はじめに

債務にもさまざまな種類があります。
金銭消費貸借や売掛金などの金銭債務や、特定の目的物あるいは不特定物の引き渡し債務、肖像画を書いたり作曲をしたりする債務、騒音や公害を引き起こさない債務、労務を提供する債務など何かをしたり反対に何もしないことが求められたり多岐にわたります。
当事者の合意によるほか法律の規定によっても生じますが特に重要なのは契約といえます。
義務の対象は給付ともいいますが履行する場所により必要な条件が変わります。
具体的には権利者の所在地、義務者の所在地、それ以外の場所に分かれます。特に重要なのは前の2つであり契約の内容によって真逆となるため注意が必要です。
債権回収という観点からは債務不履行責任を追求できるかどうか結論が変わってしまうこともあるため履行場所には特に気をつけなければなりません。

ここでは債権者の視点から持参債務と取立債務について解説していきます。

ポイント1~弁済とは

債務の履行について理解するには弁済について理解することが大切です。履行という言葉は行為する側から見た表現であるのに対し、債務の消滅という効果から見た言葉が弁済というだけであり実質的には同じだからです。
その意味は、債務の内容である給付をその本旨に従い実行することであり、結果として債権が消滅することになります。

具体的には弁済の提供をして債権者がそれを受け取ることによって行われます。
弁済の提供とは何かが問題となりますが、これは給付をするための用意を整え債権者の協力を仰ぐことです。

債権者が協力をしなかった場合には弁済が成立しないため不都合が生じることになります。弁済しないでいると損害賠償請求を受けたり契約の解除を受けたりすることになるからです。

そこで弁済が成立しなくてもその提供があれば責任を負わなくていいことになっています。債権者の立場から見れば相手の負担が軽減する一方で受領しないことによる不利益が生じる可能性があります。
そのため弁済の提供が有効に成立しているかの判断が重要でありその要件を理解しておくことが不可欠といえ、要件を満たしているか否かによって適切に対応していくことが求められます。
その要件は、1.債務の本旨に適うものであり、2.現実もしくは口頭による提供をすることです。
債務の種類によって具体的な要件は変わることになります。

ポイント2~給付の場所と方法

具体的な要件として給付すべき場所が問題となります。
例えば、不動産の引き渡しのような特定の物の引渡しのケースでは、債権が生じた時に物があったところで引き渡します。家屋や土地であればそれが所在する場所で引き渡すことになります。中古自動車のような動産であれば保管されている店舗などでの引き渡しとなります。ただし契約で別の場所を指定したときにはそれに従います。
例えばユーザーのもとに商品を届けるという約束がされていたときにはユーザーの住所地が履行場所となります。

それ以外の場合には債権者の現時の住所でするのが原則であり持参債務と呼ばれるものです。つまり借金がある場合には債権者の住所地で返済しなければならないということです。
ただし合意によって義務者の住所にしても構わず取立債務といいます。家賃や新聞購読料の集金が典型例です。

一般的に返済が遅れているときには債権者が債務者宅に赴いて支払いを促すことがあります。このようなケースを考えると取立債務が基本のように思えるかもしれませんがあくまで持参債務が原則です。
これは返済の催告を行っているだけであり取立債務に転換したわけではありません。もちろんその場で支払をしてくれるのであればそれを受領することは構いません。

このように履行場所に違いがあることは当事者にとって大きな影響を与えます。
給付の目的が自動車のような動産であるときには手間や費用などの負担が異なることは容易に想像がつきます。
しかし売掛金債権のような金銭が対象の場合にはそれよりも不履行の責任を追求できるか否かが問題となります。持参債務の場合には現実の提供が必要ですが取立債務の場合には口頭の提供で足りるとされているからです。

現実の提供というのは権利者が受け取るだけで弁済が完了する状態を作り受領を促すことをいいます。債権者は受け取る以外のことをする義務はなくそれ以上のことを求められたときには原則としてこれを拒否できます。つまり不履行の責任を追求していくことが可能です。

金銭が目的であれば債権者の住所や営業所に現金を持参し受領を促すことで要件を満たします。必ずしも現金を目の前に提示しなくても構いません。
注意すべきはたまたま外出していたために受け取ることができなかったとしても有効な提供とされてしまう点です。債務者としてやるべきことをやったと評価できるからです。そのため不履行の責任を問うことはできません。つまり遅延利息を請求することや契約を解除すること担保権の実行などができなくなります。

もう片方の口頭の提供は、履行の用意が済んでいることを権利者に伝えて受領を促すことをいいます。かなり簡易な方法であり負担が軽くすみます。この方法により有効な提供として扱われるのは、相手が受け取りをあらかじめ拒否しているか履行に債権者の協力が必要であるかのいずれかのときです。
取立債務も権利者に受け取りに来てもらえないと履行ができないため債権者の協力が必要なケースにあたります。よって口頭の提供が可能であり債権者にとっては不利益となる可能性があります。

ポイント3~口頭の提供について

すでに見たように口頭の提供のほうが債務者にとって負担が軽く、反面債権者にとっては何らかの行為が要求されるため負担が増えます。不履行の責任を追求することもその分難しくなります。そのため契約内容として取立債務を定めることは慎重になったほうがいいかもしれません。

