はじめに

債権の回収を考えるにあたってその金額が問題となることがあります。
大きな金額なら弁護士にはじめから相談することが一般的といえますが、それほど大きな金額でないときには費用や手間を考えると専門家に相談しにくくなるようです。

ですが特に日常的に少額の債権が発生する事業者のケースでは、一つ一つの金額は小さくてもそれが複数になり滞納者の数が増えてくると経営にも大きな影響を与えることにもなります。
もちろん内容証明郵便などあまり手間や費用のかからない方法もありますが、強制執行など強力な回収手段も検討する必要があります。

強力な方法の中でも債権額が小さいケースに特化した制度もあります。
それがこのコラムで解説していく少額訴訟と呼ばれるものです。一定の金額までしか対応していませんが一般の人が自分で利用可能であり短期間での問題解決が期待できます。ただし利用するにあたっていくつかの注意すべきこともあります。特徴を理解すれば効果的に使うことができ債権の回収の可能性を高めることができます。ここではその基本的な内容を解説していきます。

ポイント1~どのような手続きか

少額訴訟とは、簡易裁判所による手続きで特に軽微な金銭請求について簡略化した方法で迅速な解決を目指すものです。普通は1日で終了します。普通の法廷と異なり丸テーブルを利用して行われ心理的な負担が軽減されています。

簡易裁判所ではもとから一部の事件しか取り扱いが認められていませんが、この制度を利用するには特に制限され60万円までの権利でなければなりません。ただしこの金額には遅延損害金や違約金などの附帯請求にかかるものを含みません。例えば58万円の売掛金と遅延損害金3万円を併せて少額訴訟で請求することが可能です。

金銭の支払いを目的としたものに限定されており物の引渡しには利用することができません。
また普通は負けても控訴ができますがこれが許されないことになっています。
反訴も同様に許されていません。
これは関連する問題について相手が訴え返すことで一緒に解決を狙う方法です。例えば、大家であるAが退去した借主Bから敷金を返すよう訴えられたときにAもBに修繕費を求めるのです。相手の訴えを牽制するとともに効率的に債務名義を取得することができます。ですが少額訴訟ではAが修繕費を求めることはできないのです。

迅速さが期待できる反面で本来の手続きが実施されないという問題が生じます。じっくり時間をかけてもらいたいと考える人もいるため相手が望めば普通の方法で実施されます。事案が複雑なケースではとても1回の審理では済まないからです。例えば、前記のケースでは大家であるAは通常訴訟に移行させることができ、原状回復費用について反訴でBに請求することが可能となります。

ポイント2~メリット

手続きが簡略化されているため必ずしも専門家に依頼せず一人でできることが最大の利点といえます。特にラウンドテーブルが用意されているなど本人が手続きを行うことを意識して心理的な負担を減らす工夫がされています。大きな街にしかない地方裁判所ではなく全国各地にある簡易裁判所を利用できることも利便性が高いといえます。ただし少しでも不安があればあらかじめ弁護士に相談されることが大切です。わずかなミスで権利を失うことがあるからです。

手続きは問題がなければ1日で済みます。普通は事案が単純明快であっても判決だけは別日になってしまうため紛争解決までどうしても時間がかかります。その点で少しでも早く解決したいときには魅力的な手続きといえます。

ただし必ずしも判決を得ることだけが目的ではありません。もちろん判決が下りれば強制的に相手の財産から回収することができます。しかし回収の意思が明確に伝われば、それだけで相手の譲歩を引き出すことにつながり有利な条件で和解できることがあります。債務者によっては債権額が小さいと本気で回収してこないだろうと高をくくっていることがあります。そのため少額訴訟であっても回収の意欲を見せることになり素直に返済してくれることがあります。
ただし必ずしも回収の本気さを見せるのに訴訟を起こす必要はありません。弁護士から請求するだけで弁済に応じてくれることも少なくないのです。そのため専門家に相談するほうが費用も時間も節約できることがあります。

ポイント3~デメリット

訴訟の目的はお金を返してもらうことだけではありません。物の引渡しや名義の書き換えなどいろいろなものがあります。ですがこの制度ではお金の請求だけができ他のことは一切することができません。例えば売り渡した物の返還を求めたり借家から出ていってもらったりすることはできません。

たった1日で解決できることは利点ではありますが状況によっては不利益ともなります。必然的に証拠はその日に調べられるものに限られるため事前に書類などをすべて集めておかなければなりません。納品書などの物証であれば事前に用意をし証言してくれる人がいるのであれば確実にその日に都合がつくように調整することになります。

万が一負けてしまったときに上級審への不服申立て(控訴)ができないという問題もあります。普通は控訴ができるためその分心理的な負担が軽くなります。1回しかチャンスがないというのは大きなプレッシャーとなります。特に専門家に依頼していないときには訴訟の帰趨にも影響します。

勝訴した場合であっても分割払いや支払いの猶予、遅延損害金を免除する判決が出るおそれがあります。本来和解でもなければこういった扱いとはならないため気をつける必要があります。遅延損害金が免除されればそれだけ回収金額が少なくなり返済が猶予されたり分割扱いとなれば将来財産が毀損し回収できなくなる懸念があります。

公示送達が許されないことも問題です。これは相手の居場所がわからないようなときに、必要な書類をいつでも渡すという内容を裁判所で掲示し一定期間経過した時点で書類が届いたとみなすものです。通常の訴訟であればこのような方法で居所のわからない相手を訴えることもできますがこの方法が使えないのです。

