目次
はじめに
国保などの被保険者である患者が支払いをしない場合とその対策
定型的な対応が必要
督促には事前準備が肝要
「患者さんが、お金がなくて払えない場合」
「患者さんにお金があるのに払わない場合」
国保などの保険料を納付せず被保険者資格を喪失した者が支払わない場合
交渉により支払いに導く方法
前段までの督促でも支払いをしない場合
短期消滅時効と民法改正

 

■ はじめに

医療機関では患者が診療などの代金(以下、「診療報酬」といいます)を支払わないケースが少なからず発生します。
2008年度の数字では年間約200億円という数字がありますが(四病院団体協議会(全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会、日本病院会)調べ)、
現時点ではさらに増えているのではないかとも言われています。件数的には外来が多いのですが、金額的には入院療養費の未払いが圧倒的に多いようです
診療報酬の未払いは、本人1割負担から本人3割負担に移行したことが大きなきっかけだと言えます。1割負担であれば本人負担額も少額であり本人も「支払わなければいけない」という倫理意識から支払おうと努力しますが、3割負担ではその限度を超えてしまうのです。
また、近年はモンスターペイシェントと呼ばれる患者などが意図的に支払いをしないケースも増えてきています。

■ 国保などの被保険者である患者が支払いをしない場合とその対策

・定型的な対応が必要

患者さん国保などの被保険者である場合、診療報酬は、窓口で被保険者である患者が自己負担分を支払うとともに残額は保険者から医療機関に支払われます。現状では前者の未払い(窓口未収金)が大きな問題です。
つまり、この場合、患者さんから本人負担分を回収できないことになります。これには、「患者さんにお金がなくて払えない場合」と「お金があるのに払わない場合」があります。
いずれにしても、基本的には定型的な対応を考えておく必要があります。
最近はネットで評判が書き込まれることも多く、場合に応じてさまざまな対応をしていると、きめ細かな対応をしているつもりでも、場当たり的な対応だとか差別をしているとかの非難をされかねません。
基本的には、一定金額や一定期間などで上限を定め、それ以下ならば事務担当が電話で督促する、
それ以上なら手紙で督促したり担当者が訪問するなどの対応を決めておくことです。
また、記録の取り方も重要です。どのように督促してどのような対応があったのかを正確に記録しておきます。
往々にして、こうした対応は、担当者へのノルマ主義に陥りがちです。
しかし、数字だけ先行しても意味はありません。
例えば、「今月は何件督促した」、「今月は何件支払いがあった」という記録だけで満足しては意味がありません。特に注意が必要なのは医療機関という特性です。
事務部門は基本的に診療・看護に携わるわけではないので患者さんの立場を忘れがちです。いくら良い先生や看護師さんがいても事務部門が足を引っ張ってはいけません。
もちろん、回収率を高めることが最重要課題ですが、督促のやり方次第では医療機関の評判に響きます。反面、やる気のない事務的な対応を繰り返していると、患者さんの方でも支払いに対する倫理的な義務感を喪失していきます。
医療機関も慈善事業ではありませんが、物販業者とは違います。
患者さんの生活に配慮しつつも、きちんと義務を果たしていただくという確固とした態度が重要です。また、督促電話などを通じて、患者さんの経済状態や生活実態、親族の有無や緊急連絡先などを把握しておくことが次のステップにおいて重要です。

・督促には事前準備が肝要

いずれにしても、督促はトラブルの原因になりやすい行為です
粗い対応や高圧的な態度は却って相手を硬化させてしまいます。また、法律的に問題を生じることもあります。一方、あまり下手(したで)に出ると甘く見られて無視を決め込まれてしまいます。
具体的には
・電話督促の際のスクリプト(原稿)をつくっておくこと
・手紙の文面や訪問時の対応をマニュアルを用意し、担当者はすぐに対応できるようにしておくこと
・記録の取り方を定式化し、記録が適切かどうかの監査を行うことなどが重要です。
こうした作業には、事前に債権回収専門の弁護士などに相談して、
法律的及び事業遂行上問題ないものになっているか確認してもらいます。
電話督促などは支払を催促するだけなので簡単と思われているかも知れません。
しかし、例えば、営業電話を考えてみてください。
まず、電話の対等者の応対の印象が悪くて、その会社のイメージが悪くなったなどの覚えがあるはずです。
実際、営業などを専門に行っているコールセンターでも、
優秀な会社であれば、きちんとスクリプト(原稿)をつくって電話を掛けたり受けたりしています。
病院の支払い督促電話も同じです。
債権回収専門の弁護士などの専門家の意見を聞くことが効率的な回収につながります。
また、この段階で回収できなくても、次の段階に進むか否かの判断が円滑になります。
訴訟などで個別に解決するためには費用が掛かってしまいますが、
訴訟以前の対応で済めばトータルコストは合理的な範囲にとどめることができます。マニュアル化ということであれば、比較的廉価なコストに留めることができます。

