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賃貸物件の所有者であれば家賃滞納の問題にはいつも頭を悩ませていると思います。できるだけトラブルを避けたいという気持ちから強く請求できずに何か月も場合によっては何年も滞納がそのままになっているかもしれません。しかし家賃にも時効があり放置していると大切な権利を失うこともあります。
この記事では滞納家賃が消滅時効にかからないための対処法を解説していきます。
消滅時効とは
消滅時効とは権利の行使を一定期間行わないでいるとその権利が消滅してしまう制度のことです。所有権は消滅時効の適用を受けませんがそれ以外の財産権はすべて時効により消滅します。
他人に対して何かを請求できる権利を債権といいます。これも権利ですから時効により消滅することになります。金銭請求権が代表的であり家賃の支払いを求める権利もこれに含まれます。
原則として債権は権利を行使できることを知った時から「5年」で時効にかかります。仮に権利を行使できることを知らなかったとしても権利を行使することができる時から「10年」で時効となります。
<現行民法の消滅時効(原則)>
起算点 |
時効期間 |
権利を行使できることを知った時から |
5年 |
権利を行使することができる時から |
10年 |
時効の援用
時効の援用とは時効により利益を受ける人が時効の利益を受ける意思を示すことを言います。時効が成立するためには債務者による時効の援用が必要となります。そのため時効期間が経過していたとしても賃借人が時効援用しない限り滞納家賃の請求をすることができます。
時効期間が経過してしまうと債務者による時効の援用により権利が確定的に消滅してしまいます。
では時効期間は経過しているが援用する前に滞納家賃の承認(一部弁済や分割払いの申し出など)があったときはどうなるでしょうか。
この場合には借主は信義則上時効の援用ができないとされています。もう時効の援用はしてこないだろうと家主は信じるからです。
そのため時効期間が経過していたとしても回収をあきらめる必要はありません。
<関連記事>債権回収、借金には、時効がある!消滅時効とその対処方法について解説!
滞納家賃の時効
家賃も金銭債権ですから時効にかかります。
時効期間は、権利を行使できることを知った時から5年と、それ以外の10年がありましたがどちらになるのでしょうか?
支払期日が来れば権利を行使できるわけですが大家さんは家賃の支払期日を知っているため、支払日の翌日から数えて「5年」で時効にかかることになります。
5年経過すると家賃を請求できる権利がすべて時効になるわけではありません。毎月発生する家賃が順次時効にかかることになります。つまり、少なくとも5年間分の滞納家賃は回収可能です。
時効期間が経過したとしてもそれだけで権利が消滅するわけでもありません。
時効期間がリセットされたり延長されたりすることもあります。
家賃滞納の消滅時効をストップさせる方法
消滅時効期間は絶対的なものではありません。滞納から5年経過してしまえば必ず権利が消滅するというものではないのです。あくまでも何もせずに家賃の滞納を放置していると回収できなくなる可能性があるということです。
家賃の滞納があった場合には5年の期間が経過する前に適切な対応をとることで家賃が時効にかかることを防ぐことができます。
古いものから充当していく
家賃滞納があった場合に支払いが遅れてなされることがあります。このように遅れてなされた支払いがいつの家賃に充当されるのかについて意識しておくことが大切です。
法律上は古い家賃から順に充当されるのが原則なのですが大家さんの回収方法によっては新しい家賃に充当してしまうこともあるため注意が必要です。
例えば、4月分の家賃滞納があった場合に、5月に一月分の支払いがなされたときは、5月分ではなく4月分の支払いがなされたものとして扱います。
督促状を出すときに「4月分の家賃をお支払いください。」と記載してしまうと、5月分に充当したことになりかねません。
そうなると最後の支払いから5年経っていないのに関わらず、最初に滞納した時から5年経っている場合に時効が成立したとして借主が争ってくる可能性がありトラブルの元となります。
「5月分の家賃をお支払いください。5月に支払いがなされていますが4月分の家賃として受領いたしました。」と記載しておけば誤解を与えずに滞納原因を伝えることができます。
訴訟、調停等をおこす
家賃の滞納があっても5年が経過する前に裁判所を利用した手続きをとると消滅時効を防ぐことができます。
