はじめに

金銭の貸し付けが行われた場合、当然ですがそれは返済しなければなりません。もしその返済が行われなかった場合、担保権の実行や強制執行などにより、強制的に債権が回収されることになります。

具体的にはその実行のために訴えの提起が行われ、裁判所での手続きが開始されることになります。

ただ訴えの提起が行われた場合、それは裁判所でお互いが時間をかけて債権の存否を確認していくことになり、時間も労力もかなり奪われることになります。

また訴えを提起しても必ず勝てるとも限りません。お金を貸したことが事実であったとしても、その証拠がなければ敗訴してしまうこともあるのです。従って裁判所で争う前に、まず当事者間で話し合い、その結果和解によって解決することが望まれます。

また和解は訴える前に行われるものと思われがちですが、訴えた後も行うことが可能です(訴訟上の和解)。

今回の記事では、和解の性質及びその具体的な交渉手続きのポイントについて検討してみたいと思います。ご自身が和解手続きを行う際、是非ご活用ください。

和解の基礎知識

(1)和解とは

和解の具体的な交渉手続きの検討に入る前に、まず和解とは何かについて解説したいと思います。和解とは当事者がお互いの間にある争いをやめるために、譲歩することです。つまりお互いに譲歩する「互譲」が和解の本質なので、当事者の両方が譲り合うことになります。当事者の一方が譲ることは和解になりません。

(2)和解の種類

また和解といっても法律上様々なものがあり、まず「裁判外の和解」と「裁判上の和解」に分類されています。裁判外の和解とは、文字通り裁判手続き外で行われる和解手続きであり、民法695条に基づくものです。

裁判上の和解には、「訴え提起前の和解」と「訴訟上の和解」があります。訴え提起前の和解とは、訴えを起こす前に訴訟を回避するためになされる和解です(民事訴訟法275条)。手続きとしては、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄している簡易裁判所に、争いの実情を示して和解の申し立てをする方法です。

訴訟上の和解とは、既に訴えが起こされた訴訟中に、その終了を目的とした和解です。

(3)訴訟上の和解

法律的に一番詳しく規定されているのが訴訟上の和解であり、また訴訟上の和解は「書面受諾和解」と「裁定和解」といった制度が用意されています。どちらも民事訴訟法に規定のある和解であり、書面受諾和解は264条、裁定和解は265条に規定があります。

以上が和解の簡単な説明ですが、これだけでは抽象的で中々イメージがわかない方もいらっしゃると思います。よって以下でそれぞれの和解について、具体例を挙げながら説明したいと思います。

訴え提起前の和解(「即決和解」ともいう)

⑴普通裁判籍とは

訴え提起前の和解とは、前述したように相手方の普通裁判籍に争いの実情を述べて申し立てを行うものですが、ここで「普通裁判籍」とは何か疑問に思う方もいると思います。
普通裁判籍とは、基本的には住所と同じと考えてもらってかまいません。住所がない場合は居所になりますが、住所がある方がほとんどなので、居所が問題になることはほとんどないでしょう。

⑵訴え提起前の和解の具体例

イメージを掴みやすくする為に、訴え提起前の和解を具体例で説明したいと思います。まずAとBがいて、AがBに100万を貸したものとします。しかしBは借りたことを認めず、Aもその証拠となる借用書を残していないため、簡易裁判所に和解を求めたとします。

この場合Aは相手方であるBの普通裁判籍を管轄する簡易裁判所に、争いの実情を述べて、和解の申し立てをすることになります。

そしてAは福岡市在住で、Bは熊本市在住だとします。この場合、相手方のBの住所は熊本市なので、Aは熊本市の簡易裁判所に和解の申し立てをすることになります。またその際に「Bに対して100万円貸し付けているが、証拠もなく埒があかないため和解による解決を望む」のような争いの実情を説明することになります。
Aは自分が福岡市在住だからといって、福岡市の簡易裁判所に和解の申し立てをしてもそれは認められませんので、注意が必要です。

(3)訴え提起前の和解のメリット

これにより当事者はお互いが譲り合うため、本来望む理想の結果からは、遠のいてしまうことになります。しかしこれにより、未然に訴訟での争いを避けることが可能になり、労力と時間の消費を回避することもできます。従って和解により、どこまで納得できる結論に持って来ることができるかが、お互いにとって重要になります。

訴訟上の和解

(1)訴えた後の和解

訴訟上の和解とは、文字通り訴えの提起後に行われる和解です。訴えた後は、お互い白黒つけるしかなく、その後に和解というのは中々ないように思われるかもしれません。しかし訴訟中も裁判所からの和解の勧告は一般的に行われるものであり、訴訟上の和解というのはそう珍しいことではありません。

(2)訴訟上の和解の基本

また和解というのは、法律的に確定判決と同一の効力を有するものであるため、その法的効果は非常に重大なものになります(民事訴訟法267条)。

従って訴訟上の和解は、当事者が口頭弁論期日に立ち会って行うのが基本となります。意思確認を誤って間違った和解内容にすることを防ぐためです。

(3)出頭せずにできる和解

ただし、当事者が遠方に居住し、出頭が難しい場合などに例外的に出頭せずにできる場合も規定されています。それが書面受諾和解と裁定和解です。それらの手続きについては具体例を挙げながら次に説明したいと思います。

