債務者の財産や収入について把握することで債権回収の可能性や方法の幅が広がります。

この記事では給与債権の情報取得手続について解説します。

 

給与債権の情報取得手続とは

債務者の給与債権を差し押さえるのに必要となる勤務先に関する情報を市区町村や日本年金機構等から教えてもらう手続きです。債務者にこれといった財産がない場合でも安定した収入があれば給与債権を差し押さえてお金を回収できる可能性があります。

 

給与債権と情報取得手続

お金を請求できる権利を「金銭債権」といいます。預貯金であれば銀行などに金銭債権を持っていることになり、雇われて働いているのであれば勤務先に給与債権を持っていることになります。債務者がお金を支払ってくれない場合には債務者が第三者に持っている金銭債権を差し押さえることを検討していきます。金銭債権に対する強制執行は不動産など他の財産に対する差し押さえ手続きよりも手間や時間、費用の面でハードルが低く利用しやすい制度です。金銭債権を差し押さえると債務者の代わりにお金の支払いを受けられるようになります。金銭債権を差し押さえるには第三債務者がどこの誰なのかを知っている必要があります。給与債権であれば勤務先(第三債務者)が分からなければ給与債権を差し押さえることはできません。

第三者からの情報取得手続は裁判所を利用した手続きにより債務者の財産に関する情報を提供してもらう手続きです。給与債権に関する情報取得手続は一定の要件を満たした債権者が裁判所に申し立てることにより市区町村や日本年金機構等に対して勤め先の名称や住所等の情報を提供すべきことを命じてもらうものです。

 

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給与債権に関する情報取得手続を利用できる債権者

給与債権に関する情報取得手続を利用可能な債権者は限られています。確定判決や執行証書(公正証書の一種)などの債務名義を持つ債権者のうち以下の請求権を持つ者が対象となります(民事執行法206条1項本文、151条の2第1項)。

 

①扶養義務等に係る請求権

②人の生命や身体侵害による損害賠償請求権

 

扶養義務等に係る請求権というのは養育費や婚姻費用などのことです。人の生命や身体侵害による損害賠償請求権というのは、人身事故の被害を受けたような場合に生じるものです。

不動産情報や預貯金等の情報とは異なり勤務先に関する情報はプライバシー保護の必要性が高いため請求権の種類が限定されています。

 

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情報取得手続を利用できる条件

給与債権に関する情報取得手続を利用するには以下のような条件が必要です。

 

債務名義

給与債権に関する情報取得手続を利用するには執行力のある金銭債権の債務名義の正本が必要となります(民事執行法206条1項本文)。強制執行するためには執行可能な権利を認めた公的文書である執行証書(強制執行認諾文言付公正証書)や和解調書、調停調書、確定判決書等が必要であり、このような文書を債務名義といいます。債務名義がないときには事前に訴訟等の手続きが必要となります。

 

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強制執行の不奏功等

給与債権に関する情報取得手続を利用するには以下のいずれかの要件を満たす必要があります(民事執行法206条1項本文、197条1項)。

①強制執行や担保権の実行における配当や弁済金の交付の手続き(申し立ての日より6か月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったとき

②知れている財産に対する強制執行を行っても申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき

 

財産開示手続の先行

給与債権に関する情報取得手続を利用するには、申し立てから3年以内に財産開示期日における財産開示手続が先行して実施されている必要があります(民事執行法206条2項、205条2項)。この場合、財産開示手続きは情報開示手続きの申立人自身が行う必要はなく債務者に対するものであれば他の債権者が行ったものでも構いません。つまり財産開示手続きが未実施の場合に給与債権に関する情報取得手続を利用したいときは事前に財産開示手続をしなければなりません。財産開示手続きについては後述します。

 

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情報取得手続の流れ

給与債権に関する情報取得手続の流れは以下の通りです。

 

申立て

給与債権に関する情報取得手続は管轄裁判所に対して書面を提出して申し立てます。管轄裁判所は債務者の住所地を管轄する地方裁判所にあります。必要な書類として、申立書のほか当事者目録、請求債権目録、執行力のある債務名義の正本、送達証明書、財産開示期日が実施されたことの証明書、強制執行不奏功を示す資料(配当表・弁済金交付計算書、財産調査結果報告書等)などが必要となります。

 

