目次
■はじめに
■まとめ
■はじめに
国際的な競争力を確保するため、世界的に知的財産保護の流れが加速しています。
特許の国際出願(2017年)は、前年比4.5%の増加となっています(2018年WIPOプレスリリース)。日本は、前年比6.6%の増加でしたが、前年の2位から3位に順位が下がっており、国際的な競争が激しくなっています(2017年WIPOプレスリリース)。
日本においても、政府が知的財産戦略本部を設置し、知的財産の発掘・利用を積極的に後押しするなど、知的財産分野をめぐる社会情勢は加速度的に変化しています。
特許や実用新案、商標、意匠、著作権などを規定する各種知財法令は毎年のように改正が行われ、知的財産を専門分野とする弁理士は、常に最新の動向に合わせていかなければなりません。
国内だけでなく、外国法令にも精通する必要があり、その負担は増加しています。
弁理士の業務は特許や商標の出願などの代理が主なものですが、これらは企業が活動していく上での基盤となるものであり、そこに誤りがあれば依頼主に多額の損害を被らせることとなり、ひいては弁理士事務所が損害賠償請求を受けることにもなります。
損害賠償以外にも、報酬や各種費用の請求を拒まれるおそれもあります。
特許にかかる費用については、国内手続きであれば数十万円程度、外国での手続きになると数百万円程度にもなり、不良債権化して債権回収ができなくなると自分の弁理士事務所の経営に影響を与えます。
ここでは、弁理士の業務の中でも特にトラブルになりやすく債権回収に関わるものについて、その対処法について解説していきます。
■ポイント1~特許出願
・意思疎通の重要性
特許出願業務は、弁理士の報酬や費用の中でも特に高額なものとなりやすい花形業務といえます。
それだけに、依頼人との間で紛争が生じた際、報酬や各種費用の支払いを受けられなければ経営への影響も少なくありません。
特許出願については、まず依頼人との間で打ち合わせが行われ、依頼人にとって利益となる特許が取れるかを模索していきます。
この際、十分な意思疎通ができていないと、特許が取れる見込みが小さいにもかかわらず、依頼人に過大な期待を生じさせ、いざ特許が取れなかった場合に報酬や費用の支払いを拒絶され、債権回収できないことがあります。
また、特許が取れたとしても「望んでいた内容の特許ではなかった。」として、同じく報酬や費用を支払ってもらえないこともあります。
これらの問題を避けるためには、依頼人と十分に話し合うことはもちろんですが、話し合った内容を書面にすることが大切です。
合意した内容をできるだけ具体的に文書にまとめ、これに署名をもらうことが重要です。客観的な証拠とすることで、紛争を防ぎやすくし、仮に争いとなったとしても不利益を被らないためです。証拠がないと「言った、言わない」の問題となり、泥沼の紛争になりかねません。
・渉外業務
現代社会においては、自国のみで知的財産権を保護すれば足りるものではありません。
自己の権利を保護するためには、諸外国に関しても同様の手続きを取る必要があります。
外国での権利を確保する方法としては、対象国での直接出願と、日本の特許庁を経由した国際出願の2つに大別できます。
それぞれ、費用など様々な点でメリット、デメリットがあり、依頼人にわかり易く違いを説明した上で、専門家としてどちらを勧めるかを示すことが必要といえます。
もし、十分な説明をせず、一方の選択肢しかないという誤解を与え、不必要な費用を発生させたような場合には、善管注意義務違反を問われる可能性があります。
・特許年金
設定時だけではなく、独占権を確保するためには継続して特許料を納めなければなりません。
期限までに納めない場合、一定期間内であれば特許を守れますが、通常料金の2倍を納付する必要があります。さらにその期間をすぎれば権利を失うことになります。そのため、追納料金分や特許を失ったことによる逸失利益を賠償しなければならないことがあります。
特許料に関する期限管理を受任しているケースでは、期限の単純な確認ミスや、弁済期に報酬の支払いや特許料の振込がないため意図的に手続きをとらないケースが考えられます。
単純ミスであれば、年金の確認表の作成により防ぐことができます。
費用等の支払いがない場合に関しては、一定の期間内に費用を支払わなければ手続きをとらない旨の文言を契約書に盛り込んでおくことで、トラブル発生のリスクを小さくできます。
もし、手続きに必要な費用の振込がない場合で、契約書に免責条項を設けていないようなときには、クライアントに費用の振込みを催告する必要があります。
