はじめに

債権回収という視点から企業活動を分析すると、契約段階、契約後、問題発生後の3段階に分けて考えることができます。

債務不履行などの問題が生じた後は、訴訟などの具体的な回収行動によって対応していくことになります。
契約後問題が発生していない段階では回収不能に陥るリスクを低減させるために債権の発生時期を基準にした債務者のリストを作成するなど債権管理が重要となります。例えば、同じ債務者に似たような債権が複数発生している場合に管理があいまいであると消滅時効にかかるリスクが高まります。

そして、最も基本となるのが契約段階の問題です。契約自体があいまいで証拠も存在しなければその分だけトラブルが生じやすくなります。

企業法務における危機管理の基本はトラブルを未然に防ぐことにあります。
そのためには一般的に発生する可能性の高い問題を想定しこれに対処できる複数の手段を用意することです。

そのための工夫ができるのが契約書です。
債権回収の基本的な考え方は少しでも回収の確率を上げることであり、できるだけコストや労力のかからない方法をとることにあります。
この基本的な考え方を契約書に落とし込むことが重要です。

トラブルは完全に防ぐことはできません。そのため問題が起こることを想定し実際に起きたときに影響を最小限に留めることが大切です。

ここでは契約段階における対策を考えていきます。

契約段階における対策

債権回収という視点において、契約段階における対策としては契約をするか否かという問題と、契約をするとして将来の信用上の不安にどのように対処するかという問題の2つに分けて考えることができます。

契約をしていない段階では債権回収という問題は本来発生しませんが、相手の信用が極端に低い場合には契約をしたが最後、ほぼ確実に債権回収という問題に直面することになります。企業にとっての債権の回収は営業活動により得た利益を確定的に取得するためのものであり本来の企業活動と切り離すことはできません。そのため、契約に先立ち相手の信用状態について調査し取引を行う価値があるか否かの判断を行うことも債権回収という視点から重要となります。

信用上の問題をクリアして相手と取引を行うことにした場合、将来の債権回収を確実に行うことが目標となります。その際、単に回収できればいいというのではなくできるだけ簡便に費用や労力のかからないことが望ましいといえます。
このような望ましい状態にするためには契約内容を工夫することが重要です。具体的には契約書の作成により工夫を行うことになります。

そもそも契約書の作成は必須なのかという問題があります。企業によってはその活動内容からして契約書を作成することが非現実的なこともあります。例えば、少額の商品やサービスでは料金を後払いにするものであっても契約書を作成することは困難です。

金額が大きい取引であっても顔なじみであることなどを理由に書面が作られないこともめずらしくありません。
これらのことからわかるように通常の契約は書面にすることは必須ではありません。契約の効力要件とはされていないのです(保証契約など例外はあります。)。

ではなぜ書面にするのかと言えば紛争を未然に防ぐためです。具体的には、証拠に残すという意味と、あいまいな部分を明確にするという意味があります。
書面にしてもらいたいのに頼みづらいと考える理由の一つは信頼感を損ねるのではないかという不安にあるといえます。これは書面にすることが証拠に残す意味しかないと考えているせいかもしれません。
しかし、契約内容を明確にすることで商品やサービスの対象、支払い方法、時期などで誤解を生じさせないことが第一の目的であり、本来信頼感を損ねるものではありません。
そのため、できるだけ契約書を交わすことがトラブルを回避する基本となります。

契約書作成のポイント

契約書を作成する場合には気をつけるべきポイントがあります。契約の有効性に関わる事項、支払いが滞った場合に回収を容易にする事項などがあります。

どのような契約であっても当事者を正確に記載し商品やサービスを他のものと区別可能なくらい具体的に記述することが必要です。債権は同様のものが複数成立することから契約日も忘れずに記載します。支払期限も忘れずに記載しなければなりません。

回収を容易にする事項について順に見ていきます。

期限の利益喪失条項

回収を容易にする規定の中でも特に重要なものです。
弁済期が遠い場合や分割払いの特約がある場合には定めておくことが大切です。
期限まで支払わなくてもいい状態を期限の利益といいますが、債務者の資金繰りが悪化したような場合にも回収ができないのでは困ります。
そのため、一定の事実が生じた場合には期限が到来したことにし債権回収の機会を確保するのです。
例えば、「弁済を一度でも遅滞した場合にはすべての債務を直ちに返済する。」という規定を入れます。
このとき、「遅滞した場合において債権者が残債務全額について催告したときは」とすれば請求したときに限り期限の利益を失わせることもできます。

催告を要件にするとその分手続きが煩雑となり時間もかかることになります。一方で、当然に残額の支払い義務を生じさせると任意の支払いが期待できるときには効力として強すぎます。
どちらか二者択一ではなく期限の利益喪失事由に応じて柔軟に定めることが大切です。

契約解除条項

期限の利益喪失と一緒に定めるべきものとして契約解除条項も重要です。
期限の利益喪失事由に当たれば当然に解除されると定めるものです。あるいは債権者の通知により解除されると規定します。
このような規定がない場合には債務不履行が生じたことを前提に相当な期間内に履行するよう催告して初めて解除可能となります。これでは解除ができる場合が制限されすぎてしまい損害を被るおそれがあります。そのため特に規定を置くことが必要となります。

相殺条項

相殺の担保力を活用する方法もあります。相手方も対等の債権を持っている場合があるため対当額で相殺可能と定めるのです。民法上も相殺が認められていますがその要件として互いの債権が期限を迎えていることが必要であり、相手の資金繰りに懸念が生じたとしても弁済期が到来しない限り対応できないのです。
そこで、同種の債権を持っている場合には期限が来ているか否かに関わらずいつでも相殺できるとの規定を置きます。
企業間取引の場合には三者間相殺契約も検討する価値があります。これは、債権者がグループ企業でありその構成企業に対し債務者が金銭債権を有しているときに、当該グループ企業も含めて相殺について合意をするものです。これにより債権者が直接債務者に金銭債務を負っていない場合にも相殺できるようになります。

