目次
はじめに
債権回収を行う場合、多かれ少なかれ債務者に心理的なプレッシャーをかけることになります。
これにより早く弁済しなければならないという動機づけが生まれ、確実かつ早期の回収が実現できるのです。
しかし、単純にプレッシャーをかければいいというものではありません。
相手の状況に応じて適切にアプローチしていかなければかえって逆効果となり、最悪の場合には回収が不可能な状態になることもあります。
その典型例が自己破産です。
この制度は債務者を多重債務などの問題から救済する画期的な制度ですが、債権者から見ると事実上回収が不可能となる厄介なものとなるのです。
プレッシャーを一切かけなければ回収は困難ですが、かけすぎると自己破産されてしまう可能性が高まります。
そこで重要なのがバランスです。
相手の状況を見極め柔軟に対応することで適切にプレッシャーを与え返済の動機づけをし、追い詰めすぎて返済の意欲を損なわせないことが大切です。
返済が困難であると感じさせることが自己破産されるリスクを高めます。
それでは自己破産してしまうリスクが高まる状況やこれを防ぐための具体的な方法について見ていきます。
自己破産されるとどうなるか
債権者にとってのデメリット
自己破産というのは、個人が債務を完済できない状況において、その保有する財産を債権者に公平に分配するための裁判所を利用した手続きのことをいいます。
完済できないというところが問題であり、今もっている財産を債権額などに応じて換価配当されることになります。そのため、通常は充分な債権の回収はできなくなります。
これには一つ注意点があります。
それは、破産されたからといって直ちに返済する責任がなくなるわけではないということです。返済する責任をなくすためには裁判所から「免責決定」を別途得なければならないのです。また、一部の債権(税金や一部の不法行為など)については免責が認められていません。
ただし、免責許可が下りないということは通常はありませんし、売掛金債権などの通常の債権については免責の対象となっています。
したがって、自己破産手続きが行われてしまうと多くの場合、債権の回収は困難となってしまうため、いかにして自己破産手続きを選択させないかが重要となります。
債務者にとってのデメリット
自己破産すると借金などの債務の返済責任を免れるというメリットが債務者にはあるわけですが、もちろんいいことばかりではありません。
債務者側に生じるデメリットを理解しておくことで、対象者自身、自分が自己破産するリスクがどの程度あるのかについて一つの目安とすることができ、柔軟な対応が可能となります。また、任意の返済に応じてもらうための交渉材料にもなりえます。
代表的なデメリットとしては、5年から10年の間は新たにローンを組むことができなくなる(クレジットカードを作ることもできない。)、持ち家を手放すことになる(換価して分配されます。)、職業に制限が生じることがあげられます。
任意整理の場合でも新規の借り入れに制限が出ることがありますが、これは金融機関が交渉の相手方となったような場合です。他に債権者がいない場合には新規の借り入れに制限が出ない旨を説明することで、分割払いなど任意の返済に応じてもらいやすくなる可能性があります。
職業が制限されることを気にする債務者も多くいます。
代表的なのは、警備員など他人の財産を取り扱うもの、宅地建物取引士、行政書士などの士業と呼ばれる立場にある人、会社の役員などに影響があります。
基本的にこういった人たちは免責を得ることができたとしても一旦はその仕事をやめなければならない、あるいは制限を受けない業務に配置転換してもらうことなどが必要となるケースが多いのです。
こういった職についている人たちはそうではない人たちと比べて特に仕事を失うことをおそれて破産したくないと思っています。そのため、ほかの人達と比べて安易に自己破産するリスクは小さいと考えられます。
このような事情を知っておくことで後述する分割返済などの返済交渉の際に有利な条件を引き出せる可能性があります。
債務者の状況を把握する
相手が実際にどのような経済状態にあるのか把握することが大切です。
具体的には、相手の資産、収入状況、債務の総額や内訳を把握できれば、自己破産される可能性の有無やその程度に目途がつき対応しやすくなるといえます。
これらの情報は個人情報の中でも特にデリケートなものですから簡単に知ることはできません。
ですが信頼関係があれば情報を手に入れやすくなります。
そのため、支払いが滞っているという理由で居丈高に返済を迫ることは相手との信頼関係を損ない、かえって不良債権となるリスクを高めるおそれがあり注意が必要です。
事前に取引を行う際に職業などを申告してもらうことによって、債務者の属性を把握し万が一の事態に備える方法もあります。インターネットの通販サイトでの会員登録や病院などで職業を記入させることが多いですが、収入状況や資産を推測する上でとても有効な方法だといえます。
たとえば、職種が前記した職業制限を受けるものであることが分かれば、自己破産を避けたい思惑が一致するため破産させずに回収できる可能性が高まるといえます。
また、職業として公務員など安定した職についている場合には、将来の返済計画を立てやすいため破産させずに回収できる期待が高まります。
さらに、現在の住居が変わることに抵抗感を持つ人は少なくありません。
そのため資産の中に持ち家がある場合、自己破産を避けようとする傾向が特に強く見られます。
住居が借家ではなく持ち家であるときは、破産せずに支払いを続けようとする意思を持つ人が多くいるといえます。
具体的な対応方法
追いつめすぎない
債務者にとってもデメリットがそれなりにある以上、だれも好んで自己破産したいわけではありません。それにも関わらず自己破産を選択しなければならないということは、それだけ切羽詰まっている状況にあるということです。
つまり、債務者が他に方法がなく追いつめられた結果として選択してしまう場合が多いといえます。
それゆえ、相手を追いつめすぎないことが重要といえます。
