はじめに

債権の回収可能性を高める方法として、保証人を立てたり不動産などに担保権を設定したりする方法があります。
これらの方法は債務者の負担が大きく、また費用や手間がかかりすぎるというデメリットがありどのような場合でも利用できるわけではありません。

高額な融資をする場合には抵当権や根抵当権を設定したり、保証人を立ててもらったりすることは一般的ですが、日常的な売買契約や少額な金銭消費貸借契約などではこのような担保をとることは現実的ではありません。

しかし、もし相手との間で日常的な取引関係があるなど互いに債権をもちあう関係にあるときは、実際上担保をもつのと変わらない状態になることがあります。

例えば、お互いに金銭請求権をもっているのであれば対当額の範囲で担保されているのと変わらない状態にできます。
ここでいくつか要件が必要であり、自分にとって有利な形になるように元の契約に工夫をしておくことが有効です。

ここでは相殺の基本や事前の対策のコツなどを見ていきたいと思います。

ポイント1~相殺とはなにか

相殺というのは、ある人に対し債権をもっている場合に、同じ種類の権利を相手も債権者に有しているときにどちらか一方の意思表示によってお互いの権利を対等な範囲で消滅させる制度のことを言います。
例えば、XがYに300万円の売掛金債権をもっている場合に、YもXに対し150万円の貸金債権をもっているケースで、XまたはYが対当額で消滅させるとの意思を伝えるとXの債権は150万円になってYの債権はなくなることになります。

消滅を行う方は自働債権と呼ばれており消滅させられる側は受働債権と呼ばれます。
前記のケースでXが意思表示をしたのであれば、Xの債権は自働債権となりYの貸金債権が受働債権です。反対にYからしたのであれば、Yの方が自働債権でありXの方は受働債権となります。

なぜこのような制度が設けられているのかといえば大きく2つの理由があります。
一つは、お互いに同じような権利をもっている者同士が形式的に弁済を行わなければならないとすると費用と時間を無駄にするからです。
例えば、前例でXが返済のためYの銀行口座に150万円を振り込み、Yも返済のためXの銀行口座に300万円を支払わなければならないとすると、手間や時間がかかり振込手数料もかかってしまうことになります。

2つ目の理由は、一方は約束どおりに返済したがもう一方が約束を反故にする場合に問題となるからです。
例えば、XはYに150万円を返済したが、Yは弁済期を経過しても支払わないのであれば問題があります。催促をするだけでも時間や労力がとられますし、訴訟などを起こさざるを得なくなることもあります。
特に相手が破産した場合には回収がとても難しくなります。Yが破産したのであればXは破産債権者として配当を受けられるだけであり損害を受けることになります。
また、対当額の範囲で債務がなくなったと期待することは自然なことでもあります。そこでこのような制度が認められています。

うまく利用することで回収を確実にすることが可能となります。

ポイント2~要件について

お互いに債権をもっていてもそれだけでは消滅させることはかないません。
いくつか満たさなければならない条件があります。そうでないとかえって不公平となってしまうからです。
例えば、前例でXの債務の返済期限が5月30日、Yが同年10月31日の場合に、今が5月30日としてXの方から消滅できるとするとYはまだ返済しなくていいはずなのに返済を強制されたことになってしまいます。

下記に述べる積極的な要件を満たした状態を相殺適状といいます。

債権の対立

当事者それぞれがお互いに対して債権を有していることが必要です。つまり、他の人に対して有している債権は対象にはならず、また第三者のもっている権利を自働債権とすることは認められていないことになります。
もっともこれについては例外があるので注意が必要です。連帯債務や保証債務を負っている場合には他の債務者や本人のもっている権利で相殺可能です。
また、連帯債務者や保証人の求償権、債権譲渡などについても例外があるため注意が必要です。

債権が存在していることが必要ですが、時効のため自働債権が消滅したときであっても、それ以前に要件を満たしていたときは例外的に認められています。
これはすでに債権は消滅したと考えるのが自然だからです。

債権が他人に渡ってしまうと要件を満たさなくなります。債権回収の事前対策として譲渡禁止特約を結んでおくことが有効です。

債権の目的が同種のものであること

自分の債権が金銭債権であれば相手の債権も金銭債権でなければならず、物の引渡請求権であれば同じ種類の物の引渡請求権でなければならないということです。

同種の目的があればいいので債権の発生原因が同じである必要はありません。例えば、金銭債権であれば売掛金と貸付金の相殺も可能です。

いずれの債権も弁済期にあること

弁済期の到来が重要な要件とされています。これはもし相手の債務の返済期限が来ていないのに相殺できてしまうとすると相手の期限の利益を一方的に奪うことになるからです。この点で一つ注意すべきなのは、実質的に弁済期の到来が必要なのは自働債権のみであることです。つまり、受働債権については弁済期にある必然性がないのです。なぜなら、期限の利益を放棄することはその人の自由だからです。
例えば、XはYに300万円の売掛金債権(弁済期5月30日)、YはXに150万円の貸金債権(弁済期同年9月30日)をもっている場合において、今が5月30日であるときは、Yからすることはできませんが、Xは期限の利益を放棄できるため可能ということになります。

いずれの債権も現存していなければなりません。
対立する債権が有効に存在していなければならないため、片方でも債権が無効であるときは認められないことになります。
例えば、XがYに対し300万円の売掛金債権をもっている場合において、YもXに対し150万円の金銭債権をもっているが、その債権が賭博による違法なものであるときは、Yの債権は公序良俗違反で無効となるため相殺できません。
契約が取り消されたり解除されたりした場合も同様です。すでに弁済がなされたときも債権は消滅しているため認められません。

