目次
■はじめに
・税務相談
・顧問契約
・相続関係
■まとめ
■はじめに
税理士は、租税について依頼を受け、税務署などに対する手続きの代理や、書類の作成、相談に応じることが業務とされています。
しかし、企業のニーズは多岐に上り、経営全般に及んでいるのが実情です。
具体的には、経営コンサルタント業務や、会社の役員に就任すること、現物出資財産に対する評価証明等です。
税理士一人で担当できる業務には限界があり、そのため法人化し、多数の税理士を雇用する大規模事務所も増えています。
公認会計士事務所や社会保険労務士事務所など他の業種とグループを形成することも少なくありません。
事務所が大きくなるほど、一定割合で未払いの売掛金が発生しやすくなります。
比較的に小さなものには相談料、零細法人や個人事業主の顧問料債権があります。個々の債権は小さくとも、コンスタントに未払いが生じれば経営上大きな脅威となります。特に顧問業務は継続的なものですから、滞納が長引くと深刻な影響が出ます。
比較的高額な債権としては、相続税関連の業務から生じるものがあります。
遺産の規模に応じて報酬が大きくなる累進性を採用していることが多いと考えられますが、そのため債権額が数百万円に上ることも少なくありません。
遺産が預金のみのような単純な案件ばかりであればいいのですが、実際は評価の難しい資産が多く存在し、依頼者と争いとなることがあります。
税理士業務の特徴として、顧客との信頼性が高い業務(継続的関係である顧問業務等)と、低い業務(単発の相続業務等)に分けられる点が挙げられます。
事務所経営においてトラブルが生じやすいのは、顧客との信頼関係が損なわれたときです。
そのため、単発の業務のように信頼関係が醸成されていないものほどトラブルの発生割合は高くなると考えられます。ただし、顧問企業から報酬支払を拒否された上、善管注意義務違反を理由として損害賠償請求を受けるケースも増えており、顧問先を失うだけでなく多額の債務を負担することもあるため、顧問先とのトラブルの方がより深刻となることも考えられます。
ここでは、税理士事務所を経営する上で遭遇する各種のトラブルについて、対策方法を解説していくことにします。
■ポイント1~税理士業務の種類
・税務相談
税務相談は税理士の基本業務であり、その後の税務代理や税務書類の作成といった他の業務へと発展させていく入り口でもあります。
料金設定は時間ごとに10,000円~20,000円としているところが多いかと思います。
損害賠償を伴う責任の重さや他の業務報酬と比較すれば、あまり高い金額とは考えられませんが、一般の人からすると高く感じる人も少なくないようです。
最近はインターネットや各地の税務相談会などにより無料で情報を手にいれることが増えていることもあり、税務相談を無料だと思って来所する方も少なくありません。
税理士としては善管注意義務を負った状態で回答するわけですから、報酬が当然発生すると思っていますし、事務所の見やすいところに相談が有料であることや具体的な料金も掲示していますから、相談後に所定の費用を請求することになります。
しかし、「有料だとは知らなかった」などと言われ、相談料を頑なに払わないケースも存在します。
これを防ぐには、税務相談が有料であること、料金がいくらかかるかということを事前に説明しておくことが重要です。
壁や机に料金を掲示しておくだけではトラブルのもとです。
しかし、事前に説明したにもかかわらず、「説明を受けていない」、「大して役に立たなかった」などと理由をつけて払わないケースも存在します。
対処法として相談表を使う方法が考えられます。
事前に相談内容について用紙に記入してもらい、用紙に税務相談が有料であることを明記しておき、これに署名をもらうのです。
これで十分な説明を行ったことや、回答内容ではなく単位時間あたりで料金が生じることが明らかとなるため、言い逃れができなくなるのです。
ほかにも、相談料を持ち合わせていないため後日支払うという約束で相談に応じることも考えられます。
しかし、キチンと払ってくれる人ばかりではありません。
このような場合には、支払期日を明確にした書面の交付、連絡の取れる電話番号の確認や、身分証を提示してもらいコピーをとるなど、後日の請求に支障が出ないようにすることが大切です。
相手が自発的に支払わない場合、内容証明などを使うにしても、相手がどこの誰かが明らかでなければならないからです。
もっとも、弁護士からの請求があれば速やかに支払いに応じてくれる人もいます。やっかいごとになりそうな場合には早めに弁護士に相談することを勧めます。
・顧問契約
安定した事務所経営を行うためには、企業や個人と顧問関係になることが重要とされています。
売上高や企業の規模にもよりますが、1社あたり、少なくとも月額で数万円がコンスタントに入ってくるからです。さらに決算業務や記帳代行も行えばさらに売上が伸びることになります。
問題なのは、顧問先の経営が悪化したり、信頼関係が損なわれたりするような事態がおきたときです。このような事態は料金の滞納につながります。
1月あたりの金額はそれほど大きくはなくとも、放っておけばたちまち大きな金額になってしまいます。
かといって、継続的な契約関係にありますから、報酬を支払ってもらえていないという理由で業務を断ることもできないかもしれません。
だからといって経営状態が厳しい企業は少なくありません。
支払いを猶予してもらっているという情報を他の企業が知れば、同じように猶予を求めてくるかもしれません。断れば不公平に映り、信頼関係が損なわれるかもしれません。
債権の回収が不能にならないうちに早めに手を打つことが事務所の健全な経営を維持するためには大切なことです。
金額が大きくなっていきますと、回収が難しくなる可能性もあります。
例えば、少額訴訟は債権額が大きいとできなくなります。
すでに信頼関係もありますから、執行証書(強制執行認諾文言付き公正証書)の作成に協力してもらえるかもしれません。