(4)書面受諾和解

①書面受諾和解とは

書面受諾和解とは一言でいうと、当事者の一方のみが書面を提出して行う和解手続きです。
和解手続き中当事者の一方が、遠方に居住することその他の理由により、裁判の期日に出頭することが難しいとします。

その場合その当事者が、あらかじめ和解条項を受諾する書面を提出していたときは、もう一方の当事者が裁判期日に出頭して、その和解条項に受諾したときに和解が成立するとする制度です(民事訴訟法264条)。

これだけだと抽象的で中々わかり辛いと思いますので、具体例を挙げて説明したいと思います。

②書面受諾和解の典型例

例えばAがBに1000万貸していましたが、Bが返済期限を過ぎても返してくれないため、AがBを訴えたとします。Aは福岡市在住で、Bは東京都在住です。
そしてAは訴えの提起後、様々なことを考慮した結果、判決ではなく和解による解決を望むようになり、Bもそれに同意しました。
和解の内容は、Bは1000万の変わりにB所有の高級車をAに引き渡すというものです。この場合、被告であるBは東京都在住の為、Aは東京の地方裁判所に訴えを提起して、裁判が進行していました。
しかしAは福岡に住んでおり、仕事の関係上東京に出向くことは難しくなってきました。そこでAは期日に出頭して和解を行うのではなく、書面により和解を行うことにしました。つまり書面受諾和解を利用することにしたのです。

③書面受諾和解の手順

書面受諾和解の手順としては、まず裁判所から書面受諾和解の書面提示を行います。
具体的な書面の提示方法は、コピーの郵送や、FAXによる送信です。
それに対して、出頭できない当事者が、和解条項を受諾する旨を記した書面を裁判所に提出します。それを受け取った裁判所が書面を提出した当事者に再度意思確認をします。
その後書面を提出しなかったもう一方の当事者が期日に出席して、その和解条項を受諾したときに、正式に和解が成立することになります。
そして裁判所はその和解条項を調書に記載し、書面を提出した当事者に通知をすれば、和解手続きは終了となります。

④書面受諾和解の具体的手続き

この手続についても先ほどの例を当てはめて説明すると、まず東京地裁がAに対して「1000万の返済に変わりBの車をAに引き渡す」のような和解案を記した書面をAに送付します。これに対してAが、その和解条項を受諾することを記した書面を東京地裁にFAXや郵送で提出します。これを受け取った東京地裁がAに対して、再度意思の確認を行います。
その後もう一方の当事者であるBが、期日に出席し「1000万の変わりにBの車を引き渡す」という和解条項に受諾する意思表示を行います。
これによってA及びBに和解が成立することになります。その後東京地裁は、期日に出席にしていないAに対して、和解成立の通知をすることにより、Aはそのことを知ることができます。

⑤書面受諾和解の難点

以上が書面受諾和解の説明ですが、お分かりのように書面受諾和解は、当事者の一方が期日に出席して和解の意思表示をしなければなりません。従って当事者の両方の出席が難しい場合は、書面受諾和解は利用できません。では双方の出席が難しい場合は、訴訟上の和解ができないかといえば、それではありません。次に説明する「裁定和解」という制度の利用が考えられます。

(5)裁定和解

①裁定和解とは

書面受諾和解は、和解内容はそれまでの口頭弁論の積み重ねにより当事者間で決められましたが、裁定和解は和解内容自体も裁判所に決めてもらう制度です(民事訴訟法265条)。手続きとしては、まず当事者双方からの共同の申し立てが必要となります。申立てがあると裁判所は和解条項の作成のために、当事者に意見聴取を行い、和解条項を作成します。その後、和解条項を両当事者に通知して、和解が成立します。その和解は、調書が作成されて、手続き終了となります。

②裁定和解のメリット

このようなことから、和解の成立は裁判所からの通知により成立するので、書面受諾和解のように当事者の一方が期日に出席する必要はありません。従って遠方等による事情のほか、当事者双方が期日に出席するのが難しい場合に活用が期待される和解制度でもあります。

③裁定和解の典型例

裁定和解についても具体例を挙げて説明したいと思います。AがBに対し1000万貸し付けていた件について訴訟を提起していましたが、訴訟の途中でAとBが和解による解決を望んだとします。この時裁判は東京地裁で行われており、Aは福岡市在住で遠方による居住が理由で出頭が難しい状況になりました。そして一方もBは東京在住で距離的な問題はないものの、健康上の理由から裁判期日に出席することは難しくなりました。
書面受諾和解は、当事者の一方が期日に出席して意思表示をする必要があるため、利用することはできません。従って当事者双方の出席を問わず和解手続きを行える点から、AとBは裁定和解により和解手続きを行うことにしました。

