目次
■はじめに
■ポイント1~売掛金はどれくらいで時効にかかるか
■ポイント2~民法の改正について
■ポイント3~期間をリセットする方法
■ポイント4~完成が一時的に延長される場合
・催告
・合意による猶予
■ポイント5~債権管理の重要性
・時効完成後の対処
■まとめ
■はじめに
企業が取引をして利益を上げていく場合、最終的に売掛金を回収できなければ絵に描いた餅であり意味がありません。
債権の回収はいつまでもできるわけではなくタイムリミットが設定されています。
売掛金については現行法では5年が基本とされています。
この時間制限の中で効果的に回収方法を選択し実施していかなければせっかくの利益を手放すことになってしまいます。
この時間制限はリセットしたり一時的に延長したりといったことが可能です。
また、いったん時効が完成したとしても直ちに売掛金を失うとは限りません。
大切なことは想定される滞納の問題に事前にできる限りの対策を立てておくことです。
そして、実際に問題が起こったときに事前に立てた対応策に従い効率的に処理していきます。
ここでは売掛金を期間の経過によって失わないための一般的な対処法について解説していきます。
■ポイント1~売掛金はどれくらいで時効にかかるか
所有権以外の財産権は権利を行使せずに長期間放置しておくと消滅することになっています。
債権も例外ではなく定められた期間使わないでおくと失うこととなります。
したがって売掛金も何もしないでいると消滅することになります。
厳密には時効期間が徒過するだけではその効力を生じません。
利益を受ける者がその成立を主張することではじめて効果が認められることになっています。
時効の期間はいつから起算しどれくらい放置したかが重要ですが、消滅時効の起算点については、「請求可能な時」より10年、または「請求可能であることを知った時」から5年のうちどちらか早いほうとされています。
ややこしく思うかもしれませんが売掛金の場合には行使可能な時から5年と覚えておけば通常は問題ありません。
つまり契約成立日より5年、特約として弁済期日を指定している場合にはその期日から5年です。
売買代金や飲食料や宿泊料などの場合、請求可能な時とそのことを知った時は一致するのが普通だからです。弁済期が後日に指定されているときも知っていることに違いはありません。
権利の行使可能日と行使可能であることを知った日との間にずれが生じる場合というのは、不当利得返還請求権のような場合です。
例えば、消費者金融にグレーゾーン金利を支払っていたため過払い金が生じたようなケースです。
このように売掛金は原則として弁済期から5年で消滅してしまいます。
しかしこれには例外があるため詳しく解説していきます。
■ポイント2~民法の改正について
2020年4月1日から法律が新しくなり時効についても大きく変わることになりました。
気をつけなければならないのは、この日以降に成立した契約については新法が適用されますが、それより前に結んだ契約については基本的に以前の法律が適用されることです。
旧法が適用される場合に特に注意が必要なのは時効期間が異なる点です。
民事上の債権は10年が基本とされています。
これと区別すべきものとして商事債権が重要であり原則として5年とされています。
商事債権といえるためには商人該当性が問題となり、特に金融機関などからの借金について争われることが多くありました。
売掛金は商行為を前提としていることが多いため原則として5年ということになります。
しかし、例外的にもっと期間が短く規定されているときはそれに従うこととされています。
売買代金債権など多くの身近な売掛金は2年と規定されています。
気をつけなければならないのはホテルやレストランの宿泊代や飲食料など1年と特に短く規定されているものが少なくないことです。
他に3年で時効にかかるものや特別法で規定のあるものなど、債権の種類によって細かく規定されていてかなり複雑になっています。
そのため、特に旧法時代の契約については安全のため早めに弁護士に相談をされることをおすすめします。
他にも時効の成立を防止する方法などに改正がありましたがそれは個別の項目で解説します。
■ポイント3~期間をリセットする方法
期間はあらかじめ規定されたものが絶対というわけではなく、一定の事情が発生するとリセットされはじめから起算され直すことになっています。これを時効の「更新」と呼びます。なお、旧法時代は「中断」と呼ばれていました。
その原因としては、請求、差押え、承認などがあります。
支払督促、裁判所での和解や調停でも更新されます。
ただし、権利が確定判決やこれと同等の効力のあるものにより認められずに終了したときはリセットされません(その代わりに終了して6か月間は猶予されます。)。
気をつける必要があるのは裁判外での催告です。
これは6か月間時効の完成が猶予されるだけでありリセットされるわけではありません。
その間に訴訟を起こすなどの対応が必要です。ただし、催告を連続で行ったとしても再延長はされません。
判決で権利が確定された場合には期間が10年となります。確定判決と同等の効力が認められるものについても同じ扱いです。そのため、訴訟上の和解や調停についても期間が伸びることになります。
本来の期間より長くなる理由は権利の存在が公に確認されるからであり、また何度も手続きをとらせることも不適切だからです。
気をつけなければならないのは公正証書が含まれないことです。
判決と同様に債務名義にもなり得るものですが対象外と解されています。
もう一つ重要なものとして承認がありますが、これは相手が積極的に権利の存在を認める行為をすることをいいます。
直接権利を認める旨の意思を示すだけでなく、元本の一部を弁済したり、利息を支払ったり、支払いの猶予を申し出ることでも該当します。
抵当権などを負担しているだけの物上保証人が承認した場合が問題となりますが、判例は債務者との関係だけでなく物上保証人に対しても承認の効果はないとしています。
以上のように期間をリセットするには訴訟を起こすことや承認してもらうなどの対応が必要であり、時効完成間近であれば催告を利用するなどの方法をとることを検討します。
■ポイント4~完成が一時的に延長される場合
