はじめに
不法行為の被害者や債務不履行により損害を被った人は、相手方に賠償を請求していくことが可能です。
損害賠償の基本的な考え方は空いてしまった穴を埋め合わせてもらうことにあります。
例えば、交通事故に遭って怪我をした場合には治療が必要でありその費用を請求できます。
また、怪我をすることでしばらくの間働くことができなくなり収入が減ってしまうことになります。
加害者にはこの減少してしまった収入分についてどうにかする責任が生じるはずです。
しかし、将来のことは誰にもわからないためどのように請求したらいいのでしょうか?
従業員や役員が被害にあった場合はどうでしょうか。会社が損害を被ったとして加害者に対し請求できるか問題となります。
ここでは消極的損害をテーマに損害賠償について解説していきます。
損害の種類
損害とは、加害原因がなかったときと加害原因があったときの利益状態の差のことです。
損害にもさまざまな種類があります。
例えば、交通事故であれば乗っていた自動車が壊れたり、怪我をしたり、それにより業務に支障が出ることもあります。それらさまざまな影響に対してどこまで賠償を求めることができるのかを知ることが大切です。
一般的に損害は、財産的なものと精神的なものに分けて考えられています。交通事故による怪我であれば、治療費や車の修理費などが財産的損害であり、苦痛を受けた場合に生じるのが精神的損害です。
財産的損害についてはさらに積極的損害と消極的損害の区別があります。
積極的損害は、現に有している財産が実際に減ってしまうタイプの損害をいいます。
例えば、交通事故であれば治療費や通院のためのタクシー代、車の修理費などがこれに当たります。
これに対し消極的損害は、財産が増えるはずだったのに増えなかった場合に生じるものです。
例えば、自動車事故で怪我をして入院したことで仕事をすることができず本来得られるはずだった給料や報酬がこれに当たります。
一般的に休業損害と呼ばれるものは怪我による一時的な収入減少により生じたものを指します。
休業による損害
一時的なもの
交通事故などの不法行為により怪我をしたら医療費を請求可能ですが、仕事を休まざるをえなくなることもあります。その場合、仕事をしていれば得られたはずの収入に相当する金額を請求可能です。
ここが問題となります。収入が実際にはなかったため怪我をしていなかったという仮定で話を進めなければならないのです。
公務員やサラリーマンであれば毎月の給料が安定しているため算定することは比較的容易かもしれません。しかし、フリーランスやアルバイトなど収入が安定していない場合には問題となります。また、専業主婦(主夫)のように労働はしていても金銭的収入がないケースも簡単ではありません。
一般的な計算は、1日の基礎収入×休業した日数で求められます。
問題なのは基礎収入の算定です。
公務員や会社員など収入が安定している人のケースでは、直近3か月分の給与の総額÷90×休業日数で算出することが通常です。
ただし休業中にボーナスや昇給の予定があるときはこれを加味することになります。
フリーランスや自営業者の場合には、事故に遭う前年の所得÷365(日)×休業日数で算出することが通常です。
具体的には、前年の確定申告した際の所得(売上から必要経費を差し引いたもの)をもとに計算することになります。
専業主婦(主夫)の場合には金銭的収入がないため請求できないと思われがちですが労働に従事していることに変わりはないため請求可能です。この場合に問題となるのは金額をいくらとして算定するかです。一般的に厚生労働省が公表している統計データを用いることとされ、全女性の平均賃金をもとに算定します。専業主夫の場合であっても女性の統計を利用することとされています。これは家事労働において男女の違いはないはずだからです。
交通事故のケースであれば自賠責保険も検討することになります。
この場合には、原則6100円×休業日数で請求可能です。
この金額は従事している仕事に関係なく一律に認められています。したがって、サラリーマンだけでなく自営業者、アルバイト、専業主婦(専業主夫)であっても請求可能です。
例外的に実際の損害がもっと大きい場合にそれを証明できるのであれば、1日の限度額1,9000円まで請求可能です。したがって、会社員であれば勤め先から証明書を発行してもらえれば自賠責保険を利用して被害をある程度回復することが可能です。具体的には直近3か月間の給料と休業した日数などを書面で明らかにします。
入院中の場合には単純に計算することができますが、入院を要しない場合や退院後については難しい側面があります。本当に仕事をすることができなかったのか問題となるからです。仕事の内容や受傷の場所や程度によって判断は変わると考えられます。
あくまで一般論としてですが、通院日に関しては休業扱いにしやすいと考えられます。一方で通院していない日でも業務の内容と怪我の内容によっては休業を認めるのが妥当なこともあります。
例えば、交通事故により足をけがしているが自宅療養をしている場合に、普段PCを使った業務をしているのであればリモートワークにより業務遂行が可能と判断され、休業日数としてカウントできない可能性があります。一方で、外回りの人で安静にしているよう医師から指示を受けているのであれば、自宅療養中であっても休業日数として認められやすいと考えられます。
100か0かではなく割合で計算することもあります。業務をまったく実行することができない場合と問題なく実行できる場合だけではなく、業務を遂行することはできるが生産効率が落ちる場合があります。そのため、怪我の程度や経過日数によって基礎収入に対し一定の割合をかけて算出する方法もとられます。
例えば、完治までの期間を、入院中(100%)、退院後1か月まで(50%)、その後3か月まで(30%)などとすることが考えられます。
最終的には訴訟で判断されることになりますが絶対的な基準があるわけではありません。
