〇意思表示とは
意思表示とは、特定の法律効果の発生を求める当事者の意思のあらわれのことを言います。意思表示は法律に関わる様々な場合に必要となるものですので、その意義は非常に重要なものであるといえます。
たとえば、基本的に、契約というものは当事者の意思の合致によって成立するものであると考えられています。具体的にいうならば、「車を買いたい」と考える者と、「車を売りたい」と考える者の当事者双方の意思が互いに表示され、交わされることにより、はじめて売買契約(民法555条)が成立するのです。また、民法の条文を見てみても、例えば、
民法176条が「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」
と規定し、物権の所在について意思表示の有無に求めるとしています。
意思表示とは、前述したような様々な場面において必要となる外部的な意思の表れであり、当たり前のことといえばそうなりますが非常に重要なものであるといえるのです。
本論とは少しずれてしまいますが、意思表示の「いし」は、意志ではなく、「意思」である点に注意してください。
それでは以下で、意思表示についてより詳しく見ていきましょう。
〇契約における意思表示の位置づけ
繰り返しになってしまいますが、まずは、適切に意思表示がなされる場合とはどういう場合なのかについて、先ほど挙げた売買の具体例をもとにさらに詳細の説明をしたいと思います。
ここでは便宜上、「車を買いたい」と考える者をAさん、「車を売りたい」と考える者をBさんとします。この場合において、売買契約が成立するまでには以下の様なプロセスを経ることになります。まず、買主であるAさんの「車を買いたい」という内心が外部に表示され(意思表示)、その後に(あるいは時を同じくして)、売主であるBさんの「車を売りたい」という内心が外部に表示(意思表示)されることにより、その思惑が一致し契約の成立に至るのです。すなわち、契約というものは、“申込”と“承諾”という2つの契約成立を意図してなされる意思表示を通じて、当事者双方が合意に達することによってはじめて成立するものであるといえるのです。
そして、その契約が成立することによって、それを条件として(「法律要件として」と表現することが一般的です)、買主のAさんにはBさんに対して売買の目的物である自動車を引き渡す義務が、一方で、売主のBさんにはAさんに対して売買の代金を支払う義務が発生することになります(このことをよく、「法律効果の発生」といいます)。そして、このことを逆に言うならば、ある意思表示が本人の真意に基づいていない表示内容であった場合には、契約そのものの効力の有無にかかわる大問題になるといえます。ここまでで、意思表示というものの重要性を理解していただけましたでしょうか。
すこし話が本筋から逸れてしまいますが、意思表示とは何も契約の時だけに出てくるお話ではないということについても、確認をしていただければと思います。
冒頭において、意思表示とは「特定の法律効果の発生を求める当事者の意思のあらわれ」のことをいうと指摘をしましたが、契約の場面ではなくとも、法律効果が発生する場面というのは様々あります。
例えば、“遺言を書く”という行為について考えてみますと、この場合、そもそも遺言によって自己の意思表示をするためには、単に何らかの方法(例えば、自筆)で遺言の作成をすればそれで足り、他の誰かの承諾が必要なわけではありません。しかし、それも意思表示の一種であるといえます。契約の場合には、双方の意思表示が合致して(より詳細に説明するならば、申し込みと承諾の意思表示がなされて)はじめて成立するものといえますが、
こうした遺言のような、1人の1個の意思表示のみによって成立する法律行為もあるのです。このような行為を法律用語としては「単独行為」といいます。単独行為としては、他にも解除や取消なども挙げられます。また、“会社の設立”といった場面では、複数人が共同して同一の目的に向かって意思表示を行なうということも考えられます(ちなみに、このような行為を合同行為といいます)。こうした単独行為や合同行為といった場合分けは、民法を学んでいる方々は、法律行為の分野で学習をされると思いますが、この場合分けは意思表示の性質により分けられているということができます。
〇意思表示の構造と法的評価
意思表示の各過程をより詳細に分解・検討すると、動機→効果意思→表示行為という一連の流れになると考えられています。
それぞれが何を意味しているのか、具体例を示しながら説明をしていきたいと思います。ここでも、先ほどと同様、“自動車の購入”という場面を想定してみてください。ここでいう動機とは「ここのディーラーは値段が安いから買いたいな」とか「丁度欲しかった車種と同じものだから買いたいな」とかそういうレベルの意思のことをいい、効果意思とは「自動車を購入しよう」と意思表示することを決意することをいい、そして表示行為とは具体的に「自動車をください」と相手方に申込みをすることをいいます。なんとなく伝わりましたでしょうか。
次にそれぞれの過程が法的にはどのように評価をされているのかどうかについて指摘をしていきたいと思います。
