はじめに

債権の回収を行うには債務者の財産がどれくらいあるかを知っているだけでは不十分です。それがどのような種類でどこにあるのかまで知る必要があります。
取引を行う際契約の内容によっては相手方の資産について把握できることがあります。持ち家や自動車の有無、預金がいくらかといった情報です。しかしいつもそういった情報を入手できるとは限りませんし年月が経てば状況も変化します。
事前に担保をとることも考えられますが債権額が小さい取引の場合には現実的とはいえませんし担保の価値が十分にあるとは限りません。
また交通事故などの不法行為による損害賠償請求権が発生することもあります。
このように事前の対策だけでは相手の資産を把握しきれないことがあります。
ここではいざ回収を実行しようとしたときに相手の資産状況を把握するための方法について説明していきます。

ポイント1~財産開示手続きとは

売掛金や貸金債権は任意に返済されないときには訴えて強制執行により財産を差押えなければなりません。
しかし責任財産がどこにあるのかわからなければ差し押さえは不可能です。訴訟で勝ったとしても裁判所が自動的に財産を探してくれるわけではありません。不動産であれば全国どこにあるのかわかりませんし、預金もどの金融機関にあるのか裁判所も知りません。そのため強制執行するには財産がどこにどういったものがあるのか特定する必要があります。

財産開示制度は債権者が裁判所に申し立てることで相手方に対しその保有財産の有無や内容、所在について明らかにするよう求める手続きです。
きちんと裁判所に出頭し正直に答えてもらえなければ意味がないためペナリティも予定されています。従来は出頭や供述を拒んだり虚偽の陳述をしたりしたときには30万円以下の過料となっていました。過料というのは行政罰であり刑事罰とは異なります。また金額が小さいため実効性に問題があると指摘されていました。財産が差押えられてしまうのがわかっているのに正直に財産の所在を教えてくれる人は多くありません。制裁を受けたとしても最大で30万円の負担で済んでしまい協力しないほうがメリットが大きいケースもありました。

そこで民事執行法の改正により罰則が実効性のあるものになりました。
具体的には呼び出されたのに出頭しなかったり陳述を拒否したり嘘の陳述をしたときには6か月以下の懲役や50万円以下の罰金に処されます。罰金は過料とは異なり刑事罰であり前科がつくことになります。
実際に刑事責任を追求されるケースも出てきています。罰金の場合には金額がそれほど多くなく実効性に疑問を持つ人もいるかも知れませんが警察などによる刑事手続きが行われる点が重要であり多くの人にとって大きなプレッシャーとなります。そのためこれまでのように安易に供述を拒否するようなケースは少なくなると考えられます。

2020年4月1日の改正について

もともと財産開示制度は平成15年に作られた比較的新しいものです。ですが利用件数が多くなく利用されたとしても債務者が非協力的なことも多くあまり活用されてきませんでした。しかし債務者の財産が特定できないのでは勝訴したとしても事実上債権の回収ができないため債務者の資産を明らかにするニーズは強くありました。そこで法改正により実効性を高める工夫がなされました。
具体的には1.罰則の強化、2.申立要件の緩和、3.第三者を対象とした制度の新設です。
まず前記のように罰則が強化されたことで債務者の協力が得られやすくなったことが重要です。刑罰を受けると信用を失うだけでなく一定の業務を行えないなど法的な制約が生じます。
この手続きは強制執行の前提として行われるため債務名義がいります。これにはいくつか種類がありますが従前は判決や和解調書などに限定され、たとえ執行力があったとしても公正証書や支払督促などでは利用できませんでした。改正により種類は問わず利用可能となっています。
第三者から情報を取得することが可能となった点も注目されます。これにより例えば預貯金がどの銀行のどの支店にあるのかが事前にわかるようになりました。強制執行するには金融機関を支店レベルで特定しなければならないため、従来は利用していそうな金融機関にあたりをつけ執行をしていくということをせざるを得ませんでした。当然空振りに終わることも多くあり費用と時間がかかることになります。改正により無駄な執行を防ぐことができるようになったわけです。

ポイント2~債務者への開示請求

この制度の目的は強制執行の実効性を高め債権回収をしやすくするところにあります。そのため誰でもいつでも利用できるわけではなく一定の申立要件があります。

まず申立人については執行力をもった債務名義をもつ金銭請求権の債権者とされています。一般先取特権者も利用可能です。
債務名義というのは強制執行が可能であることを証明する文書のことです。
例えば判決書や和解調書があります。法改正により公正証書や仮執行宣言付支払督促などでもよくなりました。原則として執行文が付与されていることが必要である点に注意してください。

また債務者に債務名義が送達されているなど執行開始の要件もいります。破産や民事再生が行われているときには執行が無理なため開示も認められません。

すでに明らかになっている財産だけで回収が可能であるときには手続きをとる必要はありません。そのため6か月以内に強制執行をしたが十分な回収ができなかったか、これから執行をかけても十分な回収ができないことを証明する必要があります。

ほかの債権者が先行して開示手続きを実施していることもあります。何度も開示しなければならないことになると債務者に過剰な負担を強いることになります。そのため3年以内に開示手続きが行われているのであれば原則としてすることができないことになっています。これには例外があり前の手続きの際に漏れていた財産や新規取得財産の存在などを証明することで再実施を求めることができます。
すでに実施された開示手続きの記録については一定の債権者は閲覧可能です。そのため自ら開示手続きを行わなくても不動産のありかや取引している金融機関などを知ることができます。

