目次
はじめに
公正証書化のメリット
公正証書化のデメリット
契約書の公正証書化における具体的な手続き
契約書の作成
公証役場へ行く
まとめ 

 

■ はじめに

企業が対外的な取引を行う場合、契約書は欠かせない存在となります。
契約書に基づいて多種多様の権利義務が発生し、それに沿って取引が進んでいくとなると、契約書にどのような内容を記載するかは重要な問題です。
また、慎重に内容を吟味して作成した契約書であっても、その契約書に定めた義務を相手が履行しない場合があります。
そういった事態が生じた際の対応についても考えておかなければ、せっかく作成した契約書も絵に描いた餅同然の存在になってしまいます。
そのため、通常であれば契約書に基づく義務を相手が履行しなかった場合は、契約書通りの義務を履行するよう訴訟などの法的手段を通じて求めていくことになります。
しかし、訴訟という手段は時間的コストの面でも、金銭的コストの面でも簡単にとりうる手段とは言えません。
トータルの面でみると訴訟を通じて義務を履行させるコストの方が大きいため、相手方による義務の不履行を甘んじて受け入れるしかないといった状況が発生しうるのも確かです。
そのため、企業はこのような泣き寝入りの事態を避けるために、相手方との間で作成した契約書を公正証書化するという手段を取ることが考えられます。
このように、契約書を公正証書化することによってどのようなメリットが発生し、逆にどのようなデメリットが生じるのか。公正証書化の具体的な流れとともに説明いたします。

■ 公正証書化のメリット

契約書を公正証書化するメリットは、強制執行に至るまでの手続きが大幅に短縮されることです。
通常、義務を履行しない相手に対して義務の履行を強制するには、まず訴訟を提起して勝訴判決を得た上で、その勝訴判決に基づいて強制執行の申立てを行う必要があります。
これは先ほど述べたように、時間的・金銭的コストが大きいため、容易に取れる手段ではありません。しかし、公正証書化された契約書が存在する場合は、訴訟手続きを経て勝訴判決を獲得していなくても、直接公正証書化された契約書に基づいて、強制執行の申立てを行うことができます。
なぜ、公正証書化されているかどうかで強制執行の申立てにこのような差異があるかというと、本来であれば訴訟を通じて契約書の存在および内容について明らかにした上で、その明らかになった部分に基づいて義務の履行を求めることになりますが、公正証書の場合は、契約書の存在および内容が公正証書化という作業を通じて明らかにされるためです。
すなわち、公正証書化の作業には、公証人という、厳格な要件のもとで法務大臣により任命された公務員が行うため、この公証人がお墨付きを与えた契約書については、わざわざ訴訟を通じてその存在と内容を明らかにしなくても、十分な信用が与えられていると考えるからです。
このように、公正証書化の作業を通じて契約書の存在と内容は確実なものとなるため、それに基づいて強制執行を行ったとしても、事後的な誤りが介在する危険が少ないため、訴訟という手続きを経なくても、強制執行が認められるのです。
義務の履行を求めたい企業としては、訴訟を経なくても強制執行できるというのは極めて魅力的です。訴訟に費やさなければならない時間的、金銭的コストの負担が一切なくなることにより安心して取引に基づく取引を勧められるからです。
また、義務の不履行があったとしても即座に強制執行できるとなると、相手方から義務を履行されないといった状態が発生するリスクは減少するため、契約書を公正証書化していない場合に比べて契約関係が安定します。義務の履行を即座に矯正することができるというメリットは、義務の履行を求める債権者側にとっては極めて大きなものとなると言えます。