これは確定判決と同様に債務名義となり、訴訟なしで強制的に執行できるようにするものです。
たとえ強制的な手段に至らなくても、強力なプレッシャーとなりますから、自主的に払ってもらえる期待が向上します。
第三者を交えた調停手続きで解決できることもあります。
保証人など担保を立ててもらえる可能性も考えたほうがいいかもしれません。
いずれにせよ債権額や任意での支払い可能性など、個々の事情により適切な対応が異なりますので、弁護士に相談してください。
あまり長期に渡って放置しますと消滅時効にかかる恐れも出てきます。相談はできるだけ早くすることが重要といえます。
・相続関係
単発での依頼が多いという特徴や、1件あたりの報酬金額が大きいという特徴があります。
特に遺産の総額が億クラスにいたると、数百万円の報酬債権が生じることもあります。
長期にわたる信頼関係が存在しないため、ちょっとしたすれ違いから依頼者に不満を抱かれ、報酬額が高すぎるなどとクレームを付けられることがあります。
トラブルとなる例としては、不動産についていえば、現物を見ずに登記記録のみで判断したため、記録上の地目や面積が現況と異なっていることがあります。
また、資産価値を評価するのが難しい遺産もあり、トラブルの種となりえます。
例えば、骨董品について、贋作を真作と誤って評価したり、誤っていなくとも評価額が高すぎるのではないかとクレームをつけられたりすることがありえます。逆に低く見積もりすぎて税務調査の対象となりそれが原因で問題となることも考えられます。
金銭納付が難しい場合に物納制度があることは広く知られていますが、物納不適格財産があることはあまり知られていません。事案によっては、このあたりも説明しておかないとトラブルとなることがあります。
相続税に関する業務においても、説明を十分に行うなど信頼関係の醸成が重要と言えます。
特に、税制面において相続税については各種の特例的取扱があるので、十分な説明を行うこと、それを書面にし、署名をもらうことがトラブルを回避するために大切なことです。
書面などに証拠として残しておくと、弁護士が債権回収を行う際にもスムーズに行うことができるようになります。
■ポイント2~職域規制
税理士が懲戒処分を受けたり、刑事事件や民事訴訟に巻き込まれたりすることが多いケースの一つとして、他の専門職能の業務領域を侵すことが指摘できます。
隣接する職域は、弁護士、社会保険労務士などがあげられます。
例えば、役員変更登記などを税理士が行うケースがありますが、司法書士法に抵触します。顧客の依頼なく登記申請した事案で顧客ともめる事案も存在し、賠償義務の発生や懲戒処分の対象となります。
登記申請のようなケースでは踏み越えてはいけない一線がはっきりしていますので、避けることは難しくありません。
配慮を要する事例として、顧問先から債権回収に立ち会いを求められるようなことが実際におこります。
顧問先の企業としては、深く経営に関わっていて、法令にも明るく頼りにできる税理士に立ち会ってもらい、債権回収を容易にしたいなどの思惑があると推測できます。
取立業務を行うことは基本的に弁護士のみが許されています。無資格で行うと懲戒処分や刑事罰を受けることさえあります。
現場に立ち会うだけで、相手方企業には税理士が債権回収をしているようにうつるかもしれません。外部の専門家が立ち会うだけで心理的な圧力になるからです。
追い詰められている相手方としては支払いを免れるため何をするかわからず、嫌がらせとして懲戒を請求してくることもあります。
また、うまく回収できなかった場合に顧問先から善管注意義務違反を問われることがありえます。併せて顧問先から懲戒請求を受けることも考えられます。
顧問先から回収に立ち会うよう求められたとしても、それが税務上の要請からくるものでないならば、債権回収を専門にしている弁護士に依頼するよう伝えることが大切です。このように適切な専門家に依頼するようアドバイスするのも善管義務の具体例です。
弁護士が税務上の知見を得るため税理士を帯同するようなときは問題ないといえます。
主体が弁護士であることは疑いないからです。
グレーゾーンに立ち入らないことはトラブルを避ける重要な対処法です。
■ポイント3~契約書の重要性
税理士が受任の際、適切な契約書を作成していない事例が少なくないようです。
作成していたとしても、定型的だったり包括的な文言で記述されていたりすることはよくありません。個別的で具体的なものとなっているか気を配ることが大切です。
顧客から「費用が別に生じるとは聞いていない」、「もっと低い金額で引き受けると言った」などと理由をつけて払ってもらえないかもしれません。証拠がないと請求が難しくなってしまうのです。
受任した内容を明確にし、特に報酬については業務ごとに分けることによって、誤解した契約にならないよう作るのがコツといえます。
■まとめ
・税理士の業務は拡大し事務所の規模も大型化の傾向があり、それに伴い未回収の報酬金による影響も増大しています。
・相談料、個人や小規模法人の顧問料など金額の小さい債権は、発生の頻度も高いため、適切な回収を行わなければ事務所経営に影響します。
・相続関連の業務は単発の仕事であることも多く、信頼関係を最初から構築しなければならないことや、報酬額が大きなものとなりやすいため支払拒否等の問題が生まれやすいです。相続は税制上の特例も多く、適用を誤ると損害賠償責任の対象となるので注意を要します。
・顧問企業が報酬の支払いをできなくなった際、漫然とそれを放置したり、安易に猶予や債権放棄を認めたりすると他の企業から不公平ととられる危険があります。長引くと債権が高額化し、消滅時効の恐れもあります。
・顧問先から債権回収に立ち会うよう依頼されることがありますが、法律事務所に依頼するよう話すことが適切といえます。適切なアドバイスをしなければ善管注意義務違反を問われることがあります。
・契約書など、業務を行う際はその都度書面を作成し、重要なものについては署名をもらい証拠として残すことがトラブル予防の基本です。