はじめに
債権の回収を行うには任意の支払いを促し次第に強力な手段を講じていくことが一般的です。最終的には裁判所の助力を得て強制的に回収をしていくこととなります。
強制的な回収の方法としては強制執行のほかに担保権に基づくものがあります。
強制執行の場合にはあらかじめ債務名義を取得しておく必要があり、担保権の実行の場合には債務者などが所有する物に担保権を設定し登記を備えることが必要です。
いずれの手段も執行裁判所に必要な書類を提出することで債務者の財産から強制的に取り立てることが可能となります。
ここで気をつけなければならないことがあります。
現金や預金のようなお金の場合には直接それを取得することで債権回収という目的を達成することが可能となります。しかし不動産などの物の場合には目的物を取りあげた上で売り払う必要があります。
それが競売(けいばい)と呼ばれるものです。
この際に問題となるのが対象物に設定されている様々な権利です。
これが失効するのか引き継がれるのかという問題です。
ここでは競売によって生じる権利の消滅の有無について解説していきます。
競売の3つの種類
債権の満足を得ようとする場合、最終的には裁判所を利用した強制的な方法をとることになります。
そのための代表的な方法が競売手続きです。
競売が行われる場面に応じてその種類は3つに分けることができます。
1つ目は、強制執行の手段として行われる強制競売です。この方法は判決や執行認諾文言付き公正証書などの債務名義を持っている場合に利用できます。
事前に根抵当権などの担保権を取得していないような場合に利用することになります。
債務名義がないと強制執行できないためあらかじめ執行証書を公証役場で作成していない場合には、訴訟を起こし判決を得ることで債務名義を取得する必要があります。判決の代わりに調停調書や和解調書でも構いません。これらを執行裁判所に提出することで手続きを開始します。
2つ目は担保権の実行により行う競売です。抵当権や先取特権などの担保権を持っている場合に利用することができます。判決などの債務名義を得る必要はありません。
多額の取引をする場合に根抵当権などを設定したり、不動産の請負工事をしたりするような場合に登記をすることで利用できます。判決書などが必要ないため担保権の存在を示す登記事項証明書などを提出することで手続きが開始されます。
3つ目は、形式的競売です。前記の方法が債権の回収を目的とするものであるのに対し、この方法は財産をお金に変えることを目的としています。具体的には、留置権に基づくものや共有物の分割などに利用されます。
例えば、留置権は占有している物に関して生じた債権に基づきその物の返還を弁済があるまで拒絶できる権利ですが、いつまでも保管していることは手間や費用の面から現実的ではありません。そこで競売する権利を認め対象となった物の代わりに換価金を留置することを認めるのです。
ここでは、債権の回収を前提にするため強制競売を念頭に解説をしていきます。担保権実行としての競売については概ね強制競売と同様の取り扱いです。
他の権利者との関係
競売の対象となる財産には様々な権利が設定されていることがあります。
動産には複数の権利が設定されることはあまりありませんが、不動産についてはいくつもの権利がついていることがめずらしくありません。
例えば、用益権や担保権がついています。用益権というのは不動産を利用する権利であり地上権や賃借権などです。担保権は債権を担保するために契約によって設定される抵当権や根抵当権、質権などのほかに法律上の規定により発生するものもあります。
このうち担保権が特に複雑な権利関係を招くことになります。例えば、不動産先取特権は登記の順序が優先順序とは限らず先順位の担保権に優先することもあります。また、順位の譲渡や放棄がされることもあり登記記録を一見しただけでは権利関係を把握できないこともあります。
そこで問題となるのが競売された場合にこれらの権利がどうなるかということです。
権利関係を買い受けた人に引き継いでもらう方法と(引受主義)、余計な権利関係をなくしてまっさらな状態にする方法(消除主義)の2つが考えられます。
それぞれにメリットとデメリットがあります。
引受主義によると権利関係が複雑になるという問題があります。
例えば、地上権や賃借権、地役権などがついている場合、買受人はそれらの権利者と折衝する必要が出てきます。抵当権がついている場合には将来抵当権を実行される可能性を考えて競売に参加しなければなりません。抵当権が処分されている場合には更に複雑になります。つまり、担保権の観点から見れば買受人は物上保証人類似の状況に置かれることになります。
消除主義によると権利関係でもめることがなくなる反面、買受け価格が大幅に高くなるというデメリットがあります。権利を消滅させるわけですからその代償が必要となるからです。そのため買受人が現れにくくなる可能性があります。
一方で引受主義によっても、権利関係が複雑な状態ではリスクがどの程度あるのか計算することが難しくなるため買受人が現れにくくなる可能性があります。
このように一長一短があるため一概にどちらが優れているとはいえません。
最終的にはその国の商慣習や競売の実効性などを総合的に判断して決めていくしかありません。例えば、フランスは消除主義をとっておりドイツは引受主義をとっています。
商慣習の観点からいえば、我が国の不動産売買では売主は担保権を事前に消滅させる義務が定められることが通常であり、買受け価格の上昇よりも複雑な権利関係が生じることを好まない傾向が見られます。
このような事情から消除主義が基本的に採用されています。
ただし、状況に応じて引受主義を例外的に取り入れるという折衷的な方法がとられています。それぞれ詳しく見ていくことにします。
消滅するもの(消除主義)
抵当権や先取特権などの担保物権は原則として消滅することになります。
用益権については、差押債権者や担保権者に対抗することができないものが消滅対象となります。
ただし、消滅させる場合にも考慮すべき問題はあります。
