はじめに

裁判所を利用した債権の回収手続きとしては、仮差押えや調停、訴訟、差押えなどさまざまなものがあります。

この中で差押えと仮差押えは名称が似ていることからどのように違うのかよくわからないという人も少なくないはずです。

いずれも金銭債権の実現において大切な制度であり債権回収に関わる人は正確に理解しておくことが不可欠です。

差押えというのはその言葉のイメージから財産を強制的に取り上げることだということはわかるかもしれません。だとすると仮差押えというのは仮に取り上げるということになります。ですが取り上げるのを仮に行うというのは実際にはどのように行うのでしょうか。
また、強制執行と差押えとの違いはわかるでしょうか。

ここではそれぞれの制度の基本からその違いについて見ていきたいと思います。

ポイント1~異なることと共通点

2つの手続きに共通していることとして裁判所を利用した方法であることが挙げられます。債権の回収方法は大きく裁判所を利用した方法としない方法に分けることができます。電話や郵便などの通常の催告では強制力はなく心理的な圧力も弱いといえます。
これに対して、裁判所を利用した手続きは相手に対し強いプレッシャーを与えることができます。また、各手続で定められている法律上の効果により財産の処分が制限され強制的な回収を可能とします。

裁判所を介した強制的な手続きとして差押え、仮差押え制度が存在します。両者には共通する特徴といくつかの異なる点があります。
それぞれ債務者の財産の処分を禁止する点で共通していますが、仮差押えは強制執行がされるまでの暫定的なものである点に本質的な違いがあります。

差押えの場合には、訴訟を起こし判決を得るなど債務名義がいりますが、仮差押えではそれが不要なことが大きな違いといえます。これは、差押えが最終的な権利の実現手続きであるため厳格な仕組みが必要であるのに対し、暫定的なものであり財産が散逸しないよう簡易な手続きが求められるからです。立証方法にも違いが存在し仮差押えでは書面が原則とされています。

仮差押えについては最終的に債権の存在が確認されたものではなく暫定的な手続きにすぎないため、結果的に存在しない権利に基づき財産を制限したことで損害を与えてしまう可能性があります。そのため、あらかじめ損害への対応として担保金を提供する義務が課せられます。それゆえ差押えのケースではこのような保証金は必要ありません。

対象である財産は換価可能なものであればよいため本来違いはありません。ただし、仮差押えの場合には、要件である必要性の観点から他の財産に執行できる場合には債権を対象にできないことがあります。後述するように債権に対する執行は債務者に大きな影響を与えるからです。

2つの制度は裁判所を利用した強制的な手段であるという重要な共通点がありますが、もう一つ忘れてはならない共通点として消滅時効の完成が猶予されることがあります。債権回収にあたって盲点となりやすく意識していないと権利を失いやすいものとして消滅時効が挙げられます。
消滅時効は一定の期間権利を行使しないでいると権利を失う制度ですが、単なる催告では一時的に時効の完成を防ぐ効果しかなく、期間を完全にリセットするには訴訟をはじめとした裁判所を通じた手続きが必要とされています。2つの制度はいずれも手続きが終わる時、またはその時から6か月まで完成が猶予されることになっており、時効について重要な効果が認められています。
特に仮差押えに関しては訴訟の前に利用可能であり、また立証の方法が疎明で足りるなど簡易化されていることから時効が間近に迫っているときの対策として有力な方法となります。

手続きにかかる期間にも大きな差があります。差押えの場合、債務名義を取得するために訴訟を利用すると数か月はかかりますが仮差押えは数日で手続きを終えることも可能です。

ポイント2~仮差押え

2つの目的

仮差押えは、強制執行が可能になるまでの間、財産の処分を禁止することで隠匿や処分により資産が散逸することを防ぐために行われるものです。

この制度を利用する目的は2つあります。一つは今述べたように資産の処分を制限することで将来の強制執行を可能にすることにあります。
法律上規定されている効果として財産の処分が禁止されることから本来の目的は執行の実効性を確保する点にあるといえます。
例えば、AがBに売掛金を有している場合に、Bが支払いを遅延し唯一の財産である不動産を売却しようとしているとき、訴訟を行って判決が出るのを待っていたのでは間に合いません。せっかく勝訴してもいざ強制執行しようとしたときに肝心の財産がなければ意味がないからです。
差押えと異なり最終的な回収には至りせんが、財産の処分を禁止する点では同様の効果があることになります。

しかし、債権回収の方法としてもう一つの目的があります。それは、相手との交渉を有利にし任意の支払いを促す点にあります。

仮の手続きとはいえ財産の処分が制限されることになればさまざまな支障が出るからです。特に債権が差し押さえられると影響は深刻なものとなります。
債権に対する手続きは第三債務者に返済を禁止するという形で実施されます。決定がなされると弁済しないよう裁判所から連絡がいくのです。このような事態になると第三債務者から今後の取引を中止される可能性があるため任意に支払ってもらいやすくなるのです。
例えば、AがBに売掛金を持っている場合、BはCに対する売掛金を仮差押えされることを脅威に感じます。実施されるとCから取引の停止を通告されることがあり取り下げるよう求めてくることもあります。

預金に対して行うことも効果的です。執行が簡単な財産という理由だけではなく、債務者が金融機関から融資を受けている場合には融資金の返済を求められたり、新規の融資を断られたりするおそれがあるからです。このような事態を避けるために有利な条件で返済交渉に応じてくれることが少なくありません。

手続き

訴訟を提起する前でも利用可能な点が特徴の一つです。差押えであれば基本的に訴訟を起こし判決を得なければならないのに対し、債権があることを契約書などによって立証し必要性が認められれば利用可能なのです。