このとき、特許を不要と考えたクライアントが年金を支払う意思がないことも考えられ、自己判断で立替え払いしてしまいますと、契約内容や事務管理の成立の有無にもよりますが、費用を支払ってもらえない可能性が出てきます。相手方の意思の確認が必要です。
特許料に関する期限管理を受任していないケースでは、クライアントが特許料の支払いを弁理士が行ってくれるものと誤解していたためにトラブルになることがあります。
これを防ぐには、委任契約書において明確に弁理士が取り扱わない旨を記載しておくことが重要です。
■ポイント2~実用新案出願
・侵害鑑定
実用新案権を侵害され、差止めや損害賠償請求を行う場合、事前に権利が侵害されている旨の通知をすることが必要とされています。その際、技術評価書を提示することも要求されています。
通知書(警告書)の性質上、専門的知見をもった者による侵害の有無の判断が必要ですから、弁理士による鑑定が重要と考えられます。
争いとなった場合には、通知書を送付したことを証明しなければなりませんから、客観的な証拠をとっておく必要があります。
具体的には、通知書自体は、内容証明郵便を使用します。
もっとも内容証明郵便は、文字数の制限や、図面を利用できないといった各種の制限があるため、技術評価書自体には利用できません。
そこで、技術評価書の送付については通常の書留郵便を利用することとなります。
配達されたことを証明するために、配達記録もつけます。
ただし、これだけでは技術評価書が送付されたことの確かな証拠とはいえません。
何らかの書面が送付されたことの証明にしかならないからです。
そこで内容証明で送る通知書に、「別途送付した技術評価書」等の文言を入れておくことが望ましいといえます。
これにより、同時期に送付された書留郵便と技術評価書とのつながりができるからです。
この通知書に関しては、鑑定など弁理士の業務範囲内であればともかく、訴訟に言及するなど内容によっては弁護士法に違反する疑いがあるため、弁護士に相談された方が安全です。
■ポイント3~知財相談
・誤った回答をしてしまった場合
相談業務も弁理士の重要な業務の一つです。
細心の注意を払って相談に応じていたとしても、常に適切な回答ができるとは限りません。
完全に誤ったアドバイスをしてしまうこともないとはいえませんし、言葉が足りず誤解を与えてしまう可能性については、常にあると考えられます。
回答に誤りや適切でないものがあると気がついた場合、それを放置することは大変危険なことといえます。相談者に多大な迷惑をかけるだけではなく、多額の損害賠償責任を追求されることもあります。
誤りに気がついた場合、その場で訂正できればそれに越したことはありませんが、相談者が事務所を去った後に気がついたような場合、すぐに連絡を取る必要があります。
そのため、相談を受け付ける際には、相談表に連絡のつきやすい電話番号を記載してもらうなど、不測の事態に備えておくことも重要なことだといえます。
■ポイント4~その他の業務とトラブル
・助成制度
特許や商標等、知的財産権を取得することを奨励するため、地方自治体や公益社団(財団)法人等による補助金制度があります。
これらの制度には助成を受けるための各種の条件が存在します。
助成の対象であったにもかかわらず、申請を怠ったなどの理由で助成を受けることができなかったような場合、報酬や費用の支払いを拒絶される可能性が出てきます。
特に外国での特許取得については、費用が高額なため問題が大きくなりやすいといえます。
クライアントからすれば、助成金の把握も弁理士の仕事のうちと考えるはずです。
そのため、特に弁理士会のホームページなどに掲載されているものなど、主要な助成制度については適用可能性について適切なアドバイスが求められます。
・期間の懈怠
弁理士の業務においては、いたるところで期間制限が設けられています。
登録審査請求、登録商標の更新期限などです。
具体例として、「新規性喪失の例外」に当たるためには、公表日から1年以内に出願することが求められます。
期間に関しては2つの危険な思い込みがあります。
1つは、期間そのものの勘違いです。
例えば、特許は出願とは別に審査請求しなければ審査してもらえませんが、この期間が3年であるため、別のケースでも同じく3年だと思いこんでいるような場合です。
法律の改正で期間が変わることもあります。
例えば、2018年に新規性喪失の例外規定の期間が従来よりも伸長されました。
伸びたのであれば問題がないようにも思えますが、特許相談を受けた際、「すでに期間を経過しているので特許は受けられません。」とうっかり回答してしまい、特許を受けられる機会を失わせたりすれば、多額の損害賠償責任を負う可能性があります。