担保権については設定された順位などに応じて配当を受けられれば問題ないといえますが、賃借人については何らかのフォローが必要といえます。
なぜなら、賃借していた建物が偶然競売にかけられたために住居や店舗などとして使用していた場所を直ちに出ていかなければならないというのは一方的すぎるからです。利用し続けることができないにしても時間的猶予は与えられるべきです。
そこで、代金の納付から6か月は出ていかなくていいことになっています。
気をつける必要があるのは買受人との間で賃貸借などの契約関係が生じるわけではないことです。つまり、新しい引越し先を探したり手続きなどをとったりするための時間を与えられるだけです。
契約関係がないため無料で半年間居座り続けられてしまうのではないかと疑問に思う人もいるかも知れません。
しかし、契約関係はありませんがタダで使用することが認められているわけではなく、相応の対価の支払いは必要とされています。支払い相手は買受人になるため買い受け希望者はその点も考慮して競売に参加することになります。
無償で借りていた場合には賃借権ではなく使用借権と呼ばれますが、これは対抗力を備えることができないため担保権設定前のものであっても消滅することになります。また、この場合には明け渡しの猶予制度は適用されません。
他の債権者によって差押えがされることもありますが売却されることで意味を失うため消滅します。同様に仮差押えも配当の対象となるため消滅します。
対象不動産が事前に売却されていたような場合に処分禁止の仮処分がなされることがありますが、それについても担保権や差押えに対抗できないものは消滅します。
例えば、債務者Aが所有する不動産をBに売却したが所有権移転登記が未了の場合に、二重譲渡や差押えがなされることを防ぐためBによる仮処分がされたときは、その前に抵当権や差押えの登記がされているときは仮処分は失効します。逆に仮処分後にされたときはBに対抗できないため消滅しません。
消滅しないもの(引受主義)
不動産売買の実務や競売の実効性などの観点から対象不動産に設定されていた権利は消滅するのが原則です。しかし実際の必要性から一部の権利については消滅しないこととされています。
担保権については、収益や使用をしない約束をしていない質権と留置権が消滅せず引き継がれることになっています。したがって、買い受けた人がその債務を弁済しなければならなくなります。そのため、購入希望者は当該負担分を考慮して手続きに参加することになります。
用益権については、差押えや担保権の生じる前に登記などの対抗力を得たものは消滅せず引き受けの対象とされています。
これらの権利は民法等の法律により担保権者や差押債権者に優先することが認められているからです。実際上も、登記記録を閲覧したり不動産の現況を確認したりすれば用益権があることがわかるため債権者に不測の損害を与えることもないからです。
例えば、債務者Aが所有する建物をBに賃借し引き渡した場合に、その後Cが当該建物に強制執行をしてDが買受けたときは、Bの賃借権は消滅せずDが賃貸人となって継続します。
登記がされた賃借権はすでに抵当権者がいる場合であっても、そのすべての抵当権者が同意をしてその旨の登記をしたときは消滅せず引き受けの対象となります。注意すべきなのは、借地借家法による引き渡しによる対抗要件では足りず必ず登記が必要という点です。
かつて短期賃貸借と呼ばれる制度があり一定の短い期間の賃借権については消滅せず買受人に引き継がせる制度がありましたが現在は廃止されています。不当な利益を上げる目的で制度が濫用されていたためです。
注意しなければならないのはすでに発生している短期賃借権については有効であり更新も可能であることです。そのため現在もかなりの数が残っていると考えられるため事前の調査が必要となります。
競売と併せて検討すべきこと
一口に裁判所を利用する手続きといってもその手段は競売に限られるものではなく、不動産については管理人を選任してもらい賃貸料を得る方法もあります。
債務名義に基づき強制執行として行う場合を強制管理、抵当権などの担保権に基づいて行う場合を担保不動産収益執行と呼びます。いずれも開始要件が異なるほかは本質的な差異はありません。
収益型の回収方法は時間がかかるためあまり利用件数は多くありませんが、買い手がつくまで時間がかかるケースもあり有力な回収方法の一つとなります。
相場の状況も一定ではなく時期によって価格が大きく変わるため競売のタイミングを図る必要があり、それまでの間利用するケースが多いといえます。特に都心のオフィスビルなど高価なものについては競売の時期を間違えると大きな損失となる恐れがあります。かといって物件を遊ばせておく必要はないため競売するまで賃貸料から回収するのです。
管理人によって適切に管理されることもメリットの一つであるため、将来の競売に備えて不動産が朽廃することを防止する目的で利用されることもあります。債務者が適切に不動産を管理してくれないケースが多々あるからです。
収益型か競売かという二者択一ではなく併用することが可能なため、柔軟に回収を行っていくためには選択肢の一つとして検討することが大切です。
まとめ
- 競売にも種類があり3つに大別されます。強制競売は債務名義を取得している場合に利用できるものであり事前に判決などを得ておく必要があります。担保実行としての競売は抵当権などの担保権を持っている場合に利用でき登記事項証明書などを提出して開始できます。形式的競売は目的物の換価自体を目的とするもので共有物の分割などに利用されます。
- 競売の対象物に権利が設定されている場合に、その権利が買受人に引き継がれるか消滅するかという問題がありますが失効するのが原則です。
- 担保権は消滅するのが基本です。ただし、一部の質権と留置権は買受人が引き継ぎます。
- 用益権の場合は登記などの対抗力を先に備えているかで消滅するか決まります。
- 登記された賃借権については先順位の抵当権者が同意し登記すれば消滅させないこともできます。