具体的には、返済が可能であるという希望をもってもらうことが大切といえます。
返済が不可能であると思いこむと、破産されてしまう可能性が高くなるからです。
自暴自棄になってよく考えずに破産を選択することも考えられます。
プライドの高い人など、自己破産に対して心理的な抵抗感を持つ人は少なくありません。
このような人は返済手段があればそちらを選択する可能性がそれだけ高いといえます。
しかし、このプライドがすでに傷つくような状況になってしまっていると、何もかもがどうでもよくなってしまい破産に対しての心理的な抵抗感が薄くなり、破産されるリスクが高くなるおそれがあります。
たとえば、このようなプライドの高い傾向のある人は、家族や勤め先などに借金の存在を知られたくないことも多いといえます。
このような場合に、催告の電話などの際に家族や勤め先などに債務の存在を匂わすようなことを言ってしまい、借金の存在が明らかになったことで当初選択肢になかった破産を選ばせてしまうこともありえます。
このような事態に陥らないためには、催促の電話は携帯電話の番号にする、郵便を使う場合には督促状だと一見わからない封書を使うなどの工夫が必要といえます。
債権を回収するには心理的なプレッシャー掛けも重要なテクニックといえます。
しかし、その手法も時と場合と相手によって柔軟に使い分ける必要があるのです。
柔軟な返済計画の提案
相手が経済的、心理的に追いつめられている状況にあっては、いつ破産手続きをされてしまうかわかりません。
前記したように返済が可能であるという認識をもってもらうことが大切です。
そうすれば、時間と費用がそれなりにかかる破産手続きを安易には選択できなくなります。
そのためには、債権者自身もある程度妥協していく必要があります。
妥協の仕方も、相手の置かれている状況に合わせて柔軟に変えましょう。
ここでの基本的な考え方は、破産という最悪のシナリオをいかに回避し、確実にかつできるだけ多くの金額を回収することにあります。
まず考えられるのは弁済期の延長です。
金額が大きい場合には、分割での支払いを提案することも有効と考えられます。
特に安定した職業についている場合には、無理のない返済プランであれば応じてもらえる可能性は高くなります。
毎月の返済額が高額であるなど無理のあるプランでは、その分破産されるリスクが高まるため相手に応じてプランを考える必要があります。
次に有効といえるのは、契約の際に定めた約定利息や遅延利息の免除です。
債務者にとっては、利息分だけでも負担は大きいからです。
もちろん債権者としては損をするわけですが、それだけ部分回収の確実性を高める手段として機能しやすいといえます。
たとえば、一括返済の場合には遅延利息を全額免除とし、分割返済の場合には50%を免除するなどの提案が考えられます。
相手の経済状況によっては元本の減額を検討する必要があることもあります。
元本の減額をすることは通常はあまり行われませんが、破産の可能性が高いような場合には、回収の確実性を優先して元本そのものの減額を行うことも検討対象となりえます。
たとえば、他に債権者がいないような場合に、自分たちの債権が大きいことが破産を検討させる直接の理由となっているのであれば、無理のない返済期間に収まるように減額を検討することが有効なこともあります。
保証人を立ててもらったり、金額が大きい場合には他人の不動産に抵当権をつけてもらったりするなど担保を立ててもらうことも有効といえます。
保証人がいる場合には、破産したとしてもその人の支払責任は残るため安易に破産しづらくなります。物上保証人がいる場合にも、同様の効果が期待できます。
手続きをとられる前に執行する
破産手続きを行うには事前の調査などが必要であり、それなりに時間がかかります。
そのため、破産手続きをとられる前に強制執行を済ませてしまうことも考えられます。
強制執行認諾文言つきの公正証書があれば、訴訟を起こして債務名義を取得する必要がないため迅速な強制執行が可能となります。
また、一度分割返済などの合意に至った場合であってもその際強制執行認諾文言つきの公正証書を作成することで、再び返済が滞った場合に対処する幅が広がります。
免責を防ぐ
前記したように、破産されたとしても免責が認められなければ支払責任は残ります。
そのため、破産手続きが開始されたとしても、回収の望みが完全に否定されたわけではありません。
原則として免責が否定されるものとして規定されているのは、財産の隠匿や破壊、譲渡等の処分、クレジットカードの現金化、一部の債権者に対する優先弁済、浪費や賭博、詐術による信用取引、虚偽の債権者名簿の提出、免責許可決定を受けてから7年経過していないことなどがあります。
ただし、裁量免責という制度によって、これらの事実に該当してもほとんどのケースで免責が認められています。
免責が否定されるケースというのは、詐欺破産罪にとわれるなど免責不許可事由のうち特に悪質なケースに限られています。
そのため免責が否定される可能性は低いですが、悪質なケースであれば望みはあるため裁判所に意見書を提出することも検討できます。
まとめ
- 自己破産は債務者の財産を公平に分配する手続きであり、加えて免責されることで支払責任がなくなります。ほとんどのケースで免責が認められるため、破産手続きをとられないようにすることが重要です。
- 相手方である債務者に生じるデメリットを理解しておくことで、破産されるリスクの大きさの参考にできます。デメリットとして一定期間の借り入れ不能、職業制限、持ち家を失うことなどがあります。
- 相手の属性を把握しておくことで破産リスクの大きさを把握したり、返済交渉の際に有利な条件を引き出しやすくなったります。
- 自己破産されるリスクを高める要因は、債務の大きさのほか、返済が困難であるという債務者の認識です。そのため相手を経済的、心理的に追いつめすぎないことが必要です。
- 相手の負担を軽くする直接的な方法は、当初の返済条件を変更することです。分割弁済、利息の免除などが有効です。