目次

はじめに

ポイント1~制度の概要と問題点

ポイント2~分割した会社の債権者の場合

ポイント3~譲り受けた会社の債権者の場合

ポイント4~その他の注意事項

代物弁済

会社分割に備える契約条項

まとめ

 

■はじめに

知らない間に取引相手である会社の財産が別会社の名義になっていたり、債務者が別会社になっていたりすることがあります。

 

こういった事態が生じるのは、何らかの違法な行為の結果かもしれませんが、適法な手続きによっても起こりえます。

 

そのような事態を招く制度として会社分割制度があります。

この制度は会社経営を良くするためのものであって、決して債務者に不当な利益を与えるための制度ではありません。

 

しかし、悪用されるケースも少なくありません。

 

例えば、将来性のある事業とその取引先の債務だけ新会社に移すといった使われ方をすることがあります。

 

この記事では、制度に関する基本的な事項と、債権者が害されるケースへの対処法を解説していきます。

 

■ポイント1~制度の概要と問題点

経営を効率化したり、経営難の状況から脱却したり、国際的な競争力を高めたりするために、複数の会社を一つにまとめる「合併」という手続きがあります。

 

これとは反対に、複数に分けてしまう方法として「分割」手続きがあります。

 

一つにまとまることで会社を大きくしたり、経営の効率が良くなったりするのであれば、これとは逆に細かく分けてしまうことは、経営にとって良くないことのように思えるかも知れません。

 

たしかに、会社の規模はそれだけ小さくはなりますが、スリム化による利点も多くあります。

 

会社を事業ごとに分けて効率化させたり、事業を明確にして投資の機会を増やしたり、あるいは経営難から不採算事業を売り払ってお金にしたり、さまざまな用途に使われます。

 

その一方で、債権者にとってはめぼしい財産が流出したり、分割を受ける会社の債権者にとっても経営状況が悪化したりして債権の回収に支障が出ることがあります。

 

このように、会社経営を効率化させるなど利点も多い一方、債権者としては予期せぬリスクを抱えることにもなり、正しい知識で対応する必要があります。

 

特に、知らない間に手続きが進んでいたり、場合によっては終わっていたりすることもあるので注意がいります(後で詳しく述べますが、対策として会社のホームページ等を定期的にチェックする必要があります。)。

 

■ポイント2~分割した会社の債権者の場合

・異議手続き

一定の債権者は、損害が生じないよう必要な手続きをとることを求めることができます。

具体的には、弁済してもらったり、保証人や抵当権(根抵当権)などの担保等を立ててもらったりすることができます。弁済期が未到来であってもかまいません。

 

すべての債権者が対象ではなく、債務者が変わってしまう債権者(承継会社が免責的債務引受をする形)、または対価である株式等が株主に交付される場合(つまり会社財産が流出する場合)の債権者です。

 

債務者に変更が生じる場合であっても、連帯債務や連帯保証となるときは、元の会社にも請求できることから異議を唱えることはできません。

 

これに対し、株主に株式等が交付される場合には、連帯債務の関係になるときであっても、異議手続きの対象となります。強制執行による競売等の手続きが余計にかかるおそれがあるからです。

 

・公告と催告

弁済や担保を要求できるにしても、手続きについてあらかじめ伝えておいてもらえないと、実際上権利を行使できません。

 

そこで、官報や郵便など(証拠を残すため内容証明郵便が望ましい。)により、あらかじめ手続きについて知らせることが必要とされています。

 

このときに気をつけなければならないのは、官報のほかに会社が決めた方法を用いると、不法行為の被害者以外の債権者への個々の通知が不要になるという点です。

 

会社が定めた方法というのは、日本経済新聞などの日刊紙や、会社のホームページでのお知らせのことです。

 

これは定款の記録事項ですが、登記事項でもありますので、商業登記簿を閲覧するとわかります。

 

定款を閲覧すれば足りると思われるかも知れませんが、ホームページを利用する場合にはうまくいきません。単にホームページで知らせる旨を書いておけば足り、具体的なURLは書かなくていいことになっているからです。

