目次
はじめに
「工事をする」という契約の法的性質
工事代金をスムーズに回収するために前もって準備できること
工事代金の未払いが生じた場合の対処法
まとめ 

 

■ はじめに

建物の建設であれ、整地であれ、一般的に工事には多額のお金がかかります。そして、多額のお金がかかるということは、それだけ未払い債権も発生しやすくなるということです。
また、代金未払いで困っているのは元請会社だけではありません。元請けから仕事をもらった下請会社や、その下の孫請会社も、契約の相手方の代金未払いに悩まされることが多々あるのです。
建設工事を巡る債権回収は、多くの複雑な問題をはらんでいます。
この記事では建設工事を対象に、元請会社が工事代金を確実に回収するためにどのようなことに気をつければよいか、という点に的を絞って解説していきます。

■  「工事をする」という契約の法的性質

まず、契約の性質について確認しておきましょう。

工事を目的とする契約は、受注者が「ある仕事」(ここでいう工事)を完成することを約束し、発注者がそれに対して「報酬を支払うことを約する」契約であるため、民法の請負契約に当たります(民法632条)。

請負契約の報酬は、原則として、仕事の目的物を発注者に引き渡す時になって初めて請求できる(同633条、つまり後払い)というのが民法の規定するところです。
そのため、工事代金の全部や一部の前払いを希望する場合には、特約で支払方法や時期についてそのように定めておく必要があるのです。

■ 工事代金をスムーズに回収するために前もって準備できること

・ 契約書をきちんと作成する

小さな建設会社では、今でも契約書をきちんと作成していないところが多くあります。
しかし、契約書のない契約ほどトラブルを招きやすいものはありません。
後に訴訟を提起して代金を請求する場合も、何より大事な証拠になるのは契約書です。口約束は形に残らないので、契約を締結したことが真実だとしても裁判上ではなかったものとして扱われてしまう可能性があるのです(相手方が約束した事実を認めれば話は別です。)。
また、契約そのものの存在は否定されなくとも、細かな特約(遅延損害金の割合や、災害が生じた場合の対応等についての特約)の存在で揉めることもあります。これらは、契約書の条項として明文化していれば紛争にならずに済むことが多いのです。
また、そもそも契約書を作成せずに建設工事を行うことは建設業法に違反しています。
建設業法は、建設工事の契約内容を書面に記載して、両当事者がその交付を受けるよう定めているのです(建設業法19条1項)。また、その契約書に記載すべき内容も細かく定められています。
そして、契約書を作成していく中で工事の細かい内容を定めると、工事完成後に「思っていたものと違う」とクレームをつけられ、報酬を支払ってもらえないという事態も避けることができます。
これまで契約書を作ってこなかった建設会社関係者の方がいれば、この記事を読んだこときっかけに、今後はどんな小さな工事であっても依頼者と契約書を交わしてから着工するようにしてください。
とは言っても「契約書なんてどのように作ったら良いかわからない」という方がほとんどかと思いますので、まずは建設工事に詳しい弁護士に相談しましょう。
もちろん、弁護士費用はかかります。しかし、トラブルが起こってから弁護士に依頼して問題を解決するよりも、トラブルを事前に防止するために弁護士を使うほうが、全体としてみたときに安上がりなのです。
また、それと合わせて、国土交通省の公表している民間工事標準請負契約約款を参照してみるのも良いでしょう。

・ 見積もりの段階で施行環境や全体工程を吟味し、正確な見積もりを出すよう心がける

見積もり金額と実際の工事代金が大きく異なってしまったり、見積もりが大雑把なものであったりするとトラブルを生じやすくなります。「この工事でこんなに費用がかかるのはおかしい。」と言って、後から代金の支払を拒絶されることにもなりかねません。
そのため、受注前の段階でできるだけ正確な見積もりを出すようにしましょう。
この点に関しても、建設業法に定めがあり、発注者側に義務を課しています。
発注者は、受注予定者が正確な見積もりを出せるように、施行場所や見積条件等、工事に関する細かな情報を提供しなければならないとされているのです(建設業法20条3項)。また、受注予定者に対して、工事代金に応じた十分な見積期間を与えるように規定されています。
また、工事を開始するのは見積もりが終わって契約書を交わしてからにしましょう。
見切り発車で工事を始めてしまうと、「そのような工事をする予定ではなかった」と後からクレームを付けられるなど、後々のトラブルの原因になりえます。また、先ほども述べたように契約書を交わしてからでないと建設業法に抵触してしまうのです。