もう1つの危険な思い込みは、起算日の誤りです。
聞き取り調査において、業界紙への発表が当該発明のはじめての公表であるという説明があったため、その刊行日を起算日だと思っていたところ、それより前に行われた学会発表日が本当の起算日だったような場合です。
依頼者が学会発表は新規性を喪失するものではないと誤解していたり、発表していたことを忘れていたりすることも考えられるのです。
対処法としては録取した内容を書面にして証拠にすることが考えられます。
聞き取り調査時に、はじめての公表がいつどのように行われたかを記載し、署名してもらうのです。
例えば、「はじめての公表は○年○月○日に刊行された、雑誌○○(○月号)の掲載である。」との書面を用意し、これに署名してもらいます。
ただし、起算点の誤りに容易に気づくことができたような場合には、責任を回避できないことも考えられます。
例えば、その業界紙の記事内容に学会発表時の様子などが記載されていたような場合です。学会で当該発明について公表したか尋ねなかったことが、弁理士としての注意義務に違反する可能性があるからです。
最新の期間をいつでも確認できるようにしておくとともに、聞き取り調査は具体的な質問を心がけるなど念入りに行う必要があります。
・アウトソーシング
不慣れな業務を無理に行おうとすることは危険を伴います。
例えば、外国出願をあまり行ってこなかった事務所が外国出願を行う場合です。
知的財産分野の法令は、改正頻度が高く、日頃から取り扱っていないと古い法令に基づいて処理してしまい、権利の取得ができないことがあります。
以前に取り扱った国だから大丈夫だろうと考えて手続きを進めた結果、当外国の法令が改正されていて、特許権や商標権などの権利を取得できないことがあります。
適切に手続きを取っていれば権利を実現できていたような場合には、各種費用の支払いに応じてくれないだけではなく、債務不履行責任を追求され、多額の損害賠償責任を負うこともあります。
外国特許出願など一部の業務を代行する特許事務所も存在します。
専門外の業務については無理をしないで他の事務所にアウトソーシングすることも重要な選択といえます。
■ポイント5~費用の未払いへの対応
報酬や費用の支払いを拒まれた場合、それを放置しておくと事務所の存亡に関わります。
放置期間が長くなると、消滅時効にかかる恐れも出てきます。
また、クライアントの資力が低下して債権回収がより困難となることもあります。
債権回収の手段はいろいろあります。
支払督促や調停手続きといった比較的穏便な方法もあります。
訴訟をするにしても債権額によっては簡易的な手続きである少額訴訟という方法もあります。
通常訴訟であっても、途中で和解を模索することも可能です。
判決などの債務名義を取得したとしても相手が任意に支払ってくれないときは、強制執行をする必要があります。
訴訟を起こす前に財産を隠されたりするおそれもありますから、仮差押え手続きを取る必要もあります。
これらの手続きは弁護士でなければ難しいといえます。
そもそも、個々のケースについてどの債権回収方法が適切かという判断をすることも簡単ではありません。
弁護士であれば、債権額や相手方に応じて適切な債権回収方法を選択できます。
さらにいえば、弁護士が請求するだけで支払いに応じてくれる人も少なくありません。
結果的に費用を抑え、迅速に問題を解決して債権回収するためには、専門家に任せることが大切です。
■まとめ
・特許出願はクライアントとの意思の疎通が大切です。重要な内容については書面にしておくことも必要です。
・特許料を弁理士が納めなかったことが原因でトラブルとなることがあります。年金管理はしっかり行い、契約書に免責条項を設けるなどして対策を取ることが必要です。
・権利侵害についての警告書の送付は、内容によっては違法となる恐れがあるため、弁護士に相談することが重要です。
・相談業務で誤った回答をした場合に備えて、連絡の取りやすい電話番号等を相談表に記載してもらうことも大切です。
・各種の助成制度を適切に利用できるようにアドバイスすることも重要です。
・弁理士の業務事故において、期間の徒過を原因とするものが少なくありません。法令改正などに注意する必要があります。
・不慣れな業務を無理に行うことはリスクを高めます。専門外の分野については他の特許事務所に任せるなどの対応も必要です。
・報酬の未払いを放置することは事務所の経営を圧迫します。消滅時効のおそれもありますので早めに弁護士に相談することが大切です。