ポイント3~第三者からの情報取得

この制度では第三者から必要な情報を提供してもらうこともできます。債務者からの情報提供だけでは十分ではないおそれがあるからです。いくら罰則が強化されたとはいえ嘘の説明をする可能性もありますしわざとではなくても資産の一部を資料から書き漏らしてしまうこともあります。
また強制執行を察知され財産を隠されてしまうということも考えられます。第三者からの情報入手も可能ということになれば虚偽の陳述は無駄であると考え正直にすべて明らかにしてもらうことも期待できます。
気をつけなければならないのは対象となる財産によって要件が異なることです。

預金、証券等

預貯金は配当のための換価処分が不要なため債権の回収において特に重視される責任財産です。しかし金融機関はたくさんあるため債務者がどこの銀行に口座を持っているか特定することは簡単ではありません。
債務者に陳述してもらうことも考えられますがそれでは強制執行を避けるため事前に預金を引き出されてしまうおそれもあります。そこで事前に相手に知られずに調べることができるようになっています。
注意すべき点は調査したい金融機関をこちらで特定しなければならないことです。つまり利用していそうな銀行にある程度目星をつけておかなければなりません。具体的には債務者の住所や勤め先の付近にある金融機関が候補となります。支店を特定する必要はないため債権者の負担が大きく軽減されています。

株式や社債も対象となります。いずれも手続きは裁判所を通じてすることになります。

不動産

換価処分をするのに時間や手間はかかりますが資産価値が高いため債権額が大きいときには貴重な責任財産となります。しかし以前は調査は簡単ではありませんでした。住居として利用していたり複数の不動産が共同担保となっているときには簡単に特定できますが抵当権が設定されていない別荘などは見つけることが難しかったといえます。
現在の制度では登記名義人単位で調査可能であるため執行が容易になったといえます。裁判所の申立て記載例では市町村など場所をできるだけ特定するように案内がされていますが全国を対象に調査を求めることもできます。情報を求める相手方は登記所(東京法務局)ですが裁判所を通じて手続きします。

ただしあらかじめ債務者を対象にした財産開示手続きをしていないと利用できないことになっています(申立ての3年以内でなければなりません。)。
預貯金と異なり隠匿されるおそれは低いため債務者による開示を原則としているのです。

勤務先に関する情報

めぼしい財産を保有していないときには給料債権を差し押さえることも検討しなければなりません。なお給料が金融機関の口座に振り込まれたときには普通の預金債権となります。
ここでいう給料債権というのは債務者が直接労働の対価を使用者に請求できる権利のことです。つまり勤務先に差し押さえの通知を行い債務者の口座に振り込ませないようにする方法です。そのためには勤務先を把握しておかなければなりません。はじめから知らない場合や当初は知っていたものの転職されてしまいわからなくなることがあります。
こういった場合に市区町村や年金機構等に対し勤務先を明らかにするよう求めることができます。
ですが与える影響が大きいため利用できる場合が制限されています。具体的には権利の種類が決まっており養育費の請求権や生命、身体侵害に対する損害賠償請求権をもっている場合に認められます。
また前記の不動産情報と同様に事前に債務者に対する手続きを行うことを要します。

いずれの場合も債務者に対する開示手続と同様にすでに判明済みの財産だけでは回収に足りないことを立証します。

ポイント4~その他の注意点

弁護士に依頼する必要性

前記のように開示を求めるためには判明している財産では回収が困難であることを立証しなければなりません。
例えば居住している不動産を債務者が所有していないことや処分しても回収できないこと、勤め先を調べたが分からなかったことなどを文書で示さなければなりません。不動産の所有者でないことを示すためには登記事項証明書を取得する必要がありますし、名義人であるときには価格を疎明するため見積書をとる必要があります。どの程度の調査をしなければならないかは一概にはいえませんが手間と時間がかかることは間違いありません。強制執行はスピードが命でありタイミングを逃すと回収に失敗するおそれが高まります。
弁護士であれば迅速に調査することが可能であり調査不備を指摘されるおそれもありません。債務名義に書かれた場所から債務者が引っ越してしまっていることもあります。この場合には住所自体の調査も必要となります。住所や相続人の調査には住民票の写しなどが必要となりますが弁護士であればスムーズに取得することが可能です。

肝心なことは資産の調査だけでは意味がないということです。その後の執行を経て初めて回収へとつながります。これらを滞りなく素早く確実に行うことが大切であり専門的な能力が要求されます。できるだけ初期の段階から弁護士に相談しておくことをおすすめします。

まとめ

  • 強制執行をするためには債務者の財産を特定する必要があります。
  • 財産の有無や内容を債務者自身に陳述してもらうことが可能です。預金や不動産、勤め先等について第三者から情報を取得することもできます。
  • 法改正により罰則が強化されたことなどで実効性が高まっています。
  • 債務名義があるか一般先取特権者でなければ利用できません。公正証書や支払督促でも利用可能です。
  • すでに実施された開示手続きの記録を閲覧することも可能です。
  • 不動産と勤務先についての情報を第三者から取得するには事前に債務者に開示を求めていなければなりません
  • 判明済みの財産だけでは回収できないことを疎明しなければなりません。