④裁定和解の具体的手続き

裁定和解の手続きはまず裁判所に対して、裁判所の作成する和解内容により解決を望むことを述べて、AB共同で東京地方裁判所に申し立てます。これに対して東京地裁は、AB双方から話を聞き、Bには現金の資産はないが高級車を所有していることを考慮し、例えば「AのBに対する1000万の支払いに代えて、Bの所有する高級車を引き渡す」ことを内容とする和解条項を作成します。
そしてその和解条項をAとBに告知して、それにより両当事者に和解が成立します。

和解手続き5つのポイント

(1)和解の本質

以上により和解の基本的な制度を概説してきましたが、ではその交渉を行う際具体的にどのような点に気を付けなければならないのか、検討したいと思います。先ほどの述べた通り、和解の本質はお互いが譲り合うこと、つまり「互譲」です。従って自分の主張と相手方の主張の妥協点を、話し合いにより見出す必要があります。

(2)全額回収にこだわらない

債権回収での和解の場合、債権を金銭の支払いという形で全額回収したいというのが本音でしょう。ただ一方でそのような債権回収は、担保権の実行や強制執行手続きにより実現すべきであって、和解でそれを期待するのは中々難しいかもしれません。
全額回収に固執してしまうと、いつまでたっても妥協点を見出すことができず、膠着状態が続いてしまう場合もあります。よって全額回収にとらわれすぎないために、違った視点による和解も検討すべきです。

(3)代物弁済による和解

例えば先ほどの例にも挙げた、金銭以外による弁済方法です。法律的にはこれを代物弁済といいます。例では高級車で説明したが、車でなく土地建物といった不動産での支払いもよく行われています。代物弁済での和解で注意が必要なのは、その市場価格の見定めです。
例えば、この土地は現時点ではほとんど価値はないが、「東京オリンピックの影響で数年後地価が数倍に上昇する」といった不確定情報を根拠に、格安の不動産による代物弁済で和解を行ってしまうパターンもあります。債権額と代物の価格が均り合っていることは必要ではありません。
目的となった土地は本当に価格が高騰して思わぬ利益を生むかもしれません。しかし一方で、価格高騰など全く起きず、結果大損害につながるかもしれません。どう判断するかはその人自身で決めることですが、前述した通り和解は確定判決と同一の効力を有します。
「思ってたのと違う」ということになっても、和解はもう覆らないため慎重な判断が必要になります。

(4)状況の見極めが重要

代物弁済以外にも、債権譲渡や相殺による債権回収を和解内容にするなど、和解のバリエーションは様々なものに及びます。どの債権回収手段によるかは、相手方当事者の資産状況などによるため、どの方法がベストとはいいがたいです。ただどの方法によるとしても、まず状況を見極める必要があります。その見極めには、相手の財産状況だけではなく、その他の債権者の有無や担保権の存在、そして自身の債権の状況も含まれてきます。
相手方債務者に他の債権者が多数存在し、なおかつ抵当権のような担保物権が設定されている場合は、和解成立を急ぐ必要があります。この場合和解内容にこだわりすぎて、その間に他の債権者が抵当権を実行し、結果自分は一円も債権回収できないという事態も起こりえます。従ってそのような切羽詰まった状況では、債権額の半分ぐらいしか回収できないといった和解内容でも、検討する必要が出てきます。

(5)様々な和解方法

またどうしようもなく和解が滞ってしまった場合は、とりあえず訴えておくのも有効な方法です。解説した通り、和解は訴訟中でも行うことができます。また訴訟上の和解は、裁判官を介在して行うことができるので、当事者のみで行うよりもより現実的な解決が期待できます。書面受諾和解や裁定和解など、当事者の事情に合わせた制度が使えるのも利点です。訴えるということでその分時間も労力もかかってしまいますが、納得する和解を実現することを考えると、無駄な費用とも言い切れないと思われます。

まとめ

以上、和解についての基本的なまとめでしたが、いかがでしたでしょうか。日常生活で誰かとトラブルになり対立してしまった時、まず行うのが話し合いだと思います。それは法的紛争の場合も同じです。いきなり訴えたりせず、お互いの主張を理解して、話し合って解決を試みます。そしてその話し合いにより、歩み寄った結果に法的効果を付与したものが和解なのです。

従って和解においては、どのような請求権や抗弁、証拠があるのかが重要なのはもちろんですが、相手と真摯に向き合うという姿勢がまず問われます。相手と向き合って歩み寄るという交渉手段では、お互いの誠実さが最終的な決め手になることも少なくありません。

また判決による決着と違い、和解による解決は一応双方が納得する形になるので、お互いの関係性の回復にもつながるともいわれています。裁判所が訴訟中にも和解勧告をしてくるのは、そういった狙いもあるそうです。

ただし、解説でも述べた通り、和解は確定判決と同じ扱いを受けることから、非常に慎重な法的判断が求められます。やはり弁護士なしで和解を行ってしまうのは、リスクが高いと言わざるを得ないです。和解手続きをご検討の際には、当事務所の弁護士にぜひご相談下さい。