はじめに

養育費の支払いを受けていないケースが多いことが問題となっています。
一度も養育費を受け取ったことがないという母子家庭は全体の半数以上というデータもあります。

支払うこと自体は合意していたとしても、取り決めどおりに支払ってもらえないことも少なくありません。

どうすれば任意に支払ってもらいやすくなるのか、仮に支払いが滞った場合にどのような手段があるのかを理解しておくことが大切です。

ここでは支払ってもらえる可能性を高める方法を解説していきます。

問題点

養育費を定めることなく離婚するケースが多く存在します。
離婚の際に合意していない場合であっても監護者(債権者)としての立場で子供の養育にかかる費用を相手方(債務者)に請求することが可能です。

仮に合意があったとしても、文書にしていないケースもあり問題となりやすいといえます。
また、文書にしてあったとしても公正証書などの公的な文書の場合とそうでない場合とでは養育費の支払いが滞った場合の対応に差が生じることがあります。

いずれの場合であっても相手が養育費の支払いに任意に応じてくれないのであれば、最終的には強制執行も視野にいれなければなりません。

ポイント1~示談書の作成について

養育費について合意をしていなかったり合意をしていたとしても口約束だけで書面を作成していなかったりした場合には養育費の支払いを拒否されやすくなります。
証拠として残らないため法的な手続きをとりづらいことや約束を守ろうという意識が低くなりがちだからです。

そのため、示談(和解)に応じてもらうときには合意した内容を書面にすることが大切です。

念書のような簡易的な書面であっても、相手方があなたに養育費を支払う旨を記載し当事者の署名があれば重要な証拠となります。

そのため、任意に支払いに応じてもらいやすくしたり将来の強制執行を容易にしたりするために公正証書で作成することが望ましいといえます。

強制執行は債務名義というものに基づいて行われ代表的なものとして判決書があげられます。公正証書も執行認諾文言付きのものであれば債務名義となります。
これによりいつでも財産に強制執行が可能となるため相手にプレッシャーを与えることができ支払いが拒絶されにくくなります。

また、遅延損害金を定めておくことも有効な方法です。
事前に損害金について定めておかなくとも法定利率に基づいて請求は可能ですが、法定利率であっても書面に明記しておくことで相手にプレッシャーを与えることができます。

ポイント2~強制執行について

養育費について当事者のみの話し合いで解決できなかった場合には家庭裁判所に申し立てることで調停や審判によって養育費が定まります。

このような裁判所を利用した手続きであっても相手が義務に反して支払いに応じてくれないことがあります。
このような場合には履行勧告という手続きが利用できます。
家庭裁判所に申し出ることで相手にきちんと義務を果たすように勧告してくれる制度です。
費用がかからず電話などで申し出ることもできるため利用することは簡単ですが強制力はありません。より強い履行命令を出してもらうことも可能ですがこちらも強制力がなく実効性にかけるという問題があります。

そのため最終的には強制執行を検討していくこととなります。

養育費については他の一般的な債権に基づく強制執行よりも差押えの対象が拡大されているなど優遇されています。

強制執行する場合には対象となる財産を選ばなければなりません。
そのためにはできるだけ費用と手間を掛けずに最大限の効果を上げる必要があります。

養育費については給料債権を対象として執行をかけていくことが多いといえます。
これは養育費請求権が一般的な債権とは異なり継続的に請求していく権利であり、給料債権も同じように継続的に発生するものだからです。

この場合に気をつけなければならないことは給料の全額を差し押さえられるわけではないということです。

もし全額ということになってしまうと相手の生活に支障が生じかねないためです。
しかし一般の債権の場合には4分の1までという制限がありますが養育費については2分の1までと制限が緩和されています。

通常は弁済期がまだ来ていない将来の債権に基づいて差押えをすることはできないこととされています。
そのため養育費については毎月支払いがなされないたびに差押えをしなければならないことになるはずです。
しかしそれではあまりに煩雑すぎるため将来のものに関しても執行できるとされています(対象は給料債権等の継続的に発生するものに限ります。)。
これにより差押え手続きを繰り返さなくても勤務先から支払いを受け続けられます。

また、不履行の期間に応じて金銭を支払うように命じる間接強制という手段を用いることも一定の要件を満たすことで認められています。間接強制は心理的な圧力が強いため通常の金銭債権では認められていませんが養育費の重要性から特例として認められています。

以上は養育費の特例的な扱いについての説明であり、他の債権と同様に預金や不動産などを対象に強制執行をしていくことも可能です。

ポイント3~財産の状況を把握する

強制執行をしようとしても裁判所が相手の財産を勝手に見つけて差押えをしてくれるものではありません。
申立てを行う債権者自らが相手のもっている財産を具体的に示さなければなりません。

給料債権を差し押さえるには相手の勤務先を特定する必要があります。
そのため相手から勤務先として聞いていた会社に差押え手続きをしたところすでに離職していたような場合には手続きが空振りに終わることとなります。

以前であれば転職先を自力で調査する必要があり興信所などに依頼するにしても費用がそれなりにかかりました。

しかし令和2年4月1日に新しい法律が施行され勤務先を簡易な方法で特定することが可能となりました。養育費の未払いがとても多く社会問題となっていたため立法的に解決したのです。

