はじめに
債権の回収について問題となるケースでは1円も支払ってくれない事案ももちろんあるわけですが、代金の一部しか支払ってもらえないケースが多く見られます。
法的な問題を含め事案が複雑になりやすいのは契約を複数結んでいるような場合です。このような場合であってもそれぞれの債務をきちんと履行してもらえるのであれば特に問題はありません。ですが複数の契約がなされた状況で弁済が一部しか行われないようなときには少しやっかいなことになります。
どの債務に対する弁済かを示してくれていればそれほど問題とはなりませんが、特になにも示さずに銀行口座に振り込まれているようなときにはその処理に悩んでしまうこともあります。
一体どの契約に対しての支払いなのかをはっきりさせる必要があります。
ここではこのようなケースについての対処法を解説していきます。
ポイント1~弁済充当の基本
債務の返済を受けるにあたって必ずしも全額を一度に支払ってもらえるとは限りません。1人の債務者に同じ種類の複数の債権をもっている場合には、どの債権に対する返済なのかがわからず債権の管理をどのようにしたら良いのか問題となりかねません。同種の給付というのは典型的な例ではお金を支払う債務です。
例えば、同じ当事者の間で複数回に分けて金銭消費貸借契約が結ばれたような場合です。AがBに対し2021年4月1日に同年9月30日を返済日として30万円を貸付け、翌年5月1日に同年10月31日を返済日として再び30万円を貸し付けた場合に、11月1日に15万円をBが返済してきたような場合です。2つの契約はあくまで別のものであり利息や遅延損害金が異なることもあり、消滅時効の起算点にも関わるためその区別は重要な問題となります。保証人など担保の有無も考えなければなりません。
債権者から見れば利率の高い債権を残しておきたいと考えるのが自然であり、また担保のついていないものよりも担保がついたものを残しておきたいと考えるはずです。一方で債務者の方からすればできるだけ負担を軽くしたいためより負担の軽くなる低利息や無担保の債務を残したいはずです。
複数の債務の場合だけではなく1つの債務に対する返済として複数の給付が必要なケースでも同様の問題が生じます。不動産賃貸における賃料や売買代金を分割で支払うようなケースです。
例えば、賃貸借契約を結んでいる場合において滞納が生じているようなときです。CがDに対しアパートの一室を月々7万円(月末払い)で貸している場合において、4月分と5月分を滞納している状態で6月30日に7万円が支払われたときにどの月の分に対して支払われたのかはっきりさせる必要があります。遅延損害金や消滅時効の計算に影響があるからです。
また、一口に債務と言っても元本のほかに利息や遅延損害金、費用といった内訳があります。これについても一体どれから充当していけばいいのか問題となります。例えば、利息についてさらに利息が発生することは当然にはなく、合意によって定めたときと法律上の要件を満たしたときに認められることになっているため、元本より先に利息部分に返済分が充てられると債権者に有利となります。反対に元本に先に割り当てられるとその分利息が発生しなくなるため相手が有利となります。
例えば、EがFに対して商品を販売し80万円の売掛金が発生した場合に、約束した期限を1年経過し遅延損害金が8万円ある事案において、Fが8万円を返済したときに先に遅延利息8万円から減るのかそれとも元本に充てられるのかが問題となります。仮に元本に充てられることになれば元本は72万円となりその分だけ利息が生じないことになります。債権者の立場からすれば先に利息に充てられるようにできれば望ましいといえます。
支払われた金額で債務全額が賄われれば理想的ですが上記のように必ずしもそういうわけにはいきません。そのような場合に備えて法律上どの債務から優先的に割り当てられるのかが決まっています。これには一定のルールがあり間違って理解していると思わぬ損失が生じることになります。また相手との交渉次第によって回収金額に違いが出ることもあります。そのため債権者にとってより有利となる工夫をしていく必要があります。
ポイント2~指定充当
同一の当事者における複数の債務について、どの債務に対する返済かを一方的に指定することが認められています。ただし費用や利息、元本の順番については一方的な指定はできず、後で述べる合意によるものか法定の順序によって充当されます。
指定できる人には優先順位があります。まず弁済をする人が1番に指定できることになっています。
債務者が弁済の時に選択しなかった場合には第2順位として弁済を受け取る人が選ぶことができます。
例えば、前例でAがBに30万円を2回に渡って貸付けたケースで、Bが20万円を返済した際に同時に初回の貸付分に対する返済である旨を表示したときには初回分の貸付債権額が減少します。
もし返済の際にBが何も示さなかった場合にはAが受け取る際に自分にとって好きな方に充当することが可能です。この場合には相手にその旨を表示することが必要です。
例えば、1回目の貸付けの利息が年利15%で2回目が10%であるときにAはより有利な1回目の貸付けを維持するため2回目の分に充当することをBに伝えることで実現できます。
ただし弁済を受け取った人が指定をしたとしても弁済者がすぐに異議を出すことで債権者側の指定を無効にすることができます。
前例でAが2回目の貸付けに対する返済として受け取るとの意思表示をしたときに、指定するのを忘れたことに気づいたBが1回目の貸付けに対する返済だと意思表示することでAの指定が効力を失います。
この場合には指定がはじめからなかったことになるため、法定の順番に従って弁済の効果が生じることになります。
ポイント3~法定充当
当事者がいずれも充当の意思表示をしない場合や受領者が指定したが異議が述べられたときには法律の規定により下記のように処理されることになっています。
- 期限が来ているものとそうでないものがある場合には期限が来たものから充当します。
- いずれも期限が来ているか、または来ていないときには債務者にとり利益の大きなものから充当します。