■ 公正証書化のデメリット

他方で、契約書を公正証書にすることはメリットだけではなくデメリットも存在します。
まず第一、に契約書を公正証書化することによって、強制執行を行うことができるようになるのは、契約書の目的が金銭債権である場合に限られる点が挙げられます。
金銭債権とは、相手方に売却代金などの金銭支払いを求める権利のことを指しますが、それ以外の権利、すなわち売買目的物を引き渡すよう求める権利や、何か作業を行うよう求める権利については契約書を公正証書化したとしても、強制執行することはできません。
なぜなら、公正証書化の作業によって、契約書の存在と内容について明らかにされますが、その契約書に基づいてどのような請求ができるのかについて解釈の余地が残るような場合は、なお争点となりうるため、契約書を公正証書化したとしても、そのあたりを明らかにしなければならないからです。
他方、契約書に基づいて請求するのが金銭債権の場合、金銭という普遍的価値を持つものを要求する以上、どのような請求をするのかについて争点が生まれる余地はありません。
契約書の内容として、金銭の額面が記載されていれば、それに基づいて強制執行したとしても当事者の間に何ら不都合が生じないため、金銭債権を求める契約書の場合のみ、公正証書化することによって強制執行できることとなっています。
そのため、金銭債務の履行を求める立場にない企業の場合は、自らが当事者となっている契約書を公正証書化するメリットはないと言えます。この場合、仮に取引の相手方が契約書通りの義務を履行しなかった場合、義務の履行を求めるには訴訟を提起するほかないと言えます。契約書を公正証書化する作業は必ずしも万能なものとは言えないため、この点は契約書を公正証書化するにあたってデメリットとなる部分と言えます。
第二として、取引の当事者間における信頼関係に亀裂が入る可能性がある点です。
取引の相手方と継続的な取引関係を希望する場合、安定して取引が履行されるよう、もしもの場合に備えて義務履行確保のための手段を備えなければならない一方、お互いが円滑に取引を進められるように信頼関係を構築する必要があります。
しかし、契約書を公正証書化するという作業は、仮に義務の不履行があった場合に強制執行を可能とさせるものなので、取引の相手方の義務不履行を前提としたものとなっています。
取引の相手方としては、自分が負っている義務について正しく履行するつもりであるにもかかわらず、このように契約書を公正証書とするような打診を受けてしまうと、自分が正しく義務を履行することについて信頼されていないのではないかと疑念に感じることとなります。
このような契約当事者相互の不信感というのが積み重なる結果、継続的な取引関係がうまく立ち回らなくなるだけでなく、契約書レベルを超えたより大きな紛争に火がつく可能性もあります。
契約関係というものは、契約当事者相互の間に信頼関係があってこそ成立するものであるため、相手方の義務不履行を前提とする契約書の公正証書化は、たとえ義務履行を求める債権者側にとって都合がいいとしても、契約全体で見た場合には不適切な可能性があります。
そのため、契約の内容上、契約書を公正証書化したいような場合は、なぜ公正証書化する必要があるのかについて丁寧に取引の相手方について説明すべきですし、公正証書化によって相手方だけが負担が増すことのないよう、お互いにフェアな関係となるように契約関係を調整するといった柔軟な対応も必要です。
契約書を公正証書化するのは、義務履行確保の手段とすることによって取引関係の安定を図るのが目的です。
しかし、場合によっては契約書を公正証書化したことによって、契約当事者間の信頼関係が毀損され、取引関係の安定性が失われるといった真逆の結果となる可能性があることも事実です。
このような予期したことと真逆の方向に物事が流れる可能性があるというのは契約書の公正証書化を進める上で大きなデメリットとなるので、対策が必須となります。
この対策は契約当事者間の関係について客観視することのできる高度なスキルが要求される作業なため、自ら行うことに不安がある場合は、弁護士に相談することも有用と思われます。

■ 契約書の公正証書化における具体的手続き

次に、実際に契約書を公正証書化するにあたって履践しなればならない手続きについて具体的に説明していきます。

・ 契約書作成

まず、公正証書化する元となる契約書を作成することになります。
公正証書化することを考えれば、後から契約書の内容に誤りが発見されて困ることがないよう慎重に内容を確定していく必要があります。
この際、契約書の内容としてこれが正しいか不安がある場合は弁護士にレビューを依頼することも必要です。
次に、公正証書化することで強制執行ができるのは金銭債権にとどまるので、金銭債権について正しく記載されているかを確認する必要があります。
金銭の具体的な金額が記載されているか、もしくは具体的な金額を導く計算方法などが記載されているかについて確認する必要があります。契約書を公正証書化しても、肝心の金銭債権部分があやふやで確定できないとなると、公正証書化の意味が失われる可能性があるため、この辺りは注意深くチェックする必要があります。

 そして、忘れてならないのが強制執行認諾文言を契約書に記載することです。強制執行認諾文言とは「債務者が債務を履行しない時は、直ちに強制執行を受けても異義のない事を承諾する」といった内容で表現される契約条項です。

この強制執行認諾文言がある契約書が公正証書化されて初めて、訴訟を介することなく強制執行を行うことができるようになるため、この強制執行認諾文言は極めて重要です。
文言自体はテンプレートのものを使用すればいいので、それ自体が難しいといったものではありませんが、あるかないかで公正証書とする意味があるかについて大きく変化があるため、忘れないようにしなければなりません。

・ 公証役場へ行く

契約書を公正証書化する場合、契約当事者双方が公証役場に赴く必要があります。
公正証書作成は契約書に記された権利義務関係を確定するものでもあるため、契約当事者の一方によって勝手に行われないよう、契約当事者双方の同意のもとで行われる必要があります。また、公正証書作成を弁護士や行政書士などの専門家に依頼した場合には、弁護士や行政書士が代理人として全て手続きを行ってくれるため、契約当事者双方が公証役場に出向く必要はありません。

 その上で、契約当事者双方を面前にして、公証人が公正証書の原本内容を読み上げた上で、相違がないことが確認されれば、契約当事者および公証人が公正証書原本に署名捺印し、公正証書が確定します。

なお、契約書内容が複雑である場合はあらかじめ公証人と契約書内容の打ち合わせを行うことがあります。公正証書化された契約書に法令違反の文言や無効の文言がないかあらかじめチェックする必要があるからです。この打ち合わせについては、契約当事者双方が出席する必要がないので、契約当事者の一方が嘱託人として参加するのが一般的です。

■ まとめ

契約書の公正証書化は、取引における義務履行を確実にする手段としては極めて有効です。しかし、公正証書化するにあたり気をつけなければならない事項は多数あるため、安易に公正証書化することが望ましいとは言えません。自らが当事者となっている契約について公正証書を作成すべきかどうかについて、弁護士に相談し、意見をもらった上で実行するのが確実といえます。