回数制限も設けられています。同じ所では年に10回までしか利用できないことになっています。これは一部の事業者のみが偏って利用しないために設けられた制約です。もっとも裁判所ごとにカウントされるため通常は気にするまでもありません。

相手の意思だけで通常の手続に移行することにも注意が必要です。簡略化した方法では満足のいく手続きを行えないおそれがあるため被告が望めば通常の手続きが実施されることになっています。その分期間が長くなるおそれがあり出廷しなければならない回数が増えるため費用や時間がかかり不利益となります。訴訟は平日にのみ行われるため仕事の関係上何回も休めない場合には弁護士に代理してもらうなどの対応が必要となります。

ポイント4~実際の流れ

訴状を作り提出することから始まります。期日が指定され相手方に必要な書類が送られます。できるだけ契約書などの証拠書類は期日までに提出しておきます。被告からは答弁書と呼ばれる言い分が記載された書面が送られてきます。指定された日に一同に会し書類などを確認し判決や和解で終結することになります。

書類の作成

訴状に関しては記入例がついたひな形が用意されており注意事項に従って記載していけば完成するようになっています。ホームページからもダウンロード可能です。
注意が必要な点は少額手続きを求める部分にチェックを入れることと利用回数の記入を忘れないことです。これを忘れると通常の手続として受け付けられてしまうからです。

裁判所

完成した訴状はどこでも好きな所に提出してもいいわけではなく決まったところで行わなければなりません。相手の住所を管轄する所でも構いませんが債権者の住んでいる所ですることもできます。ただし契約で指定している場合にはそちらで手続きをとります。例えばX(住所:A市)がY(住所:B市)に商品を50万円で売却し納入した場合に、Yが一向に支払わないときは、XはA市、B市いずれかを選択して提出することができます。ただし契約でC簡易裁判所を指定しているときにはCに提出することに気をつけます。

証拠

権利があることを分かってもらうには証拠が必要となります。契約書など相手が自分に金銭を支払うとの直接的な記載のある文書が望ましいですが、債務が生じたことを推認させるようなものであれば証拠となります。注文書や納品書など関係がありそうなものはとりあえず揃えておきます。証拠は書面のみではなく証人を呼ぶこともできます。契約に関与した人などに協力してもらいます。

終結

当事者双方に歩み寄る気持ちがあれば分割払いに応じるなど譲歩をして話し合いにより終了させることも考えます。和解の大きなメリットは相手がすすんで返済してくれる可能性が高く執行の手数をかけなくてすむことにあります。特に少額訴訟の場合には勝訴判決を得たとしても分割払いや支払いの猶予など和解をしたのと変わらない結果となることも多いため自ら進んで終結させる利点が大きいです。

話し合いで解決しなかった場合には即日判決が言い渡されることになります。
万が一敗訴したとしても控訴はできません。ただし2週間以内に異議を唱えることができそれにより審理が再開され通常の訴訟に近い形で証拠調べなどが実施されます。

勝訴判決を得たとしてもそれで回収できたことにはなりません。判決に従って素直に支払ってくれるのであれば問題ありませんが応じない人も多くいます。
そのときには執行をかけていくほかありません。その際ハードルの低い少額訴訟債権執行が可能です。普通執行は地裁が担当するのですが特別に簡裁が使えます。対象は預金や給料などの金銭債権です。取引先銀行や勤め先などの調査が求められます。執行は専門性が高いためはじめから専門家に相談しておくことをおすすめします。

ポイント5~他の手続きとの使い分け

この制度を利用するには紛争が複雑ではないことが求められます。はっきりとした証拠があり1回で解決可能な単純な事案でなければなりません。そうでなければ1度で終わらないため結局何度も足を運ばなければならなくなるからです。例えば、損害賠償請求において損害額の算定に争いがあるケースでは通常の手続きが好ましいといえます。

相手から訴えられる危険性がないことも大切です。自分も何らかの請求を受けているケースでは反訴されるおそれがあり、それゆえに相手から一般の手続きへの移行を求められる蓋然性が高いからです。はじめからそのつもりで用意をしておく方が適切と考えられます。

1度の審理で終結し控訴も無理なことから証拠は漏れがないように気をつけなければならず、しかもその場で取り調べられるものを準備しなければなりません。それができないケースでは他の方法を検討することになります。

分割払いや支払いの猶予、遅延損害金の免除などを認めたくないときにも通常訴訟を選択する必要があります。
ケースによっては支払督促や調停など他の方法も検討できます。

まとめ

  • 簡易裁判所での金銭請求事件のうち60万円以下の金額のものについて特に簡略化した方法により原則1日で終わらせるものです。そのため早期に問題を解決したい場合に向いています。和解で終了することも多くあります。
  • 反訴が出来ません。証拠もその日に直ちに取り調べ可能なものでなければならず一発勝負となるため事前準備が大切です。
  • 控訴も許されませんが異議を出すことで一般の手続きに似た形で審理を再開してもらえます。
  • 勝訴したとしても分割払いや遅延損害金のカットなど不利な結果となることもあります。
  • 相手の意向で通常の手続きに移行されてしまうことがあります。
  • 利用できる回数に制限があります。
  • 専門家に依頼せず本人が行うことも可能です。ただし少しでも不安があれば弁護士に相談することが大切です。他にもさまざまな解決方法が存在します。