時効の完成を妨げるもう一つの制度が「完成猶予」です
これは一定の事由が存在する場合に、時効期間をリセットはしないが少しの間完成を猶予するというものです。
例えば、裁判上の請求などを実施したものの取り下げたような場合には、その終了より6か月猶予されます。
同様の規定は仮差押えや仮処分、強制執行などにもあります。
・催告
猶予に関して特に重要なのが催告です。
すでに説明したように期間をリセットする効果はありませんし、何度も連続で使えるわけではありません。
しかし、単純に相手に支払を促すだけで時効を一時的とはいえ阻止できるため時効完成間近では効果的な方法です。
ここで注意すべきなのは証拠として残しておかなければ訴訟などを起こしても時効を主張されて敗訴してしまうことです。
そこで内容証明郵便(配達証明付き)を利用して行うことが重要です。
債権者に相続が発生した場合にも猶予されます。
相続人が確定するか相続財産管理人が選任された時、あるいは破産の決定があった時より6か月猶予されます。
これは権利を行使できる人がいない間に時効を完成させてしまうことは妥当でないからです。
同じように権利の行使が難しい天災などにより訴訟等を起こすことが難しいときにはその状態が解消した時から3か月間は成立しません。
・合意による猶予
改正法により新しくできた制度として協議をする合意をした場合の猶予制度があります。
この規定は新法施行日前に合意した場合には適用されませんが、施行日前に発生した債権についても施行日後に合意すれば猶予の対象となります。
この合意は書面か電磁的記録で行うことが要件とされています。
電磁的記録というのはコンピューターによる記録であり電子メールなどを想定したものと考えられます。
合意が成立すると原則として1年猶予されることから単なる催告よりも期間が長く、うまく使うことで訴訟などに至らず円満な解決を図れる可能性があります(当事者の合意により期間を短くすることもできます。)。
元々この制度は当事者が話し合いで自主的に解決をしようとしていた場合にも、時効が迫ったときには訴えを起こさなければならず柔軟性にかけるという問題があったために作られました。
通常の書面よりも電子メールなど電磁的方法のほうが利用しやすい可能性があります。
たとえば、協議をしたい旨をメールで送信し相手がこれに承諾する旨の返信をすればそれで合意が成立したことになります。
しかも、権利自体を認める内容が含まれていれば更新事由である承認にあたることになり、これが証拠として残ることになります。
■ポイント5~債権管理の重要性
企業は日々取引を行っており債権は日常的に発生し続けることになります。
旧法時代と異なり時効期間が基本的に一本化されたことで債権の管理は比較的容易なものになったといえます。
しかし、個々の取引ごとの債権の発生時期は違うことから顧客や取引ごとの時効を見据えた債権管理が重要となります。
時効期間が近づいた場合にそれを把握する工夫が必要となります。
専門の債権管理システムを導入することやエクセルなどを利用した債権管理が考えられます。
そして時効にかかるおそれが出てきた場合にどのような対処をするかを事前にマニュアル化するなど対処方針を立てておくことも大切です。
本来の弁済期に支払いがなされなかった場合の対応はいくつも考えられますが、それらを時効期間の範囲内に効果的に行っていくことになります。
その中で時効への対策も必要となってきます。
オーソドックスな対処法としては債務の承認を求めることです。
具体的に言えば一部の弁済を求めることが効果的です。判例上、一部弁済であってもすべての承認となるからです。弁済ができないときは権利の存在を認めてもらうために書面で債権の確認書をとります。
旧法で発生した売掛金の場合、5年に満たない時効期間のものについて準消費貸借契約に切り替える方法も有効です。これにより期間を5年にすることが可能だからです。
・時効完成後の対処
契約により時効期間を伸長したり排除したりできないかという問題がありますが、これは許されていません。このような規定があったとしても無効とされてしまいます。
しかしこれは時効完成後にその利益を放棄することまで禁止されるものではありません。
もっとも、任意に放棄してくれることは多くありません。
そこで時効完成後に一部を弁済したり返済期限の延期を申し入れたりした場合に黙示的に放棄したことにならないかという問題が生じます。
このような場合、判例は放棄という考え方をとらず、時効の完成を知っているか否かに関わらず援用することはできないとしました。社会秩序の維持と相手の信頼を保護する必要があるからです。
そのため、時効期間が満了しているからといって直ちに売掛金を失うわけではありません。
改正法によって認められた協議をするとの合意による猶予の制度も有効な手段となります。
これにより任意の支払いの可能性を探るとともに権利の承認をしてもらえる可能性があるからです。
時効期間が間近に迫ってしまったときには催告を行うことで完成を一時的に伸ばすことも重要です。ですがこれは最終手段であり余裕を持って対応することが望ましいといえます。
初期の債権回収を含めた債権管理を自社で行うことは必要なことといえますが、滞納が常態化するなど回収に支障が出ているようなときはなるべく早く弁護士に相談することが大切です。
■まとめ
- 売掛金は原則として弁済期から5年で時効にかかります。しかし2020年4月1日より前の契約については旧法の適用により1~2年など短期で消滅する可能性があります。
- 時効を防ぐ方法として債権の行使が困難な場合に一定期間完成を猶予するものと、期間をリセットするものの2つが用意されています。
- 訴訟や裁判所による和解や調停、差押えなどによって期間をゼロに戻すことが可能です。ただし、途中で取り下げた場合には猶予の効果しかありません。
- 相手が債権の存在を認めることでもリセットされます。一部弁済や利息の支払いをしてもらうことが効果的です。
- 催告をすることで6か月時効が猶予されます。ただし、連続でしても効果は認められません。
- 売掛金について協議をするとの合意により原則として1年完成が猶予されます。
- 時効の取扱いは複雑なため早めに弁護士に相談することが大切です。