立証の方法が疎明という簡易な方法で足りるとされている点で差押えとは異なります。疎明というのは一応確からしいという心象を裁判官に抱かせることを言います。その場ですぐに調べることのできる証拠でなければならず書面で行うのが原則です。つまり、契約書などの文書がないと利用することが難しくなります。それに対し、差押えは書面がなくても訴訟の中で証人尋問などにより立証可能です。

一方でこのような簡易な手続きとなっていることから債務者に不測の損害を与えてしまうおそれがあります。仮の手続きであっても権利が制約されることに変わりはなく損害を被ることになります。その場合、債権者が訴訟において権利の証明に失敗したときは、不法行為による損害賠償責任を負うことがあります。このような事体に備えて担保金を納めることを発令の条件とすることが一般的です。
担保の金額は債権額の10%から30%程度とされることが多く、納めるべき期間として7日以内とされることが多いといえます。担保ですから手続きが終了するまでお金を取り戻すことが基本的にできない点に注意が必要です。
したがって、まとまったお金をあらかじめ用意することができない場合には利用が難しい制度といえます。
ただし、法テラスという制度により援助を受けられるケースがあるため弁護士に相談されることをおすすめします。

また、本来は将来の執行に備えるための制度であり訴訟を起こすことが前提と考えられることから、いつまでも訴訟を起こさないでいると債務者の申立てにより保全命令は取り消されることになります。

仮差押えは、動産については執行官が対象物を占有することで行います。不動産の場合には裁判所書記官から登記所に仮差押え登記の嘱託がなされます(登録免許税が必要な点に注意が必要です。)。債権の場合には第三債務者に対し弁済を禁止する命令を送達します。この際、債務者に悟られては財産を隠されてしまうおそれがあることから、債務者に対する通知は遅れてなされる取り扱いです。差押えもほぼ同様です。

ポイント3~差押え

強制執行について

差押えとは、強制執行として行われる財産の処分を禁止する手続きのことを言います。仮差押えが暫定的な手続きであったのに対し最終的な権利実現の手段になります。

強制執行と差押えとの違いが分かりにくいかもしれません。
強制執行というのは、裁判所が債務名義に基づき強制的に請求権を実現させる制度のことです。具体的には、財産を差し押さえて当該財産を処分などにより換価し配当する手続き全体のことです。
つまり、差押えというのは強制執行の中で一番初めに行われる手続きのことです。

仮差押えと異なり手続きの開始には債務名義が必要です。
債務名義というのは私法上における請求権の存在及び内容を公証した文書であり、法律により強制執行の根拠として認められたものを言います。

債務名義は、確定判決や支払督促(仮執行宣言付き)、和解調書、調停調書、公正証書(執行認諾文言付き)などがあります。

これらの文書を提出して申し立てることで強制執行が開始し差押えがなされます。

担保権の実行

担保権がある場合にはそれを実行することで債権を回収することも可能です。特に重要な特徴として債務名義がいらない点が挙げられます。つまり、事前に訴えを起こし確定判決を得たり公証役場で執行証書を作成したりしなくてもよくなります。

担保権の実行手続きは強制執行の手続きを準用しているためほとんど同じといえます。債務名義の代わりに担保権が記載されている登記事項証明書などを提出することになります。

債務名義がいらないことは大きな利点となるため債務者との取引の内容によっては事前に抵当権や根抵当権などの担保権を設定しておくことが事前の対策として有効といえます。

ポイント4~制度の使い分けについて

訴訟を起こさずに迅速に回収するという視点からは仮差押えの利用を考えることになります。すでに見たように仮差押えをすることで債務者に強いプレッシャーを掛けることができることから任意に支払いに応じてくれる可能性があるからです。相手が企業であるか個人であるかに関わらず効果的な手段といえます。

相手が任意に支払わないため訴訟を選択する場合であっても重要な役割を果たします。たとえ勝訴したとしても強制執行する前に財産を売却されたり預金を引き落とされたりしてしまうとそれまでの苦労が水の泡となってしまうからです。仮差押えによって財産の処分を禁止しておくことで安心して訴訟を遂行することが可能となります。ただし、担保金がある程度必要となることから債権者の経済状態によっては利用が難しい可能性があります。

差押えの場合とも共通しますが債権、特に預金口座を対象とする際に気をつけるべきポイントがあります。それは、預金口座に十分な金額があるタイミングで実行することです。給料や取引先から入金がされる日時を計算することが重要です。

そして、最終的に財産から強制的に回収するには強制執行による差押えを要します。この場合には事前に債務名義が必要なため訴訟を起こすことが必要です。契約書などの書面がないと仮差押えを利用することは難しいですが訴訟であれば証人尋問などが可能であるため回収できる可能性があります。

どの制度をどのタイミングで利用するかが最終的な回収の成否を分けることになります。このように仮差押えや差押え手続きは専門性が高いため事前に弁護士に相談することが大切です。

まとめ

  • 差押えには債務名義が必要ですが仮差押えには不要です。
  • 立証方法は訴訟の場合には特に制限がありませんが、仮差押えの場合は書面が原則であり契約書や見積書などが必要となります。
  • 仮差押えは担保金が通常必要となりますが差押えの場合には不要です。
  • いずれの制度も消滅時効の完成を猶予する効果があります。
  • 対象となる財産の種類には制限がありませんが、仮差押えの場合には不動産などの他の財産があるときは債権執行が否定されることがあります。
  • 仮差押えは訴訟を起こさなくても利用可能であり自発的な支払いを促し迅速な回収が可能です。
  • 訴訟は少なくとも数か月かかりますが仮差押えは数日で手続きが終わります。