手を探したりすることで高く売却できる可能性もあるのです。
直ちに換価したいのか、それとも柔軟に回収の方法を探るのか、このような選択肢が抵当権者にあるということです。
どちらがいいということではなく、置かれている状況に合わせて判断していくことになります。
・登記がある場合
直接支配に対する妨害は、物自体に危害を加えることに限りません。
登記簿に無効な登記が記録されているときも問題となります。
例えば、1番で登記するという約束だったのに2番で記録されてしまったような場合です。
調べてみると1番の先取特権はずっと前に返済が終了し、削除するのを忘れていただけということがあります。
法律上は無効なので実質的には1番なのですが、換価の手続きに支障が出ることが予想され、また自分の抵当権を第三者の担保にしたいような場合に問題が生じます。
このような場合にも、判例は侵害を認め、抹消を求めることができるとしています。
■ポイント3~事前の対策
・期限の利益の喪失条項
抵当権を実行するには弁済期が来ていることが必要です。
本来は契約で定めた特定の期日が来ない限り実行できません。
ですが、担保にとった物が壊れたような場合、本来の期日前に実行したいこともあります。
法律上、債務者が対象を破壊したような場合には、期限が到来したことにできます。
ここで問題となるのは第三者の行為や天災などによって毀滅した場合です。
このような場合、当然には期限が来たことにならないのです。
そこで、理由を問わず担保が毀損した場合には期限が到来する旨の特約をすることが重要です。金融機関との契約ではこのような特約があることが一般的ですが、他の企業でも忘れずに締結することが重要です。
・増担保請求条項
担保が不足した場合の対処法として、担保の追加請求も考えられます。
法律上明記されていないため、当然に認められるかが問題となりますが、黙示の意思表示による請求が認められる可能性はあります。
また、債務者自身の行為に起因する場合には請求が認められると考えられています。
安全のためには、このような請求ができる権利も契約に盛り込んでおくことが大切です。
■まとめ
・物権は物を直接支配する権利です。
・直接支配を妨げる人に対しては支配を回復するために必要なことを請求できます。
・抵当権の直接支配の対象は「交換価値」です。これが害された場合に妨害排除請求権が発生します。
・賠償請求は損害の発生が必要ですが、妨害排除請求は損害の有無にかかわらず行うことができます。
・目的物を違法に占拠する人に対し、妨害排除請求により出て行かせることができます。その際、抵当権者自身に明け渡してもらえることがあります。その場合、管理する負担が生じることに注意が必要です。
・民事執行法の制度により占拠者を排除することもできます。ただし、換価手続を行うことが必要となります。執行官に保管してもらえるため管理の負担がありません。
・他人の無効な登記の抹消を求めることもできます。
・担保が毀滅した場合に備えて、期限の利益を喪失させる特約を結ぶことが重要です。
・担保が毀滅したとしても当然に担保の追加を要求できるわけではありません。追加請求できる旨の特約をすることが必要です。