 

もし書いてしまいますと、アドレスを変更するときに定款変更のための手続きが必要となってしまい面倒だからです。

つまり、具体的なアドレスを知るには登記簿を見る必要があるのです(上場企業ではほとんどが電子公告を採用しています。)。

 

また、会社のホームページのアドレスは知っているから、わざわざ登記簿を閲覧する必要はないと思われるかも知れませんが、秘密裏に手続きを行いたい場合には、通常のページからは閲覧できないようになっている可能性があるので注意が必要です。

 

手続の周知期間として一月以上の猶予が必要とされています。

そのため、電子公告であれば一月に一回以上、ホームページをチェックすることが有効と考えられます。

 

ホームページのチェックであれば手動で行う必要もありません。

ページの更新があるか自動でチェックするプログラムもありますので、こういったツールを活用することで負担を減らすことができます。

 

・通知が必要なのになかったとき

本来個別に通知する必要があるのにされなかったときは、無効の訴えを起こすことができるほか、移転した財産の価格の範囲で承継会社に対し弁済を求めることができます。

 

・閲覧手続き

分割手続きが行われていることに気がついた場合、具体的にどのような内容で実施されるのか把握する必要があります。その内容次第で対応の方法も変わってくるからです。

 

法律上、一定事項を記載した書面を作成し、関係者がいつでも見られるようにしておくことが義務づけられています。

 

特に債権者にとって重要なのは、分割対象、対価の妥当性や弁済の見込みに関する事項です。これらの事項を精査し、リスクがあると判断した場合には異議の申述等の手続きを検討する必要が出てきます。

 

ただし、この書面は効力発生から6か月までしか公開する必要がないことから、早めに対処する必要があります。

 

・債権者取消し

ここからは上記の手続きでは保護されない場合の対処法を見ていきます。

 

上記の手続きで保護されないケースとしては、有望な事業を分割されてしまったが債務者に変更はなく、分割対価が分割会社に支払われる場合の分割会社の債権者が考えられます。

 

このようなケースでは、計算上は資産価値が変わりませんから前記の手続きの対象とされませんが、事実上の不利益を受けることがあるため問題となるのです。

 

代表的な対応策として、詐害行為取消権を利用する方法があります。

 

この制度は、債権者に損害を与えることを認識して行った法律行為をなかったことにすることで、債権者を保護するものです。

 

条件として損害を与える行為と詐害の意思が必要です。ただし、積極的に損害を与える意思までは不要であり、損害発生の認識があれば足ります。

 

損害を与える行為というのは、総財産を少なくすることで満足を得られなくなる状態にすることをいいます。

 

この権利は、もともと売買や贈与などの取引行為によって債務者の財産が減ってしまった場合に、債権者との関係でその意思表示をなかったことにする制度です。

 

そのため、会社のような組織に関する行為について、この制度を利用できるかということが問題となります。

 

長年争いがありましたが、平成24年に最高裁判所が一つの結論を出しました。

 

判例の事案はおおむね次のとおりです。

債務者Zが分割手続きを行ってY会社を作り、Z所有の唯一の財産である甲不動産をYに移転しました。これに対し、Yは対価としてYの株式すべてをZに交付しています。

そこでZの債権者Xが甲不動産の移転が詐害行為であるとしてYを訴えました。

 

このような事案で、最高裁はXの主張を認めました。

 

理由として、組織上の行為にとどまらず財産権を目的とした行為でもあること、明文で否定されていないこと、保護の必要性があること、分割の効力自体を否定するものでないことが挙げられています。

 

具体的な要件が不明瞭であるという問題がありますが、実務上も一般的に支持されています。

 

ただし、2年間という短期の消滅時効がある点に注意が必要です。

 

・役員に対する請求

一定の条件を満たせば、取締役や執行役、監査役などの役員らに損害分を支払ってもらうことができます。

 