・患者さんが、お金がなくて払えない場合

この場合、国保などの保険制度とは別の枠組みになりますが、生活保護を受けていれば後述の「医療券」制度があります。
事前に手続きを踏む必要がありますので、患者さんの状況をヒアリングして適切な対応をアドバイスしましょう。このためには、地元の福祉課や社会保険事務所との連携も有効です。
生活保護を受けられそうにない場合、例えば、近くに頼れる親族がいるような場合は、そうした親族に保証人になってもらうことが有効です。
なお、連帯保証人の規定については2017年の民法改正で変更されています。ネット上にもさまざまな情報はありますが、施行日や新しい制度について間違った情報をベースにすると不都合を生じますので、前述のマニュアル化の際にきちんと弁護士から正しい情報を得ておくのがベストです。

・患者さんにお金があるのに払わない場合

最近増えているのがこのパターンです。
単に払わずに済むなら済ませたいという程度のものから、病気が治っていないから払う義務もないというモンスターペイシェントまでさまざまな段階があり、対応が難しいグループです。
医師法の応召義務を曲解して、何も支払わなくても医師は診療をしなければならないと主張する人もいます。
まず、医療契約は双務契約であり、患者さんには医療費を支払う義務があること、また、医療契約は、基本的に、患者さんの病気を治すことを約束する請負契約ではなく、病気を治すために最善の努力をする準委任契約に留まることを理解してもらいましょう。
モンスターペイシェントの場合、法律を誤解している場合もあるので、法律専門家である弁護士に医療契約の内容を解説してもらったパンフレットなどを常備して、医療機関内で閲覧できるようにしておくのも、誤解や争いを避けるためには有用です。

■ 国保などの保険料を納付せず被保険者資格を喪失した者が支払わない場合

被保険者資格を喪失した者については、「医療券」制度によって国保などの保健制度とは別の枠組みで代金を得る可能性があります(事前手続きが必要です)。
なお、被保険者資格を喪失が懸念される場合もありますので、患者さんの被保険者資格の確認は定期的に行う必要があります。
「医療券」制度とは、生活保護制度における医療補助制度です。
これは健康保険制度とは別枠で生活保護制度の中で医療費を補助するものです。具体的には生活保護を受けている本人が社会保険事務所で医療券を受けとり、これで支払いに代えるものです。
医療券によって医療機関は診療代全額を受け取ることができます。但し、事前に医療券をもらってきてもらう必要がありますので、そのための啓もう活動や相談に応じる窓口の設置が有効です。

■ 交渉により支払いに導く方法

本人が直ちに支払いできない場合や支払いが難しい場合は、実効性があるのであれば支払いを猶予するのもひとつの方法です。
しかし、期限のない猶予は、納付しなければいけないという患者さんの義務感を鈍麻させてしまうおそれがあります。また、後述の時効の問題もあります。
従って、猶予する場合は、必ず「○○までに必ず支払います」などといった念書や債務承認弁済契約書を書いてもらうべきです。
未払い額が高額な場合は執行認諾約款付公正証書にしておけば、結局支払いがなかった場合でも裁判を経ずに強制執行ができます。年金や生活保護の受給者である場合は年金や給付金を受給するタイミングで支払いをしてもらうような計画を組みます。なお、年金は年6回、偶数月に給付されます。
猶予の際には、親族などの保証人を立ててもらいましょう。
また、単純に全額の支払いを先延ばししても事態が変わらないおそれがあるので、分割払いにして少しずつでも未払金の回収を進めるのがよいでしょう。
本人にどうしても支払い能力がない場合は親族に払ってもらうように交渉します。

■ 前段までの督促でも支払いをしない場合

この場合には、費用対コストを勘案して支払督促手続きや訴訟手続きを取る必要があります。
支払督促手続きは、簡易裁判所の書記官に対する申し立てで行うことができるため、弁護士を立てずに行うこともできます。
支払督促には定型的な書式もあり、費用も数千円です。申し立て後、書類は簡易裁判所の書記官から債務者に届きますが、裁判所から書類が来たということで心理的な効果も大きいと言えます。
ただ、最終的には強制執行により差し押さえを行うので、財産のない未払い患者さんに対しては、実効性がありませんが、ある程度の財産がある患者さんであれば、裁判所から通知が来るのはかなりの心理的圧力になります。強制執行を経ずとも任意で支払いがなされるケースもあります。
また、患者さんが対応しない場合、預金、給与や家賃収入がある場合は給与や家賃を差し押さえることができます。なお、年金は、少なくとも受領前は差し押さえができません。
患者さんが督促異議などで対抗してきた場合は訴訟手続きに移行します。この場合は、医療機関としては容易に対応しがたい場合も多いので弁護士に相談して対応を考えるべきでしょう。

■ 短期消滅時効と民法改正

なお、2017年改正前民法(以下「改正前民法」)では、一定の小規模取引の債権には短期消滅時効がありました。
短期消滅時効は2017年の民法改正で廃止され、改正法施行後は基本的には5年になります。5年も未払い状態が続くことは会計的にも好ましくありませんが、時効があるとの認識はしておくべきでしょう。
また、改正前民放が適用されるケースもありますし、時効の起算日がいつなのかなどについて法律的な判断が必要な場合もあります。前述のマニュアルを作成する際にはきちんと時効についても弁護士から正確な情報を得ておいてください。