目次
はじめに 
被害の把握 
債権回収のための手段 
・請求の相手方 
・身元保証人への請求 
・従業員本人への請求 
従業員が協力的でない場合 
・強制的ではない回収方法 
・強制的な回収方法 
・和解 
強制執行のポイント 
・仮差押え 
・給料債権 
・その他の財産 
まとめ 

 

■ はじめに

企業経営は、事業規模が大きなものになれば従業員を雇うことが多くなり、規模の大きさに比例して従業員の数も増えていきます。
従業員も人間であり、自分が仕事上取り扱っている金銭や商品を横領してしまうことがあります。
特にお金に困っているときに、その従業員が多額の金銭を取り扱っているような場合、「魔が差した」という理由で横領するケースはあとを絶ちません。
もちろん、横領するような人間を雇わないように、雇い入れる段階で面接などの試験を実施し、場合によっては身元調査を実施するなどの対策を取ることも重要なことです。
あわせて、多額の金銭を扱うような場合には複数の人間が業務を遂行するようにマニュアル化したり、定期的に監査を実施したりすることも必要なことです。
しかし、完全に横領を防ぐことはできません。
ここでは、従業員が横領を働いてしまった場合に、被害額を回収する債権回収の方法を見ていきます。

■ 被害の把握

まずは被害の状況を正確に把握します。
経営者や管理職の立場からすれば、信頼していた部下に裏切られるわけですから、信じたくない気持ちで調査を徹底することは自然なことでしょう。
状況にもよりますが、横領を働いた可能性のある従業員が、横領を疑われていることを悟られないように、本人に事情を聞く前にできることはすべて行うことです。証拠や財産を隠されたり、行方をくらませたり、場合によっては自殺してしまうことや、万が一誤解であるということもあるからです。
具体的には、金銭の横領であれば金銭の入出金の記録、商品については在庫リストを現物と照らし合わせて調査します。
このようにして調査した結果得られたものは、書面などの物であれば大切に保管してください。重要な証拠になります。

また、調査の経緯もできるだけ詳細に記録しておくことをおすすめします。
例、○年○月○日○時○分:帳簿の記録と集金した金額が一致しないことを経理課長が確認

調査記録自体も調査が適切に行われ、証拠が適切に集められたことを示す重要な証拠となるからです。
このようにして調査を行った結果、特定の従業員が横領を働いた可能性が濃厚と判明した場合、民事的には、その従業員に対して横領した金額の損害賠償請求を検討することになります。

■ 債権回収のための手段

・請求の相手方
横領しているということは金銭に余裕がないから行った可能性が高いといえます。
そのため横領した本人に請求するだけでは被害額を回収することが難しいことがあります。
企業が従業員を雇い入れる場合、雇用契約を結ぶときに、身元保証人という人的な担保を立ててもらうことがあります。
これは、企業で働いている人が横領や過失により企業に損害を与えてしまったときに、身元保証人にもある程度損害を負担してもらうための契約です。
よくある誤解ですが、従業員が企業に損害を被らせてしまったとしても、従業員が全額負担しなくてはいけないとは限りません。
企業は従業員のおかげで利益を上げることができているわけですし、ちょっとした不注意で従業員が損害を発生させてしまうこともあり、従業員に全部負担させることはかわいそうだからです。
ですが、横領のようなあえて損害を及ぼしたような場合は、横領を誘発するような状況を企業が作っていたような、企業側にも責任がある場合を除いて全額返還請求できると考えられます。
ただし、身元保証人についてはさらに別に考える必要があります。

「身元保証に関する法律」では、裁判所は身元保証人の責任や損害賠償金額を決めるときは従業員に対する企業側の監督の状況や身元保証をすることになった事情や保証する際の状況、従業員の業務の内容など様々な事情を考慮して、公平な責任の範囲を定めることになっています。

裁判所が定めるとなっていますが、裁判に至らないときも、同様の基準で判断していくことになります。
以上からすれば、身元保証人が裕福な人だからといって、全額を請求できるわけではないので、従業員と身元保証人の双方に催告していくことになります。
・身元保証人への請求
まず、保証契約は書面ですることが必要ですので保証契約書の存在を確認してください。
期間を定めていないときは、商工業の見習い人は5年、それ例外は3年とされます。
3年を超える期間を定めていたときであっても、5年を超えるときは5年に制限されます。
保証契約は自動更新されませんので期間内に横領がなされた場合でなければ身元保証人に請求することはできません。
また、保証契約後に業務内容や勤務地の変更、その他問題傾向があるのに保証人にその旨を通知していないときは、身元保証人による従業員への監督が十分にできないことになるため、請求できないことがあります。