所有権留保条項

取引が物品の売買である場合には所有権留保に関する規定を入れることが重要です。
本来、所有権は売買契約の成立時に買主に移転します。代金の完済まで売主に権利があると誤解していることがあるため注意が必要です(契約を解除して取り戻すことは考えられます。)。不動産取引の実務では代金全額の支払いによって権利が移転する旨の合意がされることが通常です。代金を受け取っていないにもかかわらず権利だけ移転してしまうことになれば損失を被るおそれがあるからです。つまり、このような特約があって初めて売主に所有権を残すことが可能となり転売などを防ぐことが可能となります。
不動産だけではなく高額な商品や分割払いを認める場合には、同様の特約を結ぶことが有効です。これにより相手の資産状況が悪くても商品の引き上げが可能となります。
ただし、いくら自社に所有権があるとしても現在占有しているのは債務者であり、無断で引き上げるようなことは許されません。もし無断で持ち出すと建造物侵入罪と窃盗罪に問われることになります。また、同意があったとしても同意をしていないと主張されるおそれがあります。このようなトラブルを防ぐには同意書面をとることが重要です。自社で書面を用意し責任者に署名押印を求めるようにします。
同意が得られない場合には仮処分手続きを利用しますが費用や時間がかかります。そのため相手との信頼関係を維持することが大切です。
※対象物の価値が債務を超える場合には清算金の支払いが必要です。

遅延損害金

債務不履行があった場合に一定の遅延利息を定めることも有効です。契約で定めなくても法定利率による請求をすることは可能ですが、法定利率よりも高い利率を定めることで弁済期を守ってもらいやすくなります。

管轄

万が一トラブルが生じた場合に紛争解決のための裁判所を定めておくことができます。遠くの裁判所が指定されていると訴訟費用がかさみ時間や労力もかかり訴訟を断念せざるを得ないこともあります。本店所在地などなるべく有利な裁判所を指定します。

その他の注意事項

企業間での取引の場合において継続的取引を行う予定のときは、基本契約と個別契約に分けて考える必要があります。契約書面を作成する場合にも両者に分けて作成します。個別の取引ごとに書面を作成することが難しい場合にも基本契約書の作成は行うべきです。基本契約書は個別契約の前提となるもので総論となる事項を記載します。取引ごとに変更の必要のない事項については基本契約書に、契約ごとに異なるものは個別契約書に記載します。例えば、AがBに自社製品を継続的に売却する場合、対象商品と単価が固定されているときはこれらや支払い方法、製品の納入などは基本契約書に記述し、数量だけ個別契約書や発注書・請書に記載します。

市販の契約書など定形書式を使うことがありますが実際の取引に合わせて適宜変更することが大切です。個別の取引に適合していないと債権の回収に支障が生じるおそれがあります。

契約書には当事者の署名や押印がなされることになります。これはそこに記載された人物が書面を作成したことを証明するために行います。契約上のトラブルとして契約の存在を相手方が認めないことはめずらしくありません。
しかし、当事者の所有する印が使われている場合には訴訟上極めて有利な効果が認められており書面の有効性が肯定され契約自体が認められやすくなります。
そこで重要なのは本人の印であることの証明です。そのためには法人代表者の場合には登記所の届出印、個人の場合には実印を契約書に押してもらうことが大切です。それが難しい場合には記名ではなく署名をしてもらい筆跡の照合が可能なようにしておきます。たとえ契約書に既に氏名が印刷されている場合であってもその近くにサインを貰うことで回収の可能性を高めることができます。

より確実に証明するために公正証書で作成する方法もあります。特に債務不履行の際には強制執行を受けることを認める文言を入れることで債務名義にすることも可能です。ただし、債務名義にするには原則として金銭債務でなければなりません。

債権額が多額な場合には担保をとることを検討します。根抵当権などの登記を要する物的担保は特に債権額が大きい場合に有効です。金額に関わらずよく用いられているのが人的担保である保証人です。ただし、保証契約については書面や電磁的方法でしなければなりません。

請負や消費貸借、不動産譲渡に関する契約書などには印紙税が課されます。売買契約書については不動産などの例外を除き印紙税が課されませんが一定の継続的取引については印紙税が課されるため注意が必要です。前記した取引の基本契約書がこれに当たります。

契約書がない場合

契約書がない場合には事後的に作成することが可能であるか検討します。すでに弁済が遅滞しているような場合には債務承認弁済契約書や準消費貸借契約書の作成も検討できます。相手方の協力が得られるのであれば作成することが望ましいといえます。
契約書が作成できなかった場合であっても直ちに訴訟で負けるわけではありません。債務の存在を証明できれば良いため発注書など相手方とのやり取りを記した書面が利用できます。ただし、間接的な証拠であり署名や押印なども欠いているときは証拠としてそれだけ弱いものとなります。

まとめ

  • 債権回収対策は遅滞が生じたときではなく契約段階から行う必要があります。
  • 基本となるのは契約書面の作成です。後日の証拠となるだけではなく取引が明確になりトラブルを減少させます。
  • 継続的取引の場合には基本契約と個別契約に分かれます。少なくとも基本契約書は作成することが大切です。
  • 期限の利益喪失や解除など回収に役立つ規定を記載します。その際、効力の発生を催告にかからしめるかなど細かく調整します。そのため定形書式をそのまま使うことは問題があります。事前に弁護士に相談することが重要です。