訴訟や支払督促、調停、即決和解を利用すると手続きが終了するまで時効は完成しません。勝訴するなど権利が認められた場合には期間がリセット(更新)されます。その場合の期間は10年となります(権利が確定したときに弁済期の到来していない家賃については5年です。)。
<関連記事>債権回収の裁判(民事訴訟)知っておきたいメリットとデメリット、手続き、流れを解説
支払い義務の承認
賃借人が滞納家賃の存在を認めれば時効期間はリセットされます。債務承認書にサインをした場合はもちろん借主が支払いの猶予を申し出たり、家賃の一部を支払ったりしただけでリセットされます。この場合の時効期間は5年となります。
証拠として残すことが大切であり一部弁済については銀行振込を利用することや残額について念書をもらうことが有効です。
時効が差し迫っているときには単に催告するだけでも効果があります。
口頭や文書などにより催告をすると6か月間だけ時効の完成が猶予されます。つまり時効期間満了まで半年もないときには単なる催告も意味があります。言い換えると単なる請求では時効を完全に防ぐことはできないということです。たとえ内容証明郵便を利用したとしても同じです。法的手続きや債務者による権利の承認が別途必要となります。
なお、催告を繰り返したとしても再度6か月延長されるわけではない点に注意してください。
差押え
強制執行により財産を差し押さえることでも滞納家賃の時効をストップできます。
強制執行するには確定判決書や調停調書、公正証書などの債務名義と呼ばれる権利を公的に証明する文書が必要です。
例えば、借主との間で家賃の支払いを約束して、「支払いが遅れたら直ちに強制執行を受けることに同意する」旨の公正証書を作成していた場合に、支払いがされずに3年が経過したときに借主の預金を差し押さえると、滞納家賃全額が回収できなかったとしても時効期間がリセットされます。つまり、再び5年経過するまでは時効にかからなくなります。
滞納家賃の時効が成立する条件
消滅時効が成立するためにはいくつかの条件を満たさなければなりません。支払期日から5年経過していたとしても滞納家賃の回収をあきらめる必要はありません。
ここでは滞納家賃が時効消滅する要件を解説していきます。
家賃の滞納から5年以上経過
家賃を請求できることを知った時から5年経過することが必要です。つまり家賃の支払期日の翌日から数えて5年経過するまでは時効にかかりません。家賃は毎月発生するため一月分ずつ時効にかかることになります。
時効成立まで滞納家賃を一切払っていない
支払日から5年が経過することが時効にかかる最低限の要件ですが、その間に一度でも支払いがあれば権利を承認したことになりその時から5年経過するまでは時効にかかりません。
滞納家賃の回収手続きを何も行っていない
訴訟や支払督促、即決和解、民事調停などの手続きをとり滞納家賃の存在が認められた場合には時効期間が更新されることになります。時効期間が経過する前にこれらの手続きをしていれば再び所定の期間が経過するまで時効にかかりません。
賃借人が貸主に時効の援用を行う
賃借人が貸主に対して、「時効なので支払いません。」と意思表示をすることが必要です。証拠として残す必要があるため普通は内容証明郵便で送ってきたり訴訟の中で主張したりしてきます。
滞納家賃に関わる保証会社と保証人
家賃滞納の問題には関係する当事者として保証人と保証会社という存在があります。それぞれどのような役割を果たしているのでしょうか。
保証会社
滞納家賃対策として家賃保証会社を利用する方法があります。
メリットとしては家賃滞納が発生したとしても賃借人に代わって支払いをしてもらえる点にあります。この場合、保証会社は代位弁済したことになるため借主に求償していきます。
デメリットとしては保証料が発生するため借主の金銭的負担が大きくなることや入居時の審査が厳しくなる可能性が挙げられます。
保証人
保証人には普通の保証人と連帯保証人がありますが、通常は連帯保証人となっているはずですので連帯保証であることを前提に説明します。
賃借人が家賃を滞納した場合には保証人に対しても請求することが可能です。
消滅時効との関係ですが賃借人に時効更新(猶予)の事由(裁判上の請求等)があったときには保証人の時効も更新(猶予)されます(民法457条1項)。
一方で保証人に時効更新(猶予)事由があったとしても特約がない限り賃借人には効力が生じません。2020年4月1日の民法改正前では連帯保証人に対する履行の請求は主債務者にも効力が生じることになっていましたが現行法では削除されています。