・ 契約締結時に代金の一部を前金として支払ってもらう

契約の中に支払に関する特約を置いて、契約を締結する時点で工事代金のうち一部を支払ってもらいます。
また、工事途中でも2、3ヶ月おきに出来高分を支払ってもらうようにするなど、工事完成以後にいっぺんに大きな金額を請求しなくて済むような工夫が大事です。
建設業法も、工事完成後に代金を支払う場合だけでなく、前金や出来高といった支払方法を採用する場合でも、支払方法・時期を契約書に記載するよう、規定しています(19条1項4号、同11号)。

・ 発注者に連帯保証人を立ててもらう

工事代金は大きな金額になるため、信用度の高い発注者であっても不測の事態によって支払ができなくなる可能性がつきまといます。
そのため、発注者には契約締結時に可能な限り信用度の高い連帯保証人を付けてもらうようにしましょう。
また、「保証人」でなく「連帯保証人」であることが重要です。
連帯保証人の責任は保証人よりも重く、ほとんど債務者本人に近い立場になるからです(民法446条、同454条等)。

・ 工事の途中で災害が起こった場合の責任について定めておく

災害等、不可抗力によって生じた損害をどちらがどの程度負担するかについて、予め特約で定めておきましょう。
工事途中で災害が起こった場合、この特約を定めていなければ、生じた損害を請負人である受注者が全て負担することになりかねません。
なぜなら、「請負人は仕事を完成させなければ報酬をもらえない」というのが民法の原則だからです。
例えば、地震が起きて工事途中の建設物が崩壊してしまった場合、瓦礫を除けて一から建物を建築・完成させなければ、仕事を完成したとは言えません。原則どおりに考えると、ここまでやらなければ受注者は報酬をもらうことができない、ということになってしまうのです。
このように民法の規定をそのまま適用すると、請負人の負うことになるリスクが大きすぎますし、また工事を完全に終わらせるまで報酬を支払ってもらえないことになります。そのため、災害等に備えた特約を定めておくのが一般的です。
また、建設業法も、天災等に備えた規定を置くよう定めています(建設業法19条1項6号)。
国土交通省の民間工事標準請負契約約款には、天災によって工事途中の建物等に損害が生じた場合には、受注者と発注者、そして監理者とで話合いを持ち、条件が揃った場合には発注者が損害を負担する、といった内容が定めてありますので参考にしましょう。
また、発注者と話し合い、事前に工事保険に加入しておくのも一つの手です。

・ 工事の追加・変更があった場合の対処について定めておく

どんなに綿密に工事計画を立てても、当初の計画を変更しなければならないことも出てくるでしょう。
そういった場合にどのように対処すべきかを予め特約で定めておくことで、追加分の工事代金もスムーズに回収できるようになります。
建設業法も、工事に変更が生じた場合の工期の変更や代金の変更について契約で定めておくよう求めています(建設業法19条1項5号)。
また、実際に工事の追加・変更が生じた場合は、その工事に取りかかる前に書面で契約変更を行わなければなりません(建設業法19条2項)。
それだけでなく、工事の追加・変更によって工事に要する費用が増加した場合、それを請負人に一方的に負担させることは、「不当に低い請負代金の禁止」を定めた建設業法19条の3に抵触する可能性が高いのです。
もし一方的に追加費用を負担させられそうになったら、発注者にこの条文の存在を指摘し、負担額を減らしてもらうよう交渉してみましょう。

・ 遅延損害金の定めを置いておく

支払が遅れた場合には発注者が遅延損害金を支払う旨を定めておくことで、早期の支払を促すことができます。
もし遅延損害金について特段の定めを置いていない場合、請求できる利率は年6%になります(商法514条、この利率を「商事法定利率」と呼びます。)。
遅延損害金の利率をこれより少し高めに設定しておくことで、期限内に工事代金を支払うインセンティブを高めることができるのです。
また、それと反対側の責任、つまり工事が遅れた場合に請負人が負うべき責任についても定めておくと、後の無用な争いを避けられるでしょう。

・ 紛争が起こった場合の対処法について特約を定めておく

どんなに気をつけて契約書を作成したとしても、トラブルは起こりえます。

そのため、万が一の場合に備えて、紛争が起こった場合の解決方法を定めておきましょう。

建設工事に関する紛争は、まずは訴訟ではなく建設工事紛争審査会によって裁判外での解決を図るのが一般的です。

建設工事紛争審査会とは建築工事の請負契約に関する紛争を解決するために設けられた公的機関です。請負契約の当事者の申請に基づいて、あっせん、調停、そして仲裁といった紛争解決の機会を提供します。
この審査会は、建設工事に関する紛争を解決するためには専門的な事項への理解が必要であることや、受注者が一刻も早く代金支払を受け事業資金を確保しなければならない状態にある等の切迫した場合も多いことなどを理由に、建設工事の請負契約に関する紛争の早期解決を図る専門的な紛争解決機関として設立されました。
請負契約の中にも「この契約について発注者と受注者との間に紛争が生じたときは、建設業法による建設工事紛争審査会のあっせん又は調停によってその解決を図る。」というように定められることが多いです。