なお、身元保証人に請求した場合、身元保証人は、「従業員本人と連帯して支払う」などの特約を結んでいない限り、先に従業員本人に対して請求してくれと要求する権利である、催告の抗弁や、先に従業員本人の財産に強制執行してくれと請求できる、検索の抗弁をもっているので、支払いを一時的に拒否されることがありますので注意してください。

・従業員本人への請求
従業員本人が横領を認めているのであれば、支払確約書(支払誓約書)を書いてもらいます。
もちろん任意ですので強制はできませんが、本人自身の意思表示として「支払います」と書いてもらえれば、裁判などの手続きを取らずに任意に支払ってもらえる可能性が高まりますし、あとに裁判になったときに重要な証拠になるからです。
その際の注意事項としましては、内容面として、横領した事実、返還するという意思が表現されていること、形式面として、できるだけ全文自筆で書いてもらうこと、拇印ではなく実印を押してもらうことです。
横領した事実や返還するという意思が書かれてあれば、本人自身が言い逃れようとは思わなくなる可能性が高まりますし、裁判になったとしてもまず負けなくなるからです。
全文自筆で書くことについては、ワープロ文書に署名だけ自筆の場合では、「第三者による偽造だ」という言い逃れをするケースが珍しくないため、このような言い逃れを防ぐためと、偽造文書だという主張がされた場合に筆跡鑑定で本人の書いたものだと確認しやすくするためです(文字量が多いほど鑑定の精度が高まります。)。
ほかに、横領したという事実を本人自身に認識させる効果も期待できます。
反省を促すわけです。
そのため、横領した経緯についてもできるだけ詳しく書いてもらった方がいいと思います。
和解契約書(示談書)などの文書に拇印を押させるケースがありますが、これはよくありません。
なぜかといえば、無理やり押させられたと主張され、場合によっては逆に訴えられることもあるからです。
実印であれば、自宅に保管していることが普通で、それが押されているということは自らの意思で押した可能性が高いと判断できるからです。
法律上は認印でもかまいませんが、三文判ですと本人の印鑑なのか証明が難しくなるため好ましくありません。また、本人が、偽造された文書であると主張すれば言い逃れできるのではないかと考え、いろいろ画策し、のちのち争いの種になりかねません。
一括返済が難しい場合も多いでしょうから、そのときは分割返済を約束してもらいますが、その際は、契約書の一文として、期限の利益喪失条項を入れてください。
期限の利益喪失条項というのは、「一回でも返済を怠ったら直ちに全額を返済する」という条項です。
これにより、裁判を起こすと、債権全額を請求できるようになります。
逆に、この条項を入れないと、返済期限が来ている分のみしか請求できなくなってしまいます。
また、費用はかかりますが、公証役場に行って公証人に公正証書(強制執行認諾文言付き)を作って貰う方法もあります。横領金額が大きい場合には公正証書を作る方法も検討すべきです。
公正証書の利点は、公正証書を債務名義として通常の裁判をせずに強制執行手続きによる差押えや競売ができることです。
債務名義とは、これを裁判所に示すことではじめて強制執行できるようになる、強制執行に必要な条件です。普通、債務名義というのは判決等を指し、裁判を起こす必要がありますから、債権回収がしやすくなるわけです。
デメリットとしましては、公証人に横領の事実がわかってしまうことと費用がかかるということです。