情報提供命令

給与債権に関する情報取得手続の申立てがなされると裁判所は適法な申し立てか要件を審査して問題がなければ市区町村等に対して情報の提供を命じます(民事執行法206条1項柱書本文)。申し立てを認める決定がなされると債務者にも決定が送達され不服のある債務者は執行抗告することも可能です(206条2項、205条3項、4項)。勤務先情報の回答は命令書送達から2~3週間以内が目安となります。

 

費用

申立手数料は1,000円分の収入印紙で納めます(割印はしません。)。その他の費用に充てるため予納金として、1件6,000円程度(第三者が1件増えるごとに2,000円程度)が求められます。

 

※給与債権の情報取得手続の内容は事案や裁判所の取り扱いなどにより異なることがあります。

 

財産開示手続との違い

財産開示手続も裁判所を利用した手続きであり債務者を呼び出して持っている財産を陳述してもらう制度です。嘘の陳述をしたり正当な理由もないのに欠席したりした場合には刑罰が用意されていますが、債務者自身に財産を明らかにしてもらう手続きのため正確に財産を把握できるとは限らないという問題があります。これに対して給与債権に関する情報取得手続については市区町村や年金機構等の第三者から回答を得られるという違いがあります。給与債権の情報取得手続を利用する際には先行して財産開示手続きが必要となるため、財産開示手続きでは債権回収に不十分な場合に情報開示請求が利用されることになります。給与債権の差し押さえの特徴として継続して支払いを受けられることがあるため養育費等の継続的な債権の場合に効果を発揮します。

預貯金債権の差し押さえを検討している場合には注意が必要です。預貯金債権等の情報取得手続(民事執行法207条)では債務者への通知は情報提供書提出から1か月経過した時点で行われることが多いのに対して、給与債権に対する情報取得手続では申立てを認容する決定が債務者に送達されるからです(差押えを警戒した債務者が預金を下ろしてしまうことがある。)。財産開示手続を実施する場合にも同様の問題があります。そのため手続きの選択・順序には細心の注意が必要です。

 

財産開示手続きについては、「財産開示手続きで債権回収をする方法|流れや無視された場合の対応を解説」を参照ください。

 

調査できる情報の内容

給与債権に関する情報取得手続を利用することで、市区町村や日本年金機構、国家公務員共済組合等から「給与(報酬、賞与)の支払いをする者の存否」、その者がいるときは「その者の氏名又は名称及び住所」、その者が国であるときは「債務者の所属する部局の名称と所在地」について情報提供を受けることができます(民事執行法206条1項、規則190条)。

情報提供を受ける第三者は、①市区町村か、②日本年金機構などの厚生年金に関する事務を取り扱う団体であり申立人が指定します(複数指定することもできます。)。

①市町村の場合には1月1日時点の債務者の住所のある市町村を対象とするのが原則です。市町村は毎年1月31日までに提出される前年分の給与支払報告書により給与に関する情報を知るからです。そのため発令時期によってはさらに前の年の1月1日時点の住所地を対象としなければならないことがあります。②日本年金機構等については国家公務員共済組合、地方公務員共済組合等、実際に加入している団体を指定する必要があります。

 

債権回収にどう役立つか

給与債権を差し押さえるには勤務先を特定しなければなりません。勤務先を事前に把握していれば差し押さえ手続きに直ちに入ればいいわけですが、勤め先をはじめから知らない場合や転職してしまった場合には情報取得手続により給与債権に対する強制執行の可能性が開けることになります。ただし市区町村の情報は古い可能性がありますし、アルバイトなど厚生年金に入っていない場合には年金団体に回答してもらうことはできません。

 

給料差し押さえについて詳しくは、「債権回収のために給料の差押えを行う方法と手順を詳しく解説」をご参照ください。

 

まとめ

・給与債権の情報取得手続とは、勤務先に関する情報を市区町村等に回答してもらう裁判所の手続きです。勤務先が判明すれば給料の差し押さえにつながります。

・給与債権の情報取得手続は、①扶養義務等に係る請求権、②人身侵害の損害賠償請求権について債務名義を有する債権者が利用できます。

預貯金債権等の情報取得手続と異なり先行して財産開示手続が必要です。

・情報提供を受ける第三者は、①市区町村と②厚生年金を扱う団体です。

・情報取得手続は他にも預貯金債権等があり順序によって債権回収に支障が出るため注意が必要です。

 

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給与債権の差し押さえは継続して債権回収できるというメリットがあるため養育費の回収には特に効果的な方法です。一方で多額の債権がある場合には預貯金など他の財産からの回収が効果的なこともあります。ケースに合わせて適切な回収方法を選択することが大切です。

 

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