保証人は主たる債務の援用権者とされているため(民法145条)、賃借人の債務が時効にかかれば保証債務も消滅します。そのため賃借人から回収が見込めないケースであっても賃借人に対する法的手続きが必要となることがあります。
家賃滞納者との契約を解除するには
滞納家賃の回収に成功したとしても同じ賃借人が居住し続けるのであればこれからも滞納が発生するおそれがあります。根本的な解決には賃貸借契約を解除することが有効ですが契約を解除するには一定の要件を満たさなければなりません。
3か月以上の滞納
建物の明け渡しを求めるには前提として賃貸借契約を解除しなければなりません。普通の契約であれば債務不履行後に催告を行い相当な期間が経過すれば解除が可能となります。
ところが賃貸借契約のような継続的契約の場合には信頼関係が破壊されることが必要となります。
建物の破壊などがあれば別ですが家賃滞納だけであれば3か月以上の滞納がなければ信頼関係が破壊されたとはいえません。
催告と解除の通知
契約を解除するには相当の期間を定めて支払いを催告しその期間内に支払いがないことが必要です。期間は滞納賃料であれば1週間前後が目安となりますが滞納額など事情により変わります。仮に設定した期日に相当性がなかったとしても客観的に相当期間が経過すれば解除可能とされています。
借主から通知を受けていないと反論されることがあるため催告は内容証明郵便を使います。
解除通知を催告書とは別に送付することもできますが二度手間となるため、催告書に「支払期日までに支払いがないときは期日経過により解除する。」との文言を入れておきます。こうしておけば期日までに入金されないと自動的に解除されることになります。
解除しても退去しない場合には建物明渡し請求訴訟を実施します。
<関連記事>家賃滞納発生後の強制退去の進め方とその対応方法を弁護士が解説
滞納家賃を回収する方法と手順
物件の明渡しと滞納家賃の回収は分けて考える必要があります。
通常の手段での催促
滞納が生じる原因はいろいろありますが支払い方法に振込みなどを採用していると支払い忘れが生じることがあります。このような一時的な滞納であれば電話や訪問、書面での催促で問題は解決します。
<関連記事>【弁護士監修】支払催促状の書き方と送付方法{テンプレート付}
内容証明郵便
通常の方法で支払いに応じてもらえないときにはプレッシャーを強く掛ける必要があります。内容証明郵便は誰から誰あてにどのような内容の文書を送ったかを郵便局が証明するサービスです。証拠として残るため賃借人は強いプレッシャーを感じることになります。弁護士が送付すると効果的であり支払いに応じてもらいやすくなります。
<関連記事>債権回収の内容証明作成方法を弁護士が解説!債権回収を効率よく解説!
法的手続き
相手が任意に支払に応じない場合には裁判所を利用した手続きをとることになります。支払督促や少額訴訟などもありますが明渡しも同時に請求していく場合には通常訴訟を利用します。
勝訴したとしても借主が自分から支払いに応じないときには強制執行により財産を差し押さえることになります。
<関連記事>債権回収の裁判(民事訴訟)知っておきたいメリットとデメリット、手続き、流れを解説
滞納家賃回収の際に気を付けること
債権者だからといってどのような手段で回収してもいいわけではありません。違法な回収方法をとると逆に訴えられてしまうこともあります。
深夜や早朝に電話や訪問をしたり頻繁に催促したりすると不法行為となるおそれがあります。午後9時から午前8時までの時間帯は正当な理由なく連絡しないほうがいいでしょう。
玄関ドアに張り紙をして催促をする大家さんもいますが名誉毀損に当たる可能性があるためするべきではありません。
留守中に鍵を交換してしまうことも住居侵入罪に問われるおそれがあります。荷物の搬出も同様です。
必ず法的に問題のない方法で回収を行ってください。自信がない場合には弁護士にご相談ください。
<関連記事>滞納家賃を回収する方法!弁護士が教える家賃滞納時の対応方法
まとめ
・滞納家賃は5年で時効にかかるため迅速に回収する必要があります。
・一定の出来事があれば時効期間は更新(猶予)されます。一部弁済でも期間はリセットされます。
・賃貸借契約を解除するには3か月以上の家賃滞納など信頼関係の破壊が必要です。
・督促の方法によっては違法行為となるため権利侵害に注意が必要です。
・強制執行は難しいため弁護士にご相談ください。
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「多額の家賃滞納があって処理に困っている」
「毎月一定額以上の未収金が継続的に発生している」
このような問題を抱えているのであればお気軽にご相談ください。