- 債務者にとって利益が同じときには弁済期が先に来たものか先に来るものを優先します。
- 上記の基準で先後が定まらないときには債務の割合に応じて充当されます。
このようにいずれの基準も利息や遅延損害金などの負担を減らそうとしており債務者に有利な内容となっていることがわかります。そのため回収する側としては法定充当にならないような工夫をすることも必要です。
なにを理由に債務者に有利かどうか判断するにはある程度の目安があります。利息付き債権と無利息のものであるときには利息付きのものから、高利のものと低利のものでは高利のものから、担保付きのものとそうでないもののときには担保のついたものから減らしたほうが有利といえます。しかし、利息はついているが無担保のものと無利息であるが担保付きのものではどちらが有利なのかは事案によって異なるといえます。
このように基準が必ずしも明瞭とはいえないことから後日のトラブルを防ぐためにも後記の合意による方法を検討することが望ましいといえます。
基本となる債務自体の問題だけではなく元本や利息、費用の優先順位も考えなければなりません。
結論から言えば、費用が最優先であり、次に利息、最後に元本の順に行うのが原則です。前述した一方当事者による指定はできないことになっています。
利息を生み出す元本から減ることになれば債務者にとって有利となりますがそうはなっていません。仮に元本から充当するよう求められたとしてもそのような合意をしていない限り従う必要はありません。費用と利息から割り当てて余った分を元本から差し引くことになります。
ポイント4~合意による充当
債権者にとっては特に重要な内容といえます。後述のように契約段階で条項に有利な内容を入れることで回収金額が増え債権管理もより簡潔にできる可能性があります。
これまでに述べた債務や費用などの割り当ての順序については当事者間の約束のほうが優先されます。
債権者の立場から見れば債務者からの指定や異議は予期しない結果が生じる可能性があり回収に支障が出るおそれがあります。
指定の方法により問題が生じることもあります。法律上は規定がないため口頭でも指定ができますが証拠として残らないため指定した事実を否定されるおそれがあります。
はじめから債権者が主導権を握れるようにしておけば不測の事態はなくなりトラブルが減ることになります。
そのためには基本となる契約段階であらかじめ合意をしておくことが望ましいといえます。つまり契約書を作成し専用の条項を作っておきます。
一般的には、債権者が主導権を握ること、債務者の異議をある程度制約すること、充当指定の方法を制限することなどがあります。
ただし、一方的に消費者の利益を害する内容と判断されると関係法令によって当該条項が無効とされることがあるため債務者の利益にも配慮する必要があります。
銀行約款では、借主の充当指定権を認めつつ行使の際に書面を用いること、異議を出さないこと、返済が遅延している場合に債権管理に影響があるときは債権者から異議を出すことができ充当指定権が移ることなどが規定されているものがあります。
このような内容を盛り込んでおけば指定の有無で問題となるおそれは低くなり債権回収におけるリスクを小さくすることができます。
具体的にどの債権から充当するべきかはケースバイケースとなるため判断は容易とはいえません。条項の有効性についても事案によって異なる可能性があります。弁護士に相談、依頼することで適切なアドバイスを受けることが大切です。また相手方との交渉の際に有利な内容で合意できる可能性も高まります。
ポイント5~その他
消滅時効
債権の回収について特に注意をしなければならないことの1つとして時効による権利の消滅が挙げられます。多くの権利はしばらく行使しないでいるとなくなることになっています。金銭債権も同様であり基本的に5年放置していると消滅することになります。
ただし、債権の存在を債務者が認めたときには一旦リセットされることになっています。弁済することもこれにあたるため期限までに弁済をしてもらっていれば訴訟などの時効をストップさせる方法をとらなくてすみます。
問題なのは同一の債務者に対し複数の債権が生じている場合に一部の弁済しかしてもらっていないケースです。
例えば、前例でAがBに30万円を別々に貸し付けている場合、あくまで30万円の権利はそれぞれ独立したものであるため個別に時効にかかることになります。
Bが初回貸付けの返済日から5年が経過する前に10万円を返済したが充当の指定をしなかった場合に、その時から4年経過した日に2回目の貸付けの返済日から5年が経過しているとして2回目の30万円の債権について時効が成立するかという問題です。
充当の指定がないため法定充当により弁済期が先に到来している初回の30万円に充当されるためそちらの時効がリセットされることは問題ありません。問題なのは2回目の貸付けの30万円についてもリセットされるかという点です。
このような事案につき最高裁判所は特に理由がない限りすべての債権についてリセットされるとしています。理由として自分の債務を知っているのが普通であり充当の指定もできるのにそれをしなかったということはすべての債務を承認したと考えられるからだとしています。
もし初回の貸付けに対する弁済であると明示していた場合には時効が成立していたと考えられるため注意が必要です。
まとめ
- 一人の債務者に複数の債権をもっている場合に一部の弁済がなされたときにはどの債務に充当されるかにつき一定のルールがあります。
- 弁済者がどの債務への返済か選択できます。選択しなかったときは受領者が決められますが債務者は異議を出すことができます。
- 指定されないときや異議があったときには債務者にとりもっとも有利となるように扱います。
- 費用や利息が発生しているときは費用、利息、元本の順番に充当され弁済者や受領者がこの順番を一方的に変えることはできません。
- これらの順序は契約によって変えられます。契約書に債権者が主導権をとれる内容を規定することが可能です。ただし債務者の利益にも配慮しなければなりません。
- 適切な充当の順序の判断や契約書の条項を無効なものとしないためには弁護士に相談、依頼することが大切です。