怪我の状態を把握しやすくするために生活の状況を日記のような形で記録しておくことも有益です。
逸失利益
完治するに越したことはありませんが重症を負った場合には、後遺障害が残ったり死亡したりすることも考えられます。
このように一時的な休業による損失ではなく恒久的な損失を逸失利益といいます。
亡くなった場合には本人から請求することはできないため遺族(相続人)が請求することになります。
一般的に労働可能な年齢まで既存の収入をもとに計算していくことになります。
企業などに勤めていて給料体系が明確であればそれをもとに計算することができます。一方で無職であるときには厚生労働省の平均賃金データをもとに算出することになります。
自営業者の場合には確定申告をもとに計算することになりますが、収入が安定しているわけではなく特に赤字経営であった場合には問題となりやすいといえます。赤字であっても将来のことはわからないため一切請求できないとは考えられていません。この場合、平均賃金をベースに算定する方法がよく用いられます。具体的には同業者の平均賃金をもとに実態に見合うよう調整します。
被害者が亡くなったケースでは生活費がかからなくなるためその分を控除しなければなりません。また、損害賠償は一括での支払いが原則のため本来受け取れないはずの将来の分まで取得できることから運用利益が生じると考え、公平の観点からこの利益分を差し引くことになります。控除すべき金額を個別のケースに即して計算していくことは現実的ではないため、生活費控除率やライプニッツ係数というものを用いて計算することになります。
後遺障害の場合には、労働能力がどの程度損なわれたかも考慮しなければなりません。具体的には、基礎収入に労働能力喪失率を乗じて計算します。労働能力喪失率は自賠責保険の後遺障害等級に定められたものを用いるのが基本です。
企業損害
不法行為によって怪我をした場合に損失を被るのは怪我をした本人だけではありません。
会社経営者にとっては従業員や役員が被害者となり業務に従事することができない状態となった場合に、加害者に対し会社に生じた損害を請求することができるかが気になるところです。
例えば、成績トップの営業マンが事故にあって会社の売上が著しく減少したときや、穴埋めの人材を雇用した人件費はどうなるかという問題です。
結論からいえば、従業員や一般の役員が怪我をしたとしても会社は損害賠償を請求することは難しいといえます。
従業員や役員は会社との間で雇用契約や委任契約を結んでおり会社は業務の遂行を求める債権を有します。
債権侵害による損害賠償請求は特に悪質な場合にしか認められていません。一般的に故意が必要とされています。
交通事故によって従業員や一般の役員が死傷し業務遂行ができず会社に損失が出たとしても、それは過失によって引き起こされたものであるため請求することができません。
仮に、会社に損害をもたらす意図で怪我をさせたのであれば請求できることになります。
ただし、休業中の給料や報酬を支払ったのであればその部分について請求することは可能です。また、会社と被害者を同一視できるような特別なケースでは請求できることがあります。
慰謝料
不法行為の被害者が請求できる損害賠償金は財産的損害だけでなく精神的損害も含まれます。
休業損害や逸失利益は収入の差によって受け取れる金額が異なります。被害者の経済力により金額が異なるのはある意味当然といえますが、事故当時収入の少なかった被害者に酷な結果となることがあります。
慰謝料はこのような経済力の違いにより起こる不公平感を是正し、被害者の保護に寄与しています。つまり、実質的に消極的損害をカバーする意味があります。
慰謝料はその人が被った精神的損害に対して支払われるものですが、客観的に被害の程度を判断することが難しいため、怪我や後遺症の有無などによってあらかじめ類型化した基準が用いられています。保険会社基準などいくつか種類があります。弁護士に委任すればもっとも有利となる裁判基準で請求することが可能です。
ただし、物損事故に関しては慰謝料請求が認められていません。思い入れのある自動車が壊れたとしても修理費や代車費用などが認められるだけです。
弁護士費用
弁護士に依頼した場合にその費用を誰が負担するかという問題もあります。一般的には弁護士費用は依頼した人が負担することになります。しかし不法行為のケースに関しては加害者に負担させることが認められています。
残念ながら全額が認められているわけではありませんが、訴訟に至ったケースでは請求認容額の10%くらいが認められています。つまり、3,000万円が慰謝料などとして認められたときには300万円程度が加算して命じられることになります。
消極的損害の請求については絶対的な基準があるわけではなく、ケースバイケースとなるため実際の状況を分析し妥当な結論を探ることになります。そのため個人で請求することには限界があります。時効によって権利が消滅することもあるためできるだけ早い段階で弁護士に相談されることが大切です。
まとめ
- 本来増えるはずの利益が増えなかった場合に生じる損害を消極的損害といいます。
- 一時的な休業によって生じる収入の減少を休業損害といい、後遺障害や死亡により恒久的に減少するものを逸失利益といいます。現在の収入を基準に具体的な金額を計算します。
- 従業員や役員が不法行為の被害者となった場合、原則として企業からの請求はできません。休業中の給料を支払ったり企業に損害を与えようと故意の加害行為がなされたりしたときには認められます。
- 慰謝料は消極的損害をカバーする効果があり収入による格差を是正する意義があります。
- 損害賠償額の算定基準には複数の種類があります。弁護士に依頼することで有利な裁判基準で請求可能です。
- 弁護士費用を請求することもできます。訴訟では認容損害額の10%程度が目安とされています。
- 権利は放置していると時効にかかり消滅します。個人で請求することは難しいため早めに専門家に相談することが大切です。