例外として、前記のとおり消滅時効にかかったケースでは消滅の前に要件を満たしていればすることができます。

性質上問題がないこと、つまり債務の内容が問題となることもあります。
不作為を目的としたものであったり、労働を行うことを目的としたものであったりするときは実際にそれを行わなければ意味がないからです。
例えば、隣人であるXとYがお互いに騒音を出さないという契約は不作為を目的としたものであり債務の性質上認められません。また、XとYがお互いに引っ越しをするときには作業を手伝うという契約は現実に履行しなければ意味がないためこれも許されません。

相殺の方法は、相手方に対して対等な範囲で債権を消滅させる旨の意思表示をすることで行います。口頭で行っても構いません。ただし、トラブル防止の観点から後日の証拠のため内容証明郵便(配達証明付き)で行うことが大切です。文面にはお互いの債権を特定できるように種類や発生年月日、金額などを記載します。法人であれば代表者に送ることになります(通常は会社の住所に当てて送付しますが倒産して宛先不明となるときは代表者の住所に送ります。住所は登記簿に記録されています。)。破産しているケースであれば破産管財人である弁護士に通知することになります。

効果は相殺適状となった時点にさかのぼって発生します。したがって、その時以降の遅延損害金は生じないことになります。

ポイント3~相殺禁止

相殺適状となったとしても以下の場合には相殺が認められていません。

相殺を禁止する特約を結んでいるとき

当事者の便宜等に資するために認められた制度であるため、当事者の意思が尊重されます。
ただしこの約束を知らない第三者が債権を買い取ったようなケースでは、その第三者からすることは可能です。

悪意による不法行為

悪意をもって損害を与えた場合には加害者は相殺を主張することはできません。
例えば、XがYに対し300万円の売掛金債権をもっている場合に、XがYに恨みをもっていたためインターネット上にYの名誉を傷つける記事を掲載し150万円の損害を与えたときは、Yは相殺することができますがXからすることはできません。

ここで注意しなければならないのは過失や単純な故意では足りないということです。相手に危害を加える積極性も必要とされています。

このような規定が置かれているのは嫌がらせに不法行為が行われることを防ぐことや、被害者が現実に救済される必要があるからです。
これには例外が規定されていて被害者から債権を譲り受けた第三者への相殺は可能です。この場合には第三者に現実に弁済しなければならない根拠がないからです。

身体への侵害

人の生命や身体に対する侵害を生じさせた場合には損害賠償請求権が生じますが、これを受働債権にすることは権利者保護の観点から認められていません。
前記と異なり、不法行為に限定されず債務不履行に基づくものを含みます。また過失による不法行為も同様です。
この場合にも債権を譲り受けた者に対し相殺することは可能です。

差押禁止債権など

一定の場合に法律上差押えが禁止されることがあります。給料や扶養料などがこれに当たります。もしこのような権利についても認めてしまうと差押えを禁止した趣旨に反するからです。ただし、差押えを禁止する趣旨は一定の人を保護することにあるため保護対象となっている人自身からの主張は可能です。

受働債権の返済を禁止されたとき、つまり相手の債権が誰か別の人によって差押えや仮差押えをされた場合にもできません。
ただし、差押えの前に取得した債権であれば可能です。

ポイント4~法定相殺と約定相殺

実は相殺には2つの種類があります。
これまで見てきたものを法定相殺といい、合意により実現させるものを約定相殺といいます。
法定相殺の方は相手の意思に関わりなく一方的に権利が消滅させられるのに対し合意が必要となる点に決定的な違いがあります。

約定相殺のメリットはこれまで見てきた相殺の要件や効果とは違う扱いが可能な点にあります。
例えば、債権が同じ種類でなくとも問題ありません。XのYに対するものが金銭請求権であり、Yの権利が物の引渡請求権のときも相殺可能です。お互いが納得しているため問題ないのです。
弁済期がまだ先であり到来していないとしても問題はなく、また相殺が禁じられているものであってもすることができます。
相殺の効果は本来適状となった時から発生しますがこれも変更することが可能です。期限をつけたり条件をつけたりすることも可能です。

そのため、相手との交渉しだいで通常の債権回収や相殺をすることが難しい場合であっても有利な形で相殺契約を結ぶことで回収を実現できることがあります。

売買契約や金銭消費貸借契約などを結んだ後に相殺契約をするのではなく、元の契約自体を工夫することにより回収を容易にすることもできます。
代表的なのは期限の利益喪失条項を設けることで一定の事実が起きた際に相手の期限を直ちに到来させるものです。
これによく似た相殺予約と呼ばれるものもあります。弁済期に関係なく相殺できるという規定を契約にいれておくのです。前記の喪失条項では相手の状態によって可否が変わってしまいますが、こちらの方法ではそのような不安定さがありません。

まとめ

  • 相殺は弁済の手間や費用を節約できるだけでなく、履行を強制するのと変わらない担保的な機能があります。相手に対する一方的な意思表示によって行います。
  • 法定相殺は、同種の債権をもちあい自動債権の期限が来ていなければなりません。法律や契約などで禁止されていないことも必要です。
  • 債権譲渡を禁止しておくことで債権回収の可能性を高めることができます。
  • 内容証明郵便を使うことで証拠に残すことができます。
  • 約定相殺は法律上の要件にかかわりなく利用可能であり効果も変更できます。
  • あらかじめ相殺予約をしておくことで弁済期に囚われずに行うことも可能です。