まず、動機についてですが、動機は従来から意思表示の要素とはならないと考えられてきました。「自動車を買いたい」と思ってその旨の意思を外部に伝えることについては法的に意味がありますが、なぜ自動車を買いたいのかについてはその者自身にとっては重要であっても法的評価に値しないといえるからです。この点については、いわゆる錯誤の問題の際に非常に大きな問題となるといえます。
一方で、残りの効果意思と表示行為については、そのうちどちらを重視するかによって、意思主義(効果意思を重視)と表示主義(表示行為を重視)の立場に分かれます。意思主義とは、内心の意思を重視し、外部に表示された意思に対応する効果意思や表示意思がなければ、意思表示は成立しないと考える立場です。これに対して、表示主義とは、効果意思も表示意思も不可欠の要素ではなく、相手方にとって表意者が法的効果を生じさせることを欲したと評価できるような表示さえあれば、それだけで意思表示は成立するというものです。
前者は、自己決定原理、つまり、「意思表示をするか否か、するとしてどのような意思表示をするかについては、自己の意思によって決定すべきである」という考え方と強く結び付いているといえます。それに対し、後者は、意思表示の相手方の信頼保護や取引の安全を重視したものといえます。
〇意思表示の効力発生時期 ―隔地者に対する意思表示の効力発生時期―
上記のような意思表示は、内心の意思を外部に表示した時点で完了することになります。もっとも、特に相手方が自身と離れた隔地にいる場合、表意者が外部に表示した時点と相手方がそれを受領した時点にタイムラグが生じる場合があります。そのような場合、意思表示の効力がいつ発生するかという問題が生じるのです。
隔地者に対する意思表示は、特に手紙などの通信手段を使って行なう場合、相手方に到達するまでに時間がかかりますが、その効力発生時期は、原則として、その通知が相手方に到達した時となります(民法97条1項)。そして、判例によれば、
「到達」とは、一般通念により、相手方の了知し得るように相手方の領域内に入ることであり、相手方が現実に了知することまでは要求されていません(最判昭和36年4月20日民集15巻4号774頁)。
つまり、親族等が受領した場合でも到達があったものと考えられますし、郵便局員によって不在配達通知が残された場合についても、当事者が郵便物の内容を推測できるならば留置期間満了の時点で到達があったものと考えられています。
なお、到達として認められるためには、
相手方の受領能力が必要であり、受領能力のない未成年者や成年被後見人が自ら受領した場合には、意思表示を了知できる状態にないため、その者に意思表示したことを対抗できません(民法98条の2本文)。
ただし、その法定代理人がその意思表示を知った後については、意思表示のあったことを主張できます。
〇意思表示だけでは成立しないこともある
以上、意思表示に関する様々な点について指摘をしていきました。意思表示とはとても重要なものであり、意思表示の存在があるか否かということが、法律に基づく行為が成立するか否かに直結するようなものであるのです。
もっとも、意思表示が正確になされていたとしても、その瞬間に適切な法律行為が成立するとは言い切れない場面もありますので、最後にその点について指摘をしたうえで、用語解説を終えたいと思います。
法律行為によっては、意思表示のほかに形式面での条件をクリアしていないと成立しないものがあります。こういった法律行為のことを要式行為といい、具体例としては、保証契約や婚姻、遺言などが挙げられます。皆さんも思い浮かべていただけるとご想像できるかもしれませんが、婚姻届を提出しなければ結婚は成立しませんし、また遺言も一定の形式上のルールを守らないと有効な遺言状として認められない場合があります。そして、
保証契約はその契約が「書面」または「電磁的記録」によってなされていること(民法446条2・3項)が要求されます。この要件は、“保証の意思が外部的にも明らかになっている場合に限り保証の効力を認めよう”という趣旨から2004年の民法改正(2005年4月1日施行)で新たに加えられた要件です。
保証契約は債権回収において非常に重要な手段の1つとして用いられるものでもありますので、しっかり確認をしておきたいところです。
また、法律行為によっては、実際に対象の物が存在しないと成立しないものがあります。こういった法律行為のことを要物契約といい、具体例としては、消費貸借契約・使用貸借契約や寄託契約などが挙げられます。前者は貸し出すお金や物がない限り成立のしようがないですし、後者についても寄託する物がない限りは成立のしようがありません。
まとめ
意思表示とは、特定の法律効果の発生を求める当事者の意思の表れのことを言います。基本的に、契約は当事者の意思の合致によって成立すると考えられているため、物を売りたい、物を買いたいという当事者双方の意思が互いに表示され交わされることが求められます。意思表示はこの場合に必要な外部的な意思の表れのことを言います。
逆に言えば、契約自体は成立しているものの、それに対応した意思表示がなされていない場合、契約の有効性は大きく問題となってきます。そのため、自らが当事者となっている契約の有効性について、意思表示との関係で問題とする場合は、契約から推認される意思表示の内容と、実際に自らが抱いていた意思表示との差異を検討することが必要となります。
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