具体的には判決正本などの執行力のある債務名義をもっていれば裁判所を通じて市区町村や日本年金機構などに勤務先の開示を要求できます。
市区町村は、企業が住民税を源泉徴収することにより勤務先を把握できていますし、厚生年金の記録からも勤務先を把握できるため年金機構経由でも特定可能です。

しかし債務者が企業に勤めるサラリーマンとは限りません。自営業者のときもあります。
このようなときは給料以外のものを検討しなければなりません。たとえば預金債権です。

もっとも預金口座の場合にも具体的に特定しなければならず金融機関名だけではなく支店も特定しなければなりません。

そのため以前は債務者の住所や就業先などから取引先の金融機関と支店を推測して強制執行をしていました。支店が一致していなければ空振りになり、口座が開設されていたとしても残高がほとんどなければ目的を達成できませんでした。

これではあまりにも非効率的であるという批判があり金融機関を特定すれば情報開示を求めることができるようになりました。
具体的には、銀行などに債務者が取引している支店や残高などの情報を求めることができます。これにより無駄な強制執行をしなくてもよくなりました。

もともと財産開示手続きというものが民事執行法に規定されており債務者は自分の財産について情報を開示する義務が規定されていました。
しかし制裁が軽微であったため実効性がないと批判されてきました。
これが改正によって刑罰に格上げされ懲役もありうることとなり、調査に応じてもらえる可能性が高まることが期待されています。
たとえば、前記した金融機関の口座の把握についても少なくとも金融機関は特定しなくてはなりません。これを財産開示手続きで債務者が自ら開示してくれる可能性が高まると考えられます。

ほかに改正によって認められた重要なポイントとして公正証書(執行認諾文言付き)により財産開示手続きが可能となったことが挙げられます。

従来は一旦開示されてしまうと取り返しがつかないことや裁判官が関与していないことなどを理由に公正証書では認められていませんでした。
改正されたことで公正証書を作成するという選択肢がとりやすくなったといえます。
改正前に作成した公正証書でも問題ありません。

ただし、公正証書の作成に際しては執行認諾文言など一定の要件を満たさなければならないため作成にあたっては事前に弁護士に相談することが重要です。

ポイント4~その他の注意点

破産されたとき

相手から自己破産をしたため弁済ができないと主張してくることがあります。
しかし養育費の支払い義務は破産による免責の対象とはなりません。
つまり相手が自己破産をしたからといって支払い義務はなくならないのです。
破産をされたとしても給料債権などに強制執行していくことは可能ですので弁護士に相談してください。

時効について

権利は原則として時効によって消滅するため養育費請求権についても放置しておくと失うことになります。
時効期間は原則として5年間です。例外的に判決や調停、審判によって権利が確定されたものについては10年とされています。
時効にかかる前に必要な手続きをとらなければ権利の行使が認められなくなってしまいます。早めに弁護士に相談することが大切です。

過去の養育費について

養育費の支払いについて合意が成立していないときであっても請求をしていくことは大切です。
なぜなら、実務上養育費の請求意思が明確になった時以降のものについて認めるケースが多いからです。つまり、合意がなく請求もしていない場合には過去の養育費を請求することが難しくなります。

このようなことを避けるためには内容証明郵便(配達証明付き)を送ることが有効です。
養育費の請求意思がいつ示されたかが証拠として残るからです。調停を申し立てる方法もあります。

養育費の計算の妥当性

離婚したい一心で養育費についてよく考えずに合意してしまうことが少なくありません。
また、養育費について具体的な金額や計算方法について合意していないのであれば安易に合意するべきではありません。

実務上、養育費の計算方法はある程度客観的な基準があるためこれに基づいて妥当な金額が算定されるべきです。
そのためには専門的な知識が必要となるため弁護士に相談されることをおすすめします。

合意が成立したときと状況が変化することもあります。
たとえば、子供や監護者が病気やケガをして治療代が一般的に予想できるものを大きく超えたような場合や、監護者の収入が大きく減ったような場合です。
このような事情が大きく変わったときには養育費の増額を求めることも可能です。

相手の居場所がわからないとき

話し合いをしようにも相手の連絡先がわからないとなにもできません。
特に住所がわからないと内容証明郵便を出すこともできませんし調停を行うこともできません。
このようなときは住所を調べる方法を知っておくことが重要です。

具体的には「除かれた住民票」と「戸籍の附票」からたどる方法があります。
相手の直近の住所がわかるのであればその住んでいた市区町村で「除かれた住民票」の写しを請求することで転出先がわかります。

転居を繰り返している可能性や保存期間である5年を経過している場合には相手の本籍地の市区町村に「戸籍の附票」の写しを請求したほうがいいでしょう。これに現在の住所が記載されています。

まとめ

  • 示談が成立したら必ず書面にしておくことが重要です。できれば公正証書(執行認諾文言付き)で作成します。これにより任意に支払ってもらえる可能性が高まり強制執行も可能になります。
  • 調停や審判が成立している場合には家庭裁判所から履行勧告を出してもらうことができます。電話で申し出ができ費用もかかりませんが強制力はありません。
  • 任意に支払ってもらえないときは強制執行するしかありません。給料債権や預金債権を差し押さえる方法が一般的です。
  • 勤務先や預金口座を把握するために市区町村や金融機関に情報開示を求めることができます。
  • 破産しても養育費の支払い義務はなくなることはありません。
  • 請求する意思を明確に示し証拠として残しておかないと過去の養育費の請求が難しくなります。時効にかかるおそれもあるため早めに弁護士に相談してください。