注意すべきなのは単に受領を催促すれば要件を満たすわけではない点です。給付の準備を整えた上で通知する必要があるのです。つまり責任を免れる目的で実際には用意ができていないのに受領を催促しても提供にはあたりません。
例えば、AがBにアパートの一室を月10万円で賃貸し支払いを毎月末B宅で行うという契約を結んでいた場合において、Bが銀行から賃料支払いのため10万円を引き出しAに受け取りを求めたときには有効な提供となります。これに対し手元に現金がないのにも関わらず取りに来るよう求めたとしても有効な提供とはならず不履行の責任を追求できます。

このように債務者が不履行の責任を回避するためには現実または口頭の提供が必要とされています。しかし形式的に催促をしても無意味であると考えられるケースでは口頭の提供さえ不要とされる可能性があるため注意が必要です。
例えば、前例でAがBに建物の明け渡しを求めていてBからの賃料の支払いを拒絶しているようなケースでは受領しない意思が明白であるとして催促すらせず不履行の責任を免れるかもしれません。もちろんBが弁済の準備が可能であることが前提であり賃料を用意できない経済状態であるときには不履行の責任を問うことが可能です。

ポイント4~その他の注意点

契約書

紛争の予防のためには契約の内容を書面にすることが基本となります。もちろんその内容として適切なものを作成していなければかえって問題を引き起こすことになります。
履行の方法についても契約書で規定することが可能であり明確にしておくことが望ましいといえます。
前記のように金銭債務については持参債務が法律上の原則であり、特に契約などでそれと異なる取り扱いになっていなければ債権者の住所で支払うことが求められます。
そのため履行場所についてわざわざ規定しなくてもよいのではないかと考える人も少なくないと考えられます。
しかし契約の内容や慣習によっては取立債務として扱われる可能性もあります。
相手から集金に来てもらえると思っていたなどと言い訳されるおそれがあるのです。このような言い分が最終的に裁判所に認められるかはわかりませんが、このような反論の余地を与えてしまうことが問題となります。
例えば、食品の定期宅配の契約を結んだ場合において履行の方法や場所について明記していなければ消費者から取立債務だと思っていたと主張され不履行の責任を追求することが難しくなるおそれがあります。

このような事態を避けるためには契約書において、営業所での支払いや銀行口座への振り込みなどを履行の方法として明記することが大切です。
またこのような定めを置いておくことで万が一訴訟を起こす際にも有利になります。訴訟をする場合には全国どこの裁判所でも好きに訴えを起こせるというわけではありません。原則として被告の住所地にある裁判所に起こすことになります。財産に関する訴えであれば義務の履行地でも起こすことが可能です。
明確に持参債務であると契約書に書いておけば問題なく会社のある所で訴訟を起こせます。

給料債権

債権の回収手段として給料を差し押さえる方法があります。給料の振込先である銀行口座を差し押さえる方法もありますが、勤め先に直接差し押さえをする方法です。
債権者の口座に直接振り込んでもらうためには金融機関に対する手数料が発生します。この費用を誰が負担するのかという問題が生じることになります。

その前に給料債権が持参債務なのかという問題にも留意しておく必要があります。例えば、退職した従業員から給料を銀行口座に振り込むように請求された場合に、取立債務であればそれに従う義務はなく会社まで受け取りに来たら支払うと口頭の提供をすれば不履行の責任は生じません。反対に持参債務ということになれば遅延損害金まで請求されるおそれがあります。

この問題で法務局は取立債務が原則という見解をとっているようです(広島法務局)。
その根拠は昭和38年の東京高裁決定にあると考えられます。同決定の理由は、別段の理由がない限り従業員と雇用主双方にとって職場を履行場所とするほうが好都合だからとしています。しかしこれは給料を手渡ししていたという時代背景があり今とは事情が異なります。
金融機関への振り込みが一般化している現在では持参債務と解されるかもしれません。実際に平成10年に同趣旨の決定を大阪高裁が出しています。退職後の給料のみ手渡しにする企業がありますが元従業員が任意に応じない限りトラブルのもととなるため避けることが望ましいといえます。

給料債権の差押えをすると従業員に代わって雇用主から法律の範囲で弁済を直接してもらえます。
法律上弁済の費用は債務者が負担するのが基本です。
そうすると給料債権が持参債務であれば雇い主が振込手数料を負担するようにも思えます。しかし実際には差押債権者が負担することになります。
なぜなら差押えによって生じるのは取り立てる権利にすぎず雇い主に積極的に支払いにいく義務は生じないからです。
もちろん最終的にはこの費用も債務者に負担させることができます。

手数料

すでに述べたとおり弁済費用は債務者が負うことになっています。
にもかかわらず通販などの注意書きに振込手数料はお客様の負担ですと書かれていることがあります。
このような注意書きがなくても法律上は債務者に負担してもらえるわけですが、トラブルを防ぐという意味は大きいといえます。
つまり手数料分を差し引いた金額を振り込んでくる人が想定できますがそのような可能性を払拭できます。もちろん足りない分は別途請求できますが金額が小さいためコストを考えると未然に防ぐことが重要です。

まとめ

  • 債務者が弁済の提供を有効に行った場合には債務不履行責任を追求することはできません。その要件は1.債務の本旨に従ったものであり、2.現実または口頭でされることです。
  • 持参債務は債権者の住所で給付をするものであり、債務者宅で給付するものは取立債務と呼ばれます。対象が金銭であるときは持参債務が基本です。
  • 口頭の提供とは給付の準備をして受領を催告することであり取立債務で利用できます。
  • 取立債務にする理由がない場合には契約書で持参債務であることを明記することによりトラブルを防ぐことができます。