■ 従業員が協力的でない場合

・強制的ではない回収方法
支払誓約書の作成に応じてくれないなど横領した従業員が被害弁償に協力的でない場合、支払誓約書の代わりになる証拠を集めたり、公正証書に代わる債務名義を取得したりしなければなりません。
その方法としては、できるだけ穏便に、かつ費用も安くする方法が望ましいと思います。
代表的な方法は、民事調停手続を使うことです。
申し立ては簡単で、従業員の住所地を管轄する簡易裁判所に行って、書き方の見本が備え付けてありますので見本を参考にしながら申立書を書いて手数料と併せて提出します。
費用も裁判と比べると安くすみ、例えば、10万円の請求では費用として500円ですみます。
調停委員という専門知識をもった第三者が間に入って円満な解決を取りもってくれます。
調停がまとまったら調停調書というものが作られます。
これは判決や公正証書と同様に、債務名義となります。
つまり、任意に債務を返済してくれないときは、調停調書をもとに強制執行ができることになります。
デメリットとしましては、調停を拒否された場合、強制的に出廷させることはできない点にあります。
その場合は、訴訟に移行させることになります。
・強制的な回収方法
従業員が被害弁償に非協力的で、調停にも応じてくれない場合、裁判を起こすことになります。
実際には、弁護士に依頼し、弁護士が交渉すれば任意に支払ってくれることもありますので、裁判をするとは限りません。
裁判になったときは、横領した証拠の有無が争点になりやすいといえます。
上記で述べたとおり、横領した証拠をできるだけ多く集めておきます
その際、物証だけではなく、同僚の証言なども証拠となりますので、できるだけ関係者の供述書(陳述書)も集めておくといいでしょう。
・和解
裁判になったとしても必ず判決が出されるわけではありません。
裁判官から和解を勧められ、お互いが歩み寄って和解することがよくあります。
和解するときは、できれば従業員本人と身元保証人がいればこれを加えた三者による和解を目指します。
和解すると和解調書というものが作られます。
これも債務名義となりますので、任意に支払ってもらえないときは強制執行が可能になります。
和解のポイントは、罪の自覚を促すというものがあります。
従業員による横領は、業務上横領罪や窃盗罪という刑罰として10年以下の懲役が規定された、重大な犯罪に当たります。窃盗罪に当たるときは罰金刑もありますが、業務上横領罪は懲役刑しかありません。起訴猶予や執行猶予にならない限り刑務所に収監されることになります。
業務として横領の目的となった金銭や商品を管理している場合、仕事の内容にもよりますが、業務上横領罪に当たる可能性が高いといえます。
横領した本人はそれだけの犯罪行為をしたという自覚が少ない場合もありますので、自覚が少ない場合には、それが犯罪に当たり、どれだけの刑罰が規定されているかを指摘することも重要なことといえます。
重大なことをしたという自覚が生じることで任意に支払ってもらえる可能性が高まることも期待できます。
また、被害金額の弁償が行われたり、債権者側が処罰を望まない意思を捜査機関に示すことにより、起訴猶予処分となったり、起訴されたとしても執行猶予がつくなど、罪が軽くなることもあり、この点でも任意に支払ってもらえる可能性が高まることがあります。
それ以前に捜査機関に被害届を出さないという選択肢を示すことで交渉の材料になることもあります。
ただし、脅迫ととられかねないグレーな部分といえますので、このような交渉をするときは弁護士に任せたほうがいいといえます。

■ 強制執行のポイント

・仮差押え
強制執行しようとしても財産を隠匿されてしまっては元も子もありませんから、隠される危険を感じたら裁判などの手続の前に預金債権などに対し仮差押えの手続きをすることが必要です。
仮差押えの必要性の判断や手続は専門知識が必要ですので弁護士に相談することをおすすめします。
・給料債権
料の支払を拒否することは給料に対する相殺の禁止など法的に問題があるため、給料債権を振り込んでいる銀行口座に対し強制執行することが現実的かと思います。
これなら銀行に対する、横領した従業員のもっている預金債権の差押えという形になるので、給料債権に対する制限の問題が生じないからです。
・その他の財産
現金や貴金属、家財道具といった動産に対する強制執行としての動産執行は、あまり高額な債権回収には向いていないことがあります。
多額のタンス預金や金塊、宝石類をもっているというような確証がない限り、執行費用さえまかなえないことがあるからです。
被害額が少額の場合にはそもそも任意に支払ってもらえることも多いはずで、動産執行はできるだけ避けたほうがいいかもしれません。
債権額が多い場合には、不動産や生命保険契約の解約返戻金、配当金や満期金をあてにするのが現実的と考えられます。
不動産については、従業員や身元保証人の住所から、不動産登記記録を調べ、所有名義が一致しているか確認し、あわせて抵当権や根抵当権の有無を確認した上で、強制執行による債権回収の見込みを計算します。
生命保険契約があれば、配当金や満期金、または契約を解除し、解約返戻金から回収することも検討します。
生命保険に関するこれらのことを債権者が債務者に代わってなぜできるのかといえば、債権者は債務者の権利を代わりに行使できる、債権者代位権という権利を債権者はもっているからです。

■ まとめ

・横領の事実を客観的な証拠に基づいて確認します。
・従業員が横領した場合の債権回収については、任意の支払いと強制的な支払いを求める2つの方法があります。
身元保証人に請求するには保証契約書が必要で、期間の制限や責任の制限があります。
・強制執行のための財産は、被害額に応じてどれに強制執行するか判断する必要があります。
従業員が横領した場合における債権回収のポイントは、とにかく相手に言い逃れのできない確実な証拠を、一つ一つ確実に集めていくことです。