分割手続きにおいて損害が生じた場合、関係する役員らに賠償請求可能ということです。

 

ただし、あくまで個人に対して請求する形となりますから、訴訟をして債務名義を獲得できたとしても、めぼしい財産がなければ債権の回収は難しいことになります。

 

・損害を認識していた場合

分割によって債権者に損害を与えることを認識していた場合、移転した財産の範囲で承継会社に対して弁済を求めていくこともできます。ただし、承継会社が損害を認識していなかったときは除きます。

 

これは平成26年の改正によって認められたものですが、前記の取消権がなくなるものではありません。対象となる債権者に限定がありますし、効果の面でも違いがあるからです。

 

この手続きにも2年間の消滅時効があるので注意が必要です。

 

・無効の訴え

必要な通知をしてもらえなかった債権者は、手続きが無効であると主張して訴えを提起することができます。

ただし、効力が生じたときから6か月以内でなければならないため、迅速に対応する必要があります。

分割手続き終了後に、手続きがどのように実施されたかを記載した書面が公開されますので、この書面の閲覧を請求し、内容を精査することも重要です。

 

■ポイント3~譲り受けた会社の債権者の場合

分割を受ける会社は債務を引き受けたり、対価として株式等を交付したりすることになりますから、経営状況が悪化する可能性があります。

 

そのため、すべての債権者が異議手続きによる保護を受けます。

この手続によって保護されることが想定されていますから、個別の通知を省略してきた場合の備えが必要となります。

 

前記のとおり、役員らに損害賠償請求できる可能性もありますが、立証のハードルや資力による限界もあるため、分割手続きを察知できる体制をとっておくことが重要といえます。

 

■ポイント4~その他の注意事項

・代物弁済

本来の支払いに代えて別のもので代用することを代物弁済と呼びます。

分割会社の債権者が代物弁済として不動産を譲り受けた場合に、その不動産を含む事業が分割の対象となっていたときの処理が問題となります。

 

分割の効力が発生した後であれば、対抗関係となり、先に登記を取得したほうが確定的に権利を取得できます。

これに対し、効力発生前であれば一般承継のため債権者が権利を主張できます(承継会社が登記移転義務も承継するからです。)。

 

合併と異なり手続き終了後であっても元の会社が存続するためこのような問題が生じます。

 

・会社分割に備える契約条項

継続的な取引を行う契約が結ばれている場合に、取引相手が分割してしまうと、相手方が一方的に変更されたり、変更がなくとも信用力に変化が生じたりすることから何らかの対策が必要となります。

 

具体的には、分割が行われた際は契約を解除できるとの条項や、違約金の定めをしておくことが考えられます。

 

実際にその権利を行使するかはともかく、いざというときに困らないようにするためには大切なことといえます。

 

■まとめ

・会社を一つにまとめる手続きとして「合併」があり、反対に一つの会社を複数に分ける方法として「分割」手続きがあります。

・グループ再編による経営効率化や不採算事業の売却益を得るなどプラスの側面がある一方、優良事業の流出、承継会社の債権者にとっては債務の負担や対価の支払いによる信用力の低下といった問題が生じます。分割手続きは秘密裏に行われることも多いので事前の対策が重要です。

・形式的に不利益を受ける債権者は異議を申し出ることができ、損害を受けるおそれがないときを除き、弁済または担保を立ててもらえます。

・官報及び会社が定めた方法で公告するときは、不法行為の債権者を除いて個別に催告する必要がありません。知らない間に手続きが行われないよう会社のホームページ等をチェックすることが大切です。URLは定款ではなく商業登記簿に記録されています。

・個別の通知が必要な場合になかったときは、分割無効の訴えができます。承継会社に履行を請求していくことも可能です。

・分割手続きの内容は法定の書面で確認することができます。

手続きが終了してしまった場合でも、取り消したり、移転した資産の範囲で承継会社に弁済してもらえることがあります。

・継続的な契約を結ぶときは、会社分割を想定した契約にしておくことが大切です。