建設工事紛争審査会が提供する紛争解決手段についてもごく簡単に説明しておきましょう。
「あっせん」と「調停」は弁護士や技術委員といった中立な第三者を介した上で、最終的にはあくまで当事者同士の話合いによる解決を目指すものです。
これに対して「仲裁」は、中立な第三者が裁判に代わって判断を下し、当事者は仮にその仲裁判断に納得がいかない場合でも従うことになるという、強制力のある解決手段です。また、仲裁判断が下されると、同じ論点について訴訟を提起することはできなくなります。

■  工事代金の未払いが生じた場合の対処法

・ 支払があるまで工事の目的物を引き渡さない

請負契約の報酬は、工事の目的物である建物の引渡しと引換えに支払われるのが原則です。
完成した建物を先に引き渡してしまうと、いつまでも報酬を支払ってもらえないということもありえます。できる限り、報酬の支払と同時に建物を引き渡すようにしましょう。

・ しつこく催促する

建物の引渡しを拒んでいるにも関わらず、いつまで経っても報酬が支払われない場合や、すでに建物を引き渡してしまったけれど支払日を過ぎてもがなかなか支払がなされないといった場合は、まずはしつこく催促しましょう。
会社の名前で催促しても良い反応が返ってこない場合は、弁護士に依頼し、弁護士の名前で催促状を送りましょう。弁護士という肩書が記載してあるだけでこちらの本気度が伝わり、同じ書面でも相手方の反応は全く異なってきます。
また、催促には債権の消滅時効を一旦中断する効果もあります(民法147条1号)。
ただし、催告自体が持っているのは暫定的な時効中断効にすぎず、時効を完全に中断するためには更に裁判上の請求といったような他の手続が必要となります(民法153条)。催告から6ヶ月以内にこういった手続を行わなければ、肝心の時効中断効は失われてしまうので、注意してください。

・ 契約書の中の特約で紛争解決手段について定めている場合はそれに従う

さて、弁護士の名前を使って催促しても代金が支払われない場合は、いきなり訴訟を提起することになるのでしょうか?
そうせざるを得ない場合もあるかもしれませんが、まずは契約書を確認しましょう。紛争が起こった場合の対処法について特約を置いていた場合は、その特約の内容に従うことになります。
上の項目で説明したように「建設工事紛争審査会のあっせん又は調停によって解決を図る」と定めている場合は、とりあえず建設工事紛争審査会に申立てを行うことから始めましょう。

・ 工事代金請求訴訟を提起する

建設工事紛争審査会でのあっせん・調停が功を奏しない場合や、そもそも話合いすらできないような状態である場合には、いよいよ訴訟を提起することになるかもしれません。
発注者との間に契約書を作成していない場合は、見積書や請求書、交渉過程のメールのやり取りなど、契約を締結した証拠になりうるものを早めに集め、整理するようにしてください。
また、適切な主張や証拠提出を行い、確実に代金を回収するためにも、訴訟を提起する前に弁護士に相談するようにしてください。

・ いざとなれば強制執行

訴訟で無事に受注側の請求が認められたとしても、まだ安心はできません。
訴訟でこちらが勝訴しているにも関わらず、受注者が代金を払わないということもあるのです。

そういった場合には、勝訴判決を基に強制執行を開始し、受注者の財産(不動産や動産、債権)を競売にかけ、その対価から工事代金を回収することができます。

強制執行については、「不動産競売手続き~土地・建物を差し押さえるには」や、「動産と債権に対する強制執行!その概要をつかもう。」といった別記事が詳しいので、ぜひこれらも読んでみてください。

■ まとめ

主に元請会社の立場から、工事代金を回収するためにはどのように動けばよいかを解説してきました。
他にも気をつけるべきこと、未払い予防のためにできることは、ここでは説明しきれないくらいたくさんあります。
建設工事の請負契約書をどのように作ったら良いか判らない、もしくは現在使用しているひな形では不安があるといった関係者の方がいれば、建設業に詳しい弁護士に相談するようにしてください。
また、現在まさに未払い代金回収の真最中という方がいれば、まずは契約書を確認し、紛争解決方法について特約がないか確認してみましょう。